17.神々の戦い 5

 アトラリアの衝撃がなくなってきた。
 王宮に逃げ込んだ人達はその変化に気がついた。
「収まってきたぞ、地震が。」
「助かった、私達は…!」
「本当か?」
「まだ安心できないぞ。」
 あちこちから様々な反応があがった。
 群集の中にいたスーは意外そうに呟いた。
「トリトン、アキ…。あなた方、結ばれてくれたの…?」
 ニトルが立ち上がった。
「まだ安全だという保障はない。もう少し様子を見るのだ。」
 一部の群集がざわついた。
 ニトルは人々を静粛にさせて、さらに続けた。
「すべてが収まったという判断は、エネシス様がしてくださる。その宣言を聞くまで、我々が勝手な憶測をするわけにはいかない。冷静を保ち、事の成り行きを見定めるのだ。」
 一時的に静まった群衆がまた騒がしくなる。
 いろいろな意見が飛び交った。
 ニトルは群集の反応を窺いながら城の天井を見上げた。
「トリトン、アルテイア。お聞きしたい。良き方向に向かっているのか…。どうかお答えを…。」
 その頃、王宮の地下でも。
 変化の兆しが見えはじめた。
 オリハルコンのエネルギーを操る聖なる魂。
 女王エネレクト。
 満ち溢れる生気をすべての感覚で受け止め、いつになく高揚した。
ーあふれんばかりの輝き…。生きる希望がみちていく…。―
 エネシスが語りかけた。
「トリトン・アトラスの力が満ちてきている。最悪の状況を脱したとはいえませんが、これで皆も少し楽になるでしょう。」
ーまだ足らぬ…。ー
 エネレクトは否定した。
ーこれはあくまで一時的なこと…。崩壊はすぐに始まる…。最善の策は…―
「妃よ、焦りは禁物です。」
 エネシスがいった。
「トリトンを信じるのです。己の力のみでラムセスと戦うといった。その意志に異を唱えることはできません。」
ー理解しています。ですが、まだ足りぬものがある。―
 エネレクトの発言にエネシスは目を細めた。
「はたして、そうでしょうか?」
 エネレクトの魂は何も返さずに沈黙した。
 神官の一人が口を開いた。
 一緒にオリハルコンを守る神官は3名。
 彼らはラムセス統治の時代を生き延びた神官の子孫達だ。
 申し出た神官はデュノーといった。
「我らの神域に侵入しようとする不穏な気≠ェ…。」
「異世界の民ども。まだ邪心を持つのか…」
 エネシスはかぶりを振る。
 別の神官、エウロパがいった。
「このままでは、さらに異世界の民を呼ぶことになります…。」
「ご決断を。」
 エネシスが光の根源を振り仰いだ。
「いかなる手段を持ってしても、防ぐのは、我らの宿命…。」
ー愚かな者達に知らしめよ―
 神官達はエネレクトに従った。
 念を強め、精神を集中した。




※ ※ ※ ※ ※




 重巡洋艦<ヘニス>。
 <ビローグGG>に匹敵する大型戦闘艦だ。
 総指揮官は今回のクーデターの首謀者、将軍カーチス。
 小柄だが屈強な男だ。
 身長は155センチ。
 ガッシリとした四角い体形がその身長によく合っている。
 両鬢にかかる髪の毛が残る程度だが、ご大層な口ひげの、いかめしい顔が特徴的だ。
 グレーのマントスーツを身につけ、周囲を威圧しながら艦長席に居座っている。
 彼は元上層軍人の一人で、アスコット元帥の部下だ。
 あくの強い人物で、危険思想の持ち主だった。
 カーチスは、銀河連合主席が統括政府の実権を握っているのが気にいらなかった。
 主席は、軍組織や連合加盟国とは縁もゆかりもない、フォストール財団の推薦を受けた人物だ。
 フォストール財団とは、ある実業家が貴族や財界のトップ達との間で設立した非民営団体だ。
 銀河連合統一のために、豊富な資金を提供し続ける財団の存在は、人々から絶大な賞賛を受け、支配体制を確立させていた。
 財団には如実な権益が約束される。
 しかし、財団を母体としながら、実際に実権を与えられているはずの連合軍に、利益はほとんど巡ってこない。
 カーチスは体制不満を表明しながら、個人の利益拡大という野望に傾いた。
 この思想は、穏健派を名乗る上層軍人達からは、疎まれ敬遠された。
 孤立を深めながらも、カーチスは、彼らに対抗できる絶大な権力を模索した。
 銀河系宇宙を揺るがすほどに。
 そして、上層部は元より、銀河連合主席をも屈服させてしまう強大な力。
 カーチスが注目したもの。
 それが、4年前、人類を超状現象で震撼させた「ジリアス事件」だった。
 この事件で、明らかになった、異文明の産物オリハルコン。
 当時、ウォル・パイレーツと呼ばれる海賊集団が、その力を狙ったといわれている。
 噂では、太陽系一つが吹き飛び、宇宙を崩壊させてしまうほどの力を秘めている。
 しかし、大半の人が信じなかった。
 事件については化学的に解明されず、証拠らしい痕跡が何一つ残らなかった。
 報告された「ジリアス・レポート」は、上層軍人の間で一笑されて幕を閉じた。
 海賊の一味が逮捕、解体されたことで、一応の決着がついたと判断されて、「ジリアス事件」は終息した。
 現在、あの事件を究明する人間は誰もいない。
 「壮大なおとぎ話」として語りつがれている。
 だが、カーチスは違った。
 異様な関心を持ち、強い執着心を抱いた。
 カーチスの構想は、しだいに大きく膨らんだ。  
 オリハルコンを手中にした時、全銀河系組織が自分にひれ伏すだろう。
 野望を満たし、主席の座を奪うのに、オリハルコンはふさわしい。
 それ以降、「ジリアス事件」の究明と解析を、カーチスは密かに試みた。
 その一貫として、トリトン・ウイリアムという少年を徹底的に調査した。
 並外れた才能の豊かさ。
 直接の対面はないものの、一時、上層部組織の目前まで接近した少年。
 カーチスはその調査に4年を費やした。
 そして、4年後の現在。
 一つの結論を導き出した。
 すべての謎は、トリトン・ウイリアムを拉致しなくては究明されない。
 トリトン・ウイリアムの証言は、レポートの中でも報告されている。
 そこでの証言は、ごく普通の子供のものだ。
 が、それは見せかけだ。
 この少年は、誰も知らない真相を握っている。
 知っていて、万人を欺いている。
 カーチスは、当時のレポートの中で、興味深い一説を発見した。
 海賊達がトリトン・ウイリアムに対し、違法な生体検査を実施した。
 トリトン・ウイリアムは、そのことをきっぱりと否定している。
 データーの存在は不明だ。
 お互いの主張が食い違い、決定的な証拠がない。
 しかし。
 カーチスは、検査は実施されたと仮定した。
 一般的な身体検査からは、トリトン・ウイリアムに目立った特長は発見されていない。
 生体検査は通常の身体検査の度合いを大きく逸脱する。
 個人の人格を著しく阻害するもので、倫理上の問題から固く禁止されている。
 ただし、対象がトリトン・ウイリアムなら「合法」になる。
 トリトン・ウイリアムは「新種の生命体」の可能性がある。
 そう認知できるなら、研究を名目に、生体検査が実施できる。
 しかも、驚異とされる秘力を持っているとしたら。
 それは、人類の生存に関わる事態に発展するかもしれない。
 カーチスは断定した。  
 海賊達は、検査データーを入手した、と。
 その名目で、トリトン・ウイリアムの捕獲に乗り出した。
 それが3ヶ月前だ。
 賛同する人員を募り、それまでの間、決起のチャンスをずっと窺っていた。
 そして、時がきた。
 同志となった兵士の他に犯罪組織や海賊連中まで引き込み、反旗を翻した。
 点在する銀河連合の主要基地に奇襲をしかけ、作戦を展開した。
 奇襲作戦は成功した。
 だが、トリトン・ウイリアムの拉致には、二度、失敗した。
 一度目はジリアスで。二度目は地球で。
 しかも、最悪のペア、ーロスト・ペアーズ=[が敵側についた。
 カーチスは対抗手段として、次の段取りを先攻した。
 すぐに地球にスパイを送り込んだ。
 地球には、もう一人、ジリアス事件の当事者とされる女性、一条アキがいる。
 三人が、彼女に接触することが、充分に予測された。
 その後、地球人のメンバーと彼らが一緒に行動していることが判明した。
 そこを抑えるつもりだったが。
 途中で彼らの行方を完全に見失った。
 この時のカーチスの怒りはただならぬものだった。
 一方で、銀河連邦世界は大きく急変した。
 カーチス軍の暗躍を、連合宇宙軍が総力をあげて阻止に乗り出した。
 その後の作戦行動はことごとく失敗した。
 片腕だったグラントの失踪もあって、カーチス軍は徐々に追いつめられた。
 結果、最終決断を迫られた。
 今までのようなゲリラ戦法ではなく、連合軍艦隊に対抗するため、結集し態勢を整えた。
 両者は重要な局面を迎えた。
 銀河の歴史は、この対戦の勝者によって大きく書き換えられる。
 この戦闘の意味は大きい。




※ ※ ※ ※ ※




 海戦はまだ序盤だ。
 前衛艦隊が熾烈な戦闘を繰り広げる。
 後方にいる<ヘニス>は、戦闘区域に向けて航行中だ。
 数千キロの先で、忽然と派生した謎のエネルギーを関知した。
 戦闘区域とは正反対の位置だ。
 オペレーターは騒然とした。
 エネルギーは断続的に観測された。
 規模が唐突に十倍以上に拡大した。
 強力なエネルギーを結集させても、これだけの規模のエネルギー体を長時間、同じ位置で持続させることはできない。
 自然界にも存在しない。
 常識を凌駕している。
 エネルギー体は細かく脈打った。
 強力な高エネルギーが、エネルギー体の中で不規則に弾けている。
 実体は不明だ。
 報告を聞いたカーチスは不敵な笑みを浮かべた。
「やつ≠セ。あれこそやつ≠フ力だ!」
「まさか…。」
 士官の一人が驚いた。
「あれがトリトン・ウイリアムだと…。」
 カーチスは首をめぐらした。
「そうだ。我々が手に入れたいと望んだ「力」だ。」
「将軍、どうすれば・・・」
 副官が指示を仰いだ。
 カーチスは悠然といった。
「あの「力」を手に入れれば、我々の勝利は確実だ。」
 カーチスはシートを立ち上がると、全兵士に命じた。
「船首をエネルギー体に向けろ。今度はしくじるな。何があっても捕獲しろ!」
「将軍!」
 士官の一人が声をあげた。
「前衛から至急増援をとの指示が…。」
「構わん、放っておけ。」
 カーチスは冷ややかにいった。
 士官は声を震わせながら意見を述べた。
「エネルギー体に飛び込むのは不可能です。あれが、一人の少年が作り出したエネルギーだとすれば、人知を越えています。それよりも戦闘を放棄される方が…。」
 士官は仰向けにのけぞった。
 カーチスがレイガンで士官を撃ち殺した。
 士官の死体を平然とまたいだカーチスは、声高にブリッジに告げた。
「前衛などただの捨て駒だ。へたな臆病風に吹かれるな。そんな人材をかき集めた覚えはない!」
 兵士達は命令に従った。
 オペレーターが質問した。
「今のままではエネルギー体に接触できません。シールドが強すぎます。」
「やつ≠ノは限界がある。それを待って捕獲すればいい。」
 カーチスがそういった直後だ。
 別の衝撃が押し寄せた。
 衝撃の正体は、アトラリアが引き起こした重力波の嵐だ。
 <ヘニス>も嵐の中に引き込まれる。
 操舵機能が麻痺し、嵐の波に流された。
 周囲では戦艦同士が接触し、次々に自滅した。
 気流に飛ばされ、航路をはずす艦が続出した。
 その幾つかは重力波の狭間に押し潰されて大破した。
 宇宙は未曾有の変調をきたした。
 <ヘニス>はエネルギー体の行方を見失った。
 カーチスは憤りにかられた。
 だが、先に超現象に対応するしかない。
 パイロットが優秀だったために、<ヘニス>は生き残った。
 際限なく続くと思われた異常現象は、いきなり落ちついた。
 その後、別の場所で同様のエネルギー反応が確認された。
 オペレーター達は、すかさず位置を測定し報告した。
「ケネス・ジー・オー、小惑星アール。」
 カーチスは食いついた。
 形相を歪めると、兵士達に苦々しく言い放った。
「今すぐに向かえ! 他の艦にも伝えろ。展開して包囲しろと!」
 反乱艦隊は連合側より早く態勢を整えた。
 奇跡に近い早さだ。
 そして、連合艦隊をかわすと、目標に向けて移動を開始した。
 また異常が生じた。
 今度は反乱軍の艦隊だけが殲滅されていく。
 その前に起きた重力波異常とは明らかに違う。
 闇の中からまばゆい光がふりそそぐ。
 その光に飲み込まれると、戦艦が勝手に爆発する。
 慌てて転進して離脱しようとしたが、光の魔の手からは逃れられない。
 宇宙が揺らめいた。
 無数の閃光が散った。
「いったいどうした!?」
 オペレーター達の悲痛な叫び声が、放心するカーチスの耳朶を打った。
「原因不明! 超現象に壊滅されていきます!」
「50パーセントが戦闘不能。」
「まもなく60パーセントを超えます!」
「なんだと…? 小惑星は?」
 カーチスが声をうわずらせると、オペレーターが震える声で答えた。
「反応ありません。沈黙しています。」
「だめです。65パーセントが戦意喪失。戦闘不能。戦闘不能!」
 別のオペレーターの報告を聞いたとき、カーチスの身が一気に崩れた。
「バカな…。三分の二だぞ。一気にそれだけが超現象でやられたというのか…?」
 背筋に冷たいものを感じたカーチスは蒼白して呟いた。
「あの小僧の力か? それとも違うのか? 何だ、これは…!」
 カーチスはギクリとした。
 すべての兵士が同時に身震いした。
 彼らは声≠聞いた。
 男女の区別はつかない。
 威圧する。
 どんな者でも振り向かせてしまう強い言葉。
 神々しい響きが、彼らの精神に直接届いた。
ー我らに触れるな。我らの王、失いし時、滅びの道へ導く。光は我らのものなり。我らにもたらされる恵みなり―
 声≠ヘ際限なく繰り返される。
 カーチスは現実を疑った。
 4年間の月日を費やした野望が、一瞬の間に打ち砕かれた。
 ふいに異文明の遺跡に刻まれた一節を思いだした。
 ー呪いの力、アクエリアスー
 反乱軍の一団は連合軍と戦わずに敗北した。
 壊滅に追いやったのは、謎の超現象だ。
 生き残ったカーチスができること。
 それは連合軍の追撃をふりきって生き延びることだったー。