「銀河鉄道物語〜忘れられた時の惑星〜」… ss 「鍵を握った少年」

TEXT INDEX


 (6)

 ビッグワンの指揮車輌内が、あわただしくなった。
 モデストからの通信を、ルイが傍受した。
「モデスト・イシュトより入電。指定座標にて、特異点と999号の乗客との交換を行う。刻限は、同地点日没。日が落ちるまでに、特異点を差し出さないときは、999号の乗客を処刑する…。」
 ルイは読みあげながら、同時に送られてきた座標数値を、解析画面に入力した。
 すると、ヒーライズの南半球のある場所を、解析画面が映しだした。
 その位置で、カーソルが規則的に点滅する。
「いよいよ、おいでなすったか…!」
 デイビットが、唸るようにいった。
「隊長、返答を求めています…!」
 ルイは、バルジに視線を向けた。
 キャプテンシートのバルジは、考え込みながら口を開いた。
「ここまでは予想どおりだ…。しかし、キリアンの意識が戻らない…。返答をしばし待て…。」
「はい。」
 ルイが、通信シートに向かった時だった。
 指揮車輌の後部扉が開いた。
 制服を着込んだキリアンが、ふらついた足取りで入ってきた。
 その様子に、一同は驚いた。
「キリアン、もういいのか?」
 シートを立ち上がった学が、キリアンに声をかける。
 キリアンはかすれた声で、学に言い返した。
「いつまでも寝ていられません、こんな時に…。僕は、大丈夫です。要求に応じてください…。」
「キリアン…。慎重に検討しなければ、返答できない…。」
 バルジがいった。
 キリアンは、自嘲したような口調で言い返した。
「僕のことは気にしないでください…。僕には、もう帰る家もない…。僕がいなくなっても、悲しんでくれる人も、いないのですから…。」
「キリアン、それは違う…!」
 学が焦って言い返した。
 しかし、キリアンは、スッと視線をはずした。
「有紀さんには、お世話になりましたけどね…。」
 キリアンはバルジを見返した。
「星野さんを助けるためなら、僕はいいんです…。そのために、僕はSDFに入ったのですから…。」
 扉の横の壁にもたれながら、キリアンは言葉を続けた。
 と、そこに、車掌が飛び込んできた。
「キリアン…。なんてことをいうんだ…。」
 車掌は嘆くように訴えた。
 キリアンはドキリとしながら、車掌を睨みつけた。
「後をつけてこないでください…! それに、ここは関係者以外、立ち入り禁止です…!」
 キリアンは言い捨てて、車掌から離れようとした。
 だが、足元がふらついて倒れかけた。
 車掌が飛びついて、キリアンを必死で支えた。
「キリアン、聞いておくれ…!」
「離してください…!」
 キリアンは、車掌の手を離そうと、もがいた。
 車掌は、何度、手で払われようとも、掴んだ手を離そうとしなかった。
「キリアン、私を嫌うなら、そうすればいい…。でも、お前の両親は、お前を捨ててはいないし、私は、お前を捨てるつもりなんて…。いや、捨てることはしたくなかった…。」
「嘘だ…! 今さら、そんなことをいっても…!」
 キリアンが反抗しようとすると、目の前にやってきた学が、キリアンの腕を掴んで抵抗を押えこんだ。
「やめろ。指揮車輌を出ていかなくてはならないのは、お前のほうだ…!」
 キリアンは呆気にとられた。
 やっと抵抗するのをやめた。
 車掌は、キリアンの顔を見上げると、泣きそうな声で訴えた。
「キリアン…。ああでもしなければ、お前は、処刑されていたんだよ…。お前のご両親も、お前を助けたくて999に乗せたんだ…。あの時のご両親の顔を、私は、今も忘れることができないよ…。みんな、お前のためなんだ…!」
 ルイが悲しそうな表情でいった。
「キリアン、本当は気づいているのでしょ? あなたは、みんなに思われて、ここまでやってこれたのよ…。」
 キリアンは悲愴な表情で、一同を見つめた。
 最後に、しがみついてる車掌を見返した。
 車掌の大きな目が、悲しそうに歪んでいる。
「キリアン…。鉄郎さんも大切だが、お前も大切なんだ…!」
 キリアンは無言で顔を伏せた。
 車掌は、やっと、キリアンを離して押し黙った。
 バルジは、じっと、キリアンの様子を見守っている。
 そこへ、ユキの緊張した声が響いた。
「何かが、接近してきます。」
 同時に、けたたましく警告音が鳴り響く。
 ユキは、データーを読み上げた。
「質量ゼロ、熱量ゼロ、エネルギー反応、感知できません。」
 一同は、ユキのモニターを注視した。
 宇宙空間に、忽然と、靄か霞のような物体が出現した。
 それが、徐々に、ヒーライズへと迫りつつあった。
 モニターでは、グリーンのアメーバー状の物体として表示される。
 ところどころ、虹色の光点で彩られた部分があった。
 それは、解析不能という、コンピューターによる回答だ。
「なんだ、こいつは…!」
 デイビットは目を見張った。
 バルジがユキに問いかけた。
「規模は…?」
 ユキは、厳しい表情で振り返った。
「計測不能です…!」
 呆気にとられるメンバーの中で、車掌だけが、おろおろと動揺した。
「『時の津波』だ…!」
「『時の津波』…。これが…?」
 学は呆然とした。
「そうです。あの日と同じです…。ヒーライズを飲み込み…。すべてを消し去ってしまった…!」
「予定より、早くないか?」
 デイビットは顔をしかめた。
「到達時間は?」
 バルジの質問に、ユキは、パネルのキーボードを操作して、時間をはじき出した。
「およそ、2時間半後です…!」
 一方で、ハッとしたルイが声をうわずらせた。
「隊長、指定時間と同じ時刻です…。」
「うむ…。」
 バルジの顔が険しくなった。
 モデストとの取引の最中に、『時の津波』に襲われたら…。
 果たして、脱出できる確率は、どのくらいあるのか。
 バルジが思考している間に、デイビットが、同じことを考えて肩をすくめた。
「こいつに巻き込まれたら、ビッグワンでも、もたんかもしれんな…。」
 ルイと学、そして、キリアンの表情が強張った。
 その時、車掌が、遠慮しがちに口をはさんだ。
「あの…。ビッグワンに、999号の出力を連結させれば、脱出できるかも…と思うのですが…。」
「そのことを提案するために、こちらへ…?」
 バルジが車掌を見つめた。
 車掌は頭をかきながら、小さく頷いた。
「はい…。」
「しかし、999は腐食が進んで、動くかどうか…。」
 デイビットがそういうと、車掌は首をめぐらした。
「ですが、999号には、自己修復機能があります。」
「自己修復機能…?」
 バルジがスッと目を細めた。
 車掌は頷きながら、言葉を続けた。
「はい。現在は、時間の歪みによって、999は全機能を停止しています。ですが、こちらから、人工知能に覚醒信号を送れば、999号は時間の流れに関係なく、知能を復活させることができるはずです。信号シグナルの波長は、管理局に照会する必要がありますが、やってみる価値はありますよ、ハイ…。」
「確かに…。可能性がないわけじゃない…。」
 バルジは、思考をめぐらした。
「父さん…。」
 キリアンが冷静な口調で、車掌にいった。
 予想もしなかった呼びかけに、車掌は戸惑いを感じて、一瞬、呆然とした。
 キリアンは、構わずに、車掌に話を勧めた。
「僕の席を使ってください。あそこは、情報解析専門のシートです。」
「キリアン…。ありがとう…!」
 車掌は、泣きそうになるのを堪えながら、キリアンに感謝した。
「キリアン、いいんだな?」
 学が、キリアンの顔を覗き込んだ。
 キリアンは、表情を引き締めると、学をしっかりと見返した。
「はい。これは僕の問題です。僕が、けじめをつけなくては…!」
「よし。」
 バルジは決断した。
「999号の方は、あなたにお任せします。ルイ、相手に要求を飲む、と伝えろ。」
「はい。」
 ルイは、厳しい表情になると、再び、通信デスクに向き直った。
 その間に、あたふたと、車掌が空いているシートに座った。
 バルジは、指揮車輌全体に、張り詰めた声で号令をかけた。
「総員、配置につけ!」
 ルイやデイビットが、素早く、席を立ち上がった。
 学は、キリアンを支えて、指揮車輌を後にする。
 ユキが、その間も、『時の津波』の到達時間を計測した。
「『時の津波』、到達まで、後、2時間…!」
 いよいよ、決死の任務が、開始されようとしていた。



 彼方に、くすんだ赤黒い夕日を臨む高台。
 高台からは、夕日の光を受けて、亡霊のように浮かび上がる、廃墟の高層ビル群を見渡すことができる。
 そこは、要塞のテラスだ。
 テラスの向こうは、手すりのない絶壁だ。
 拘束をとかれ、服を着込んだ鉄郎は、その絶壁の縁に、立つように命じられた。
 ちょっとでも、逆らうそぶりを見せれば、立ちあう複数の機械化兵が、一斉に、鉄郎に向けて発砲するだろう。
 鉄郎に抵抗する隙はなく、好きなように銃床で突つかれて、テラスの突端まで引っ張り出された。
 まだ、体は、自由に動かない。
 油断をすれば、すぐに足元がふらつく。
 体の激痛も引かない。
 そんな体調で、ここまで動けただけでも、奇跡に近い状態だ。
 鉄郎は、きつく、モデストを睨みつけた。
 モデストは、テラスの彫刻の上に腰を下ろし、平然と、鉄郎と景色を眺めている。
 一方で、鉄郎は、異様に重苦しい空気を感じていた。
 さきほどまで、ヒーライズの空気は、こんな雰囲気ではなかった。
 まるで、嵐の前触れ、いや、それ以上の転変地異に見舞われそうな、気持ち悪く嫌な感じだ。
 気温が急激に下がり、強風が吹きつけるようになった。
「この感じは…。」
 鉄郎が緊張しながら呟くと、モデストは鼻を軽くならした。
「フン…。『時の津波』の襲来だ。」
「『時の津波』…?」
 鉄郎は、視線だけをモデストに送った。
 モデストは、せせら笑うように、鉄郎に言い返した。
「20年前、いや、それ以前から繰り返されてきた、ヒーライズの風物詩。これで、貴様は滅びるかもしれんな。」
「何…?」
 鉄郎は歯をくいしばった。
「お前は、生き延びられると思っているのか?」
 鉄郎の問いかけに、モデストは苦笑した。
「もちろんだ。何者にも、私の邪魔はさせない。たとえ、それが、『時の津波』であろうと…。」
 モデストは、かすかに首をめぐらすと、側近の機械化兵に命じた。
「出せ。」
 機械化兵の一人は、コントローラーを手にしている。
 それを操作した。
 と、激しい振動がテラスの床を、いや、ヒーライズの大地を揺さぶった。
 鉄郎は、思わず身構えて揺れに耐えた。
 ビル群の中にある、四角い平面の区画が、ぱっくりと中央から二つに割れた。
 両端に押し開かれていく区画の中から、巨大な砲台が姿を現した。
 その全容を目の当たりにして、鉄郎は息を飲んだ。
 巨大戦艦に備わる主砲の、十数倍はあるだろう。
 異様な金属の塊。
 それが、999やビッグワンを襲った砲台−時限砲ーだ。
 モデストは勝ち誇ったように、悠然と身構えた。
「愚かなやつ…!」
 鉄郎は、モデストを鋭く睨みつけながら、ぽつりと呟いた。
 その時。
 彼方から響いてくる、列車の汽笛を耳にした。
 上空を見上げると、急降下してくるビッグワンが見えた。
 ビッグワンは、滑り込むように、廃棄されたヒーライズの駅に緊急停車した。
 直後、車輌の一部の屋根が開放される。
 そこから、飛行艇が発進した。
 搭乗しているのは、学とキリアン。
 そして、もう一ヶ所、別の車輌からは、専用の緊急ヘリが準備された。
 こちらには、宇宙服を着込んだデイビットとルイが乗り込み、スタンバイしている。
 飛行艇は、指定場所を目指して直進する。
 そして、時刻どおり、鉄郎がいるテラスに降り立った。
「学…!」
 鉄郎が、身を乗り出して呼びかけると、学はゆっくりと頷いた。
 キリアンと学は、そろって飛行艇から降りた。
 直後、モデストとの取引がはじまった。
「鉄郎を解放してくれ。」
 先に口を開いたのは、学だった。
 すると、モデストは、ゆっくりと立ち上がると、重力サーベルを引き抜いた。
 攻撃してくるかと思った学は、瞬時に身構える。
 だが、モデストは、サーベルの切っ先を、用意していた等身大の透明ケースに差し向けて、声高に命じた。
「先に、特異点を渡してもらおう。」
「信用できない…。」
 学はきり返した。
 モデストは平然としている。
 いかにも、決まり文句だといいたげに、せせら笑うと、引かずにモデストも告げた。
「それは、こちらも同じこと。私は、約束を守る男だ。」
 学は、モデストの顔を見つめながら、わずかに険しい表情をした。
 学とキリアンは、耳底に、超小型通信機をはめこんでいる。
 二人の会話は、指揮車輌内の外部マイクを通して、聞くことができる。
 また、逆に、指揮車輌内の会話も、学とキリアンには届くように手が打たれた。
 マイクを通して、ユキの、『時の津波』到達時間のカウントが、聞こえた。
「『時の津波』到達まで、後、一時間四十分…!」
 学は、その音声を聞き取りつつ、なるべく、時間を稼ぐつもりだった。
 それは、キリアンも同じはずだった。
 が、キリアンの気持ちを逆撫でするように、モデストは言葉を吐き散らした。
「さあ、来い! エゴイストどもの忘れ形見…! お前の両親は、他人の命と時間と幸せを平気で踏みにじる、卑劣なエゴイストだった。罪のないエメは、貴様の両親に命を奪われた。」
 キリアンは、わずかに、顔をひきつらせた。
 学の静止も聞かずに、ふらつく足取りで、モデストの方へ歩きだした。
「待て!」
 学が、後を追いかけようとした。
 だが、モデストのサーベルから放たれたレーザーで、足元を威嚇された。
 学は、その場から動けない。
 キリアンは、かすかな笑顔を浮かべながら、モデストに言い返した。
「そうですか。それが、僕の両親なんですね…。でも、僕には関係ないことです…。」
 キリアンは、鉄郎が立たされている場所から、直線ですれ違う位置まで進んだ。
 そして、おもむろに、モデストに銃を向けた。
「一つ、はっきりしていることがあります。僕は、あなたの言いなりに、けっしてならない…。」
「キリアン…!」
 学は言葉をなくした。
 状況を把握していた指揮車輌でも、キリアンの行動は予定になく、驚嘆の空気が流れた。
 一方、待機していたヘリ内でも、すべての状況を見守っていた、デイビットとルイは目を見張った。
「キリアン…?」
 ルイが呆気にとられていると、操縦席にいたデイビットが舌を巻いた。
「こりゃ、驚いた…!」
 そこへ、バルジの指示が飛んだ。
「作戦開始だ…!」
 デイビットは、それとともに、ヘリを出撃させる。
 指揮車輌とヘリでは、作戦行動をとりながらも、キリアンと学の動向を常に注視した。
 キリアンの思わぬ抵抗に、モデストは顔を歪めた。
 まともに銃をつきつけられたら、さすがのモデストも、うかつに動けない。
 キリアンは、モデストを睨みつけながら、口を開いた。
「あなたに僕は撃てないはず…。僕の命がなくなれば、恋人の復活はありえない…。」
 その間に、学が行動を起こした。
 モデストの意識が、学と鉄郎からそれた。
 意外なチャンスが生まれた。
 学は、鉄郎を囲んでいる機械化兵を蹴散らしはじめた。
 鉄郎は、咄嗟に身を翻した。
 激しい苦痛が、鉄郎を蝕んだ。
 だが、それを気にしていたら、鉄郎はやられてしまう。
 なんとか移動して、学の側についた。
「鉄郎!」
 学は、鉄郎に、戦士の銃を投げた。
 銃を受け取ると、鉄郎は、学に襲いかかる機械化兵を、蹴散らしはじめた。
 撃つたびに、鉄郎は顔を歪める。
 苦しそうな様子に、学は、鉄郎を気遣った。
「大丈夫か?」
「ああ。」
 鉄郎は、気力を振り絞って、強気に頷いた。
 一方、キリアンは、モデストにむけて銃を撃った。
 キリアンも、怪我をおして、銃を乱射する。
 そのたびに、苦痛が、キリアンを苛んでいく。
 モデストは、身軽にキリアンの攻撃をかわすと、テラスの柱の影に身を潜めた。
「おのれ…!」
 さらに、キリアンに対して、憎悪が渦巻いた。
「キリアン!」
 学の指示で、キリアンは、撃ちあいながら後退した。
 鉄郎をかばって同じように後退した学は、キリアンと飛行艇の影で合流した。
「キリアン、鉄郎とともに脱出しろ。もうじき、デイビット達が救助にくる。」
「有紀さんは?」
 キリアンの問いかけに、学は当然のようにいった。
「モデストを追いかける。」
「『時の津波』がきますよ。」
「まだ時間がある…!」
 学は言い返した。
 二人の通信機からは、ユキのカウントが、引き続き流れている。
「『時の津波』到達まで、残り一時間十二分…!」
 しかし、ユキの顔が急激に蒼ざめた。
「余波が先に…! 惑星そのものが、未知のエネルギーに同調し、共振しはじめました。」
「何…?」
 バルジの表情が変わった。
 車掌も身を震わせる。
 画面の緊急表示が、急激に速まった。
 シグナル音もピークに達する。
 ユキの声が、張りつめた。
「第一波、来ます!」
 同じ頃、ヒーライズの上空に、黒々とした気流の嵐が、肉眼でもとらえられるようになった。
「余波が、先に来るなんて…!」
 学が、背後の上空に視線を送ると、鉄郎もキリアンも気を張りつめた。
「くそっ…。今、『時の津波』に襲われたら、元も子もない…!」
 モデストは歯をくいしばった。
 銃撃を展開しながら、機械化兵に命令した。
「時間砲、発射…!」
 離れた場所にいる機械化兵が、コントローラーを操作した。
 すると、それまで静かだった砲塔の切っ先に、エネルギーが集中しだした。
 変化を悟った鉄郎は、モデストに叫んだ。
「やめろ、撃つな!」
 しかし、それは、モデストに届かない。
 時間砲は、すさまじい咆哮をともなって、エネルギーを放射した。
 天空に向けて放たれた、光の帯は、『時の津波』の中心を貫いた。
 すると、猛烈な衝撃波が、跳ね返ってきた。
 衝撃波は大気を揺さぶり、大地を唸らせる。
 学、鉄郎、キリアンは、飛行艇の下に頭を埋めて、衝撃波の振動に耐えた。
 『時の津波』が、時間砲の威力で、崩壊したかに思えた。
 だが、時間砲のエネルギーが貫かれた所に、予想を超えたエネルギーが、たまりはじめた。
 黒々とした異質のエネルギー。
 稲光を伴い、猛烈に吹き荒れる、爆弾のような力になりつつある。
 それが、逆に、ヒーライズの地表に向けて、はね返ってきた。
 負のエネルギー体は、エメの亡骸が眠る、要塞の城壁にぶつかった。
「エメ!」
 絶叫すると、我をなくしたモデストは、建物の中に身を翻した。
「待て!」
 学は、反射的に、飛行艇の影から飛び出した。
 機械化兵を銃撃で倒しつつ、後を追った。
 『時の津波』の余波は、加速を速める。
 じわじわと、ヒーライズの大気圏の中に、忍び寄るように侵入してくる。
「あの装置が、『時の津波』を、呼び寄せているんだ…。」
 銃撃を続けながら、鉄郎はいった。
 その隣で、銃を構えていたキリアンが、鉄郎に声をかけた。
「星野さん、僕と、同じことを考えていませんか…?」
 鉄郎は、思わず見返した。
 キリアンの真剣な表情を見て、低い声で言い返した。
「あの装置は…。君の両親が、この星の人々を救う目的で、開発したんだ。」
「でも、結局、人々は滅んでしまった…。だったら、なくしてしまわないと…。それは、血を受け継いだ、僕の役目です。」
「本体が来るのは、どのくらいだ?」
 鉄郎が聞くと、イヤホンの音声を聞き取ったキリアンがいった。
「一時間をきりました。52分です。」
 鉄郎は決断した。
「よし。モデストは学にまかそう。俺達は、大広間に行く。」
「星野さん、大丈夫ですか?」
 キリアンにいわれると、鉄郎は苦笑した。
「それは、お互い様だろ?」
「ええ。」
 キリアンも笑い返した。
 二人とも、銃を撃つたびに、呻かなくてはいけない。
 それで、お互いが無理していると、すぐにわかる。
 だが、二人は引かなかった。
 飛行艇に飛び乗ると、増強された兵士と撃ちあいながら、高度を上げた。
 その時、頭上の位置から、迎撃システムの銃口に、狙われているのに気がついた。
 鉄郎とキリアンが蒼白した時、城の屋根に設置されていた迎撃システムは、駆けつけたヘリの機銃で破壊された。
「デイビットさん、ルイさん!」
 キリアンは、明るい声で呼びかけた。
 外部マイクを使って、デイビットが二人にいった。
「次から次へと、面倒を起こしやがって…!」
「すみません。でも、僕が行かないと。」
 キリアンが訴えると、鉄郎も、続けて言葉を発した。
「学が、モデストを追いかけていった。援護したいんだ。」
 ヘリでは、ルイが困ったように、デイビットを見返した。
「どうすればいいの…?」
 そのやりとりは、ビッグワンの指揮車輌にも通じている。
 バルジは指示を与えた。
「作戦変更。ただし、無理はするな。」
「そういうことだ、お二人さん。ただし、深追いはするなよ。こっちは、要塞の周囲で待機する。」
 デイビットがいった。
 キリアンは頷いた。
「こっちにも、聞こえています。了解です!」
 キリアンは、意気揚揚と答えた。
「ありがとう!」
 鉄郎も、弾む声で返事をした。
 飛行艇は、さらに高度を上げた。
 その一方で。
 指揮車輌では、車掌の明るい報告が続いた。
「やりました。999のシグナルが、復活しましたよ!」
「ありがとうございます。」
 バルジが、車掌をねぎらった。
 後は、時間との勝負だ。



 モデストは、迷路のような城の中を、逃走し続ける。
 通路といっても、一部は、外の回廊のような場所を、走り抜けなくてはいけない。
 学は、モデストよりも、五メートル下の位置にいる。
 モデストを、銃で、撃ち抜くことができれば。
 学は、そう考えていたが、なかなか、モデストをしとめることができなかった。
 モデストの、重力サーベルの腕は確かだ。
 うかつに体をさらせば、サーベルの直撃をくらう。
 さらに、迎撃システムの機銃が、学を狙ってくる。
 その防衛線を突破して、モデストに追いつくのは、とても困難だ。
 銃を撃ちながら、学は策を考えた。
 モデストに近づく最善策は…。
 学は、城壁の回廊を回ったところで、放置されているエアバイクを発見した。
「こいつは使えるのか?」
 学は、エアバイクを点検した。
 正直、キリアンほど、情報分析は得意ではないし、メカニック担当のデイビットのように、器用でもない。
 ただ、それまでの経験と知識に頼って、学は、バイクの仕組みを調べ続けた。
 結果、エアバイクの反重力エンジンは健在で、エネルギーも、タンクの半分は満たされていることがわかった。
 問題は、エンジンがかけられるかどうかだが、タッチパネルのキイ操作で、それは簡単に解決した。
「よし、使える!」
 おそらく、機械化兵の誰かが、退屈しのぎに作り出した遊具だろう。
 学は、迷わずにシートにまたがると、エンジンをスタートさせた。
 時間をくった。
 急がなくては、完全にモデストを見失う。
 ふわりと浮き上がったエアバイクは、学の操縦で、加速を一気につけた。
 回廊を飛び出すと、城壁の側面に沿って、フルスピードで上昇する。
 予想したとおり、モデストの姿は回廊から消えている。
 かわりに、学を歓迎したのは、迎撃システムの攻撃だ。
 学は、銃を片手に持つと、迎撃システムに応戦した。
 システムの攻撃をかわした学は、一度、城の上空まで駆け上った。
 そこから、モデストが見えるか、もう一度、確認した。
 いなければ、城の内部にいる。
 それならば、場所を選んで、中に突入するだけだ。
 だが、モデストは、城の中に入っていなかった。
 外の回廊の一番端あたりで、何かを探すかのように、首をしきりにめぐらしている。
「あいつ、まだ、キリアンを諦めていないのか…!」
 その執念深さに、学は呆然とした。
 学は、バイクを再び操った。
 距離を縮めようとした。
 バイクのエンジン音で、モデストは学に気がついた。
「私の邪魔をするな!」
 叫びながら、学に発砲する。
「投降しろ!」
 学も叫びながら、銃を撃ち続けた。
 お互いが傷ついた。
 バイクのカバーが弾け飛び、エンジンに火がついた。
 モデストは、無防備だった左腕を、もぎとられた。
 学は、反射的に、バイクから飛び降りた。
 バイクは、そのまま、モデストの手前で爆発する。
 モデストは、爆発の反動で、吹き飛ばされた。
 回廊の柱の手前で、学は、うつぶせに倒れた。
 起き上がろうとした。
 が、激痛が、駆け抜ける。
 学は、自分の体を見つめた。
 脇腹を負傷した。
 破れた制服の上着をまさぐると、下のシャツに血が染みついている。
 おそらく、爆発した時、破片にやられたのだと思った。
 モデストも、まだ生きている。
 体の一部から、配線や金属片が剥き出しになっている。
 それでも、なんとか身を起こすと、学に向けて、さらにサーベル銃を乱射した。
 今度は、同じフロアでの、撃ちあいがはじまる。
 学は、痛みを我慢して、柱の影に身を隠した。
 そして、応戦しながら、再び忠告した。
「モデスト、いい加減に諦めろ!」
 しかし、それを素直に聞き入れるモデストではない。
「諦めるのは貴様だ。私とエメとの幸福は、誰にも邪魔させない!」
 銃撃戦は、熾烈を極めた。