ジリアス・レポート



5.第四次中間報告(ウォル・グルップの概要)


ウォル・グルップの実態とその犯行目的

 ウォル・グルップは、かねてより銀河の覇権を握る陰謀を企てる危険集団として、連合宇宙軍においても、幾度となく取りざたされた組織である。

 しかし、彼らは幾つかのダミー企業を設立させて、その存在そのものを消し去っていた。
 彼らの組織のうち、あるダミー企業の出資のもとで、彼らは三種の資源開発衛星を建造、保有していた。
 そのどれもが、合法的なものであり、すでに独立した小国の権限を持たされていたために、開発主任の特別な要請でもない限り、我々、宇宙軍の介入はけっして認められなかった。
 我々の権限の境界における典型的な実例である。

 ウォル・グルップは、密かにこれらの資源開発衛星を瞬く間に要塞化していった。
 今回の事件のように、WPICの調査の手が及んだことは、我々連合宇宙軍側にとっても、皮肉だが大きな成果を生むに至った。

 我々が呼称している第一要塞、コード名<アドリス>。
 「GR襲撃事件」が起きる直前、先に<リンクスエンジェル>の攻略により<アドリス>は撃沈されている。
 続いて、第二要塞コード名<レンバー>。
 「GR襲撃事件」後、<リンクスエンジェル>とスカラウ人の若者達は、この<レンバー>に直行している。
 最後の要塞、コード名<テスター>は、この時点ではまだ健在であった。
 ウォル・グルップに身柄を拘束されたトリトン・ウイリアムと一条アキは、第二要塞<レンバー>に連行されている。

 これらのどの要塞にも、通常、連合軍艦隊が保有している重巡洋艦クラスに内臓されている反重力エンジンが組み込まれ、移動可能に建造されている。別の資料で、この要塞の見取り図を公開しているので、詳しいことはそちらを参照していただきたい。
 しかし、その発想も我々の常識をはるかに凌駕するものである。今回の事件で、初めて明白にされた驚くべき事実である。

→ ウォル・グルップの具体的な狙いはどこにあったのか。


 先の報告で、ドクター・ウイリアムの研究テーマを狙い、その力に大きく関わるトリトン・ウイリアムとスカラウ人、一条アキを狙ったことはすでに明らかにした。しかし、その裏には、彼ら独自の恐るべき野望が隠されていた。
 その最終報告は、第6次報告で結論付けたいと思う。


 その前に、この<レンバー>において、ウォル・グルップの野望の一部が明らかとなった。

 彼らが注目したのは、トリトン・ウイリアムとオリハルコンとの相互関係である。
 彼が意識をなくしたり、体力を消耗させるとオリハルコンもまた輝きをなくし、その威力までなくしてしまったとロッド・パーカスは証言している。
 また、それとは別に<リンクスエンジェル>ユーリィ・ネイファの報告によれぱ、ウォル・グルップは、非合法な生体実験を密かに推し進め、異型の生物を作り出しては廃棄していた事実が明白となっている。

 このことから考えると、ウォル・グルップはオリハルコンの具体的なコントロール方法をトリトン・ウイリアムから調べだし、独自にオリハルコンを操ろうとした意図が見えてくる。

 だが、そこまでどうして彼らがオリハルコンにこだわろうとするのか、その理由はこの段階ではまだ謎だった。

ー事件経過ー

  第二要塞<レンバー>に連行されたトリトン・ウイリアムと一条アキは、ここで非合法な生体検査を受けたという事実が、ロッド・パーカスの証言から浮上している。
 その証言によれば、遺伝子そのものの情報までデータ―採取が行なわれたという。

 だが、その一方でトリトン・ウイリアムはその事実を全面否定。
 厳しい尋問を受けただけで終わったとして、両者の言い分は大きな食い違いを見せている。

 この双方の証言の事実確認は、今となっては不可能である。
 ウォル・グルップ側が採取したというデータ―そのものは不明
 存在したのかも怪しいところだ。
 それに関しての証拠もいっさい残っていない。
 この件については、未確認のまま処理されている。


 <レンバー>においてトリトン・ウイリアムと一条アキは自力脱出に成功。
 その後、<リンクスエンジェル>、スカラウ人達のグループと合流している。
 この二人によって、海賊行為の共犯者の疑いがあったルイズ・クラヴシェラがすでに殺害されていたことが発覚した。

 その一方で、行方不明となっていたスカラウ人、星野鉄郎と倉川裕子を救出。
 だが、彼らに拷問、あるいは処刑未遂行為を行ったことが発覚。
 「ウォル・グルップ」には、それらの犯罪行為の罪が新たにつけ加えられる。

 <リンクスエンジェル>、スカラウ人達のグループはチームを編成。
 後、彼らのみで<レンバー>を撃墜させる。

 <レンバー>はもともと小惑星の中に人工都市を建設するという、資源開発小惑星の構造としては典型的なものであった。ただし、民間のものとは違い、武装した要塞都市を形成していた。
 それを十代の少年、少女達のみで<リンクスエンジェル>が加わったとはいえ、攻略してしまったのだ。
 その戦闘力は、連合宇宙軍一個師団の戦闘能力に匹敵するだろう。
 まさに、恐るべき連中である。


 我々、連合宇宙軍は、<レンバー>攻略後の彼らと初の接触に至った。
しかし、この段階ではWPICのみの調査範囲であり、連合宇宙軍の介入はまったくなされていなかった。

 WPICでは極秘事項とし、WPIC内での内密の調査で進められていたという。
 そのため、情報を掴むことができなかった我々は、彼らの勝手きままな口車にすっかり乗せられた形となった。

 ここでも彼らは、想像を絶した行動力を発揮する。
 トリトン・ウイリアムの身分を偽るだけではなく、我々の専用艦<ビローグGG>のコンピュータルームを占拠。連邦政府直属のコンピューターにハッキングをしかけ、ウォル・グルップの情報を抜き取る。

 この重大な違法行為を、我々は最後まで気づくことができなかったのである。
 まことに遺憾な事態となってしまった。 


<資料ー10>

ーウォル・グルップの幹部、ロッド・パーカスの証言よりー


 オリハルコンそのものが、俺にとって野心をかなえてくれるありがたい産物だったのさ。
 いや、他の幹部連中は、俺ほどオリハルコンに興味を示していなかったかもな。
 幹部は個人の理由でウォル・グルップに籍を置いていたものでね。幹部同志にまとまりなんかありゃしない。
 みんな、勝手なことをほざいていやがった。


 今ならいえるが、俺はオリハルコンという未知のエネルギーの正体は何だったのか、どういう力があるのか、そっちに興味を引かれて、個人的に調べてみたくなったんだよ。
 でも、オリハルコンは想像以上にやっかいな代物だった。
 はっきりしたことが何もわからない。
 オウルト技術の解析がまったく通じないのさ。
 それこそ、ものをいわない金属の塊さ。
 そう。あのトリトンという坊やから「拝借」して、念入りに調べたんだ。
 わざわざ科学的な分析までしてな。


 ただし、あの坊やが手にしたときは、オリハルコンの様子は一変した。
 赤い輝きを放ち、しかもレーザー剣のような高熱で人間だろうが、対人兵器だろうが何だって消滅させてしまう。
 それは、ジリアス・ラボ襲撃の際、じっくり拝ませてもらったよ。
 スカラウ人のお嬢さんともども、ありゃ“化け物”だと真剣に考えたくらいだ。
 

 その中でオリハルコンには一つの特色があるのを発見した。
 トリトンという坊やが意識をなくしたり、体力を消耗させると、オリハルコンの輝きも弱まり、とたんに威力をなくしちまうんだ。
 後は、誰でも思いつく。
 オリハルコンよりも、あの坊やそのものを調べる方が先だってね。


 坊やとお嬢さんには酷だと思ったが、我々の調査にご協力いただいたというわけさ。
 何たって物が物だ。
 二人が、その体内で保有している遺伝子レベルまで調べる詳しい検査が必要になったよ。
 手間がかかるがね…。


 なぜ、そんなことをしたかって? そりゃそうだ。


 俺が推測していたのは、オリハルコンとあの坊やの関係というのは、あの坊や自身が蓄えている体内エネルギーと連動しあい、オリハルコンを作用させているんじゃないかっていうことだった。
 それを、あの坊やはどうやってオリハルコンの力に転換させているのか、ネックはまさにそこだ。
 しかも、あの坊やとお嬢さんの力は確かに似通っている。
 その関係も立証したかったものでね。


 いっておくが、あの坊やが俺の証言を否定しているからって、この事実を曲げるわけにはいかない。
 あの坊やの方がウソつきなのさ。
 ただし、せっかく坊やとお嬢さんのデータ―を採取しても、解析中だったのが致命的欠損さ。
 データーは、どさくさに紛れてわからなくなっちまった。
 それとも、<レンバー>とともに、宇宙(そら)の藻屑かね…(笑)
 証拠を出せといわれても、どうにもできんよ。
 ただし、これだけはいえる。
 あの坊やとお嬢さんは、子どもの仮面をかぶった“化け物”さ。


 おたくらも、くれぐれも用心しな…!



<資料ー11>

ー事件後、WPIC所属<リンクスエンジェル> ユーリィ・ネイファの報告書より抜粋ー


 私達が<レンバー>に直行するまでの状況は憶測にまかすしかない。
 後に合流したトリトン・ウイリアムの話で、その状況を理解した。


 トリトン・ウイリアムと一条アキは、脱出に成功。
 しかし、ある施設の廃棄ブロックに迷い込んだ。
 そこで行方不明だったスカラウ人のもう一人の女性、倉川裕子と二人は再会した。
 しかし、そのブロックには、とうてい人間とは思えない奇怪な生物達が捕獲され、蠢いていたという。


 トリトン・ウイリアムの推論では、彼らはバイオ技術によって生み出された新種人間ではないかというものだった。
 どうやら、ウォル・グルップは、オリハルコンと扱える人間の関係はバイオ技術にあるのではないかと検討し、研究を重ねていたようである。
 しかし、研究はことごとく失敗。
 その研究で生み出された失敗作の生物達が集められ、廃棄されたようである。


 それと同時に、そこは一種の処刑場のような場所であり、用なしになった海賊兵士達はそのブロックに追いやられてしまうようだ。
 その場所で、トリトン・ウイリアムと一条アキは、指名手配されたルイズの死体を目撃したという。


 スカラウ人の女性、裕子も処刑されかかっていたが、彼女は気丈にも爆弾をセットし、ブロックの破壊に成功している。


 私達は、その爆発を頼りにドッキングエアポートから内部に侵入。
 トリトンとスカラウ人の女性達を無事に保護した。
 また、逃走してきたスカラウ人、星野鉄郎を発見。
 浮翼人と一緒に救出することができた。
 けれども、鉄郎は海賊達から手ひどい拷問を受け、重傷状態だった。


 保護区の異星人達を傷つけることは、重罪となる違法行為である。
 よって、その罪も彼らには償ってもらうことにした。


 私達は、再度、チームを編成。
 ウォル・グルップに対抗する手段をとる。
 これには、ジリアス・ラボの正式職員であるトリトンと浮翼人の知識に頼ることにした。
 私達は、ゲリラ活動を展開しつつ、<レンバー>の中枢となる動力部に爆弾を仕掛け、破壊する作戦を遂行した。
 苦戦を強いられたものの、作戦は成功。
スカラウ人達が優秀であったため、その後のこちらの死傷者はなし。無事に<レンバー>からも脱出できた。


 一方、<レンバー>にいた主要幹部は8名確認。ただし、ボスのキム・ウォルは不在。
 幹部8名のうち、3名を作戦遂行中に射殺。
 残りは、またもや逃走を許してしまう。



   <レンバー>における被害状況報告


    推定被害額    約12兆クレジット 
    推定行方不明
    および死亡者   約631名
    逃亡者        12名


 私達のチームメイト、クァールを同行させていたとはいえ、この作戦を無事に成功させるのは、ほとんど奇跡に近い快挙である。


 私達は、<レンバー>撃沈後、オウルト連合宇宙軍所属重巡洋艦<ビローグGG>に保護された。



<資料ー12>

ー事件後、WPIC所属<リンクスエンジェル> ケイン・ユノアの証言よりー


 全員が合流した後、最初、あたしらは2台のカートで海賊兵士どもに応戦した。
 相手がカートで攻めてきたんだから。カートにはカートじゃない。


 えっ? スカラウ人の特徴?
 とにかく彼らは、最低、何か一つ、特技を持ってるプロみたいな連中だった。
 あの浮翼人ってば、どこでこんな子達をスカウトしてきたのか、知りたいくらいよ。


 それぞれに経歴はあるものの、あたしらとコンビネーションが組めるくらい、彼らは個々の戦闘能力がとても高い。
 中には、軍隊経験や訓練を受けた者がいる。倉川ジョウと、双子の妹の裕子、そして星野鉄郎の三名がそう。


 裕子って娘は、見た目は金髪長髪のお嬢さま風なのに一人でビル爆破をやってくれた。それって、破壊工作員として活躍できるほどの腕前よ。
 後の二人の男の子は、その子よりも実力が上だといっていい。武器の扱いも手馴れているし、相当、訓練を受けていて銃の腕もかなりのものよ。
 特に鉄郎って子は、拷問を受けていて、いつ倒れたっておかしくない状態なのに、動きが少しも鈍らない。それでいて、3人の幹部を射殺してしまったのは、あたしらではなくこの鉄郎なんだから。
 WPICでは処刑や拷問を禁じている。だけど、スカラウ人の彼を止めることはできなかった。
 他には、レーサー志望とかでドライブテクニックを持っている島村ジョーが、いい腕をさりげなく披露してくれた。


 トリの坊やと一緒に渦中の被害者になってしまったアキという赤毛娘。
 タイプ的には苦手だけど、合気道という独特の武術を身につけているから、その技にかかると屈強な男どもが次々とのされていく。これにも驚かされた。


 もちろん、トリの坊やにもね。
 13歳の男の子が、こんな事件に巻き込まれて誘拐までされちゃったら、普通はピイピイと泣いちゃうところよ。だけど、この坊やは勇敢に戦ってくれるから、反対にこっちが肩透かしを食らったわ。それで「実戦は、初めて。」というからよけいにビックリ。
 こんな彼らとあたしらがタッグを組んだら、雑魚の海賊兵士なんか相手としては役不足だったわね!


(中  略)


 カートを乗り捨てたあたし達は、中枢動力部を爆破するために、白兵戦を展開しながら先に突き進んでいった。


 このとき、トリの坊やと赤毛娘の不思議な能力っていうのを、はっきりとあたしらも目撃した。
 トリの坊やの戦闘能力。
 剣術はあたし達も馴染み深いステッキ・アクション。
 構えも動きも洗練されてて、とてもおみごと。彼は独自のフォームに昇華しちゃってる。
 だけど、あのオリハルコン。
 剣の熱で人間を跡形もなく溶かして消滅させちゃう。
 戦闘ポーズは綺麗でもやってることは相当えげつない。
 しかも、坊やの戦闘能力はクァールに劣らないわ、きっと。


 ちなみにクァールは、「ブラックデストロイヤー」と異名をとる新種の生き物。
 見た目はネコ科の哺乳類にそっくりだけど、人間並みの知能があるし、感情も理解できる高等生物よ。
 「ジリアス・ラボの襲撃事件」の時に毒水を吹っかけられて、相当、怒り狂っていたから、クァールのムギも容赦がなかった。
 そのムギとトリの坊やは、お互いにタメを張ってると思ったね。


 そういえば、このムギを不思議な力で一瞬で完治させてしまった、あの赤毛娘。
 あの娘が空を飛ぶ姿を見せつけられた時も、あたしの思考がぶっとんだ。
 それを可能にした「オーラ」という赤毛娘の力。
 その光を浴びると、跡形も残さず、相手を綺麗に消滅させちゃう。
 これも驚きの現象。こんなの見たことがない。
 しかも、この二人はその力の仕組みがどうなっているのか、全然わからないなんて主張する。
 同じ空間にいたあたしらをうまく避けて、敵だけをちゃんと倒せるっていうのも、とーってもおかしい。
 いまだに謎だよ、あたしには理解不能だね。


 でも、一つ確実なことがある。あの二人の力が海賊なんかに利用されちゃったら、オウルト世界は間違いなく破滅する。
 あの二人のスピードは並じゃない。あたしらはすっかりおいてけぼり。彼らが駆け抜けた後には、メインの連中はほとんどやられているといった感じ。


 さらに、驚いたことに、あの二人はクァールと平等にコミュニケーションをとっていたみたいなの。
 どういうことかといえば、クァールは人の会話は理解できるけど、自分からは会話ができない。だけど、トリの坊やはこのクァールの「ミギャ語」を人の言葉として聞いて、会話してるっていうの。あの赤毛娘にも生き物と心を通わせる力があるっていう。
 生還したラボの子達からも聞いたけど、トリの坊やは、どんな外国語もペラペラだし、どんな人種が書いた文章だって解読できちゃうらしい。
 それはひょっとして、テレパシーじゃないかって、あたしなんかは考えたね。


 おまけに、トリの坊やは「水陸両棲人間だ」なんて噂も聞いていたけど、これ、マジにほんとの話だった。
 あたしらは、動力部の手前の冷却水のプールに誘い込まれた。海賊連中はウエットスーツを着込んだままそのプールに潜んでいて、あたしらを引きずり込もうと企んでいた。
だけど、トリの坊やは自分からそのプールの中に飛び込んでいって、短剣で連中とみごとに戦ってくれた。
 それが、水の中でも動きが速い! 
 ううんっ。水の中の方が陸上の動きよりもさらに速くなってる! 
 おまけにこの子ってば、ウェットスーツを着てないのに、冷たい水温にまったく堪えていない。しかも、一度潜って次に顔を出して上がってくるまで十分は潜りっぱなし。酸素マスクなんかもちろんつけてない。
 いったいトリの坊やの体の作りはどうなっているんだ???


 あたしらも負けじと派手なドンパチを展開した。トリの坊やと浮翼人が爆弾をセットするまでの時間を、そうやって稼いだ。
 そんなあたしらの華麗な活躍で、この作戦をみごと成功に導いたんでしょ! 
 けど、この後にメチャメチャ焦ったわ。自爆のカウントダウンが始まって、逃げなきゃあたしらまで爆発に巻き込まれる。
 おまけに、射程安全圏外まで、脱出しなくちゃ助からないんだけど、その段階で、ほとんど余裕が残されていなかった。
 全速で間にあうかどうかの際どいタイミングだったけど、あたしらは、無事、脱出に成功した。


 だから許せなかったのよ。先にシャトルで逃亡した海賊の残党どもが。
 この実験船のパイロットを任されていたのが怪我をした鉄郎だったけど、あたしが彼から操縦桿をもぎ取って、残党を追っかけたんじゃない。
 捕まえりゃこっちのものだったのにぃ。
 そこを邪魔してくれたのよ。
 あの宇宙軍の重巡洋艦<ビローグGG>が!


(中  略)


 連合宇宙軍と接触して、まずヤバイと思ったのは、今回の仕事は「極秘」という指示を与えられていたということ。
 事件の真相がわかるまで、正規の宇宙軍の救援要請を控えなくてはならなかったからよ。
 どのケースにおいても、担当する「調査」は個人のプライバシーを侵害しかけない、とってもデリケートな問題をいつもはらんでいる。刑事事件に発展させるのには、もっと確固たる立証が必要。それをちゃんと法的に証明して、しかるべき所に問題を持っていくのが、あたしらの仕事の意味。
 その理念に、あたしらは忠実に従い、沿ったまでだわ。
 事を大事にするわけにいかないし、そこで、咄嗟に思いついちゃったの。


 スカラウ人の子達から聞いたことだけど、トリの坊やの格好って昔のスカラウ人の文明人の格好だという。それも、神話の世界に出てくるような世界を想像するらしい。
 最初は変な格好だと思ったけど、そういわれると坊やのイメージも全然違ってくる。
 「“神話の少年”が白馬に乗って現れる。」なんて、メルヘンチックな妄想が沸いてきちゃう。
 だったら、ほんとに王子様になってもらおうってことで、トリの坊やには「主席の孫」になってもらったんじゃない。
 正真正銘のオウルト界の王子様よ。
 一時でもトリの坊やには、そんな夢のような気分を味あわせてあげたんだから。
 むしろ、感謝して欲しいくらいだわ。
 だけど、トリの坊やっていろんな才能があるくせに、演技の才能だけはなかったみたい。おかげでアブなくオリコドールに見破られるところだったじゃない。
 スカラウのみんなが、うまくその点をごまかしてくれて、どうにかバレずにすんだけど…。


 だからって、銀河コンピューターにハッキングをかけるところまでは、さすがに、あたしらだって思いつかないわよ。
 あれを思いついて、実行させちゃったのが、スカラウ人の星野鉄郎。
 彼は、スカラウでは名門の一族のお坊ちゃまで青年実業家という肩書きを持っている。だから思いつけるなんていってたけど、彼の正体も怪しくなってきたわ。


 でも、他に方法がなかったのは事実よ。
 ウォル・グルップはダミー企業をいくつも設立させて姿をくらましている闇の犯罪組織。 まともな捜索だと確かに行き詰ってしまう。
 あたし達が欲しかった情報は、ウォル・グルップのボスと主要幹部の個人情報。
 ダミー企業の組織関係と彼らの違法行為データ―。


 一見、合法的に処理されているものだって、怪しい形跡を残していると睨んだわ。
 そこから新たに調査の枠を広げることができる。


 と、口では簡単にいえるけど、結構、苦労したわよ。
 コンピューターそのものに複雑なパスワードが入力されていて、簡単にはアクセスできないようになっているし、時間も限られている。
 さらに、膨大なデータ―から必要なデーターをどれだけ抜き取れるのか、その問題も大きかったわ。
 だけど、トリの坊やは、その期待にみごと答えてくれた。
 その後は事故に見せかけて、宇宙軍側を牽制したというわけ。


 事がそれだけ切迫していたのよ。あたしらが処罰されずにすんだのは、事の重大性を認識した連邦政府が免罪したからじゃない。
 それを、いまさらガタガタ言って欲しくないわね!


 ー補 足ー

 銀河連合主席に関する血縁者は、フォストール財団ゆかりのある人物で占められていたため、非公開だった。

 そこで、いきなり主席の孫の血を引くと名のる者が現れても、その事実を受け止めるしかないのが現状だった。

 しかし、詳しい調査をすれば、容易に事実を把握できたはずである。それを怠ったこちら側の責任の重大さは否めない。
 二度とこのような誤判断を起こさぬように、心がける所存である。

 なお、この一件後、主席には後継者が存在せず、側近である元老の孫にあたるヒルディ・クライスが養子として迎えられ、次期、後継者であることが公式に発表されている。