ジリアス・レポート



4.第三次中間報告 (トリトン・ウイリアムについて)


ー事件経過ー

 「GR襲撃事件」後、<リンクスエンジェル>は惑星アストリアに赴き、依頼主のウイリアム氏と対面。
 それまで不透明だったウイリアム氏の依頼内容が、この時、初めて明らかにされる。

 その内容とは、異文明と何らかの接点を秘めている息子のトリトン・ウイリアムを、自身の研究テーマとともに、ガードして欲しいというものだった。

 その会話の中で、ウイリアム氏は彼の実の息子、トリトン・ウイリアムと異文明の産物であるオリハルコンとの関わりを、明確に語ったという。
 その証言によれぱ、それまでは何の変哲もないただの短剣にすぎなかったオリハルコンが、トリトンがその傍に接近した瞬間に、突然、赤みを帯びて輝きだしたという。

 ウイリアム氏は、トリトンがジリアス・ラボに就任した記念として、その短剣をトリトンに譲り渡したと告白する。

 この情報はウォル・グルップ側にも伝わっていたと思われる。
 「GR襲撃事件」後、彼らは本格的にトリトンを狙い、攻撃姿勢を転換させる。

 一方、<リンクスエンジェル>は、ウォル・グルップに海賊行為の他に、誘拐・拉致疑惑の容疑を追加。引き続き、調査を継続させる。

 なお、まだこの時点では、調査内容そのものがWPICのみの調査事項として処理されており、我々連合宇宙軍の介入はいっさい行なわれていない。  


 この段階において事件のキーワードとなる「オリハルコン」と「トリトン」との具体的な関わりは、まだまだ謎である。
 噂によると、トリトン・ウイリアムは飛び抜けた学術的才能の他にも、特別な能力があるといわれていたが、その真意は不明瞭だった。
 しかし、先の「GR襲撃事件」において、初めてこの少年の隠れた能力が明らかになった。


トリトン・ウイリアムの特徴


 ここで特筆すべきは、ドクター・ウイリアムの一子、トリトン・ウイリアムについてである。
 彼は、すでに銀河連邦内でも、非常に注目度の高い少年であった。

コロニアル・アウター歴159年
  • 人類最高の栄誉とされるフロディートスの称号を銀河連邦主席から授与。
  • この時、若干9歳で十以上の分野で博士号を取得。

コロニアル・アウター歴160年
  • 10歳で大学を卒業。そのまま、ロケット工学専攻の教授に就任。
  • その直後にジリアス計画参加を決意。
  • しかし、そのために大学圏追放。教授の地位剥奪という処分を受ける。
  • 同年、ジリアス計画には“助手”という肩書きで参加。

現在は、ジリアス・ラボ海洋開発部門スタッフ・チームとしての職務を遂行。
施設内における最年少スタッフ。

 恵まれた才能は、各方面にとっても喉から手が出るほどの存在だったようだ。なお、ジリアス計画においても、当初の参加時、(10歳)からチーフとして年輩の職員の指導的立場であったことから、彼の実力の高さが窺える。

 なお、一般には認知されていなかったが、彼には「水棲適応能力」、未知の文章や人間以外の動物とも会話ができるという「テレパスに近い能力」があることが、この事件の多くの関係者の証言で明確となる。


「GR事件」においてのトリトン・ウイリアムの行動目的


 「GR襲撃事件」の直前、トリトンはラボから、一時、失踪している。
 後に、生還したラボのスタッフから、その時のトリトンに関する証言が得られた。

 それによると、トリトンは、手薄となった夜間にジリアス・ラボから抜け出した後、潜水艇専用の水中ハッチを潜水具をまったく着用せずに生身のまま潜行し、海底600メートルの場所に出現。さらに深い海底へ潜行して姿をくらましたという。

 ジリアス・ラボのスタッフ達は、この時までトリトンの「水棲能力」にまったく気づかなかったようだ。
 そのうえ、トリトンは潜行中、光る短剣で設置されていたモニターを破壊。
 彼の泳ぐ速度は、海性哺乳類の回遊速度、時速50キロを上回ったとの証言もある。

 また、彼のこの時の服装は、ワンピースのような白衣と赤いマント姿で異星人そのものだったというが、この姿は、後に我々が初めて彼と対面した時に見た姿であった。
 その彼の服装こそが、ジリアス異文明の民族衣装だ。証言の中にある“光る剣”とは、オリハルコンの短剣のことである。

 この事実からも判るように、トリトンと異文明の文化とは、想像以上に深いところですでに繋がりがあったことが判断できる。

 さらに、浮翼人とともに、オウルト世界に紛れ込んだスカラウ人の女性、一条アキがこの時のトリトンの後を追いかけている。
 この女性もまた、空飛ぶ能力やオーラを発する能力等が身についていたと聞く。

 一部では、トリトンとアキの持つ能力は似通っているとの見方もあるようだ。

 その事実を確認することは非常に困難だが、ウォル・グルップはこのスカラウ人の女性にも注目。
 トリトン同様、彼女にもターゲットを定めたという事実がある。


→ 謎の真相を明らかにする意味でも、この時のトリトン・ウイリアムの行動を追及していく必要がある。


 ◎「ジリアス事件」後、トリトン自身がそのあたりの事情を公式に発表している。
 「ジリアス事件」とは、すぺての事件の総称であり、「GR襲撃事件」は「ジリアス事件」という流れの中で起きた一事象である。この2つの事件は、それぞれ別の事件である)

 ◎公式発表による内容は以下のとおりである。

彼は、すでに自分とオリハルコンに何らかの繋がりがあることを自覚し、彼自身の探求という目的で、父親の研究とは無関係に、独自の調査を進めていた。

 結果、流説である「秘宝」といわれたオリハルコンそのものを発見するが、この段階では調査中だったことを理由に、すぐにその事実を公表できなかったとしている。
 しかも、噂されていたシリアス地殻変動の大元となったものであり、今後、いかなる異変を引き起こすのか想像がつかなかったため、彼自身の判断で「極秘事項」としたようだ。

 トリトンは、ジリアス・ラボ就任直後にこの「秘宝」を発見。
 以降、「GR襲撃事件」の直後まで、その情報を隠し通している。

 ただし、この間の彼独自の調査の中で、オリハルコン使用法の謎が少しずつ解明できたという。

 それによると、オリハルコンには何種類か秘められた力があったようだが、おおよそ武器としても使用可能だった。
 オリハルコンそのものが高熱を発する物質であり、その高熱であらゆる物を容易に融解できるのだ。

 しかし、そのオリハルコンを使いこなせたのは、トリトン・ウイリアムだけである。

 なぜ、彼がオリハルコンを使用できたのか、言い換えれば、それ以外の人間はどうして使用できないのか、トリトン自身もその理屈が理解できなかったという。


 「GR襲撃事件」の直前の失踪について、トリトンは、その前日にジリアス・ラボの海岸に特殊原生生物の一種、大海ヘビが襲来したため、「秘宝」の様子が気がかりになったと理由付けている。


 その大海ヘビをたった一人で海に還したのが、スカラウ人、一条アキである。
 トリトンの失踪後、彼を追って一条アキもその「秘宝」のある場所に向かったという。
 彼女自身にも、自分の力の謎の探求という狙いがあったらしい。

 けれども、「秘宝」と彼女の力の因果関係は、結局のところはっきりしなかったとトリトンは付け加えている。

 トリトンと一条アキは、「秘宝」が無事であることを確認した後、ジリアス・ラボへ引き返したが、その際、「GR襲撃事件」に遭遇している。 


トリトン・ウイリアムと一条アキの能力

 現在、海賊容疑で逮捕、拘留中の海賊幹部の一人、ロッド・パーカス。
 「GR襲撃事件」を含めた「ジリアス事件」の首謀者であり、オリハルコンを狙った重要参考人である。
 彼の証言により、「GR襲撃事件」中の、トリトンと一条アキの行動が明らかにされた。

 二人は一般の非戦闘員であり、むろん、実戦体験は皆無である。
 (ただし、一条アキに関してはスカラウ人という立場上、断定できない。)
 しかし、それにもまして、同時刻に白兵戦を挑み、余儀なく後退を迫られた<リンクスエンジェル>を中心に編成された抗戦グループと比較した場合、緊急非常態勢が引かれ、隔壁で封鎖されていた研 究所内において、たった二人だけで管制センターにまでたどり着いている。
 さらに海賊側のガードを突破し、二人はその後ラボから脱出したようだ。


 ロッド・パーカスは二人の戦闘能力について、共通した具体的な要素をあげている。
 それは「速さ」である。
 彼らは、通常、三秒の間隔で閉鎖する隔壁を楽々と擦り抜けたという。と同時に対人兵器を破壊。海賊兵士のガードも振り切ったようだ。その「速さ」には、兵器そのものもかなわなかったのだ。
 しかも、彼らが有するその破壊力は、小型爆弾なみの破壊力があるという。


 一条アキが有している「オーラ」という能力
 「資料8」の中にあるユーリィ・ネイファの報告でも記載があったが、クァールを完治させたのは、この「オーラ」である。
 だが、ロッド・パーカスの証言では、この「オーラ」が防御壁を吹き飛ばし、対人兵器も粉砕したという。また彼女は、スカラウ式の独自の格闘術を身につけていたようだ。


 一方、同様に、トリトンが振るったオリハルコンの短剣の威力も脅威的だったと証言している。
 オリハルコンそのものが発する高熱は、確認された段階の最高レベルにおいては、優に施設のワンブロックを破壊できるほどの力があったらしい。だが、オリハルコンはその時々において破壊のレベルが違っていたようだ。
 推測だが、幾つかのレベルに調節できたのだと考えられる。しかし、それをどのようにしてトリトンが調整しているのかまでは解っていない。


 オリハルコンには、まだまだ多くの疑問点が残されている。
 そのことについては、後の報告で詳しく述べていきたいので、ここでは追求を避けることにする。


 確実にいえることは、この二人に通常使用される兵器類が、まったく役に立たなかったということだ。
 二人は、他にレイガンとレーザー剣を所持していただけで、他に特殊装備は持ち合わせていない。トリトン・ウイリアムは、ステッキアクションのライセンスを取得しているが、それだけでは不充分だ。

 おそらく、人のものではない異常な戦闘能力の高さこそ、この二人に秘められた特殊能力のもう一つの特徴なのであろう。


 しかし、そんな二人でも管制センターに到達した後は、海賊側の強固な戦闘態勢に敗退し、一時、退却を迫られた。
 ラボ脱出後、二人はラボから百キロ離れた無人島に身を潜めていたらしいが、夜間に海賊側に発見され、海賊側に拉致された模様。
 これらは、行動をともにした「浮翼人ティファナの証言」に基づく。


 この一連の「GR襲撃事件」に関するコメントをトリトン本人は避けている。
 事情徴収時、この事件に関しての供述のみ、トリトンの言葉が曖昧になったという。
 それは、失語症に近い症状だったようだ。
 彼に限らず、生還したジリアス・ラボのスタッフ達には、いずれも心理的な障害が見られた。
 また、トリトンに関しては、大学圏追放処分を与えられた直後も、相当な精神的ショックによるダメージが見受けられた。
 <リンクスエンジェル>の証言によれば、トリトンは事件全般には気丈で、冷静かつ前向きな姿勢を見せていたというが、心の問題は深刻だったのではないか。


 トリトン・ウイリアムについての事情徴収は、精神的負担を与える原因になるという見解から、途中で断念されている。

<資料ー9>

ー事件後、トリトンの手記よりー


 夕日。いつも見ていた水平線に沈んでいく夕日。


 だけど、その日の夕日は、いつもと全然感じが違う。恐いくらいに澄んでいて、とても綺麗だった。

 ジリアスで見る太陽の夕日ってこんな感じだったのだろうか。
 そこは、いつもオフの日に仲間達とサバイバルキャンプをやって遊ぶ所だ。
 そして、この日も、いつものように手作りのボートを引っ張り出して、快晴の海上でセーリングを楽しんだ。


 だけど、同じはずなのに、いつもと全然違う。
 それは、俺の目の前に彼女がいたせいなのだろうか。彼女は俺にずっと笑いかけてくれる。夕日と同じ紅い髪をなびかせながら。


 俺は、この時だけは何もかも忘れていたかった。目の前にこの人がいるだけでいい。
 真剣にそう思った。


 だけど、赤い夕日の色はどうしても思い出させてくれる。
 それは、人間の血の色と同じ。燃えさかる炎の色と同じ。


 まだ頭にこびりついて離れないのが、近しい人達の悲鳴、泣き声。漂う血の臭いと、焼け焦げた火薬の臭い…。


 今まで一緒に仕事をしてきて、遊んでくれた親しい人々は、もう誰もいない。
 みんな消えて、一瞬のうちにいなくなってしまった。
 今、こうしているのは俺とアキだけだ。


 俺は、消えてしまった仲間達と一緒に見た夕日を、今はアキと見ている。
 同じヨットの上から。
 それは、とても不思議な感じがしてたまらない。

 だけど、俺はもう悲しむのをやめた。

 翌日には、先に脱出した仲間達を追って、もう一度、あのラボに潜入して外洋船を確保しなくちゃならないという大仕事が待っている。


 それに、どんなことがあったってアキを守ってあげなければ。
 それは、最後に別れて俺達を逃がしてくれた、鉄郎と交わした男の約束だ。
 果せなかったら、鉄郎に申しわけが立たない。


(中  略)

 俺は、アキくらいの女の人を、大勢知っている。
 でも、どうしてアキだけはこんなに違う印象を受けるのだろう。

 ヨットの上でもそうだった。俺はひどく緊張してしまって、始終あがりっぱなしだった。

 確かに、アキは俺の気持ちを誰よりも理解してくれて、何度も俺のことを励ましてくれた。
 でも、それはどこかで似た様な気持ちがあるんじゃないかって、強く感じられる。

 アキは、俺にこうもいってくれた。
 「男なら先にやらなければならないことをやってから、好きに泣いたって構わない。」
 あの言葉がなかったら、もっと俺は情けないやつになっていたかもしれない。


(中  略)

 アキに出会ってから、ずっとこの人は強い人だなと思い込んでいた。

 だけど、その夜、俺の隣で寝ていたアキはずっとすすり泣いていた。
 途中で離れてしまった鉄郎のことを思い出している。俺はすぐにそう気がついた。

 でも、そのときの俺は、彼女をどう慰めてあげたらいいのかよくわからなかった。
 後からアキを抱きしめてあげたけれど、俺がしてあげられたのは、たったそれだけだった。

 彼女の気持ちを慰めるのには、まだまだ力が足りないことを、俺は自覚した。

 俺は、女の人一人も守ってあげられない、力のない子どもなんだとそのときにわかった。


 この人を守れるだけの力が欲しい。俺は、その時ほど強くそう思ったことはない。


 (これは、ラボから脱出した後のつかの間の休息の出来事だ。)