(7)
鉄郎とキリアンのコンビは、最初の突入時と同じ天窓から、飛行艇を侵入させた。
今度は、機械化人の邪魔はない。
全部、外に出払ってしまったのか、部屋の中はまったくの無人だ。
飛行艇が大広間に到着すると、キリアンは息を飲みながら降り立った。
モニュメントのように、部屋中に備えつけられている装置そのものを、改めてじっくりと見返した。
「この機械が…。あれは…。」
キリアンは、一角にある、エメのケースに目を止めた。
隣にたった鉄郎が説明した。
「モデストは、エメと呼んでいた…。」
「僕は、あの人と、運命を入れ替えてしまったのですね…。」
キリアンは顔を伏せた。
エメは、穏やかな表情で、静かに眠っている。
美しく、長いブロンドの髪をなびかせた、神秘的な女性。
口元のほくろが、その謎めいた美を際立たせている。
鉄郎がいった。
「彼女は機械化人だ。」
「でも、今は人間ですよね…。」
「魂がなくなった抜け殻だ…。」
鉄郎は、すっと目を閉じた。
機械化人は、元の人間の体を「抜け殻」と呼んで、大切に保管している。
その多くは、冥王星の、“氷の墓場”に眠らされている。
メーテルの元の体もあるという冥王星。
鉄郎は、そのことを改めて思い出して、複雑な気持ちになった。
そうやって、感慨にふけっていると、目の前に、また幻覚が現れた。
同じ現象が起きても、鉄郎に驚きはない。
だが、初めて見るキリアンは、言葉をなくした。
幻覚もそうだが、映し出された映像に、キリアンは、激しく心を揺さぶられた。
あわただしく装置の前で動き回る、優しそうな男女の姿…。
キリアンは、それが誰なのか、すぐに理解した。
「お父さん、お母さん…!」
映像の中の両親は、悲痛な声で、会話をしあっている。
「あなた…。このままではキリアンが…。」
「わかっている。しかし、私達にはどうにもできない…。」
「キリアン…。このままでは、あなたはモデストに殺されてしまう…。」
「脱出させるんだ、この星から…。モデストの手の届かないところに…。私達は報いを受けても構わない…。でも、キリアンは無関係だ…。」
「愛しているわ、キリアン…。キリアン…。」
優しい声で、手を差し伸べる母親に、キリアンは思わず歩み寄った。
「お母さん、僕はここにいるよ…。お父さん、お父さん達は何も悪くないんだ…。」
キリアンは、両親の体を抱きとめようとした。
しかし、それは空しく、キリアンの体をすり抜けてしまった。
映像が消えても、キリアンの悲しみはいえなかった。
身を震わせるキリアンを見つめながら、鉄郎がそっと声をかけた。
「キリアン…。君の両親はエゴイストだと思うかい?」
キリアンは、かすかに首を横に振った。
「星野さん、ここに来られてよかった…。僕にもう、迷いはありません…。」
悲しみを堪えると、キリアンは、鉄郎に言い返した。
「よかったね…。」
鉄郎はぽつりといった。
その時、鉄郎は、無意識に、服の中にしまいこんでいた、スカラベのペンダントを握りしめた。
キリアンは、それを見つけて、表情を変えた。
「そのペンダント。ひょっとして…。」
「母さんの形見だ。これしか、もらってないけど…。」
鉄郎は、寂しい表情を浮かべて、キリアンにいった。
キリアンは、装置に向き直った。
銃を取り出すと、まっすぐに構えた。
キリアンは、表情を引き締めると、決意をこめていった。
「すべて終わりにしましょう。星野さん、手伝ってください。」
「わかった。」
鉄郎も銃を構えた。
二人が、装置を撃とうとした、その時。
「待て!」
と、鋭い声がとんできた。
二人は、声がした方に銃を構えた。
部屋に入ってきたのは、モデストだ。
片手をなくし、満身創痍でふらつきながら、装置の前に立ちはだかった。
「やらせはしないぞ。特異点、お前を許さない!」
「どうとでも、いってください。」
キリアンは、モデストを睨んだ。
「僕は、自分にけじめをつけたいんだ!」
叫びながら、中央の空間に広がる、金色の十字架のような部分を狙って発砲した。
すると、スパークが、装置の表面を駆け抜けた。
装置のあちらこちらで火花が散って、爆発を引き起こす。
「貴様…!」
目を血走らせたモデストは、キリアンに向けて、サーベルを発砲した。
「危ない!」
それよりも一瞬早く、鉄郎がキリアンに飛びついた。
モデストの攻撃から、キリアンを守った。
キリアンと体を絡ませながら、鉄郎は床を転げる。
が、かわした直後、鉄郎は、苦痛に激しく呻いた。
「星野さん…!」
蒼白したキリアンは、鉄郎の体を支えて、柱の影に身を寄せた。
顔を覗き込むと、鉄郎は、どうにか笑顔を浮かべた。
「きついけど、何ともない…。」
とはいうものの、鉄郎の腹部に、血がにじみはじめている。
「傷が開いたのですよ。」
キリアンは、悲愴な表情を浮かべた。
なおも、めちゃくちゃに、モデストは発砲を繰り返す。
キリアンは、柱の影から応戦するものの、モデストは、うまくかわした。
そのうち、別方向からも、銃の光条が飛んできて、モデストを急襲した。
キリアンと鉄郎が呆気にとられていると、傷だらけの学が、部屋に飛び込んできた。
学の足元も、おぼつかない。
モデストとの、熾烈な攻防があったことを、容易に想像させた。
「学!」
「有紀さん…!」
鉄郎とキリアンが叫ぶと、学は、転げ込むように、二人の側に近寄った。
「何をしてるんだ、二人とも…!」
学は呆れていった。
息が荒く、声もかすれぎみだ。
苦しい息を吐きつつも、鉄郎は学に聞いた。
「学、何があった? モデストにやられたのか?」
「心配ない。かすり傷だ。」
学は、息があがりかけるのを堪えながら、言葉を返した。
しかし、キリアンは、痛々しそうに学を見返した。
「何をいってるんです。血まみれじゃないですか!」
モデストは、柱の影に潜みながら、皮肉を込めて言葉を吐いた。
「それが、生身の人間の弱点だ。出血多量で死ぬことは必至。ここで、お前達は滅びるしかない!」
「黙れ! だからこそ、命ある限り、精一杯、俺達は生き抜くんだ。」
鉄郎が、怒りを含んだ声できり返した。
「俺達は、けっして諦めない…!」
学は呼吸を整えながら、自身を奮い立たせた。
「鉄郎の言うとおりだ。俺達は生き抜くんだ。」
そして、言葉を続けた。
「『時の津波』の進行が速まっている。そろそろ、脱出することを考えよう。」
「600秒ですよね、確か…。」
キリアンは銃を撃ちながら、学の言葉を継いだ。
鉄郎が、思わず表情を変えた。
「とりあえず、飛行艇まで走る。キリアン、装置を撃て。鉄郎と俺が、モデストをひきつける。一か八かだ。」
学の言葉に、キリアンは目を見張った。
「二人とも走れますか?」
「やるんだ、それでも。」
学がいいきると、鉄郎は強く頷いた。
「条件は同じだ。」
学はそういって、言葉を締めくくった。
キリアンは、仕方なく頷いた。
モデストは興奮にまかせて、メチャメチャに発砲している。
鉄郎と学は、先に、柱から飛び出した。
連携をとりつつ、モデストの攻撃に対抗した。
だが、負傷の痛手は、容赦なく二人を苦しめた。
疾走したくても、体が追いつかない。
倒れかける肉体を、どうにか前に押しやる。
そんな感じだ。
そこを、モデストに突かれた。
学が、さらに負傷した。
「学…!」
鉄郎の顔色が変わった。
二人は、飛行艇の影にたどりついた。
鉄郎は学を支えた。
意識はある。
しかし、気力は、いつ萎えるかわからない。
「もどれなくなってもいいのか…?」
鉄郎が諌めると、学はかすかに笑った。
「必ずもどるさ…。」
鉄郎は言葉を失った。
「有紀さん!」
撃たれた学を気にしながら、キリアンは装置に照準を合わせ、トリガーを絞った。
それが、装置の最期をもたらした。
焔が噴き出し、あらゆる箇所が爆発した。
やがて爆発は、エメの装置を飲み込んだ。
その有り様に、モデストは狂乱した。
「エメーッ!」
悲痛な叫びをあげて、モデストは、焔の中に身を投じる。
その後のモデストを確認することは、もうできない。
鉄郎は、学を飛行艇の上に引っ張りあげて、自分も乗り込もうとしていた。
二人とも、キリアンの心を思って、何もいえなかった。
その間に、キリアンは身を伏せながら、飛行艇まで走りに走った。
焔をよけ、崩れる瓦礫をよけて、飛行艇までたどりつく。
体の震えがおさまらず、かすかに声もうわずっていた。
キリアンが、飛行艇に乗り込むと、やっと、飛行艇は離脱にかかった。
キリアンは大声をあげた。
ユキのカウントを聞いてしまい、血の気が引いた。
「『時の津波』が、到達しました!」
鉄郎が振り返った直後、要塞は、『時の津波』の影響と思われる、崩壊に巻き込まれた。
かろうじて、外観を保っていた部屋の壁が、一気に突き崩れた。
部屋は、吹き抜けの状態となり、外の光景が、飛行艇からも、見渡せるようになった。
すでに、街全体が、白い靄のような霞の中に、すっぽりと覆われている。
そして、霞の中に浮き上がるように、ビルの一部分が崩れ、少しずつ、蜃気楼のように揺れて、消滅しかけている。
飛行艇の三人が呆然としていると、ふいに、真下で爆発が起きた。
大広間に設置されていた、最後の迎撃用の機銃。
それが、モデストの執念が乗り移ったかのように、飛行艇を狙い撃ちした。
直撃ではなかった。
しかし、衝撃で、飛行艇のバランスが崩れた。
円盤は、ほぼ垂直の形に横倒しになった。
キリアンは、思わず、手すりに掴まった。
学は反動で弾き飛ばされた。
「学!」
鉄郎が手を伸ばしたが、学に届かない。
鉄郎は意を決した。
進んで手すりから手を離した。
自身も落下に身をまかせて、落ちていく学を追いかけた。
「星野さん!」
残された、キリアンの叫びが響いた。
そこへ、デイビットが操る、救助ヘリがかけつけた。
底部のハッチが開き、命綱をつけたルイがぶらさがる。
ルイは、キリアンを救出した。
キリアンを救助したヘリは、そのまま降下を続けた。
落ちていく学と鉄郎を、さらに追うためだ。
ヒーライズの大気は、重力異常を引きこした。
『時の津波』の霞が、惑星の引力の力を歪めているからだ。
それは、落下というよりも、むしろ、波間を漂う感覚に近い。
先に落ちた学は、大気の中を漂っている。
意識はない。
弾かれた衝撃で気を失った。
後から身を投じた鉄郎は、宇宙遊泳の要領で、学に近づいた。
どうにか距離をつめると、鉄郎は呼びかけながら、学の体を抱きしめた。
「学…、学…!」
それでも、学の意識は戻らない。
その時、霞の彼方に列車の汽笛が響いてくるのを、鉄郎は感じた。
鉄郎は息を飲んだ。
それは999の汽笛だ。
落ちる先に、長く尾を引く影が、うっすらと見えてきた。
目を凝らすと、その影は、浮上してくる999だ。
黒煙をはきながら、勇壮な姿で、銀河を疾走する999の全景。
さびつきは嘘のように解消されて、元の黒光りのボディを復活させている。
「999…!」
鉄郎は安堵した。
懐かしい我が家に戻ってきたような気持ちで満たされた。
999に追走する形で、ビッグワンがその横に並び、ともに黒煙をあげて、大気の中を勇ましくひた走る。
そのはるか上空からは、救助ヘリが降下してきた。
鉄郎は、顔をほころばせて、学に声をかけた。
「みんながきてくれたよ、学…。俺達は助かるんだ…!」
学からの返事はない。
しかし、この感激は、きっと学にも伝わっているはずだと、鉄郎は思った。
鉄郎と学は、そのままどこまでも、ヒーライズの大気の中を落ちつづけた…。
惑星全体が、グリーンのガスの中に、すっぽりと包まれた。
ガスはじわじわと、宇宙空間にも広がりをみせている。
漆黒の宇宙に波打つ、『時の津波』。
さざなみのように、静かに無言のまま押し寄せ、世界を死の破滅に導く宇宙の脅威。
ビッグワンは、その脅威から逃れようと、必死にあがいた。
鉄郎と学を救出したヘリは、ビッグワンに収納された。
ヘリに乗り込んでいたデイビットとルイは、すぐに指揮車輌に戻り、通常の責務についた。
今は、デイビットがビッグワンを操っている。
すべては、デイビットの操縦に託された。
999は、当初の計画どおりに、ビッグワンの最後尾に連結された。
出力は充分にあった。
大気圏を離脱して、衛星軌道上までは、無事に走行した。
だが、そこから先が、思うようにいかない。
『時の津波』の吸引力は、予想をはるかに超越している。
出力を限界にまで引き上げた。
が、パワーが不足して、いっこうに脱出できない。
そのうち、ビッグワンの機関部に塔載された、コスモバーストボイラーが、スパークを起こし始めた。
「くそっ、飲み込まれちまうぜ、このままじゃ…!」
デイビットは、思わず悪態をついた。
バルジは、外の光景を映し出すモニター画面を、沈黙のまま見据えている。
ルイは、通信シートに座って、祈りを捧げていた。
自分の持ち場にもどったキリアンは、遠ざかるヒーライズを、悲しみの表情で見つめている。
現在、指揮車輌にいる人員は、この4名だ。
それ以外の人間は、医務室のほうに集まっている。
医務室では。
鉄郎がベッドに寝かされていた。
鉄郎は、ゆっくりと瞼を見開いた。
視界に、心配そうに覗き込む、メーテルと車掌の顔が入ってきた。
「鉄郎…。」
メーテルが、穏やかな声で呼びかけると、鉄郎は、ほっと表情を和ませた。
「メーテル…。ここは、999?」
鉄郎が溜息混じりの声で聞くと、メーテルは静かに首を横に振った。
「ここは、ビッグワンの医務室よ…。」
「よかった。よかったです、鉄郎さん…。ご無事で戻られて…。」
車掌は感極まって、泣き出してしまった。
鉄郎は、車掌の泣き顔を、穏やかな笑顔で見つめた。
「鉄郎、ごめんなさい…。」
メーテルは、ふっと顔を悲しそうに伏せると、小さな声で呟いた。
「私が、勝手に行ったばかりに、あなたまでこんな目に…。」
「いいよ、そんなこと…。」
鉄郎は優しい声でいった。
「いいんだ…。メーテルと車掌さんが、傍にいてくれるだけで…。」
たとえ、ビッグワンの医務室だろうと、鉄郎にとって、二人の存在があることの方が大切だった。
会話を続けているうちに、朦朧とした意識も、しだいにはっきりとしてきた。
少しずつ、戻ってこられた喜びを、かみ締められるようになってきた。
そこへ、セクサロイド・ユキが入ってきた。
カーテンをそっと開いたユキは、鉄郎の意識がもどったことに気がつくと、艶やかな声で話しかけた。
「星野さん、ご気分はいかがですか?」
「ユキ、迷惑をかけてごめん…。」
「いいえ…。」
首を横に振ったユキは、鉄郎にお願いがあるといって、言葉を続けた。
「有紀さんが、星野さんとお話がしたいそうです。起きあがれますか…?」
「たぶん…。」
鉄郎は、そういう前に、身を起こした。
苦痛は、幾分ましになっている。
また服は脱がされて、上半身は裸だが、しっかりと、手当てがやり直されていた。
ユキがいった。
「痛み止めと、止血剤を点滴しました。それで痛みはなくなると思います。」
「ありがとう…。」
鉄郎がベッドから降りようとすると、メーテルが、鉄郎の肩に、ふわりとモスグリーンのジャケットをかけた。
「鉄郎、あなたのジャケットよ…。」
鉄郎はメーテルに笑いかけた。
「そういや、999に、ずっと置きっぱなしにしてたっけ…。」
「学が、私達の私物を、ビッグワンに運んでくれたのよ…。」
メーテルは鉄郎にそういった。
鉄郎は、ジャケットをはおって傷をかばうと、ユキに連れられて、カーテンの外に出た。
「学は…? どうなんだ?」
鉄郎が容態を訊ねると、ユキは、悲しい表情を浮かべた。
「ビッグワンでは、充分な治療ができません。手術が必要です。」
「そんなに悪いのか?」
「ディスティニーに戻るまでは、このまま安静を要します…。」
「ビッグワンは、どうなってるんだ?」
「まだ、『時の津波』からは、脱出できていません。」
「くそっ…。」
鉄郎は唇をかみしめた。
ユキは、鉄郎を、隣でしきられたカーテンの中に案内した。
学は、酸素マスクをつけたまま、ベッドに横たわっている。
鉄郎と違い、生命維持に必要な装置に囲まれ、装置から伸びる様々なチューブやコードが、裸体の学につけられていた。
鉄郎は、静かに、ベッドの傍らに近寄った。
「学…。俺だ、鉄郎だ…。」
そっと呼びかけると、学は、かすかに反応した。
うっすらと瞳を見開くと、鉄郎の方に、視線を向けた。
「よかった…。無事だったのか…。」
かすかな囁き声で、学はいった。
「学に、ずっと守られていたからね…。」
鉄郎は優しい声で答えた。
学は表情を歪めながら、溜息に近い、かすれ声で訴えた。
「マトリ…。」
今度は、はっきりと聞き取れない。
鉄郎は顔を覗き込んで、学に聞き返した。
「何…? 何を伝えたいんだ…?」
学は、ゆっくりと右手を持ち上げると、鉄郎の腕を掴み取った。
驚く鉄郎に、学は必死で訴えた。
「マトリ…クス…。父さんに…。撃てと…。」
「マトリクス…? 何だ、それは…!」
鉄郎は、ようやく聞き取れた言葉の意味を訊いた。
すると、学は、苦しそうに声をつまらせた。
「うっ…。」
「これ以上、面会は無理です…。」
ユキは、鉄郎を学から遠ざけた。
「マトリクスって、なんのことだ?」
カーテンの外に出てから、鉄郎はユキに訊いた。
すると、ユキは躊躇いがちに説明した。
「コスモマトリクス。ビッグワンの主砲です。」
「それを、俺が撃てって、ことなのか…?」
「そこまでは…。」
だが、言葉を濁すと、ユキは鉄郎を促した。
「指揮車輌にご案内します。バルジ隊長のご判断に委ねましょう。」
「うん。」
鉄郎は、ユキに伴われて、指揮車輌に向かった。
指揮車輌にいたメンバーは、鉄郎の申し出に驚いた。
「本当に、有紀学がそういったのか?」
バルジはユキを見返した。
ユキは困惑しながら、バルジにいった。
「断言できません…。ですが、コスモマトリクスを提案されたのは確かです。」
「時限の穴を開け、瞬時にワープする…!」
バルジ思考をめぐらした。
デイビットが操縦しながら、他人事のように口をはさんだ。
「そこまで、両機関車の出力が、もつかどうかです…。」
「いや、必ずもたせるんだ。可能性に全てをかける…!」
バルジは決断した。
そして、鉄郎に視線を向けた。
「星野君、撃つ自信はあるか?」
「レクチャーしてもらえたら、何とか…。」
鉄郎が曖昧にいうと、キリアンが、バルジに発言した。
「星野さんなら撃てるはずです。照準マークがそろった時に、トリガーを引けばいいんです。後は、機械がやってくれます。」
「よし。星野君、君に担当してもらう。」
思わぬ使命を受けて、鉄郎は背筋をのばした。
「はい!」
「坊や、こっちだ。」
デイビットに呼ばれて、鉄郎は、慌てて隣の空席についた。
そこは、学の戦闘指揮シートだ。
操縦桿を握りながら、デイビットは説明した。
「そのスイッチを押せば、主砲システムが働く。指示があるまでトリガーは引くなよ。照準点があっているか、それだけを確かめろ。」
「はい。」
鉄郎は張りつめた声で、返事をした。
バルジはふっと顔を伏せると、独り言を呟いた。
「有紀隊長…。これは、あなたの指示ですね…。」
バルジは、学の中に、有紀渉の面影を見た気がした。
なぜなら、これは学よりも、有紀渉が実行しそうな作戦だからだ。
指揮車輌内の空気が、さらに張り詰めた。
コスモマトリクス砲は、すべての小隊に属する、各車輌に装備された最終兵器だ。
これが使用される時。
それは、作戦が、最終局面を迎えたことを意味づける。
デイビットに教えられたスイッチを、鉄郎はプッシュした。
すると、ビッグワンの、前方下部のスカートが、中央から開いていく。
中から、戦闘艦に備えられているような、巨大な砲塔が、前にゆっくりと押し出されてきた。
さらに、砲塔の下には、砲塔を押し上げる、クレーン台がくっついている。
クレーン台は、ビッグワンのボイラー正面にまで、砲塔を徐々に引き上げた。
それと同時に、ボイラー前方の扉が、左側に大きく開いた。
ボイラー内には、コスモマトリクス砲の芯になる、太い砲塔が納められている。
ボイラー内の砲塔は、下部からせり上がってきた、先端の砲塔と合体した。
自動的に、連結部分のネジが締められ、コスモマトリクス砲の準備が整った。
「準備完了です!」
鉄郎は、ビッグワンから送られてきた、完了のシグナルを確認して、それを告げた。
直後、スイッチの横のコントロールデスクが開いた。
そこから、四角い照準パネルがついた、トリガー装置がせり上がってくる。
デイビットは説明を続けた。
「そいつがスコープだ。表示を見間違うなよ!」
「はい…。」
鉄郎は、真剣な表情で、スコープを覗き見た。
細かな計測が、スコープの両側に、表示される。
その中央に、丸い的のような、照準点の表示が映し出される。
カーソルが、微妙に誤差修正をしながら、照準点の中心に移動していく。
トリガーレバーを握りしめながら、鉄郎は、カーソルの動きを、目で追いかけた。
一方、指揮車輌内には、様々なデーター報告がとびかった。
「ニュートリノ粒子、収束率、120パーセントを突破!」
ルイが張りつめた声で伝えると、それを受けて、デイビットも状況を報告した。
「インナーバレル素粒子流動値、臨界点へ!」
車輌内では、すべて数値で、表示される現象。
実際は、砲塔の中心にエネルギーが収束し、熱源が形成されつつある。
バルジが指示をだした。
「トリガーロック解除。総員対ショック防御!」
鉄郎は、その指示で、トリガーのロックをはずした。
バルジは、瞳を見開くと、声を張り上げた。
「コスモマトリクス砲、発射!」
「発射します!」
鉄郎は、トリガーを手前に引いた。
瞬間、コスモマトリクス砲が、すさまじい咆哮とともに、火を噴いた。
白熱した光の帯が、周囲に渦巻く気流を吹き飛ばし、ビッグワンの道筋を開いていく。
デイビットは、一瞬、開放された空間の中へ、ビッグワンを一気に突入させた。
さらに、バルジの号令が飛んた。
「素粒子ワープ走行、開始!」
「了解!」
デイビットは、ワープスイッチをオンにした。
それを受けて、ビッグワンの動力部にあたるメーターが、煌びやかに輝いた。
それは、999の動力部も同様だ。
二つの機関車は、ともに同調し、ワープ機能を発動させる。
反動がきた。
ワープ突入時に起こる、衝撃だ。
と、同時に、パネルに映っていた外の星空が消滅し、不思議な光の空間に変化した。
ワープぼうと呼ばれるワープ空間の光景だ。
光は七色に変化して、後方に、素早いスピードで流れていく。
デイビットのデスクにとりつけられている小型モニターに、ワープ空間から見た、通常空間が映し出される。
星々が、棒状の光となって、後方に次々と流れていき、その中心に向けて、デイビットはビッグワンを走行させた。
やがて、ビッグワンと999の両車輌は、そろって通常空間にワープアウトした。
星々のまたたきは、普通の光点となり、極彩色の輝きは消滅して、通常の宇宙空間にもどった。
直後、ユキの報告が、指揮車輌に響いた。
「『時の津波』消滅…。通常空間に戻りました!」
「よっしゃ!」
デイビットは、思わず歓声をあげた。
ルイとキリアンの表情も、自然とほころんだ。
「やったぜ、坊や。」
デイビットは、隣の鉄郎に声をかけた。
しかし、鉄郎の返事はない。
デイビットは目を見張った。
鉄郎は、シートに体を横たえたまま、意識を失っていた。
「仕方がねぇな。この怪我じゃ、ワープの衝撃に耐えられないか…。」
「星野さん…。」
慌ててシートを立ち上がったユキが、鉄郎の様子を見るために駆け寄った。
ルイもキリアンも、心配そうに、鉄郎の様子を見つめている。
その中で、デイビットは、苦笑しながら口を開いた。
「しかし、根性が座っていやがる。見上げたもんだぜ、英雄さん…!」
バルジは、シートに座りながら、かすかに笑顔を作った。
気持ちは、デイビットと同じだった。