ジリアス・レポート



9.第八次中間報告(「秘宝」沈静化に伴う異変の終息と疑惑の定義)


ー事件経過ー

 人類最大の危機と表現してもよい、「ジリアスの秘宝」騒動。
 その沈静化に成功したのは、若干13歳の少年、トリトン・ウイリアムである。

 しかし、彼がどのようにして「秘宝」の沈静化に成功したのかは、今も解き明かされていない。

 彼の記憶、また、同行したとみられるスカラウ人、一条アキのそのときの記憶も完全に欠落。

 また、異変終息後、<リンクスエンジェル>と一部の海賊兵士は、海に浮かぶ異文明の遺跡を目撃

 しかし、彼らが遭遇した直後、遺跡はすべて消滅
 また、トリトン・ウイリアムが持っていたオリハルコンも、ともに消滅

 この現象を科学的に解明できる術はもはや存在しない
 体験者のおもな証言だけが、唯一の手がかりである。

 ただし、いずれも科学的立証が成立しない超状現象であることはいうまでもない。



<資料ー18>

ー事件後、WPIC所属<リンクスエンジェル> ユーリィ・ネイファの報告書よりー


 <シュメール>で<テスター>から無事に離脱したものの、事態はいっこうに打開できなかった。


 <シュメール>はなおも、重力異常の嵐から脱出しようとしていたが、その努力もむなしく、いっそうジリアスの重力に引きつけられて、ますます離脱不可能となっていった。


 この時、パイロットにはスカラウ人の星野鉄郎と同じくコ・パイには島村ジョーの両名を選任。
 スカラウ人でありながらも、二人は、重力異常という最悪の事態においても船を安全に操縦してくれたので、むしろ、感謝したいくらいだ。


 一方、重症を負ったトリトン・ウイリアムは、<シュメール>のメディカルルームで緊急処置を施した。
 スカラウ人、一条アキによる適切な処置により、トリトン・ウイリアムは、一命を取りとめた。
 しかし、最終的にはオペの処置が必要で、トリトンの容態がいつ急変するのか、予断を許さない状況が続いた。


 事態は、すでに私達の権限をはるかに上回る重さに発展。
 トリトンの救護も含めて、緊急要請を連合宇宙側に依頼した。


 連合宇宙軍<ビローグGG>が、依頼に応答してくれたものの、接触できない現状にあった。


 そんな中で、安静を要したトリトン・ウイリアムがコクピットに現れて、自ら、ジリアスに向かうことを申しでた。
 彼の命を奪う行為であることを解りつつも、そんな彼に人類の命運を託すしか、方法が残されていなかった。


 彼の立場を巡って、私達の意見は二つに割れてしまった。



<資料ー19>

ー事件後、トリトン・ウイリアムの手記よりー


 俺は、物事をいい加減にすませてしまう、どうしようもない奴だ。
 やりたいこと、興味があることはとことんやってみたいと思うのだけど、興味がないことは、まったく見向きもしないし、嫌だと思うことは、何が何でもやりたくないと思い込む。


 すっげえやな奴。もう一人の自分がいたら、絶対にそう思う!


 おまけにこの性格が、なかなか直らない。
 自分でわかりきってるだけによけいにタチが悪い。
 後からいっつも後悔する。また、やっちまったって感じで。
 ラボのみんなや友人どもが、見捨てずにこんな俺とよくつきあってくれているよなって、ほとほと感心してしまう。


 ただ、人間、死ぬ気になったら、どんなことでもやれるんだなって、変な自信がついちゃったのはこの時だ。


 あの時、俺はマジに死ぬかもしれないって真剣に思っていた。
 むしろ、今、こうして元気でいられるのが不思議なくらいだ。


 でも、「危ない」っていわれたら、自分の中では焦りとか、恐怖とか、そんなのは思わなくなった。
 だいたい、考えていたことだってたいしたことじゃない。


 「そういや、地元のファーストフードのバーガー、また食いたい。」とか、「来月、ビル・ハム・レディのライブじゃん!」とか…。


 他に思うこともあるだろうけど、死ぬ間際にやりたいことを考えたら、そんな程度しか思いつかなかった。


 でも、ビル・ハム・レディのライブに行けないんじゃ、死んでも死にきれないとは思った!
 何のために、友人にコネ回して、チケット解禁の三日前からスタンバッて、さらに徹夜までしてゲットしたんだよ!
 あの努力だけはふいにしたくなかったし、追っかけ歴4年の名誉にかけても、前列ステージ下のアリーナ席に座ってやる!って意気込んでいた。


 それが動機だったのかはわからないけど、「このままくたばれるか。」っていうのと、「自分でやれることをやらなきゃだめだ。」という気持ちが自然にわいてきた。


 何もしなければ、世界は滅びてしまう。そんなのは許せない。
 これ以上、犠牲や被害も出したくない。


 そばについてくれていたアキは、俺に冷凍カプセルに入るようにいってくれたけど、俺は中に入るのを断り続けた。
 冷凍カプセルに入ったら、二度と目が覚めないような気がしたし、この世界が冗談じゃなく、本当になくなってしまうかもしれないからだ。


 どうしようもない奴が、ここまで決心して実行できたっていうのが、自分でもすごい進歩だと思える。
 後もその姿勢を貫いて、何でも前向きに取り組みたいところだが、なんたって、この俺だ。
 どこで挫折しちまうのか、とても心配だ。


 俺の信念もはっきりしてないけど、もっとはっきりしないのがアキが俺に示してくれた気持ちの方だ。
 生きて帰れる保証がないのに、ジリアスに向かうって決めた俺に同行してくれた。


 いったい俺とアキの関係って何だったのだろう。
 同情や協力といったものより強くて確かなもの。
 恋愛より薄いけど、だけど、絆とか連帯感とか、長く一緒にいたことで、そんなものが生まれたのかもしれない。


 アキが、俺のために命までかけてくれたことは、俺はアキに認められて信頼されていたからだと思う。
 それは嬉しいけど、同時にプレッシャーも感じた。
 信頼に応えるためには、自分の行動に責任を持つこと。
 前向きに歩いていくこと。
 当たり前のことだけど、俺は、自覚するのが遅すぎた。



 今は、前のようにのんびりとした時間を送っている。
 先のことを考える余裕だってある。
 だけど、あの事件がなかったら今の俺はいないし、やり直す決意もわいてこなかったと思う。
 そういう意味では、俺の中では大きな、そして、とても重要な出来事だったのだ。
 オトナになれる自信…そういうことだと思う。



 出発の直前にアキにキスをされた。アキは知らなかった。
 俺達の世界の決まり事。
 本気になった相手じゃないと、俺達は口へのキスは絶対しないってことを。
 頬や額や耳とか、最初はそういうキスから始まる。
 結局、俺のファーストキスの相手はこの人になっちゃった。
 ただし、それまでなかったんじゃない。させていなかったんだよ。
 いずれは、どこかで誰かとするものだから、そのことについてのこだわりはない。
 (で、なかったら、俺、ヒサン…;;)


 だけど、このときのキスも「信頼」のキスだ。
 それだって素敵なことだけど、本当の意味のキスをしてもらえるまで、自分を磨こうと思っている。


 まずは、ケインとユーリィを見返してやりたい。


 二人には、最後までガキ扱いされっぱなしで、シャクに触ってばかりだった! 
 絶対に「いい男」になってやる! 
 その時は、二度とガキ扱いなんかさせてやらない! 



<資料ー20>

ー事件後、WPIC所属<リンクスエンジェル>ケイン・ユノアの証言よりー


 トリの坊やの容態は最悪だった。
 私達は、赤毛娘からそう報告を受けていた。
 その坊やが、怪我を押してブリッジに上がってきた時は、正直おったまげた。
 でも、彼も真剣だった。
 あの子も摸索していたのよ。「秘宝」を止める方法を。
 それには自分でいって手立てを見つけるしかないっていうの。


 あの子は、はっきりといった。
 「自分とオリハルコンの関係が何なのか、わかっていない。その答えが見つからなかったら、何も終わらない。」って。
 証人になってあげる。
 あの子は、何も知らない。
 本当よ。繰り返すけど、強調するわ。


 でも、実際にはさまざまな問題が山積していた。
 重力異常を起こしているジリアスにどうやって大気圏突入をすればいいのかってこと。
 前にも言ったけど、仮にジリアスに突入できたとしても、地表は、地震に火山噴火、ハリケーンなんかで荒れに荒れていた。
 そんなところへ向かったら、二度と帰ってこられない。
 基本的にトリトンの身柄を守るあたし達の立場からすれば、もちろん行かせるわけにいかない。


 この意見対立で、あたしとユーリィがもめたんだけど、結局、赤毛娘の条件を飲むことにした。


 赤毛娘にトリの坊やを同行させる。あたしらは、この二人の護衛につく。
 説得力がない決断だけど、状況を考えたら他に方法がなかった。
 どっちにしても、銀河系が滅んだらすべてが終わりよ。
 スカラウ人も民間人もない。できる可能性に賭けるしかないじゃない。


 一番心配だったのは、トリの坊やの容態だった。
 ボロボロになったスペースジャケットから異文明の服に着替えていたけど、血が衣装ににじんできちゃってた。
 止血剤や鎮痛剤を使ってるはずだったけど、まるで効果がなかった。
 急変して倒れやしないか、そばで見ているあたしらの方がヒヤヒヤした。


 あたしらは覚悟を決めた。
 ジリアスは通常じゃ考えられない状況だった。
 自転すらひっくるって、少しずつ早まり出している。
 そんな中にまともに突入しようものなら、大気の壁に叩きつけられて、機体が木端微塵になっちゃうわ。


 頼りになるのは、オリハルコンの光のライン。
 これをビーコン代わりの目標にして降下していった。


 このラインだけは重力異常を受けていないから、絶対にはずれちゃだめ。
 それと、一秒先もわからない状態だから、常に重力バランスはチェックするように注意する。
 後は、人間がGにどこまで耐えられるかだった。


 船内重力も手動で巧みに調節しなくちゃいけなかった。
 こんな試みは初めて。
 意識はぼやけたけど、大気圏突入だけは成功した。


 トリの坊やと赤毛娘が<シュメール>から離脱したところまでは確認することができた。
 その後は、二人の消息を掴むことはできなかった。
 海の中へ行く二人を、あたしらは追っていくことができないからね。


 それにしても、天候のひどさには辟易したわ。
 今だから軽くそういえるけど、あたしらが突入した時、巨大ハリケーンが襲ってきた。
 おかげで、船体が大きく振られちゃって、しかも舵すらきかなくなって、コントロール不能となった。
 エアポケットにも入っちゃって、船は墜落した。
 覚えているのはそこまで。
 後は、何がどうなっちゃったのか、まったくわからなくなっちゃったわ。


(中  略)


 かなり長い間、失神していたはずよ。
 でも、フッと目を覚ましたら、フロントガラスの向こうに森林が広がっていた
 一瞬、頭がぶっ飛んだわ! 
 ユーリィや他のみんなも目が覚めたとたんに固まってしまった。


 船のエンジンは生きていたから、トレーサーで調べたら、やっぱりそこがジリアスだということがはっきりした。
 あの海ばかりの星がどうしてこうなったのか、説明なんかできない
 試しに船外に出てみたけど、さらにびっくりした。
 亜熱帯だった気候までもが、すっかり涼しくなって温帯に低下しちゃっていた。
 おまけに、どこから沸いてでてきたのかわからないけど、それまでいなかったような生き物達の鳴き声や姿をみかけた。
 もう、ついていける段階じゃない。進化の過程なんてどこにもなかったわ!


 そういえば、このジリアスっていう星は過去の異変に見舞われたのにも関わらず、生態系が復活しているなんて現象が起きている星だったわね。
 その時の現象もそれと同じってことじゃないかしら。
 そのもっと規模のでかいやつ!
 原因はあの「秘宝」だということは想像がつくけど、なんでそうなるのかなんてことまではわかんない。
 だけど、それでビックリするのは早かった。
 まだ、あたし達はぶっ飛ぶようなものを、この後に見てしまった!


(中  略)


 あたしらがいたところは隆起した地面の上ってことみたい。
 調査もかねて周辺を歩き回ってそう思った。
 ただ、そのとき、生き物達が同じ方向に向けて移動するのに遭遇した。
 不審に思ってその生き物達と同じ方向に行ってみた。
 そしたら、海岸線に出ちゃったんだけど、そこであたしらは、空中に浮かぶ孤島を発見した。
 そうね。穏やかな海の上、50メートルくらいの高さだったと思う。


 笑われるのは覚悟だけど、そうとしか証言できないわ!


 スカラウ人のみんなが叫んでいた。
 ギリシャの遺跡だ。アトランティスだって。
 島の丘陵に林立している遺跡を見てそう呼んでいるみたいだった。
 確かに何かが光っていたけど、それがオリハルコンかもしれないわ。


 つまり、それが異文明の遺跡
 あたしらが捜していた「ジリアスの秘宝」
 わけがわからない異変を引き起こした大元の原因!


 浮遊島と地表は石段が都合よく伸びてつながっていた。
 その石段を上っていけば、浮遊島に行くことができた。
 あたしらは、調査のために石段を上って行こうとした。
 でも、そのとき浮遊島がいきなり崩壊をはじめた


 慌ててみんなが地表にもどったけど、納得なんてできなかった。
 あたしらの行動を都合よく遮ってくれちゃうなんて。
 まるで、部外者は立ち入り禁止ってな具合よ。


 それにしても、遺跡の崩れ方も普通じゃなかった。
 なんか、空気中に溶けていくみたいだった。蜃気楼のようだと表現する方が正しいかもね。

(中  略)


 あたしらは呆然とその様子を見守っていた。
 と、そのとき、トリの坊やと赤毛娘が遺跡の中から姿を現した。
 また、驚いたけど二人は元気みたい。それでまず安心した。


 だけど、安心して見ていられたのはそこまで。
 浮遊島の崩壊が思った以上に早かった。
 石段を駆け下りて来る二人は、もう夢中。
 しかも、赤毛娘が空飛ぶ力をなくしちゃってるっていう! 
 二人の会話があたしらの方にも聞こえてきたから、こっちはさらに冷や汗がでちゃったじゃない。
 この二人は幸いにもムギが助けてくれたから、ホッとしたけど。


 ただ、肝心なのはここからよ。
 二人に事情を聞いた。
 浮遊島がなくなったってことは、貴重な証拠が消えちゃって、すべてが闇の中。
 真相がわからなくなるじゃない。


 ところが、それもまるで期待はずれの答えしか返ってこなかった。


 トリの坊やと赤毛娘は海底遺跡にたどりついたことはたどりついたんだけど、すっごい光に包まれた後、意識をなくしていたっていうんだから! 
 次に二人が目を覚ましたのは、その浮遊島の中らしいんだけど、それからすぐに消滅しちゃって、逃げるだけで精一杯だったっていう! 
 わからないのは、トリの坊やの怪我が自然に完治しちゃって、力もなくしたっていうこと。
 当然、オリハルコンの剣も消えちゃってかけらも残っていない


 結局、原因がわからずじまいであんな馬鹿げた異変が起こったってことよ!
 証拠は何も残らず、綺麗さっぱり消滅しちゃって、今までの疑問や理解不能の現象は、み〜んな謎のままなのよ!!


 トリの坊やは、こういってたね。
 「秘宝」は、環境を少しずつ元にもどしている可能性が指摘されていた。
 それが、いいように働いてこの環境を作りだしたのではないだろうかって。


 ただし、この理論に科学的根拠なんてあったものじゃない。
 ガキのおとぎ話につきあう気にはなれないわ。



 この事件以後、トリの坊やとは顔を一度も合わせちゃいないし、スカラウ人のみんなも無事に自分達の星に帰還したっていう話を聞いている。
 願わくば、金輪際、この手のようなわけのわからない仕事なんか引き受けたくはないわね。


 以後のコメントは、あたしもする気にはならないよ!


  ー補 足ー

 ジリアスの現在の状況は、陸海比、およそ二対八。
 まだ、海の比率が高いとはいえ、大陸が存在している。
 これは間違いなく海底の地底が隆起したものである。
 しかも、地軸は正常化し、温帯、冷帯の部分が生まれている。
 北極と南極に至っては、層氷面が形成されている。
 これが、事件直後、ほんの数時間で変化したのである。

 間違いなく「秘宝」の力によるものであるが、理論、根拠はまるで成立しない。

 一説では、異文明が移動して来る前のジリアス本来の環境に戻ったという指摘もあるが、その件に関しては、調査中。

 トリトン・ウイリアムが力を消滅させた原因は不明

 オリハルコンの物質がどのようなものなのかも、未解明
 浮遊島の構造、正体についても、具体的なものは明らかにされていない

 なお、これらの証言についての信憑性については、事実を歪めるものはない
 催眠暗示等の処置は、法的措置を考慮して、この段階では行なっていないものである。