「銀河鉄道物語〜忘れられた時の惑星〜」… ss 「鍵を握った少年」

TEXT INDEX


 (3)

 モニターで、オフローダーを捕捉し続けていたデイビットは声を荒げた。
「懐に突っ込む気か?」
 ルイは、その声に反応して、モニターを確認した。
 城の周辺に近づくほど、激しい地殻変動に見舞われる。
 地面の間から、伸び上がる高層ビル群も、城の周囲を囲むように密集しだした。
 まるで、近づくものを寄せつけまいとするかのように、要塞のごとく、オフローダーの行く手を阻む。
 地表は、ゴムのような脆さで、あちらこちらで大きくバウンドし、幾筋の巨大なクレバスを形成した。
 オフローダーは弾け飛ぶように、地表の割れ目に翻弄されながら、中核を目指してフルスピードで直進する。
 一歩、間違えば、確実にオフローダーは、地表に飲み込まれる。
 そのオフローダーを、上空からも、レーザー砲が狙い撃った。
 レーザー砲の砲塔は、せり上がってきた高層ビルの外壁にとりつけられている。
 多数の砲門が、オフローダーを正確に捉えると、容赦なく、多量のレーザーの雨を降らせ浴びせる。
「無茶よ、有紀君。もどって…!」
 ルイは無線で呼びかけた。
 バルジは、モニターを確認しつつ、デイビットに指示を出した。
「この状況では、回収は不可能だ。援護する。主砲発射用意…!」
 デイビットは、迎撃システムのレバーを操作した。
 その一方で。
 オフローダーの乗り込んだ学は、振り落とされないように体を支えながら、銃を構えた。
 狙いは、ビルの壁面に取りつけられた砲塔だ。
 すると、オフローダーを操る鉄郎が、学に忠告した。
「無駄弾を使うな!」
「しかし、このままじゃ、やられるぞ!」
「自分の仲間を信用しろよ…!」
 鉄郎は叫ぶようにいった。
「ビッグワンを…?」
 上空で、旋回しながら追いかけてくるビッグワンを、学は見上げた。
 その時、前方の地面が、大きく落ち込んだ。
「うわっ…!」
 反射的に鉄郎は、アクセルを踏み込む。
 オフローダーは、瞬間、大きくジャンプした。
 数メートル、落ち込んだ地面の上に、オフローダーを着地させた。
「うっ…!」
 学は、フロントのカバーに掴まって、振動を堪えた。
「もう少し…。我慢してくれ…!」
 鉄郎は、ハンドルを操りながら、学に訴えた。
 学は目を見張った。
 鉄郎は、闇雲に、オフローダーを操っているわけではない。
 確実に走行できる地面を、瞬時に、見極めている。
 そして、目的は、林立するビルのふもとだ。
 中心に向かうほど、道幅も狭く、迷路のような路地に近い空間が、形成されつつある。
 そこに入り込めば死角となり、上空からのレーザー攻撃は、最低限のものに限定される。
 そして、中心部分は街の形成もほぼ完成し、地殻変動も終了し、安全に移動することができる。
 鉄郎は、一刻も早く、その中心に向かうつもりだ。
 学は舌を巻いた。
 学のように、正式な訓練を受けた兵士ではない。
 しかし、野生児に近い、動物的な直感に優れている。
 あのシュワンヘルト・バルジが、どうして鉄郎を選任したのか、今になってわかる気がした。
「こっちへ…!」
 鉄郎は学に声をかけた。
 ハッと正気にもどった学は、鉄郎の運転席側へ身を寄せた。
 鉄郎はハンドルを大きくきった。
 車体の右片側を浮かせる。
 微妙なバランスをとりながら、片輪走行を敢行した。
 と、車体の側面スレスレに、レーザー光条が降り注いだ。
 車体をよけていなければ、間違いなく、直撃をくらっている。
 鉄郎は、そのままオフローダーを、一直線に走行させた。
 前方に、ビルとビルの隙間が迫る。
 その間に、車を、潜り込ませるつもりだ。
 レーザーの攻撃は、オフローダーを追いかけて降り注ぐ。
 が、直撃を食らう寸前、ピタリと攻撃が止んだ。
 直後に、ビルの一角が爆発する。
 ビッグワンの主砲が、砲塔を破壊した。
 その間に、オフローダーは、ビルの隙間に飛び込み、とりあえずの危機を脱した。
 隙間を抜けると、どうにか、車一台分の車幅を確保した、路地にたどりついた。
 鉄郎は、そこでようやく車体を元にもどした。
「みごとだ。」
 学が賞賛すると、鉄郎は軽く息をついて小さく頷いた。
 二人の耳に、異様な物音が響いてくる。
 その音の方向に視線を送ると、学と鉄郎は息を飲んだ。
「あれは…!」
「999を襲った光だ…!」
 光の大元は、地面の中に格納されていた、可粒子砲とみられる大型砲台だ。
 そこから発射される、光学ステルス迷彩砲が、ビッグワンを襲った。
 直撃をくらったビッグワンの車輌は、たちまち錆びついていく。
 それは、999で見られた同じ現象だ。
 ビッグワンの指揮車輌では、ユキが異変を伝えていた。
「最後尾車輌に被弾。急速な腐食が進んでいます。」
「最後部車輌の連結を解除。」
 バルジの命令を受けて、デイビットは、車輌を切り離した。
 迷彩砲は、さらに、ビッグワンを攻撃した。
 しかし、デイビッドの操縦のおかげで、それは難なく回避した。
 すでに、モニターでは、オフローダーを追従することができなくなっている。
 デイビットは、肩をすくめながら、口を開いた。
「どうにか、潜り込んだな。」
「我々は一度退避する。」
 バルジがいった。
「ルイ、通信はどうだ?」
「応答ありません…。」
 ルイは、寂しそうな声で、無言の通信機器を見据えた。
 ビっグワンは、放射状の弧を描きながら、ゆっくりと、大気圏に向けて上昇した。
 地上をひた走る鉄郎と学は、離れていくビッグワンの無事を確認して、少し気持ちを落ちつかせた。
 だが、すぐに次の攻撃に気づくと、また緊張感を漲らせる。
 二人に迫ってきたのは、球体上の迎撃装置だ。
 サッカーボールよりも大きい物体が、上空から、オフローダーめかげて急降下してくる。
 閉鎖空間でも、機動できるように考えられた、人工知能迎撃システムだ。
「敵の狙いは、いったい何だ…?」
 学は、ライフル銃を構えると、球体迎撃システムを次々と破壊した。
 鉄郎も、オフローダーを、自動操舵に切り替えた。
 運転席から立ち上がると、銃で応戦をはじめた。
 激しい銃撃は数分に及んだ。
 オフローダーの上空は、白煙と閃光に包まれて視界を奪った。
「やりすぎた…。」
 鉄郎が口走った時、視界の目前に、ビルの壁面が飛び込んできた。
「まずい…!」
 鉄郎は焦った。
 自動操舵を手動に戻しても、すぐに対応できない。
 このままでは、壁面に激突する。
 と、鉄郎は、学に抱きしめられた。
「飛び降りろ!」
 その声を聞いた時には、学に抱きすくめられたまま、鉄郎は、オフローダーから飛び出していた。
 振り落とされる形で、二人は地面に転げ落ちた。
 始終、学にかばわれていたせいで、鉄郎に思ったほどの衝撃はない。
 が、一方の学は、何度も呻き声をあげた。
 鉄郎の下敷きになって、肩から地面に激突した。
 反動で、体が二メートルほど、地面に引きずられた。
 静止した直後、二人の前方で爆発が起きた。
 オフローダーが、残りのシステムを巻き込んで、大破した。
 その衝撃が収まるまで、学と鉄郎は、顔を起こすことができなかった。
 ようやく辺りが静かになると、学の胸に顔を埋めていた鉄郎が、慌てて身を起こした。
「学…!」
 学は、仰向けに倒れたまま、顔をきつく歪めている。
 鉄郎の呼びかけに、ようやく反応した学は、うっすらと瞳を開いた。
「馬鹿野郎!」
 鉄郎は怒鳴りつけた。
「無茶すんな。下手をしたら、首の骨が折れてるぞ…。大丈夫か…?」
「何とかな…。」
 学は照れくさそうに笑いながら、ゆっくりと身を起こした。
 が、肩の辺りに激痛を感じて、学は顔を歪めた。
「骨折したのか…?」
 鉄郎は、そっと学の体に触れて、骨の状態を点検した。
 どうやら、骨に異常はなさそうだ。
 ほっと息をつく鉄郎に、学は軽い口調でいった。
「ただの打ち身だ…。こういう訓練は何度もしている…。それより、鉄郎の方こそ、一度頭部を打撲しているんだ…。また強打したら、それこそ、命取りになるかもしれない…。」
「それでかばったのか…?」
 包帯を巻きつけたままの頭を、鉄郎は押さえながら、呆れたように言い返した。
 しかし、その表情がわずかに翳った。
「ここにたどり着くまでに、俺は、多くの仲間を犠牲にしてしまった…。学まで、その一人になってほしくないんだ…。」
「逆だ。俺は君を守る義務がある…。君の方こそ、無茶をしてほしくない…。」
 学は、何とか立ち上がった。
 鉄郎も、何もいえずに腰をあげた。
 その鉄郎に、学は、懐から取り出した例の手紙を手渡した。
「今のうちにこれを返しておこう…。これは、君の持ち物だ…。」
 鉄郎は、かすかに息を飲みながら、その手紙を受け取った。
「結局、この手紙の正体は…。」
「分析不能だ…。しかし、ここに記入されていたと思われる文字は、この星の住民が、古くから使っていた文字だということだけがわかった…。」
「じゃあ、この星とこの手紙は…。」
「確かに、何かのつながりがある…。」
 学は言い終えると、周囲を見回した。
 ビルの間に、かすかに、謎の城の一部が見えている。
「ここからだと、ビル伝いに行けば、中核に行けそうだな…。」
 学は銃を点検すると、城が見える方向に、向かおうとした。
 だが、鉄郎が、学を呼びとめて、声をかけた。
「待ってくれ…。今、どこからか銃声が聞こえた…。」
「まさか…。」
 驚いた学だが、今度は、学の耳にも銃声の響きが届いた。
「どこだ…。敵がいるのか…?」
「ビルの中…。そんな感じがしないか…?」
 鉄郎がそういうと、学はかすかに頷いた。
「だとしたら、こっちだ。」
 学は鉄郎を促した。
 二人は、目前のビルの排気口らしい隙間に、飛び込んだ。



 ビルの中は、近代的な空間が、続いていた。
 まるで、何かの工場だったような場所。
 しかし、どこも薄暗く、人の気配はまったくない。
 がらんとした巨大な空間に、大型コンピューターらしい機械類が、無造作に配置されている。
 その隙間を縫うように、下層に続く階段やタラップが、網の目のように造られている。
 学と鉄郎は、何度も響く銃声を頼りに、建物の中を疾走した。
 銃声は、しだいに大きくなってくる。
 向こうも、しだいに、こちらに近づいてきている。
 ちょうど、通路の分岐点にさしかかった。
 前方に、広い空間がある。
 が、その前を、数台の飛行艇が横切った。
 学と鉄郎は、慌てて壁面にとりついて、飛行艇をやり過ごす。
 各飛行艇には、一人づつ、機械化兵が搭乗している。
 彼らは、銃声がした方向に、真っ直ぐ飛び去っていった。
「俺達が、目標じゃないんだ…。」
 鉄郎は、呆気にとられた。
 身構えた学がいった。
「連中は、何かを追っている。」
「後をつけよう。」
 鉄郎が言う前に、学は、そのつもりで、広い空間を左に折れた。
 鉄郎もその後に続く。
 二人の行く手に、ワラワラと、機械化兵が集団で、飛び出してきた。
 学と鉄郎は、反射的に銃を撃った。
 二人の相乗攻撃は、数人の機械化兵を、たやすく破壊する。
 その先にも、機械化兵達が次々と出没して、二人に銃撃をしかけてきた。
 相手の光条を、巧みにかわしながら、学と鉄郎は、機械化兵に向けて銃を乱射した。
 銃撃戦を展開しつつ、しだいに、視界に入ってくる前方の爆発と激しい銃撃に、学と鉄郎は目を見張った。
 機械化兵が、一人の青年に、複数でとりついている。
 青年は、襲いかかってくる機械化兵を、どうにか屠りながら、必死に逃げていた。
 青年は、空間鉄道警備隊の制服を着用している。
 学は驚いた。
「キリアン…?」
 青年は、学の後輩にあたるキリアンだ。
「なぜ、あいつが…。機械化兵に襲われて…!」
「あいつをぶん捕ろう!」
 鉄郎は、真上を飛行する飛行艇に、目をつけた。
 まず、戦士の銃で、搭乗している機械化兵を破壊した。
 無人になった飛行艇は、ふらつきながら、ゆっくりと失速する。
「援護してくれ…!」
 鉄郎が叫ぶと、学は、鉄郎の行動を瞬時に理解した。
 いわれるままに、周囲の機械化兵を、銃で蹴散らしにかかる。
 その隙をついて、鉄郎は、目線にまで降下してきた飛行艇に、素早く飛び乗った。
「早く!」
 今度は、飛行艇の鉄郎が、援護射撃しながら学を促す。
 学も、大きくジャンプして、飛行艇に乗り移った。
「有紀さん…!」
 ようやく、学に気づいたキリアンが叫んだ。
 ちょうど、手榴弾を投げつけて、追っ手の機械化兵を、振り払ったところだ。
「キリアン、来いっ!」
 学がキリアンに手を差し伸べた。
 飛行艇は、ある程度、体重移動で、方向が定まるらしい。
 できるだけ、壁際に飛行艇を近づけながら、キリアンに接近した。
 周囲を飛び回る、飛行艇の機械化兵を狙って、鉄郎は銃を連射する。
 飛び交う銃弾をよけて、キリアンは、勢いよく飛び上がった。
 その手を、学がしっかりと握り返した。
 キリアンを飛行艇に引き上げると、学はキリアンに命じた。
「離脱する。手榴弾で、弾幕を張れ…!」
「はい…!」
 キリアンは、体に、予備弾を格納するベルトを、ぐるりとまきつけている。
 物々しい特攻スタイルだ。
 そのベルトには、一戦闘には充分すぎる量の手榴弾が備わっている。
 キリアンは、一つづつ、慎重に手榴弾をむしりとった。
 それらを投げつけて、次々と爆発させた。
 衝撃で、周囲はたちまち炎上する。
 視界が失せ、機械化兵が、蠢く余裕はない。
 混乱が生じた。
 その間に。
 学、鉄郎、キリアンが乗った飛行艇は、無事、離れることに成功した。



 戦闘をくぐりぬけた彼らは、飛行艇の動きに任せて、城の中心部分を飛行した。
 あれから、新たな敵に遭遇することはなく、飛行艇は、城のふもとと思われる、ビルの間の閉鎖区画に、自動的に不時着した。
 呆れた様子で、三人は、その場所で、ひとまず飛行艇を降りた。
 学は、飛行艇の構造を、外から観察しながらいった。
「搭乗者側からの、細かい操縦は不可能だ。こいつは、外部から、リモートで操られている…。」
「それを操る奴が、この事件の首謀者…。」
 鉄郎が口をはさむと、学は静かに頷いた。
「おそらく…。」
 そして、学は、キリアンに目線を移した。
「これを、こちらから、コントロールできるように、細工できないか…?」
「できないことはないと思います…。でも、そんなことをするよりも、直接、乗り込んだ方が…。」
 キリアンがいいかけると、学は、かすかに首をふった。
「こいつは、いろいろと役に立つ。うまく、使えるようにしたい…。」
「それ、僕の役目ですね…?」
 キリアンが肩をすくめると、学は肩を軽く叩いた。
「情報解析は、トップクラスだったんだろ? その腕を見込んで、頼んでいるんだ…。」
「わかりました…。」
 諦めモードで答えたキリアンは、飛行艇に飛び乗ると、中央の小さなハッチをこじ開けた。
 わずか、十数センチの隙間から見える部分にも、ぎっしりと、細かな機械部品が、詰め込まれている。
 だが、キリアンは、ゲームの答えを導くような容易さで、機械部品をいじりはじめた。
 その作業を、横目で観察しながら、学はキリアンにいった。
「どうして、単独行動したんだ? 連中は、キリアンを狙っていた…。何か、心当たりはないのか…?」
「ありませんよ…。僕にも何が何だか…。狙われる理由なんて、思いつきません…。」
 キリアンは作業を続けながら、投げやりな口調でいった。
 すると、鉄郎が、思い出したように声をかけた。
「君は、車掌さんがさらわれる映像を見たとき、“父さん”っていったな…。いったい、どうして…?」
 キリアンの表情が、厳しく歪んだ。
 鉄郎は、さらに言葉を続けた。
「君は、車掌さんを助けたくて、一人で出て来たんだろ? 違うのかい?」
「違います…。あんな人を助けたいなんて…!」
 キリアンは声を荒げた。
 感情的になったキリアンに、学は目を見張りながら、質問を重ねた。
「キリアン、何を隠している…。話してくれないか…?」
 しかし、キリアンは口を固くつぐんだ。
 鉄郎が、学に声をかけた。
「無理に聞き出さなくても…。」
「いいですよ…。」
 キリアンは固い声で言い返した。
「別に、隠すほどのことじゃ、ありませんから…。」
 そういって、キリアンは、自身のことを語りはじめた。
「僕は孤児でした…。あの、999の車掌に、僕は幼い頃、生まれてからずっと、育てられてきたのです…。でも、突然、あの人は僕を捨てたんだ…。別の養父母に、僕を引き取らせて…。あの人は職務に忠実です…。だけど、人の心を、少しも理解しようとしてくれない…。邪魔になった僕を…。あの人はそういう人だ…!」
「待ってくれよ…。何かの誤解だ…。」
 鉄郎が、思わず、口をはさんだ。
「俺は、二度999に乗って、車掌さんやメーテルと旅をしている…。そんな俺に、家族同然に、車掌さんは接してくれるんだ…。車掌さんは、職務に忠実な人だ…。だけど、けっして、人の情がわからない人なんかじゃないよ…!」
「俺も鉄郎に同感だ…。キリアンが、誤解しているだけだと思う…。」
 学が口をそろえた。
 キリアンは、かぶりを振った。
「お二人にはわかりません…。有紀さん、あなたのご実家からは、たびたび仕送りがあるじゃないですか…。そんな、裕福な家庭に恵まれた有紀さんに…。僕の気持ちを解かってもらおうなんて思っていません…。」
「キリアン…。確かに、俺には、優しい母さんと兄弟達がいてくれる…。でも、悲しみは人、それぞれにあるんだ…。」
「わかってます…。お父さんとお兄さんが、消息を絶たれたのでしたね…。でも、まだ、どこかで生きていらっしゃるかもしれない…。」
「希望は捨てていない…。だけど、父さんと兄さんが、いなくなったのは事実だ…。」
 学は、腰に下げていた、もう一つの銃を、ぐっと、ホルスターの上から、きつく握った。
 鉄郎は、それを見ていて、表情を曇らせた。
「その銃、ひょっとして…。」
「父さんのお守りだ…。」
 学は寂しげに笑った。
「キリアン…。」
 鉄郎がいった。
「不幸自慢をするつもりはない…。けど、君は、養父母に育てられただけでも、幸福に思わなきゃ…。俺の母さんは、機械化人に殺されたし、父さんも、機械化人と戦って、死んだと聞かされている…。俺は、その後、ずっと、地球のメガロポリスのスラム街で、一人で生きてきた…。俺だけじゃない…。恵まれない人達は、この宇宙中に、山のようにあふれている…。そんな人達を、俺は、ずっと見つづけてきたんだ…。でも、生きる希望は、誰も失っていなかった…。こんな時代だからこそ、希望はもってほしいんだ…。」
「すみません…。星野さんにまで、こんな話につきあわせてしまって…。」
 キリアンは、ハッチを閉じると、学を見返した。
「作業は終わりです。外部からも、こちらからも操作できるようにしました…。」
「キリアン、私情はぬいてもらうぞ。」
 学がいうと、キリアンは頷いた。
「もちろんです。僕も、シリウス小隊の一員です。999の乗員乗客を救出することが専決です。任務は果たします…。」
 鉄郎は、戸惑いの表情を浮かべて、学に視線を向けた。
「少し、聞いていいかな?」
 思わず首をかしげた学に、鉄郎は、ゆっくりとした口調で、ある疑問を投げかけた。
「本当のことを、教えてくれないか…? この事件に巻き込まれる前、999は黒騎士のコントロールセンターに、臨時停車させられた…。そこで、銀河鉄道の実態を聞かされた…。今の銀河鉄道は、黒騎士に支配されているって…。黒騎士は、女王プロメシュームに遣える一番の側近だと、メーテルが教えてくれた…。でも、銀河鉄道管理局は、機能しているようだし、君達、SDFもちゃんと活動している…。いったい、どういうことだ…? 今は、全宇宙で、機械化帝国と生身の人間との戦争が、あちこちで展開されているのに…。」
「それは…。」
 学が表情を翳らせると、キリアンが言い返した。
「有紀さん。それは、特務事項ですよ…。」
「でも…。鉄郎なら…。教えてもいいだろう…。」
 学は、迷いながらも、決断した。
 そして、表情を引き締めると、鉄郎の質問に答え始めた。
「実際、今の銀河鉄道管理局が運営している範囲は、最盛期の数十パーセントだ…。全運行はされていても、管轄外の列車介入は、けっして認められない…。幽霊列車という、俺達には、皆無の列車まで、彼らは、勝手に運行させている…。ただ、元々の銀河鉄道の拠点となる、ディスティニー周辺は、中立地帯として交戦を免れている…。その周辺のみ、以前の繁栄のまま、世界が維持されているんだ…。」
「そんな状態だったのか…。すると、半分が、機械化帝国の管轄に入ったってことだな…。」
 鉄郎は肩を落とした。
 2年前、鉄郎は、機械化母星を、決死の覚悟で破壊した。
 それで、機械化帝国時代は終わりを告げ、ようやく、誰もが、平等に平和の中で暮らせる時代がくると、鉄郎は信じて疑わなかった。
 だが、実際は、いつの間にか投入された、多量の機械化兵士達の暗躍により、交戦の火蓋が、きって落とされた。
 生きとしいけるものを抹殺すべく、機械化帝国は容赦のない総攻撃を、全宇宙の生命に向けて叩きつけてきた。
 その動乱の中で、煌びやかな繁栄を築いていた銀河鉄道は、鉄郎の故郷、地球のメガロポリスから、いつの間にか姿を消してしまった。
 戦争がはじまってからの2年間、銀河鉄道を見たものは、メガロポリスの住人の中に誰もいない。
 キリアンが、その疑問を、鉄郎に明かした。
「確か、上層のほうで、取引きがあったって噂がありましたね…。ディスティニーの管轄を守る代わりに、銀河鉄道の要となる、地球とアンドロメダの路線を引き渡せって…。」
「それで、メガロポリスの銀河鉄道が、動かなくなったのか…。」
 鉄郎は呆然とした。
 だが、学は、こうも、つけ加えた。
「ただ、その間、管理局が何もしていないわけじゃない…。難民となった人々を救い出すために、各路線の救援活動に、列車を走らせていたんだ…。しかし、メガロポリス周辺の戦乱の状態は、特にひどくて…。管理局も、なかなか手が出せなかった…。そのために、SDFの隊員も、多くの犠牲を出している…。俺の兄さんは、999に乗って消息をたった…。動乱のメガロポリスに、向かったはずだったのに…。」
「そうだったのか…。」
 鉄郎は顔を伏せた。
 今のメガロポリスが、どんな状態か、鉄郎が身にしみて実感している。
 鉄郎は、連日、明日をもしれない状況で、パルチザンの兵士として、機械化人との過酷な戦いに明け暮れていた…。
「なのに、今回は、999が二年ぶりに停車した…。俺が、メーテルからのメッセージカードを、受け取ったのにあわせるかのように…。それが、偶然なのか必然なのかは、わからないな…。」
「すまない…。黒騎士の管轄に入った路線は、こちらでは把握できない…。999がいつ、機械化帝国の管轄に入ったのかも、俺達は、具体的に、知らされていないんだ…。救援車輌を走らせていた頃は、確かに、こちらの管轄に、列車はあったはずなのに…。」
「そういえば、コントロールセンターは、どうなったんだろう…?」
 キリアンが首をかしげた。
 鉄郎がいった。
「自爆した…。黒騎士は、おそらく、脱出したはずだ…。」
「それで、999の介入が、容易にできるようになったって、ことですね…。」
 キリアンが答えた。
「でも、いずれ、この動乱は終わる…。総司令は、人類の未来を見通して、銀河鉄道の運営を諦めていない…。俺達、士官学校で採用される人材も、生身の人間ばかりだ…。俺達は信じている…。勝つのは、俺達、生身の人間だ…!」
「ありがとう…。」
 鉄郎は、学の言葉に、強い言葉で応じた。
 そんな時、自動的に、飛行艇が、ふわりと浮き上がった。
 キリアンが叫んだ。
「急いで。相手のリモートが、働きました…!」
 鉄郎と学は、腰くらいに浮き上がった飛行艇に、素早く乗り移った。
 このまま、飛行艇の進路に従えば、必ず、敵の居場所にたどり着く。
 三人はそれに賭けた。
 そして、鉄郎は思った。
 コントロールセンターで、黒騎士に身柄を拘束された後。
 爆発の中で、一度、メーテルは消えていくところだった。
 どうにか、救出されたメーテルが、今はまた、鉄郎の前から、姿を消そうとしている。
 二度も、同じ失敗は繰り返したくない。
 今度こそ、メーテルを救い出し、彼女の真意を確かめたい。
 なぜなら、鉄郎は、何も知らされずに、999に乗車したのだから。
 鉄郎の決意は、誰よりも熱く強い…。