初日 バルト3国を巡る旅に出発!
昨年のポルトガル旅行で、旅したヨーロッパの国は22ヵ国。残っている主要な国は、ギリシャ、バルト3国、ポーランドなど。因みに、ドイツは、ケルン、ハイデルベルク、ドレスデンなど南部の一部地域だけで、ベルリンやノイシュヴァンシュタイン城などの主要な観光名所には行っていない。イタリアとフランスも、主に北部をまわっただけで、南部が残っている。そうなると、ヨーロッパの候補として残っているのは、ギリシャ、バルト3国、ドイツ、南イタリア、南フランスなど。その中から今回は、バルト3国を選択。
バルト3国とは、フィンランドの南、バルト海に面したエストニア・ラトビア・リトアニアの3つの国。3国とも、EU(欧州連合)の加盟国。通貨は「ユーロ」。
不思議で可愛らしい街並みが残るバルト3国!
中世以来、ドイツやスウェーデン、ロシアなどの周辺諸国に支配されながら発展してきたバルト3国。それぞれの首都であるタリン・リガ・ヴィリニウスには、北ヨーロッパのさまざまな文化が混ざり合うようにして残っている。歴史的建造物が多い旧市街は、いずれも歴史地区として世界遺産に登録。まるで中世で時が止まってしまったかのような不思議で可愛らしい街並み。ハンザ同盟下にあったドイツ風の街並みをもつ港町タリンとリガ、ゴシック様式からバロック様式まで、華やかな教会が多く残るヴィリニウスが見どころ。
バルト3国のツアーを調べてみると、フィンランドのヘルシンキからフェリーでエストニアのタリンに渡り、3国を周遊するコースと、ポーランドのワルシャワから空路でリトアニアのヴィリニウスに入り、3国を周遊するコースの2種類。いろいろと検討した結果、H社の「迷路のような街ヴィリニウス、バルトの真珠リガ、おとぎの街タリンを巡るバルト3国8日間」を申し込む。ポーランド航空便でワルシャワを経由するため、乗継時間を利用したポーランドの首都「ワルシャワ散策」が付いているのも魅力だった。12月末までに申し込むと、早期割引で1万円引きになるので、5ヵ月も前に申し込む。
なお、3つの首都エストニア・ラトビア・リトアニアの観光日の午後がいずれも自由行動。その時間帯に対応するオプショナルツアーが用意されている。
2日目:「トラカイ観光」13:00~16:00、7,000円
4日目:「ルンダーレ宮殿観光(昼食付)」11:30~18:00、13,000円
6日目:「野外博物館と駅裏マーケット散策(昼食付)」12:00~16:15、13,000円
 聖ゲオルギ教会(カウナス) |
 人間の鎖 足跡の碑(リガ) |
ポーランド航空に初搭乗!
成田集合時刻が8時15分。5時起きして所沢6:09発レッドアローに乗車。池袋でJR山手線に、日暮里で7:05発スカイライナーに乗り換え、成田には8時前に到着。早朝にもかかわらず空港は混雑ぎみ。H社の受付に並んでいると、添乗員とは別の係員にパスポートの提示を求められ、傍にあったポーランド航空の自動チェックイン機でチェックインをしてくれた。受付の順番がきたので、係員からもらった成田~ワルシャワとワルシャワ~ヴィリニウスの2枚の搭乗券を提示。Eチケットと成田~ワルシャワ分の搭乗券が戻され、ポーランド航空のカウンタ―でスーツケースを預けるように指示される。搭乗券と一緒にイヤホンガイドが渡され、注意事項の説明を受けて、受付は終了。すぐにポーランド航空のカウンタ―に行き、スーツケースを預ける。ポーランド航空はANAの提携会社なので、ANAマイレージカードも提示する。果たしてマイルが貯まるかどうかは、帰ってからのお楽しみ。
 タルトゥ大学の授業風景 |
 ワルシャワの旧市街 |
バルト3国の通貨はユーロ
搭乗ゲートでセキュリティチェックを受け、出国審査を通過。外貨は300€を両替。バルト3国の通貨はユーロ、経由地のポーランドの通貨はズウォティ(zloty)。しかし事前の添乗員からの連絡によれば、7日目のワルシャワ観光では特にズウォティを用意しなくてもよいとのこと。免税店でタバコを購入しても、まだ時間が余ったので、カフェでお茶をして時間をつぶす。
私たちが搭乗した飛行機は、定刻10:15より10分遅れてようやく動き出す。機内では、いつものように映画を観て時間をつぶす。幸い東野圭吾原作の「ナミヤ雑貨店の奇跡」や「人魚の住む家」などの4本の邦画があったので、まずそれを観ることにした。朝早く起きたため2本目の「人魚の住む家」を観ているうちに眠ってしまい、結局4本すべてを観ることができず、帰路に持ち越すことになった。ポーランド航空の機内食は、予想以上に美味しく、ベトナム航空並みの美味しさで、ほぼ合格点。
ワルシャワで乗り継いでヴィリニウスへ
ワルシャワ空港には、定刻15:30(現地時間)よりも15分早く到着。再びセキュリティチェックを受け、リトアニアのヴィリニウス便に乗り継ごうと、搭乗ゲートで待機していたが、なかなかゲートが開かない。待つこと45分、ようやくゲートが開いたが、通路の先には飛行機がなく、バスで5分ほどを走った先に小さな飛行機が待っていた。通路を挟んで2席ずつのプロペラ機並みの大きさだったが、紛れもないジェット機。結局、定刻よりも1時間遅れ、17:15ワルシャワ空港を離陸し、ヴィリニウスに向かう。
1時間のフライトで19:15(現地時間)ヴィリニウスに到着。ポーランドの時差は、日本と7時間差であるが、バルト3国は6時間差で1時間早くなる。再び時計を合わせる。
 ヴィリニウスのホテル |
 大型スーパー |
夜8時以降のアルコール類の販売は禁止!
すでにワルシャワでEUの入国審査を済ませていたので、スーツケースを受けとり、バスに乗り込む。乗継便のためロストバゲージを心配していたが、無事に受けとることができて安堵する。15分でホテルに到着。郊外にある特徴のないありふれたホテルであったが、部屋は広く、設備も標準的。大型スーパー(MAXSIM)がホテルに隣接されていたので、夜食用にサンドウィッチとミネラルウォーターを購入。2人分で7€(840円)。北欧に比べると物価が安い。リトアニアでは、夜8時以降のアルコール類の販売は禁止。ビールを買うことができなかったので、ホテルのバーでビールを調達。500mlの缶1本が3€(360円)。ホテルにしてはリーズナブルな値段だった。
2日目 路線バスでトラカイ観光を満喫!
ビールのお蔭で6時すぎまで爆睡。7時のモーニングコール前に起床。スチーム暖房を効かせているのか、部屋の中が蒸し暑いので、窓を開けて清々しい空気を採り入れる。身支度を整え、1階のレストランで朝食。ありふれたメニューのビュフェスタイルで、品数は多くなかった。ウインナーとベーコン、ゆで卵、ポテト、パン、ジュースなどで簡単に済ます。9時の出発まで時間が余ったので、ホテル周辺を散策。
深い緑に囲まれたリトアニアの首都ヴィリニウスは、バルト3国の首都では唯一内陸に開かれた街。ドイツ商人の影響を受けずに発展したため、エストニアのタリンやラトビアのリガとは異なり、天を突く尖塔が特徴のゴシック建築の教会は少ない。その代わりに柔らかな形のカトリック教会が目立ち、その数の多さに驚かされる。市民の信仰心の篤さが伺われる。石畳の道が不規則に続く旧市街は、公共交通がほとんどなく、ゆっくりと散歩を楽しめる。迷路のような入り組んだ路地、そこに並ぶカラフルな家並みはまさに「迷路のような街ヴィリニウス」と呼ばれる由縁だろう。
 杉原千畝の肖像画の石碑 |
 ヴィリニウスの街並み |
ギリシャ神殿のような大聖堂
9時ホテルを出発。添乗員の配慮で旅程表には組み込まれていない「杉原千畝公園」に立ち寄る。数年前にリトアニアを訪問した安倍首相もこの公園を訪れたという。杉原千畝の肖像画が組み込まれた石碑の前で思い思いのポーズで記念撮影。10分ほどで再びバスで旧市街に向かい、大聖堂の前でバスを降りる。
大聖堂(アルキカテドゥラ)は、高さ53mの鐘楼とギリシャ神殿のような外観が特徴的な主教座教会。ヴィリニウスの中心にそびえ、ヴィリニウスのシンボルともいえる。堂内には、リトアニアの守護聖人カジミエラス王子を安置する17世紀のバロック様式の聖カジミエルの礼拝堂など、王の像や彫刻、フレスコ画で装飾されている。ぼんやりフレスコ画を眺めていると、思わぬ人に遭遇。2年前のイギリス旅行でお世話になったH社福岡支店の添乗員。40歳ぐらいの綺麗な女性で、イギリスではとてもよくしてもらった。慌ただしくツアー客を添乗している最中で、声をかけることもできなかったが、懐かしく思えた。
 ギリシャ神殿のような大聖堂 |
 煌びやかな大聖堂の礼拝堂 |
リトアニアの特産リネン製品をお土産に購入!
大聖堂のあとは、徒歩で旧市街を観光。ヴィリニウス大学を外から眺め、市庁広場に辿り着いたところで20分のフリータイム。現地ガイドおすすめのリネンのお店があるというので、希望者を募ってその店に向かう。リトアニアといえば、リネンといえるほど有名な特産品。肌触りがよく、日本では高級品とされるリネン製品も、リトアニアではかなり安く買えるらしい。店内を物色しているうちにベッドカバーが60%OFFで売られているのを見つけ、躊躇せず購入。80€(9,600円)が32€(3,840円)。とてもお買い得だった。
フリータイム終了後、徒歩観光を再開。旧市街の南端にある夜明けの門まで歩く。もとは9つあったという城門のうち、現存するのは、この夜明けの門だけ。門の中には、聖母イコンを祀る礼拝堂。イコンは、奇跡を起こす力があると、今でも信じられている。ヴィリニウスで唯一中世の面影を残すところといえる。夜明けの門を潜り、ヴィリニウスの台所といわれているパレス市場に向かうが、あいにく月曜日で全店休業。外から建物を眺めただけ。
 夜明けの門 |
 パレス市場 |
ローマ教皇が訪れた聖ペテロ・パウロ教会
パレス市場まで迎えに来てくれたバスで聖ペテロ・パウロ教会に向かう。聖ペテロ・パウロ教会は、17世紀後半にバロック様式で建立されたヴィリニウスを代表する教会。入口付近には、数年前にここを訪れたローマ教皇のパネル写真が今でも飾られていた。完成させるのに30年かかったという教会の内装が圧巻。イタリアの彫刻家たちを招いて製作したという、息をのむほどの彫刻群に圧倒される。壁や天井を覆い尽している2,000以上の漆喰彫刻には、1つとして同じものがなく、聖人から始まり、天使や想像上の獣、植物、その他の無生物まで、意匠は多岐に及んでいる。
聖ペテロ・パウロ教会の観光後、旧市街まで引き返し、中心部にあるレストランで昼食。前菜は野菜サラダ、主菜は、リトアニア伝統の郷土料理「コルドゥナイ」。ひき肉の餃子のようなものをホワイトソースで食べるリトアニア風水餃子。決して不味くはないが、特別に美味しいとはいえない。それにお皿いっぱいに盛られたコルドゥナイを食べ続けるとどうしても厭きてしまう。今回は、2品だけでデザートはなし。
 聖ペテロ・パウロ教会 |
 教会内の漆喰彫刻 |
ミッションは、大聖堂・ゲディミナス城・トラカイ
昼食後、再びバスに乗車し、オプショナルツアー組はトラカイに向かい、不参加組は大聖堂前でバスを降りる。因みに、ツアーメンバー21人中16人がオプショナルに参加。参加しなかったのは、私たちを含め5人だけ。
事前に企画したヴィリニウスのフリータイムでのミッションは、次の3つ。
①大聖堂の鐘楼に登る。
②ゲディミナス城の塔に登る。
③自力でトラカイを観光する。
見晴らし爽快! ゲディミナス城の塔
まずは、大聖堂の鐘楼の入口で入場料4.5€(540円)を支払って中に入る。木造の階段をひたすら登りきると、53mの高さだけにヴィリニウスの旧市街を一望できた。迷路のように入り組んだ歴史深い街並みがよく見える。
次は、大聖堂前の大きな公園を横ぎってゲディミナス城に向かう。麓にあるケーブルカーで丘の頂上まで登ると(片道1€)、目の前にゲディミナス城の塔がそびえる。入場料5€(600円)を支払って塔の屋上に登ると、大聖堂よりも遥かに見晴らしがよく、ヴィリニウスの旧市街だけでなく、ネリス川対岸の新市街の高層ビル群までもが一望できた。
ケーブルカーを使わずにゲディミナス城の丘を徒歩で下り、のんびりと旧市街の南にあるバスターミナルまで歩き、ヴィリニウスの旧市街を北から南まで縦断する。途中、聖アンナ教会や聖ミカエル教会を眺めながら市庁広場を経て、ヴィリニウス駅のバスターミナルに着いたのが、3時10分前。15:00発のトラカイ行の路線バスに間に合う。
 ゲディミナス城の塔 |
 塔からの眺望 |
湖面に映えた赤レンガの城がとても美しいトラカイ!
トラカイは、ヴィリニウスから西に30km離れたところにある観光地。ヴィリニウスに移る以前にリトアニアの首都だった街。30以上の湖と森に囲まれ、自然公園としても景観が保護されており、14世紀後半に建てられた赤レンガのトラカイ城が水面に映えてとても美しい。トラカイ観光は、オプショナルツアーとして用意されていたが、バスの送迎と入場料込みで料金が7,000円。どう考えても、ぶったくり価格。しかも昼食後にトラカイに出発し、観光後直ちにホテルに戻る旅程で、ヴィリニウスの街を自由に観光することもできない。それならば、大聖堂の鐘楼に登り、ゲディミナス城に登ったあと、自力でトラカイに行って観光すれば、一挙両得。
15:00発の路線バスに乗り込むと、驚いたことに同じツアーの1人参加の女性がすでに座席に座っていた。私たちとまったく同じ思考だったようだ。バスは横に2席と1席、乗車定員が15人ほど。日本でいうマイクロバスだが、発車時にはほぼ満席。途中バス停に1度停まっただけで、ほぼノンストップでトラカイに到着。所要時間は30分。料金は1人2€(240円)。
 トラカイ城に渡る橋 |
 トラカイ城の外壁 |
トラカイ名物「キビナイ」は微妙な味!
トラカイのバスターミナルでバスを降りると、ポツポツと小雨がぱらつき始める。バスターミナルからトラカイ城までは約1.5km、徒歩20分ほど。途中で雨脚が強くなり、ずぶ濡れになりながら、やっとの思いで城の入口に到着。入場料8€(960円)を支払って城内に入ると、ようやく雨が上がり、傘をささずに城内を散策する。
城の中は博物館になっていて、これまでの歴史を物語る資料が数多く展示。観光名所だけあって、雨模様にもかかわらず、多くの観光客が押し寄せていた。中をひと通り見たあとは、堀に架かる跳ね橋と古城をバックに記念撮影。絵になる美しいお城だった。
帰りも、同じ道をバスターミナルまで引き返す。ターミナル近くにトラカイ名物「キビナイ」のテイクアウトの店を見つけ、トラカイ観光の記念に食べてみることに。キビナイとは、窯で焼いたパイ風の郷土料理。注文すると、オーブンで温めてくれた。お店の中にイートインスペースがあったので、そこで食したが、微妙な味で不味くはないが、美味しいともいえなかった。
 トラカイ城の内庭 |
 トラカイ名物「キビナイ」 |
親切なオバさんに助けてもらって無事に帰還!
17:35発の路線バスでヴィリニウスに引き返す。バスは往路よりもひとまわり大きい中型。私たちが乗り込むとほぼ満席。往路同様30分ほどでヴィリニウスのバスターミナルに到着。ここからホテルまではトロリーバスに乗って帰るつもりで、1番線のバスに乗り込む。添乗員からは、料金は運転手に直接現金で支払えばよいと聞いていたので、運転席横の小窓に1€を入れると、チケットが戻ってきた。トロリーバスには、前後2箇所にドアがあったが、日本のように前乗り・後降りといったルールはなく、どこからでも乗り降りが自由。停車ボタンというものもなく、バス停には必ず停車する。車内に次のバス停が表示されるシステムがなく、車内放送とバス停の表示だけが頼りだった。もうそろそろ着く頃、添乗員からもらったバス停の表示と停車したバス停とを見比べていたら、親切なオバさんが「私に見せなさい!」という素振りをしたので、メモを見せると、すぐに「ここよ!」と教えてくれたので、慌ててバスを降りる。絶妙のタイミングで教えてもらい、乗りすごすことを免れる。
予想外の暑さに披露困憊!
バス停からは、地下道を潜り、数分でホテルに到着。時刻は7時5分前。7時からホテルのレストランで夕食を摂る予定だったので、部屋に荷物を置くと、すぐにレストランに降り、辛うじて間に合う。夕食は、前菜が野菜サラダ、主菜はビーフストロガノフとジャガイモ。サラダは昼食よりも美味しく、ビールもまずまずの味で、すべてを美味しく平らげる。デザートにアップルパイとコーヒー・紅茶が出され、ホテルの食事にしては大満足。
この日はとても暑く、とにかく暑かった。外気温は25℃まで上昇。バルト3国は緯度が高く、北欧並みに寒いと思い込み、防寒対策としてダウンベストまで持参していたが、セーターやウインドブレーカーさえ不用の陽気。この暑さだけは、まったく予想できなかった。
暑い中、長時間歩いた疲れで疲労困憊。シャワーを浴びて早めに就寝。
今回のツアーメンバーを紹介すると、ハネムーンと私たちを含む夫婦が3組(6人)、夫婦+娘が1組(3人)、中年女性2人組が3組(6人)、中年女性3人組が1組(3人)、女性の1人参加が2人。全員で21人。
5日目 エストニアの文化・学問の中核 タルトゥ
6時30分起床。7時から1階のレストランで朝食。メニューは前日とまったく同じ。いつものように軽めに済ます。このホテル、建物の増築により廊下が迷路のように入り組んでいて複雑。玄関まで離れていることもあり、ポーターサービス付き。レストランに降りる前に廊下にスーツケースを出しておくと、バスまで運んでくれていた。
8時にバスでホテルを出発。エストニアの文化・学問の中核を担い、「精神的首都」とも呼ばれているタルトゥに向かう。タルトゥは、バルト全体で2番目に古い都市。11世紀に交易の中心地として繁栄し、ユネスコ無形文化遺産「歌と踊りの祭典」がはじめて開催されたところ。街の中心にあるタルトゥ大学は1632年創立。インターネット電話「スカイプ」を生み出したIT先進国エストニアの優秀な学生が集まり、タルトゥは、優秀な人材を輩出する学問都市としても有名。
学問都市タルトゥを散策!
途中ドライブインでトイレ休憩。トイレの使用は無料。しかし、添乗員から安いものでよいので、お礼の気持ちで何か1つ買ってほしいとのこと。ミネラルウォーターを購入。500ml 1本が0.69€(80円)、物価は安い。
12時すぎにタルトゥに到着。旧市街のレストランで昼食。前菜はニシンのマリネ。ホワイトクリームが添えられ、ニシンの生臭さをクリームが消してくれたが、味はかなり微妙。主菜はチキンのグリルにチャーハンのようなご飯添え。これが見た目よりも美味しくて食が進み、完食。
昼食後、タルトゥを散策。「散策」とは、現地ガイドが付かずに勝手に観光すること。添乗員と一緒にレストランから旧市庁舎まで歩くと、中央で抱き合ってキスをする銅像の噴水があるラエコヤ広場。この噴水が街のシンボル。ラエコヤ広場からトーメの丘を登り、「天使の橋」と「悪魔の橋」を渡ったところでいったん解散。あとは自由に散策するフリータイム。
 キスをする銅像の噴水 |
 天使の橋 |
外壁に見事な塑像が飾られた聖ヨハネ教会
ツアー一行と離れ、丘の頂上にある大聖堂を目指す。15世紀に完成したといわれている大聖堂は、16世紀の宗教改革で廃墟となり、今は建物の一部が改修され、タルトゥ大学の歴史博物館として使われているが、ほとんど遺跡といった感じ。
トーメの丘を下り、タルトゥ大学の北側にある聖ヨハネ教会まで足を運ぶ。聖ヨハネ教会は、14世紀にリューベックの職人たちによって建てられた教会。外壁と内部に装飾された素焼きの塑像で有名な教会であったが、たび重なる戦争でほとんどが破壊された。現在は修復工事が完了し、教会としての活動を再開。外壁には塑像の複製が再び飾られ、オリジナルの塑像の一部は、教会内に展示されていた。1人2€(240円)のお布施を払えば、鐘楼に登れるというので、早速チャレンジ。それほど高くはなかったが、タルトゥの街を一望できる見晴らしだった。
 廃墟となった大聖堂 |
 聖ヨハネ教会 |
タリンでは、好立地の高級ホテルに宿泊
フリータイム終了後、エストニアの首都タリンに向けてバスで出発。途中風車の形をしたドライブインでトイレ休憩。有料トイレで1人0.5€(60円)。午後5時すぎにタリンに到着。ホテルに直行してチェックイン。ラディソン系の高級ホテルで、旧市街の入口ヴィル門まで徒歩で10分ほどの好立地。1・2日目のヴィリニウス、3・4日目のリガ、5・6日目のタリンと、だんだんとホテルの立地がよくなり、グレードが上がっていく。これぞ、まさに「H社マジック」。チェックインしたあと、夕食まで時間があるので、添乗員の案内でヴィル門まで歩いてみる。ホテルの近くに大きなショッピングセンターがあり、スーパーやレストラン、ブティックや書店などが軒を並べている。帰りにスーパーに立ち寄り、ミネラルウォーターを調達。
夕食はホテル2階のレストラン。前菜は、モッツアレラチーズが入った野菜サラダ。メインは、豚ヒレ肉のグリルのご飯添え。デザートは、生クリームがかかったイチゴとコーヒー。前菜はまずまず。ヒレ肉は柔らかくて美味しかったが、ソースが甘すぎたのが難点。デザートは文句なし。高級ホテルだけあって、食事は満足できる内容だった。5月とはいえ、夜9時をすぎても外は明るく、10時になってようやく暗くなり始める。
 風車風のドライブイン |
 ラディソン系の高級ホテル |
7・8日目 乗継の合間を利用してワルシャワ観光
帰国の途につく7日目であるが、往路同様タリンからワルシャワに飛び、ワルシャワでポーランド航空の成田便に乗り継ぐ。この乗り継ぎ時間を利用したワルシャワ観光がオマケで付いていた。旅程表では、9:35ワルシャワ着、15:10ワルシャワ発。ワルシャワ滞在は僅か5時間半であるが、この5時間半を無駄なく活用して観光する。このパターンは、北欧旅行のヘルシンキで経験済み。
6時起床。7時ホテル出発の予定で、6時45分にロビーに集合すると、ブレックファースト・ボックスが配られていた。ボックスの中身は、サンドウィッチとクロワッサン、オレンジジュースとミネラルウォーター、バナナ1本。液体類は機内に持ち込めず、空港のセキュリティ検査で没収されるので、ミネラルウォーターはホテルに残し、バスの中でサンドウィッチとオレンジジュース、バナナを食べ、クロワッサンは、機内に持ち込むことにした。
15分ほどでタリン空港に到着。早朝のため空港内は閑散としており、チェックインもスムーズ。タリン~ワルシャワ、ワルシャワ~成田の2枚の搭乗券を発券してもらう。預けたスーツケースは、ワルシャワを通過して成田で受けとる手はず。定刻よりも10分早い8:45にタリンを離陸。機内でクロワッサンを食べる。
 空港の床に描かれた地図 |
 旧市街の市場広場 |
スーツケースを預けたままワルシャワ観光に出発!
9:15予定よりも20分も早くワルシャワに到着。タリン~ワルシャワの所要時間は1時間30分。スーツケースを預けたまま、身軽にワルシャワ観光に出発。地理的に大国に囲まれていたポーランドは、歴史上何度も大国の支配下に置かれる。現在のドイツであるプロイセン、フランス、ロシアなどに領土を分割され、世界地図からポーランドという国そのものが消滅したこともある。第一次世界大戦の終結とともにポーランドは、ようやく独立を果たしたが、その後さらに壊滅的な状況に陥る。第二次世界大戦が勃発すると、ナチス・ドイツがポーランド領土を侵攻し、ポーランド政府はパリに亡命。ナチス・ドイツは、ポーランドで暮していた多くのユダヤ人を弾圧。この弾圧に対して民衆の抵抗運動が起こると、ナチス・ドイツは、ポーランドの街を破壊してしまう。戦後再び独立を果たしたポーランドであるが、街は壊滅状態。しかしポーランドの人びとは、決して諦めなかった。崩れた瓦礫を使って、建物の「壁のひび1本に至るまで」を完全に復元。何度も国の存亡の危機に陥り、建物を破壊し尽くされても、決して諦めなかったポーランド人。この祖国に対する誇りと愛着が評価され、1980年「ワルシャワ歴史地区」として世界遺産に登録される。ワルシャワは、音楽家ショパンが半生を過ごした街、科学者キュリー夫人が生まれた街としても知られている。
 人魚の像 |
 バルバカン |
祖国ポーランドをこよなく愛したショパン
空港からバスで30分、旧市街に到着。旧王宮前の駐車場でバスを降り、徒歩で旧市街を散策。正式な観光ガイドではないが、アシスタントの若い女性が一緒に歩いてくれた。彼女は、ワルシャワ大学の日本語学科を卒業。在学中に1年間神戸大学に留学した経験があり、流暢とはいえないが、日本語会話にはまったく支障がない。
まず向かったのは、人魚の像。ポーランド人の心のふるさと「ヴィスワ川」の人魚伝説から、ワルシャワの守り神としてシンボル化。この人魚の像以外にも、ワルシャワではいろいろなところに人魚の像が出没するが、人魚は必ず剣と盾を手にしているらしい。
人魚の像からキュリー夫人博物館の前を通ってバルバカンに向かう。バルバカンとは、赤レンガ造りの円形状の砦。15世紀から16世紀にかけて造られ、火薬庫や牢獄として使われていた。第二次世界大戦時にナチス・ドイツによって破壊されたが、戦後復元。内部はお土産物屋として名産の琥珀や民芸品が販売されている。
旧市街の市場広場から少し離れた聖十字架教会まで歩く。聖十字架教会は、ショパンの心臓が保管されている教会として有名。祖国ポーランドをこよなく愛したショパン。祖国に戻れないままパリで死亡したが、「自分の心臓を取り出し、祖国ポーランドに持ち帰ってほしい」という遺言を残したため、ショパンが通っていたこの教会で保管されることになったという。自由に教会の中に入ることができたが、ミサの最中で多くの信者が集まっていたので、ショパンの心臓が納められた柱を確認して早々に退散。
 聖十字架教会 |
 ショパンの心臓を納めた柱 |
ワルシャワ散策でツアー観光はお終い!
聖十字架教会の通りを挟んだ向かい側がワルシャワ大学。アシスタントの彼女が母校ワルシャワ大学のキャンパスを案内してくれて、ワルシャワ散策はお終い。ここでいったん解散。
12時30分旧王宮前の駐車場に集合。バスで空港に向かう。空港のセキュリティ検査と出国審査は、混雑もなく、スムーズに通過。搭乗時刻まで時間があったので、カフェでサンドウィッチとコーヒーで遅めの昼食を摂る。飛行機は、定刻より15分遅れて成田に向けて離陸。
バルト3国旅行の感想
(1)見どころ満載のバルト3国だった。北欧とも、中欧とも違う独自の歴史と文化をもつバルト3国。そしてひと口にバルト3国といっても、リトアニア、ラトビア、エストニアのそれぞれの国で微妙に違った文化や風情を感じとることができた。
(2)無駄な費用を支払いたくない私たちは、基本的にオプショナルツアーは不参加。最近のH社のオプショナルツアーは、ぼったくりの料金設定。今回も例外ではなかった。その分フリータイムが多くなり、事前にきちんとした計画を立てなければならなかった。今回は計画が欲張りすぎて、かなりハードなスケジュールになってしまった点は反省点。
(3)今回のツアーでは、昼食3回、夕食2回が付いてなかったが、事前にネットでリサーチしていた「リド(Lido)」がリーズナブルな価格で美味しく食べられたのはラッキーだった。外食の場合、昼食はともかく、夕食は事前のリサーチが不可欠だと思われる。
(4)添乗員がとても気さくで気配りができる人だった。ホテルまで戻るバスの乗り方など、オプションに参加しない人に対しての配慮も怠らず、とてもよくしてくれた。スリランカで酷い目にあっただけによい人でとても助かった。