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〜第4回 サダルストリート〜


 路地裏の中を通りぬけ、右に曲がり、左に曲がり、
 「おい、俺達の行きたい場所は、ドライバーに伝わっているのか?」
という不安を抱え始めた頃、ようやく目的地であるサダルst.に着いた。
 「いやあ、どっか変なとこに連れて行かれて、身ぐるみ剥がされるかと思ったぜ。」
と、軽口たたきながら降りる。と、目の前を、両足の無い奴が手を使って歩いて?いる。
 少々呆気に取られていると、ドライバーが、
 「チップくれ。」
と言ってきた。
 「ああ、そう。じゃ、はい、これ。」
そこで、2R渡すと、
 「少ないよ、少ないよ。」
すると、そばにいた他のインド人が
 「うむ、確かにそれは少ないですな、もう少し渡してあげなさい。」
と、入ってきた。すると、
 「え、なになに、なんかあったの。」
と、周りのインド人が大勢集まってきやがった。
 「うっ、こいつら、娯楽が少ねえんだな。」
 不安を感じた松藤は、自分の荷物を持つと、さっさと歩き出し、宮下もそれについて行 く。取り残された私と吉田。金を出したのが私である以上、自分でケリをつけなきゃいか ん。
 「だいたい、チップってのはサービスに対して払うんじゃねえのか。おまえ確か、最初 変な奴同乗させて、俺らに不快感を与えたよな。本来なら、マイナスだ。」
しかし、この思いを英語に変換できるほどの語学力は、ない。結局、
 「2Rいるのか、いらんのか。」
というレベルでの争いに終始、2R払って振り切った。



 予めここにしようと決めていたホテルに向かい、押さえる。“Tourist inn”。激安、 と言う程ではないようだが、部屋にあるのは、ベッドに、洗濯物を干すロープ、トイレ、 シャワー(水がチョロチョロ)、バケツ、天井に扇風機、以上。だが、4人で一部屋取れ たので、良しとする。思ったより清潔感のある部屋だが、それはイコール何も無い、ということ。
 別室から、歌が聞こえる。
 ♪ 〜 the house of rising sun 〜 ♪(だっけ?よく覚えてない)
 “朝日のあたる家”。ギターかき鳴らす白人の男。

 とりあえず、散歩に出る。サンダルでも買おうかと欲し、値段を聞いてみる。
 「75Rでやんす。3人で買えば70Rにしときますよ。へっへ。」
そうか、次行ってみよう。
 「65Rでどうです、ダンナ。」
 「ああそう、じゃあ買うわ。」
と、私はここで買ったのだが、松藤と吉田は、別のところで30Rで買ってきた。



 夕食は、“ジプシー”という店へ。店内は、暗い。薄暗いではなく、暗い。何故。
 チキンマサラを注文、バターナンにラッシーを付ける。全部で29R。しかし、この値段 にして、かなり美味かった
 〜この後、現在に至るまで、私はこのときのナンより美味いナンを食べていない。また、 日本でラッシーを頼むと、必ず“飲むヨーグルト”をそのまま出してきやがるが、やっぱ り、ヨーグルトと氷をミキサーにぶち込んで混ぜた奴の方が、いい。食感が、喉越しが違 う。(ような気がする。)
 ちなみに、ナンは高級で、一般家庭ではあまり食べない、とのこと。〜
 店を出て、
 「ヘイマスター、ハッパハッパ。」
と声を掛けられながら、少し周りを観察するに、この通り一帯の雰囲気を簡単に伝える言 葉は、掃溜め、いや、吐溜め、あるいは、ゴミ捨て場、この2つの言葉がふさわしい。だ って、汚いし臭い。まあ、インド人に言わせれば
 「新宿歌舞伎町と一緒だ」
と言うかもしれんが。
〜以前、新聞の投書欄に、
 「インドのリクシャーワーラー(人力車曳き)のように、気楽な生活に憧れます。」
と、送ってきていた人の文章を読んだことがある。
 「馬鹿か、あんた。汚い格好したおっさんが、綺麗な服を着た小学生らしい女の子2 人を乗せて、必死こいて坂登っている。何故か?身分が、カーストが違うからじゃねえ のか?リクシャーだって、元締めから借りているもので、自分のではないんじゃねえの ?衛生的とは言えない生活で、病気になっても、病院に行く金も無いんじゃねえの?野 垂れ死にを覚悟できるのか?」
 これに対し、
 「身分制度があれば必ずしも不幸というわけではないかもしれない。精神的には日本 人よりはるかに安定しているのかもしれない。俺たちは、子供のころから、西洋近代思 想を摺り込まれてるから“身分制度”イコール“悪”だと思ってしまうだけなのかもし れない。
 みんな平等で、みんなにチャンスはあるんだ、それがいい社会なんだって、アメリカ 人みたいに脳天気にはなれない。みんなにチャンスがあるってことが前提になってる社 会では、社会の底辺にいる奴は、才能が無い、努力しない、能無しなんだってことにな る。全部が自分の責任ってことになる。ほんの一握りの人間を除いて、そういう苦悩を 抱えて生きていかなけらばならなくなる。これは結構つらいことかもしれない。だから、 神経がおかしくなるのだろう。アメリカ人が何かっていうと、精神科医や牧師に頼りた がるのも分かる気がする。
 自己責任って考えを30年も摺り込まれた今となっては、もちろんインドでリクシャー ワーラーになりたいなんて思わないけどね。」
 これは、吉田の意見。〜
 だが、彼らがしたたかに生きている、というのも確かだ。両足の無い奴、彼もクスリの 売人だった。

 この夜、生まれて始めて、“ナンキンムシ”なる生物を見た。潰すと、赤い、血の色。 うふっ。
 「さーて、ウンコしたいけど、指で拭いてみるか、どうしようかな。」
と、考えながら、眠りに就く。



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