(3)
モニターで、オフローダーを捕捉し続けていたデイビットは声を荒げた。
「懐に突っ込む気か?」
ルイは、その声に反応して、モニターを確認した。
城の周辺に近づくほど、激しい地殻変動に見舞われる。
地面の間から、伸び上がる高層ビル群も、城の周囲を囲むように密集しだした。
まるで、近づくものを寄せつけまいとするかのように、要塞のごとく、オフローダーの行く手を阻む。
地表は、ゴムのような脆さで、あちらこちらで大きくバウンドし、幾筋の巨大なクレバスを形成した。
オフローダーは弾け飛ぶように、地表の割れ目に翻弄されながら、中核を目指してフルスピードで直進する。
一歩、間違えば、確実にオフローダーは、地表に飲み込まれる。
そのオフローダーを、上空からも、レーザー砲が狙い撃った。
レーザー砲の砲塔は、せり上がってきた高層ビルの外壁にとりつけられている。
多数の砲門が、オフローダーを正確に捉えると、容赦なく、多量のレーザーの雨を降らせ浴びせる。
「無茶よ、有紀君。もどって…!」
ルイは無線で呼びかけた。
バルジは、モニターを確認しつつ、デイビットに指示を出した。
「この状況では、回収は不可能だ。援護する。主砲発射用意…!」
デイビットは、迎撃システムのレバーを操作した。
その一方で。
オフローダーの乗り込んだ学は、振り落とされないように体を支えながら、銃を構えた。
狙いは、ビルの壁面に取りつけられた砲塔だ。
すると、オフローダーを操る鉄郎が、学に忠告した。
「無駄弾を使うな!」
「しかし、このままじゃ、やられるぞ!」
「自分の仲間を信用しろよ…!」
鉄郎は叫ぶようにいった。
「ビッグワンを…?」
上空で、旋回しながら追いかけてくるビッグワンを、学は見上げた。
その時、前方の地面が、大きく落ち込んだ。
「うわっ…!」
反射的に鉄郎は、アクセルを踏み込む。
オフローダーは、瞬間、大きくジャンプした。
数メートル、落ち込んだ地面の上に、オフローダーを着地させた。
「うっ…!」
学は、フロントのカバーに掴まって、振動を堪えた。
「もう少し…。我慢してくれ…!」
鉄郎は、ハンドルを操りながら、学に訴えた。
学は目を見張った。
鉄郎は、闇雲に、オフローダーを操っているわけではない。
確実に走行できる地面を、瞬時に、見極めている。
そして、目的は、林立するビルのふもとだ。
中心に向かうほど、道幅も狭く、迷路のような路地に近い空間が、形成されつつある。
そこに入り込めば死角となり、上空からのレーザー攻撃は、最低限のものに限定される。
そして、中心部分は街の形成もほぼ完成し、地殻変動も終了し、安全に移動することができる。
鉄郎は、一刻も早く、その中心に向かうつもりだ。
学は舌を巻いた。
学のように、正式な訓練を受けた兵士ではない。
しかし、野生児に近い、動物的な直感に優れている。
あのシュワンヘルト・バルジが、どうして鉄郎を選任したのか、今になってわかる気がした。
「こっちへ…!」
鉄郎は学に声をかけた。
ハッと正気にもどった学は、鉄郎の運転席側へ身を寄せた。
鉄郎はハンドルを大きくきった。
車体の右片側を浮かせる。
微妙なバランスをとりながら、片輪走行を敢行した。
と、車体の側面スレスレに、レーザー光条が降り注いだ。
車体をよけていなければ、間違いなく、直撃をくらっている。
鉄郎は、そのままオフローダーを、一直線に走行させた。
前方に、ビルとビルの隙間が迫る。
その間に、車を、潜り込ませるつもりだ。
レーザーの攻撃は、オフローダーを追いかけて降り注ぐ。
が、直撃を食らう寸前、ピタリと攻撃が止んだ。
直後に、ビルの一角が爆発する。
ビッグワンの主砲が、砲塔を破壊した。
その間に、オフローダーは、ビルの隙間に飛び込み、とりあえずの危機を脱した。
隙間を抜けると、どうにか、車一台分の車幅を確保した、路地にたどりついた。
鉄郎は、そこでようやく車体を元にもどした。
「みごとだ。」
学が賞賛すると、鉄郎は軽く息をついて小さく頷いた。
二人の耳に、異様な物音が響いてくる。
その音の方向に視線を送ると、学と鉄郎は息を飲んだ。
「あれは…!」
「999を襲った光だ…!」
光の大元は、地面の中に格納されていた、可粒子砲とみられる大型砲台だ。
そこから発射される、光学ステルス迷彩砲が、ビッグワンを襲った。
直撃をくらったビッグワンの車輌は、たちまち錆びついていく。
それは、999で見られた同じ現象だ。
ビッグワンの指揮車輌では、ユキが異変を伝えていた。
「最後尾車輌に被弾。急速な腐食が進んでいます。」
「最後部車輌の連結を解除。」
バルジの命令を受けて、デイビットは、車輌を切り離した。
迷彩砲は、さらに、ビッグワンを攻撃した。
しかし、デイビッドの操縦のおかげで、それは難なく回避した。
すでに、モニターでは、オフローダーを追従することができなくなっている。
デイビットは、肩をすくめながら、口を開いた。
「どうにか、潜り込んだな。」
「我々は一度退避する。」
バルジがいった。
「ルイ、通信はどうだ?」
「応答ありません…。」
ルイは、寂しそうな声で、無言の通信機器を見据えた。
ビっグワンは、放射状の弧を描きながら、ゆっくりと、大気圏に向けて上昇した。
地上をひた走る鉄郎と学は、離れていくビッグワンの無事を確認して、少し気持ちを落ちつかせた。
だが、すぐに次の攻撃に気づくと、また緊張感を漲らせる。
二人に迫ってきたのは、球体上の迎撃装置だ。
サッカーボールよりも大きい物体が、上空から、オフローダーめかげて急降下してくる。
閉鎖空間でも、機動できるように考えられた、人工知能迎撃システムだ。
「敵の狙いは、いったい何だ…?」
学は、ライフル銃を構えると、球体迎撃システムを次々と破壊した。
鉄郎も、オフローダーを、自動操舵に切り替えた。
運転席から立ち上がると、銃で応戦をはじめた。
激しい銃撃は数分に及んだ。
オフローダーの上空は、白煙と閃光に包まれて視界を奪った。
「やりすぎた…。」
鉄郎が口走った時、視界の目前に、ビルの壁面が飛び込んできた。
「まずい…!」
鉄郎は焦った。
自動操舵を手動に戻しても、すぐに対応できない。
このままでは、壁面に激突する。
と、鉄郎は、学に抱きしめられた。
「飛び降りろ!」
その声を聞いた時には、学に抱きすくめられたまま、鉄郎は、オフローダーから飛び出していた。
振り落とされる形で、二人は地面に転げ落ちた。
始終、学にかばわれていたせいで、鉄郎に思ったほどの衝撃はない。
が、一方の学は、何度も呻き声をあげた。
鉄郎の下敷きになって、肩から地面に激突した。
反動で、体が二メートルほど、地面に引きずられた。
静止した直後、二人の前方で爆発が起きた。
オフローダーが、残りのシステムを巻き込んで、大破した。
その衝撃が収まるまで、学と鉄郎は、顔を起こすことができなかった。
ようやく辺りが静かになると、学の胸に顔を埋めていた鉄郎が、慌てて身を起こした。
「学…!」
学は、仰向けに倒れたまま、顔をきつく歪めている。
鉄郎の呼びかけに、ようやく反応した学は、うっすらと瞳を開いた。
「馬鹿野郎!」
鉄郎は怒鳴りつけた。
「無茶すんな。下手をしたら、首の骨が折れてるぞ…。大丈夫か…?」
「何とかな…。」
学は照れくさそうに笑いながら、ゆっくりと身を起こした。
が、肩の辺りに激痛を感じて、学は顔を歪めた。
「骨折したのか…?」
鉄郎は、そっと学の体に触れて、骨の状態を点検した。
どうやら、骨に異常はなさそうだ。
ほっと息をつく鉄郎に、学は軽い口調でいった。
「ただの打ち身だ…。こういう訓練は何度もしている…。それより、鉄郎の方こそ、一度頭部を打撲しているんだ…。また強打したら、それこそ、命取りになるかもしれない…。」
「それでかばったのか…?」
包帯を巻きつけたままの頭を、鉄郎は押さえながら、呆れたように言い返した。
しかし、その表情がわずかに翳った。
「ここにたどり着くまでに、俺は、多くの仲間を犠牲にしてしまった…。学まで、その一人になってほしくないんだ…。」
「逆だ。俺は君を守る義務がある…。君の方こそ、無茶をしてほしくない…。」
学は、何とか立ち上がった。
鉄郎も、何もいえずに腰をあげた。
その鉄郎に、学は、懐から取り出した例の手紙を手渡した。
「今のうちにこれを返しておこう…。これは、君の持ち物だ…。」
鉄郎は、かすかに息を飲みながら、その手紙を受け取った。
「結局、この手紙の正体は…。」
「分析不能だ…。しかし、ここに記入されていたと思われる文字は、この星の住民が、古くから使っていた文字だということだけがわかった…。」
「じゃあ、この星とこの手紙は…。」
「確かに、何かのつながりがある…。」
学は言い終えると、周囲を見回した。
ビルの間に、かすかに、謎の城の一部が見えている。
「ここからだと、ビル伝いに行けば、中核に行けそうだな…。」
学は銃を点検すると、城が見える方向に、向かおうとした。
だが、鉄郎が、学を呼びとめて、声をかけた。
「待ってくれ…。今、どこからか銃声が聞こえた…。」
「まさか…。」
驚いた学だが、今度は、学の耳にも銃声の響きが届いた。
「どこだ…。敵がいるのか…?」
「ビルの中…。そんな感じがしないか…?」
鉄郎がそういうと、学はかすかに頷いた。
「だとしたら、こっちだ。」
学は鉄郎を促した。
二人は、目前のビルの排気口らしい隙間に、飛び込んだ。
ビルの中は、近代的な空間が、続いていた。
まるで、何かの工場だったような場所。
しかし、どこも薄暗く、人の気配はまったくない。
がらんとした巨大な空間に、大型コンピューターらしい機械類が、無造作に配置されている。
その隙間を縫うように、下層に続く階段やタラップが、網の目のように造られている。
学と鉄郎は、何度も響く銃声を頼りに、建物の中を疾走した。
銃声は、しだいに大きくなってくる。
向こうも、しだいに、こちらに近づいてきている。
ちょうど、通路の分岐点にさしかかった。
前方に、広い空間がある。
が、その前を、数台の飛行艇が横切った。
学と鉄郎は、慌てて壁面にとりついて、飛行艇をやり過ごす。
各飛行艇には、一人づつ、機械化兵が搭乗している。
彼らは、銃声がした方向に、真っ直ぐ飛び去っていった。
「俺達が、目標じゃないんだ…。」
鉄郎は、呆気にとられた。
身構えた学がいった。
「連中は、何かを追っている。」
「後をつけよう。」
鉄郎が言う前に、学は、そのつもりで、広い空間を左に折れた。
鉄郎もその後に続く。
二人の行く手に、ワラワラと、機械化兵が集団で、飛び出してきた。
学と鉄郎は、反射的に銃を撃った。
二人の相乗攻撃は、数人の機械化兵を、たやすく破壊する。
その先にも、機械化兵達が次々と出没して、二人に銃撃をしかけてきた。
相手の光条を、巧みにかわしながら、学と鉄郎は、機械化兵に向けて銃を乱射した。
銃撃戦を展開しつつ、しだいに、視界に入ってくる前方の爆発と激しい銃撃に、学と鉄郎は目を見張った。
機械化兵が、一人の青年に、複数でとりついている。
青年は、襲いかかってくる機械化兵を、どうにか屠りながら、必死に逃げていた。
青年は、空間鉄道警備隊の制服を着用している。
学は驚いた。
「キリアン…?」
青年は、学の後輩にあたるキリアンだ。
「なぜ、あいつが…。機械化兵に襲われて…!」
「あいつをぶん捕ろう!」
鉄郎は、真上を飛行する飛行艇に、目をつけた。
まず、戦士の銃で、搭乗している機械化兵を破壊した。
無人になった飛行艇は、ふらつきながら、ゆっくりと失速する。
「援護してくれ…!」
鉄郎が叫ぶと、学は、鉄郎の行動を瞬時に理解した。
いわれるままに、周囲の機械化兵を、銃で蹴散らしにかかる。
その隙をついて、鉄郎は、目線にまで降下してきた飛行艇に、素早く飛び乗った。
「早く!」
今度は、飛行艇の鉄郎が、援護射撃しながら学を促す。
学も、大きくジャンプして、飛行艇に乗り移った。
「有紀さん…!」
ようやく、学に気づいたキリアンが叫んだ。
ちょうど、手榴弾を投げつけて、追っ手の機械化兵を、振り払ったところだ。
「キリアン、来いっ!」
学がキリアンに手を差し伸べた。
飛行艇は、ある程度、体重移動で、方向が定まるらしい。
できるだけ、壁際に飛行艇を近づけながら、キリアンに接近した。
周囲を飛び回る、飛行艇の機械化兵を狙って、鉄郎は銃を連射する。
飛び交う銃弾をよけて、キリアンは、勢いよく飛び上がった。
その手を、学がしっかりと握り返した。
キリアンを飛行艇に引き上げると、学はキリアンに命じた。
「離脱する。手榴弾で、弾幕を張れ…!」
「はい…!」
キリアンは、体に、予備弾を格納するベルトを、ぐるりとまきつけている。
物々しい特攻スタイルだ。
そのベルトには、一戦闘には充分すぎる量の手榴弾が備わっている。
キリアンは、一つづつ、慎重に手榴弾をむしりとった。
それらを投げつけて、次々と爆発させた。
衝撃で、周囲はたちまち炎上する。
視界が失せ、機械化兵が、蠢く余裕はない。
混乱が生じた。
その間に。
学、鉄郎、キリアンが乗った飛行艇は、無事、離れることに成功した。
戦闘をくぐりぬけた彼らは、飛行艇の動きに任せて、城の中心部分を飛行した。
あれから、新たな敵に遭遇することはなく、飛行艇は、城のふもとと思われる、ビルの間の閉鎖区画に、自動的に不時着した。
呆れた様子で、三人は、その場所で、ひとまず飛行艇を降りた。
学は、飛行艇の構造を、外から観察しながらいった。
「搭乗者側からの、細かい操縦は不可能だ。こいつは、外部から、リモートで操られている…。」
「それを操る奴が、この事件の首謀者…。」
鉄郎が口をはさむと、学は静かに頷いた。
「おそらく…。」
そして、学は、キリアンに目線を移した。
「これを、こちらから、コントロールできるように、細工できないか…?」
「できないことはないと思います…。でも、そんなことをするよりも、直接、乗り込んだ方が…。」
キリアンがいいかけると、学は、かすかに首をふった。
「こいつは、いろいろと役に立つ。うまく、使えるようにしたい…。」
「それ、僕の役目ですね…?」
キリアンが肩をすくめると、学は肩を軽く叩いた。
「情報解析は、トップクラスだったんだろ? その腕を見込んで、頼んでいるんだ…。」
「わかりました…。」
諦めモードで答えたキリアンは、飛行艇に飛び乗ると、中央の小さなハッチをこじ開けた。
わずか、十数センチの隙間から見える部分にも、ぎっしりと、細かな機械部品が、詰め込まれている。
だが、キリアンは、ゲームの答えを導くような容易さで、機械部品をいじりはじめた。
その作業を、横目で観察しながら、学はキリアンにいった。
「どうして、単独行動したんだ? 連中は、キリアンを狙っていた…。何か、心当たりはないのか…?」
「ありませんよ…。僕にも何が何だか…。狙われる理由なんて、思いつきません…。」
キリアンは作業を続けながら、投げやりな口調でいった。
すると、鉄郎が、思い出したように声をかけた。
「君は、車掌さんがさらわれる映像を見たとき、“父さん”っていったな…。いったい、どうして…?」
キリアンの表情が、厳しく歪んだ。
鉄郎は、さらに言葉を続けた。
「君は、車掌さんを助けたくて、一人で出て来たんだろ? 違うのかい?」
「違います…。あんな人を助けたいなんて…!」
キリアンは声を荒げた。
感情的になったキリアンに、学は目を見張りながら、質問を重ねた。
「キリアン、何を隠している…。話してくれないか…?」
しかし、キリアンは口を固くつぐんだ。
鉄郎が、学に声をかけた。
「無理に聞き出さなくても…。」
「いいですよ…。」
キリアンは固い声で言い返した。
「別に、隠すほどのことじゃ、ありませんから…。」
そういって、キリアンは、自身のことを語りはじめた。
「僕は孤児でした…。あの、999の車掌に、僕は幼い頃、生まれてからずっと、育てられてきたのです…。でも、突然、あの人は僕を捨てたんだ…。別の養父母に、僕を引き取らせて…。あの人は職務に忠実です…。だけど、人の心を、少しも理解しようとしてくれない…。邪魔になった僕を…。あの人はそういう人だ…!」
「待ってくれよ…。何かの誤解だ…。」
鉄郎が、思わず、口をはさんだ。
「俺は、二度999に乗って、車掌さんやメーテルと旅をしている…。そんな俺に、家族同然に、車掌さんは接してくれるんだ…。車掌さんは、職務に忠実な人だ…。だけど、けっして、人の情がわからない人なんかじゃないよ…!」
「俺も鉄郎に同感だ…。キリアンが、誤解しているだけだと思う…。」
学が口をそろえた。
キリアンは、かぶりを振った。
「お二人にはわかりません…。有紀さん、あなたのご実家からは、たびたび仕送りがあるじゃないですか…。そんな、裕福な家庭に恵まれた有紀さんに…。僕の気持ちを解かってもらおうなんて思っていません…。」
「キリアン…。確かに、俺には、優しい母さんと兄弟達がいてくれる…。でも、悲しみは人、それぞれにあるんだ…。」
「わかってます…。お父さんとお兄さんが、消息を絶たれたのでしたね…。でも、まだ、どこかで生きていらっしゃるかもしれない…。」
「希望は捨てていない…。だけど、父さんと兄さんが、いなくなったのは事実だ…。」
学は、腰に下げていた、もう一つの銃を、ぐっと、ホルスターの上から、きつく握った。
鉄郎は、それを見ていて、表情を曇らせた。
「その銃、ひょっとして…。」
「父さんのお守りだ…。」
学は寂しげに笑った。
「キリアン…。」
鉄郎がいった。
「不幸自慢をするつもりはない…。けど、君は、養父母に育てられただけでも、幸福に思わなきゃ…。俺の母さんは、機械化人に殺されたし、父さんも、機械化人と戦って、死んだと聞かされている…。俺は、その後、ずっと、地球のメガロポリスのスラム街で、一人で生きてきた…。俺だけじゃない…。恵まれない人達は、この宇宙中に、山のようにあふれている…。そんな人達を、俺は、ずっと見つづけてきたんだ…。でも、生きる希望は、誰も失っていなかった…。こんな時代だからこそ、希望はもってほしいんだ…。」
「すみません…。星野さんにまで、こんな話につきあわせてしまって…。」
キリアンは、ハッチを閉じると、学を見返した。
「作業は終わりです。外部からも、こちらからも操作できるようにしました…。」
「キリアン、私情はぬいてもらうぞ。」
学がいうと、キリアンは頷いた。
「もちろんです。僕も、シリウス小隊の一員です。999の乗員乗客を救出することが専決です。任務は果たします…。」
鉄郎は、戸惑いの表情を浮かべて、学に視線を向けた。
「少し、聞いていいかな?」
思わず首をかしげた学に、鉄郎は、ゆっくりとした口調で、ある疑問を投げかけた。
「本当のことを、教えてくれないか…? この事件に巻き込まれる前、999は黒騎士のコントロールセンターに、臨時停車させられた…。そこで、銀河鉄道の実態を聞かされた…。今の銀河鉄道は、黒騎士に支配されているって…。黒騎士は、女王プロメシュームに遣える一番の側近だと、メーテルが教えてくれた…。でも、銀河鉄道管理局は、機能しているようだし、君達、SDFもちゃんと活動している…。いったい、どういうことだ…? 今は、全宇宙で、機械化帝国と生身の人間との戦争が、あちこちで展開されているのに…。」
「それは…。」
学が表情を翳らせると、キリアンが言い返した。
「有紀さん。それは、特務事項ですよ…。」
「でも…。鉄郎なら…。教えてもいいだろう…。」
学は、迷いながらも、決断した。
そして、表情を引き締めると、鉄郎の質問に答え始めた。
「実際、今の銀河鉄道管理局が運営している範囲は、最盛期の数十パーセントだ…。全運行はされていても、管轄外の列車介入は、けっして認められない…。幽霊列車という、俺達には、皆無の列車まで、彼らは、勝手に運行させている…。ただ、元々の銀河鉄道の拠点となる、ディスティニー周辺は、中立地帯として交戦を免れている…。その周辺のみ、以前の繁栄のまま、世界が維持されているんだ…。」
「そんな状態だったのか…。すると、半分が、機械化帝国の管轄に入ったってことだな…。」
鉄郎は肩を落とした。
2年前、鉄郎は、機械化母星を、決死の覚悟で破壊した。
それで、機械化帝国時代は終わりを告げ、ようやく、誰もが、平等に平和の中で暮らせる時代がくると、鉄郎は信じて疑わなかった。
だが、実際は、いつの間にか投入された、多量の機械化兵士達の暗躍により、交戦の火蓋が、きって落とされた。
生きとしいけるものを抹殺すべく、機械化帝国は容赦のない総攻撃を、全宇宙の生命に向けて叩きつけてきた。
その動乱の中で、煌びやかな繁栄を築いていた銀河鉄道は、鉄郎の故郷、地球のメガロポリスから、いつの間にか姿を消してしまった。
戦争がはじまってからの2年間、銀河鉄道を見たものは、メガロポリスの住人の中に誰もいない。
キリアンが、その疑問を、鉄郎に明かした。
「確か、上層のほうで、取引きがあったって噂がありましたね…。ディスティニーの管轄を守る代わりに、銀河鉄道の要となる、地球とアンドロメダの路線を引き渡せって…。」
「それで、メガロポリスの銀河鉄道が、動かなくなったのか…。」
鉄郎は呆然とした。
だが、学は、こうも、つけ加えた。
「ただ、その間、管理局が何もしていないわけじゃない…。難民となった人々を救い出すために、各路線の救援活動に、列車を走らせていたんだ…。しかし、メガロポリス周辺の戦乱の状態は、特にひどくて…。管理局も、なかなか手が出せなかった…。そのために、SDFの隊員も、多くの犠牲を出している…。俺の兄さんは、999に乗って消息をたった…。動乱のメガロポリスに、向かったはずだったのに…。」
「そうだったのか…。」
鉄郎は顔を伏せた。
今のメガロポリスが、どんな状態か、鉄郎が身にしみて実感している。
鉄郎は、連日、明日をもしれない状況で、パルチザンの兵士として、機械化人との過酷な戦いに明け暮れていた…。
「なのに、今回は、999が二年ぶりに停車した…。俺が、メーテルからのメッセージカードを、受け取ったのにあわせるかのように…。それが、偶然なのか必然なのかは、わからないな…。」
「すまない…。黒騎士の管轄に入った路線は、こちらでは把握できない…。999がいつ、機械化帝国の管轄に入ったのかも、俺達は、具体的に、知らされていないんだ…。救援車輌を走らせていた頃は、確かに、こちらの管轄に、列車はあったはずなのに…。」
「そういえば、コントロールセンターは、どうなったんだろう…?」
キリアンが首をかしげた。
鉄郎がいった。
「自爆した…。黒騎士は、おそらく、脱出したはずだ…。」
「それで、999の介入が、容易にできるようになったって、ことですね…。」
キリアンが答えた。
「でも、いずれ、この動乱は終わる…。総司令は、人類の未来を見通して、銀河鉄道の運営を諦めていない…。俺達、士官学校で採用される人材も、生身の人間ばかりだ…。俺達は信じている…。勝つのは、俺達、生身の人間だ…!」
「ありがとう…。」
鉄郎は、学の言葉に、強い言葉で応じた。
そんな時、自動的に、飛行艇が、ふわりと浮き上がった。
キリアンが叫んだ。
「急いで。相手のリモートが、働きました…!」
鉄郎と学は、腰くらいに浮き上がった飛行艇に、素早く乗り移った。
このまま、飛行艇の進路に従えば、必ず、敵の居場所にたどり着く。
三人はそれに賭けた。
そして、鉄郎は思った。
コントロールセンターで、黒騎士に身柄を拘束された後。
爆発の中で、一度、メーテルは消えていくところだった。
どうにか、救出されたメーテルが、今はまた、鉄郎の前から、姿を消そうとしている。
二度も、同じ失敗は繰り返したくない。
今度こそ、メーテルを救い出し、彼女の真意を確かめたい。
なぜなら、鉄郎は、何も知らされずに、999に乗車したのだから。
鉄郎の決意は、誰よりも熱く強い…。