(8)
銀河の中心に位置する惑星ディスティニー。
大陸と海の対比が、半分づつを占める、美しい自然を保有する数少ない惑星だ。
そこは、すべての銀河鉄道の始発駅である。
銀河鉄道管理局の総括司令部を含む、各種の銀河鉄道統括機関は、この星に設けられている。
ディスティニーの首都にある、空間鉄道警備隊総本部。
そのビルの中にある会議室に、シュワンヘルト・バルジは、呼び出しを受けて赴いた。
建物の中央の階にある、比較的大きな一室。
部屋に入ると、真正面に議長席が設けてあり、その後は、全面に広がったガラス張りの窓で仕切られている。
議長席を中心に、上層部の幹部達が半円形のテーブルを囲むように列席し、中央に立つバルジを、冷たい表情で見据えていた。
惑星ヒーライズでの、シリウス小隊の活動は上層部に波紋をもたらした。
総司令の命令無視、一般乗客の無断戦闘参加。
これらの違反項目が、バルジの指揮指導に問題があったとして、バルジは尋問を受けた。
「バルジ隊長、なぜ、総司令の命令を聞かなかったのかね?」
まず、初老の幹部が質問した。
バルジは幹部を見返すと、淡々とした口調でいった。
「お言葉ですが、やもえない事態としてこちらは動きました。」
「乗員乗客の安全の最優先ということかね?」
別の幹部が口を開く。
バルジは言葉を重ねた。
「そうです。行動理念からは、はずれていないと、私は確信します。」
「バルジ隊長、あそこがどういう場所か、知らないわけではあるまい。」
幹部の質問に、バルジは頷いた。
「はい。アンドロメダ管轄部に属します。ですが、999号の信号音は、ビッグワンでも傍受可能でした。たとえ管轄外であっても、信号音が感知されれば、ディスティニー管轄内だと判断することは、間違いではないはずです。」
「それが、いかんのだよ…!」
議長が苛立ったように言葉を荒げた。
「アンドロメダ管轄部とは、正規の公約を交わしてある。公約が崩れるようなことがあっては、ディスティニーの存続は、なきものと思わなくてはならん。」
「苦心して築きあげた立場が、なくなる危険性があったことを、多いに反省していただかなくては困る。まさか、総司令と機械化母星の女王が、対立するようなことになっては、全生命を脅かす脅威になりかねない。」
幹部の一人が語気強く、バルジに言い返した。
バルジはすっと目を閉じた。
「私を査問委員会にかけていただいても構いません。ですが、私の意志は変わらないことを、お伝えしておきます。」
議長はかぶりを振った。
「査問委員会の処置は見送られた…。運がよかったな。総司令、じきじきのご判断だ。機械化母星の女王候補の女性が、この件に絡んだことで、判断が鈍られたと、私達は解釈している。しかし、私達は、君にペナルティを課すものと心したまえ。」
バルジは表情を変えることなく、毅然と立ち続けた。
議長はかぶりを振った。
「審議は終わりだ。次の任務につきたまえ。」
「失礼します。」
敬礼したバルジは、会議室を後にした。
足早に廊下を歩き続けるバルジの前方から、別の小隊長がやってくるのを認めた。
白い制服を着込んだ、凄みのあるシャープな印象を与える男。
バルジはフッと笑った。
ケフェウス小隊隊長、ガイ・ローレンス。
彼は、バルジと同期で友人にあたる。
バルジは、ローレンスに声をかけた。
「私の処分を拝みにきたのか?」
「まあ、そんなところだ…。」
落ち着いた声で返したローレンスは、バルジと対峙した。
「大胆な作戦をとったそうだな…。」
「もう、そちらに、情報が流れているのか…。」
バルジは驚きもせずに、口を開いた。
「我々が、平和ぼけをしているのにすぎない…。『外』では、老いも若きも、一般人が反乱軍兵士として、戦いを挑んでいる…。今は、そんな世の中だ…。ここだけは、時代の波から取り残されている…。」
「最新鋭の組織の名が泣くな、それでは…。」
ローレンスが皮肉をいうと、バルジはかすかに笑った。
「まったくだ…。」
「上層の連中は、いい策をとったと思っている…。」
ローレンスは厳しい表情を浮かべると、重い口調でいった。
「だが、今のままでは、上層の存続も長くはもたん…。」
「珍しいな、ローレンス。君が体制批判をするとは…。」
バルジが口を開くと、ローレンスは顔を伏せた。
「それが、司令官以下、我々、現場の人間が思う本音だ。有紀隊長の理念を、我々は、崇高している。上層の考えは、その理念と相対するものだ。」
バルジは無言のまま、ローレンスの言葉を受け取った。
管理局側の人材は、そのほとんどが、生身の人間のみで構成されている。
その影で、機械化帝国は、生身の人間に対し不穏な動きをしていることが、すでに知られていた。
鉄道管理局は、管轄外を理由に、その件に関して、いっさい介入していない。
その矛盾は、管理局内を統制する上層の連中が、機械化帝国側と極秘に取引をかわし、管理局の一般職員の身柄を、ディスティニー圏存続を理由に、機械化帝国側に差し出す用意があるためだ、ともいわれている。
むろん、勝手な憶測が、飛び交っているのが実情だ。
しかし、事あるごとに、上層部が現場の人間を取り仕切るのを、現場の人間からは、疑問視する声がたびたびあがった。
特に、機械化帝国が絡むと、上層の連中は必要以上に神経をとがらせる。
ローレンスは、さらにつけ加えた。
「上層が気がきでないのは、機械化母星を破壊した経験をもつ少年を保護したからだろう…。」
「人道的処置だ…。立場が代われば、同じことをしている。」
バルジの言葉に、ローレンスは小さな笑みを作った。
「否定はしない…。」
バルジは、ローレンスを見返した。
「君が気にかけているのは、有紀学だろう。」
「重傷で運び込まれたと聞いた。まだ悪いのか?」
「復帰はまだ無理だ。しかし、快方に向かっている。」
「そうか…。」
ローレンスは小さく頷いた。
「ローレンス…。有紀学を、無事に帰還させられなかったのは、私の責任だ。君の責めは私が負う…。」
「勘違いするな…。」
ローレンスはかぶりを振った。
「それは、有紀学が、有紀隊長よりもはるかに劣るからだ…。有紀隊長なら、乗客も含め、無傷で任務を終えられたはず…。私は直接の指導者ではない…。バルジ、むしろ、君の監督不行き届きが問題になるぞ…。」
「肝に銘じておこう…。」
会話を終えた二人は、同じフロアで別れた。
定期報告のために、本部を訪れたローレンスは、司令官の執務室へ。
一方、バルジは、市内の中心にあるディスティニー駅に向かった。
定期シャトルに乗り込んだバルジは、車中で、ローレンスの心情を振り返った。
ローレンスは、けっして言葉に現さない。
しかし、今も、奥底では、有紀渉を守れなかったという後悔の念と、自分が強くあれば有紀隊長を守れたはずという、自責の念に苛まれている。
その感情は、バルジの中にも芽吹いている。
まだ新人だった頃、ローレンスとバルジは、ともにシリウス小隊に配属されて、小隊長有紀渉の下で任務についていた。
だが、ローレンスは、有紀渉が殉職する前に配転し、シリウス小隊に残ったバルジは、有紀渉の殉職の場を間近で見ることになる。
自責の感情を抱いたまま、今の体制にも疑問を抱きつつも、職務を果たさなくてはならないという違和感。
だが、いずれ現場の指揮官側から、何かの変化が起きることを、バルジだけでなく、現場の誰もが予感している。
なぜなら、それが有紀渉の理想を、具現化することに繋がるからだ。
「皮肉なものだ…。」
バルジはぽつりと呟くと、シャトルの窓に目を向けた。
整備された美しい森の新緑が、とてもまぶしく感じられた。
同じ頃…。
施設内の休憩室に、鉄郎とメーテルはいた。
休憩室は管理局職員の憩いの場だ。
フロアには談話室やさまざまな飲食店が設置されていて、非番中の職員や休憩中の職員が、思い思いに自由時間を過ごしている。
そんな休憩室の様子を、鉄郎はぼんやりと眺めていた。
「どうしたの? 鉄郎。」
メーテルに声をかけられると、鉄郎はあっとなって、メーテルを見返した。
「…なんだか、ここだけ別世界のような気がしてさ…。」
「ここは、生身の人間だけしかいないわ。」
物静かな口調で、メーテルはいった。
「昔の時代そのものの活気が、残っているからよ…。」
「それはわかるんだけど…。でも、外の交戦地域では、食べ物も満足に確保できない状態だっていうのに…。ここの人達を見てると、外の世界が夢のように思えてくるよ…。いや、この世界がそうなのかな…。」
「レイラ・ディスティニー・シュラのせいね…。機械化帝国も、総司令の権力には頭が上がらないわ…。この平和は彼女の力がもたらしたものよ…。」
メーテルはそういって、スッと目を閉じた。
鉄郎はメーテルをじっと見つめた。
幾度となく頭に浮かぶ、メーテルの疑惑。
旅の途中で、鉄郎は、メーテルがプロメシュームの後を継いだ、という噂を聞いた。
だが、メーテルにその真相を聞くことができず、鉄郎は心のしこりを残したまま、ずっと旅を続けている。
しかし、噂の真意も含めて、メーテルは、まだ鉄郎に何も話しはしないだろう。
それが解るからこそ、鉄郎は、その疑惑を今まで振り払い続けてきた。
鉄郎は、この時も明確な追及をさけて、メーテルの言葉に頷くだけにした。
「ふーん。総司令って、すごい人なんだね。どうせなら、戦ってるみんなを救ってほしいくらいだ。」
「そうね…。」
メーテルは、鉄郎に同意しながら言葉を続けた。
「鉄郎、近いうちにすべてを話さなくてはならない時がくるわ…。だから今は、時の流れに身をまかせてほしいの…。」
そういったメーテルの表情は張りつめている。
鉄郎は息を飲んだものの、メーテルの心意を思って素直に頷いた。
「わかったよ…。」
そのうち、ウエイトレスが注文したラーメンを運んできた。
鉄郎の好物を、メーテルが、気を利かせて頼んでくれたのだ。
メーテルは優しく微笑むと、鉄郎を促した。
「鉄郎、いただきましょう。ずっと病院食だったんだもの…。好きなものを遠慮なくよばれなさい。」
「うん…。」
鉄郎は、この半月のことを振り返りながら小さく頷いた。
ディスティニーに到着してから、鉄郎は専門の病院で、手厚い治療を受けてきた。
最新の治療を受けた後、経過が順調だったこともあり、鉄郎は二日前に退院することができた。
いつもなら立ち寄った星で観光を楽しむのに、ディスティニーではそんな余裕もなく、その後もずっと、鉄郎はホテルで静養を余儀なくされた。
999号の発車時刻は、今日の午後になるという。
車輌の点検改修が終了したために、それにあわせて、ディスティニーを発つことになったのだ。
このつかの間の時間、わずかでも、鉄郎はディスティニーの雰囲気を楽しむことにした。
生身の人間だけが住むこの星では、自然食が基本になる。
それは機械化が進み、合成食品が一般化したこの時代では珍しいことだ。
数少ない貴重な自然食品のラーメンを、鉄郎は味わいながらいただくことにした。
「いただきます!」
箸をわって立ちのぼる湯気と芳香に顔をほころばせながら、鉄郎はラーメンをすすった。
とたんに口の中に広がる美味に、鉄郎はたちまち心を躍らせた。
「とってもうまい…!」
「ここのラーメンはおいしいと評判なのよ。鉄郎の口にあってよかったわ。」
「うん。このくらいのコクがないとな。特に麺とトンコツスープの絡みが絶妙だ…!」
「まあ…。」
メーテルは、ふっと笑みをもらした。
鉄郎は安堵した。
ようやく、いつもの旅の空気がもどってきたと思った。
二人で食事を進めていると、くつろぐ職員達の中に馴染みの顔ぶれを見つけて、鉄郎は目を見張った。
「シリウス小隊…!」
シリウス小隊のメンバーも、鉄郎とメーテルがいるのに気がついた。
やってきたのは、デイビット、ルイ、キリアンの3名だ。
近づいてくるシリウス小隊のメンバーに、顔を上げた鉄郎が、訴えかけるように訊いた。
「学は…? 同じ病院にいたのに、会わせてもらえなくて…。大丈夫なのか?」
不安そうな鉄郎を見返すと、ルイはにこやかにいった。
「ええ。昨日、リハビリをはじめたって…。順調に回復してるらしいわ。」
「よかった…。」
鉄郎は、ほっと胸をなでおろした。
「星野さんも、怪我のほう、すっかりよさそうですね。」
キリアンにいわれると、鉄郎は頷いた。
「ああ。おかげさまで、包帯は全部とれたよ。キリアンは?」
「ええ。僕も、たいしたことはありませんから。」
一方で、デイビットが、メーテルに声をかけていた。
「羨ましい…。お時間があれば、ぜひ、食事にお誘いしたかったのに…。」
「それは残念ですわ。今日の午後、ディスティニーを旅立つ予定ですから…。」
「まったくです…。」
デイビットは名残惜しそうに何度も頷いた。
キリアンは顔をしかめた。
「大丈夫ですか、有紀さん…。今日、強引にでも、病院から抜け出すなんて、いってましたけど…。」
「緊急出動でもあったのか?」
鉄郎が聞くと、ルイが肩をすくめた。
「違うわ。星野君やメーテルさんの見送りに行きたがってるの。」
「学のやつ…。」
鉄郎は苦笑した。
「星野君はラーメンが好きそうね…。」
ルイにいわれて、鉄郎は苦笑いを浮かべた。
「まあね…。」
「有紀君のご実家が、ラーメン屋さんなんだけど、星野君は聞いている?」
「いや…。」
意外なことを聞かされて、鉄郎は思わず目を丸くした。
ルイはにっこりした。
「ご実家からラーメンが送られてきたんだけど、いっぱいありすぎて、有紀君、困っているの。星野君におすそわけできたら、有紀君もきっと喜ぶわ。」
「よかったわね、鉄郎。」
メーテルも声をかけた。
鉄郎は笑いながら頷いた。
「タビト星が学の故郷だ。」
デイビットがいった。
「美人の女将さんが、きりもりしててな。味も評判な店なんだぜ。」
「一度、行ってみたいよ。学にそう伝えてよ。」
鉄郎は、にこやかに応じた。
「わかったわ。」
ルイが頷いた。
そうしていると、キリアンだけが会話の輪からはずれて、別の職員に声をかけながら離れていった。
「キリアン、病院に行かないのか?」
デイビットが声をかけると、キリアンは振り返っていった。
「後から行きますよ。」
「あいつ…。また、いつもの変わり者にもどりやがって…。」
デイビットは思わず呆れ顔になる。
鉄郎が口をはさんだ。
「キリアンは、まだ、親のことにこだわってるのか?」
すると、ルイがうんざりしたようにいった。
「いつもあんな感じよ…。ふっきれたって、いいたいんじゃないの…?」
鉄郎は言葉をなくした。
「ルイ、行くぞ。じゃあな、英雄さん。そして麗しい王女様…。」
デイビットは頭を下げると、ルイに背中を突かれて離れていった。
デイビットとルイのやりとりを、楽しそうに見ていた鉄郎は、メーテルに声をかけられて、あっとなった。
「鉄郎、私達も行きましょう。」
「うん…。」
頷くと、鉄郎は席を立ち上がった。
病室の前の廊下を、松葉ずえをつきながら、学は必死に歩行している。
たどたどしい動き。
両手にかかる体重がやたらと重い。
歩くというよりも、ひきずっているような感じだ。
もがくように、両手と両足を、本能のままに動かそうとする。
汗だくになりながら、学は、歩行訓練を諦めようとしなかった。
どうにか、とりとめることができた、学の命。
それは、父と兄の遺志を受け継ぐためにも、いかされなくてはならない。
誰に教わるでもなく、学は自身の意志で誓いをたてた。
ならば、一日でも早く、復帰できなくては。
いや、したいと切望する。
その欲求は、学を強引な訓練にかりたてた。
だが、体のほうは、そんな気持ちを簡単に裏切ってしまう。
たった数歩しか歩かないうちに、バランスを崩して倒れかけた。
「学…!」
その様子に呆れながら、デイビットとルイが駆けつけて、学の体を支えた。
「無茶するなよ。二日前まで、集中治療室にいたんだからな…。」
「大丈夫だ、デイビット。リハビリの許可は下りてるんだ。」
学はそういったが、デイビットは、学の言葉をはねのけた。
「いきなり起きて、歩けとはいわれてないだろ。」
「そうよ、有紀君。ほら、そこのソファに座って。」
ルイにもいわれて、学は顔を伏せた。
デイビットに体を支えられて、学は、廊下のソファに座らされた。
学は頭を抱えた。
「鉄郎が退院したと聞いた…。俺は、どうしてなんだと思うと、よけいに気持ちが焦って…。」
「あちらさんは、時間が限られている。」
デイビットは肩をすくめた。
「完治してないそうだが、999の発車時刻が迫ってるんじゃ、ここに居座るわけにいかんだろう。だからだよ。」
「星野君の状態は、局所の怪我ですんで、医者のほうが奇跡的だって、驚いたそうよ。有紀君が普通なの。それでも、2ヶ月の予定で復帰できるのだから、よかったと思わなくちゃ…。」
学は渋々頷いた。
「下で、外出許可をとってきてやったけど、行けるのか?」
「もちろんだ…。」
学がそういうと、ルイが肩をすくめた。
「そんなに、星野君のことが気に入った?」
「何をいってるんだ…。」
学は呆れたように返してから、わずかに笑みを作った。
「鉄郎がいてくれて、俺はとても助かった。任務だけじゃない。俺とキリアンの仲を、うまく埋めたりもしてくれた。弟のように思っていたけど、時々、父さんのように励まされたり、不思議なやつだったな…。当分、あんなパートナーは、組めないんじゃないかと思う。ブルース教官の時も、そう思ったけど…。」
学は遠い目をした。
ブルース・J・スピードは、学がまだ新人だった頃、衝突しながらも育ててくれた、シリウス小隊での恩師だ。
彼もまた、とある事件で殉職し、今は、デスティニー中央駅近くの丘に、他の隊員達とともに静かに眠りについている。
「有紀君…。」
ルイは言葉をなくした。
学と同期で、ずっとチームの姿を見てきたルイだから、学の心情が痛いほどよくわかる。
最高のパートナーといえる相手にめぐりあうのが、どれほど貴重かということが…。
デイビットがいった。
「あの坊やはキリアン以上だ…。マトリクス砲さえ、軽々と撃っちまうんだからな。」
すると、学の表情が一気に変わった。
「鉄郎がマトリクス砲を…? まさか…。」
「お前の指示だと、ユキがいってた。」
デイビットがそういうと、学は焦りはじめた。
「俺が…。俺は、そんなことをいった覚えは…。バルジ隊長の指示じゃなく…?」
「バルジ隊長は、あの状況ではマトリクス砲を撃てなかったわ…。いえ、マトリクス砲を撃つことそのものが、大きな賭けだったもの…。」
ルイがいった。
学が呆然としていると、デイビッドがポンと肩を叩いた。
「そんな神妙な顔つきで、パートナーに会いに行くってか? 縁起でもねぇ…! 結果は効を奏した。それで、いいじゃないか。」
デイビットの軽い言葉に、学は呆気にとられた。
「お前、もって行くの、どこにあるんだよ?」
「あっ…。病室に…。」
デイビットが動き出すと、学は慌てて声をかけた。
一方で、学を見つめながら、ルイが口を開いた。
「お母さん、お見舞いに来られていないの?」
「俺が、いいっていったんだ…。」
学は照れながらいった。
「これ以上、心配かけるわけにいかないから…。」
「そう…。」
ルイはそれ以上、何もいわなかった。
学から聞いたことがある。
夫と長男をなくした学の母親は、学のSDF入隊には強く反対だったという。
しかし、最終的に、学の旅立ちを、母親は気丈にも送りだしてくれた。
そんな母親に、学が必要以上に気遣いをみせるのは、当然のなりゆきである。
ルイは明るく声をかけた。
「車椅子をとってきてあげるわ。」
学の了解を確認して、ルイは、デイビットに続いて病室に入っていった。
広大なディスティニー駅構内。
999号は、中央の99番ホームから発車する。
999側に車掌、鉄郎、メーテルが並び、三人に向かい合うように、バルジ、セクサロイド・ユキ、デイビット、ルイの順に並んだ。
ルイの前に、車椅子姿の学がいる。
鉄郎は、学と固い握手を交わした。
「学、ありがとう。早くよくなれよ…。」
鉄郎に声をかけられて、学は大きく頷いた。
「ああ。無茶をするなよ、鉄郎。」
「学もね。」
ルイが鉄郎に紙袋を渡した。
中味は、ルイが教えてくれた、学の実家のラーメンセットだ。
「これ、有紀君からのお土産…。」
「ありがたくいただくよ。999の中で。」
鉄郎は微笑みながら、紙袋を受け取った。
「また、ディスティニーに寄ってくれ。今度は、SDFの隊員として歓迎してやるぜ、坊や…!」
デイビットがにやけると、鉄郎は、照れながら頭をかいた。
「俺はだめだよ、そういうの…。でも、きっと、またディスティニーを訪れるさ。約束する。」
「ありがとう、学、ルイ、デイビット…。」
メーテルの、囁かれるような声で挨拶されると、三人はとたんに緊張した。
鉄郎は、三人の姿を見て噴き出した。
学は、わざとらしく咳き込んだ。
それで、思わず肩をすくめた鉄郎に、学は言い返した。
「これからの旅は大変だけど、ちゃんと乗りきれよ。俺達はもう、手助けしてやれない。」
「わかってるよ。」
鉄郎は頷いた。
999号の行く先は、機械化帝国圏内だ。
そこから先は、銀河鉄道管理局の手が及ばない、未知の領域に突入する。
生きて帰れないかもしれないといわれる、行く先不明のミステリー・トラベル。
鉄郎を旅立たせるために、多くの同胞が命を散らせていった。
その魂に報いるためにも、鉄郎は、どうしても旅の終わりを、この目で確認しなくてはいけない。
鉄郎は改めて心を引き締めた。
最後に、バルジが三人に向けて、毅然と敬礼のポーズをとった。
「旅の安全を願っております。」
それには、車掌が、敬礼のポーズで応じた。
「ありがとうございます。皆様もお元気で。」
セクサロイド・ユキが、ふっと顔を伏せた。
「やっぱり、キリアンさん、来られませんでしたね…。」
一同の表情がわずかに翳った。
それに対して、車掌は、わざとおどけて口を開いた。
「いいんですよ…。あの子は…。キリアンは、銀河鉄道を守る仕事を選んでくれた…。それだけで、私は嬉しいです、ハイ…!」
車掌はバルジを見返した。
「キリアンをよろしくお願いします。」
「わかりました。」
バルジはかすかに頷いた。
その時、発車のベルが鳴り響いた。
車掌は、鉄郎とメーテルに声をかけた。
「さあ、鉄郎さん、メーテルさん。999にお乗りください。発車いたします。」
メーテルは頷くと、先にデッキに入った。
鉄郎が後に続こうとすると、学が声をかけた。
「鉄郎、君とパートナーを組めたことを、絶対に忘れない…!」
鉄郎は、999に乗りかけていた足を止めた。
振り返ると、真っ直ぐに、学を見返した。
「ずっと、パートナーだ、俺達は…!」
敬礼する学に、鉄郎は、左手の親指をたてたポーズをとって、元気に答えた。
二人が乗り込むのを確認して、車掌も999に乗り込んだ。
発車ベルが鳴り終わると、続けて、999の汽笛が高鳴った。
いよいよ999号がホームを離れる。
動き出した999号に、シリウス小隊のメンバーは敬礼で見送った。
一方、車内では。
メーテルと鉄郎が、いつもの席に向かい合って座った。
車掌がその客車に入ってきた時、ホームの方に目線を移した鉄郎が、大声をあげた。
「車掌さん…!」
「どうしました、鉄郎さん…?」
あたふたと走り寄ってきた車掌は、その場所で立ちすくんだ。
車窓の向こう側に。
敬礼のポーズで見送るキリアンがいた。
キリアンの姿は、すぐに、999の後方に遠ざかっていく。
一瞬のすれ違い。
それでも、車掌は涙を流しながら、キリアンに敬礼して答えた。
やがて、999はレールの橋脚を離れ、宇宙の海へと旅立っていった。
遠く光の帯になった999号を、キリアンは複雑な表情でずっと見つめる。
その時、背後に気配を感じた。
ゆっくりとキリアンが振り返ると、そこにはシリウス小隊の仲間がいた。
キリアンは憮然としながら、みんなに声をかけた。
「なんですか。皆さん、おそろいで…!」
「素直じゃねぇんだよ、お前は…!」
デイビッドが突っ込むと、キリアンはそっぽを向いた。
「別に…。見送るのが、少し遅れただけです…。」
「ならいいんだけど…。」
ルイが、茶目っ気たっぷりに見つめて言い返した。
バルジは一同を見返すと、事務的な言葉でいった。
「気持ちを切り替えろ。次の任務が待っている。ビッグワンにいくぞ。」
「学。と、いうわけだから、ここから一人で病院に戻れるな。」
デイビッドがからかった。
学は慌てて、口をとがらせた。
「無理だ、そんなの…!」
「ちゃんとお送りします。安心してください。」
ユキがにこやかにいった。
「有紀さん、早く復帰していただかないと、僕の研修期間が終わってしまいますよ…。」
いつもの調子をとりもどしたキリアンが、学に言い返す。
すると、デイビットが、キリアンの肩を抱いてニヤッと笑った。
「そりゃあないな。幹部候補生…! その間は、俺がこってりと指導してやるから覚悟しとけ…!」
「そうよ。油断してると、期間が延びるわよ。」
ルイが言葉を添えると、キリアンは胸を張った。
「そんなドジは踏みませんよ。」
「キリアン、調子に乗るな。俺が復帰するまで、みんなに迷惑をかけるな。お前の能力は鉄郎より劣る。恥だと思え。」
「そんな…。」
学の言葉は、キリアンの心をえぐった。
えっとなるキリアンに、デイビットも同意した。
「チームワークを作る点では特にな。学ぶことは、まだまだ山ほどある。一人前になるには、道のりが遠すぎるぜ…!」
つい生意気な態度をとりがちなキリアンだが、ようやく大人しくなって口を閉ざした。
学はほっと安堵した。
バルジは、チームのやりとりを聞き流しながら、目的のホームへ歩みを進めた。
一見すると、空間鉄道警備隊は活気で満ち溢れている。
だが、根底に潜む黒い疑惑、さまざまな陰謀、人々の画策の中に揺れながら、空間鉄道警備隊は成り立っている。
総司令レイラ・ディスティニー・シュラに、その運命はどう見えているのか。
未来への介入は、許されない立場にあるというレイラ。
ならば、未来を切り開くのは自分達だと、バルジは心の中で呟く。
突き進むしかない。
999号が、行く先のわからぬ旅に出たように。
それは、空間鉄道警備隊も同じだ。
だが、人の進む前には、無限の宇宙がある。
切り開く力を信じて、明日の未来を信じて、ひたすらに。
無限軌道は、そんな人々のために、どこまでも続いているのだから…。
...THE END...