17.神々の戦い 6

 まだ<ビローグGG>は重力波の嵐にもまれていた。
 コントロールをなくし、操舵を逸脱している。
 居住区に避難した非戦闘員はシェルターに退避した。
 全員がシートに着席し、ベルトで体を固定している。
 艦が大きく揺られるたびに、遠心力に体を圧迫されて悲鳴をあげた。
 トリトンの同僚の一人、ゼファが地球人メンバーに質問した。
「君達はこの原因を知ってるんだろ? 何が起こってるんだ?」
「これも、彼のせい…?」
 ゼファの隣に座っているネプルが冷たい声でいった。
「悪いのは黒い女よ。これは黒い女のせいよ。」
 レイコが甲高い声で答えた。
「止める方法は…?」
 ラークが問いかけると、一同は言葉を詰まらせた。
「君達は解決法を知っている。」
「教えて。異変はどうすれば収まるの?」
 ゼファとネプルが詰め寄った。
 反射的に倉川ジョウが咳払いをした。
「矢継ぎ早に聞くんじゃねぇ。方法はある。ただ、俺達じゃどうしようもないんだ…。」
 投げやりに返すと、ラークが目を細めた。
「トリトンに託すしかないのか?」
「それしか手がねぇんだ…。口惜しいけどな…。」
 ジョウは目を伏せた。
 アルフィンが彼らを睨みつけた。
「いい加減にトリトンを責めるのをやめたら? みんな、必死になって守ろうとしてくれてるのよ!」
「その辺でいいだろう。」
 ダブリスがたしなめた。
 物静かな紳士が珍しく怒りの感情を露にした。
 ラボのメンバーも呆気にとられた。
 ダブリスは続けた。
「イライラするのはわかるが、ここでもめても解決しない。いい加減にしたまえ。」
 と、また衝撃がきた。
 さっきまでの言い合いを忘れ、全員がかばいあって衝撃を乗り越えた。
 そこにジョセフが戻ってきた。
 ジョセフはメディカルルームにいるアルディに付き添っていた。
 相当足元をとられたようでフラフラしている。
 ベルモンドが思わず立ち上がると、ジョセフの体を支えた。
「すみません…。」
「こちらへ…。」
 ベルモンドは隣のシートに案内した。
 ジョセフはシートについたとたんに、深い溜息をついた。
「顔色が悪いです。お怪我でもされましたか? お嫁さんの容態は…?」
 心配げに様子を窺うベルモンドは、すっかりまともな紳士だ。
 その変わり様に地球人メンバーは言葉をなくした。
 ジョセフはベルモンドに重い口を開いた。
「いや…。ただ…。」
「どうした、ジョセフ?」
 ダブリスを首をめぐらした。
「実は…。」
 ジョセフは顔をしかめながら、一同にいった。
 アルディはトリトンの母アレナとドクターに付き添われて救命装置に横たわっていた。
 アルディは苦しんだ。
 突き出たお腹が白い光を放ち明滅を繰り返している。
 トリトンの反応と同じだ。
 オリハルコンと共鳴したトリトンの体は、発光しながらトリトンを苦しめた。
 その反応と同じ時間に重なった。
 共鳴がアルディの胎児に影響を与えた。
 その現象に気づくものは誰もいない。
 手の施し様がない。
 運を天にまかすだけだ。
 アレナはアルディを励ました。
 アルディは耐えた。
 うつろに目を開き、かすかな声でうわ言をいった。
「ロディ…。この子達を助けて…。あなたと「同じ」にさせないで…。お願い…。」
 ジョセフはそんな様子を思い浮かべながら説明した。
「何しろ、超自然の現象だ…。せめて、ロディがここにいてくれたら…。何か、手懸りがわかるかもしれない…。」
「アルディは…。」
 固い声でダブリスが聞くとジョセフは答えた。
「医師は何ともいえないと…。」
「何てこと…。」
 ネプルは息を飲んだ。
 ラークとゼファは押し黙っている。
 おもむろにジョウが立ち上がった。
「ここにいたんじゃ、状況がわからねぇ。ブリッジに何かの反応が出てるはずだ。それを報告しないのがお役人の悪いところだ!」
「それ、いえてる。」
 裕子が同調した。
「トリトン達も無事じゃないかもしれないわ。」
「まだ危険だぞ…。」
 島村ジョーが声をかけた。
 レイコが身をのりだした。
「私も行く。ジョーだけここに残ってれば?」
「俺も行くよ。」
 ジョーは立ち上がった。
 倉川ジョウは肩をすくめた。
「優柔不断なやつ…。」
「しゃあないわ。」裕子が呆れたようにいった。
「いつも鉄郎の後ろにくっついてるから。自分の判断で行動できないのよ!」
「お前らな…!」
 ジョーが顔をひきつらせると、倉川ジョウはぴしゃりと言い返した。
「文句は後からいくらでも聞いてやる。」
 そして、衝撃が緩和されるのと同時に動いた。
「いくぞ!」
 他の三人も即座に続く。
「君達、待ちたまえ!」
 ダブリスが慌てて立ち上がった。
 すると、また艦が揺さぶられた。
 四人は体を支えあったが、ダブリスは転倒した。
 レイコがにっこりと笑った。
「私達、こういう修羅場には慣れてますので…。行きましょう、皆さん♪」
 明るい声を残して、四人の地球人メンバーはシェルターを飛び出した。
「まいったな…。」
 顔をしかめながら起き上がるダブリスに、ジョセフが声をかけた。
「君の方こそ、無茶はするな。」
「彼らは放っておいても、心配いらないでしょう…。」
 ベルモンドがいった。
 ラークが提案した。
「彼らのいう通りだ。この衝撃は異常だ。僕達も様子を見に行ったほうがいいでしょう。」
 一同は困惑した。
 しかし、そうするしかないことを自覚した…。


 ブリッジは混乱していた。
 アトラリアの異変は連合側の艦隊も容赦なく巻き込む。
 艦隊は総崩れになった。
 乗員の腕が未熟な戦闘艦は、たちまち気流の嵐に飲み込まれていく。
 連合側の人間は現状をまったく理解していない。
 へたをすると、トリトンの力を疑うものも現れるだろう。
 唯一、理解しているロスト・ペアーズとロバートは真っ先に考えた。
「他の艦に連絡しろ。原因を説明してやるんだ。」
「わかってるわ。」
 ケインの手が通信機に伸びた。
 通信オペレーターから操作を横取りした。
 回路を開き、緊急回線を通じて通告した。
「全艦隊に告げるわ。あたしはIWPCのケイン。これは超自然の力でどうしようもないわ。打開策は自分達で考えて。ドジしてると、乱気流にまきこまれて、ペシャンコになっちゃうわよ。ただし、これはトリトン・ウイリアムの力とは無関係よ。へたにあの坊やを責めたりしたら、あたしらが許さないから覚悟おし! 下手な詮索はやめて、助かることだけを考えんのよ! いいっ!?」
「あの…ロスト…いえ、ケインさん。」
 通信オペレーターが震える声で口をはさんだ。
 キッと振り向くケインにドキリとしながら、オペレーターは勇気を振り絞って言い返した。
「今の通信で…。他船から質問が…。ロストペアーズが原因なのかと…。」
 ケインは頭に血を上らせた。
 無線機にかじりつくと、キンキン声で怒鳴りつけた。
「おだまりっ! 下手な詮索はおやめっつったでしょ! 変ないいがかりをつけるとぶっ殺すわよ!」
 ケインはオペレーターにわめいた。
「まだ何か連絡はある?」
「いいえ、ありませんっ!」
 オペレーターは飛び上がった。
「よし…!」
 ケインは納得して、シートに深々と腰をおろす。
 ロバートは冷や汗を流した。
「ほとんど脅しだな…。」
 感情を昂ぶらせるケインに反して、セクサロイドのユーリィはのんびりと戦況を見守っている。
「私達の渾名も捨てたもんじゃないわねぇ。みんなが素直にいうことを聞いてくれるわぁ。」
「この状況を考えなさい、非常識!」
 ケインがわめくと、ユーリィは肩をすくめた。
「あんまり怒るとお肌に悪いわよ〜。ビローグGGはまだ無事でいるし。あの子がちゃーんと解決してくれるわぁ。大船に乗った気持ちでいましょう♪」
「ここまで無神経なドロイドだなんて思わなかったわ。もう一度、分解されたほうがいいわね!」
「それ、差別よ!」
 ユーリィがケインに突っかかろうとした。
 そこに狼狽したオリコドールとゴードンが飛び込んできた。
 ゴードンはケインとユーリィに早口で問いかけた。
「お前達、知ってるだろ! この異変を止める方法を! これはいったい何だ?」
 ケインは肩をすくめた。
「だから、トリトンをちゃんと言及するべきだったのよ。あの子に言葉を封じられちゃったけど、解決法はちゃんとあるわ。」
「いったいどんな方法だ?」
 オリコドールが身を乗り出した。
 ケインは顔をしかめた。
「トリトンとスカラウ人のあの娘が結ばれるだけでいいの。他に難しい理屈はないわ。」
 オリコドールとゴードンはそろって言葉をなくした。
 とたんに、オリコドールは顔をひきつらせた。
「バカな冗談をいってる場合か!」
 しかし、ロバートが言葉を補った。
「オリハルコンというのは、男女の愛のエネルギーを供給源にするそうです。それも、限られた血筋を受け継いだもの…。他の人間では何の意味もなさない…。」
「たったそれだけのことで…。こんな事態が起こるのか…?」
 ゴードンは呆然とした。
 オリコドールはかぶりを振った。
「なるほど…。説明しずらかったのか…。あの場には彼の両親も列席していたからな…。」
 ユーリィが投げやりな口調で言い返した。
「何度も説得しようとしましたよ、あの二人を。だけど、断られ続けたんです…。」
 ロバートが言葉を添えた。
「補足はしておきます。彼は自分だけの力で事を解決すると主張した。その意志を尊重したってのもありますがね…。」
「トリトンの力だけで、この事態が収まることもあるのか?」
 ゴードンが聞くと、ユーリィがまた口を開いた。
「それはわかりません…。ですが、オリハルコンは「生命の源」といわれたエネルギーです。オリハルコンはトリトンの精神力を吸収しようとしています。ラムセスがオリハルコンのエネルギーを吸収したために均衡が崩れました。その均衡をとりもどすためには、健全な精神がエネルギーとして働かなくてはいけません。選ばれた二人は、健全な精神を供給できる大切な人材です。」
 ゴードンは呟いた。
「健全な精神…。生命の源…。生きるものにとって不可欠な要素だ…。」
 トリトンの話と照らし合わせて「美しい響き」だと考えた。
 一方でオリコドールが固い表情でいった。
「トリトンが今、どうなっているのか、調べる必要がある…。」
 オリコドールは航法オペレーターに視線を向けた。
「トリトン・ウイリアムの力の反応は?」
「十分程前に消滅したっきり、反応は感知できません。」
 オペレーターが伝えた。
「気流に流されてるはずよ。こんな状況じゃ、あの三人だってまともじゃいられないわ。」
「やられてはいないと思いますが…。」
 ユーリィが口を開くと、ゴードンは声を荒げた。
「生命の源を生む彼らが、その前に死ぬなどあってはならないことだ!」
 オリコドールが叱咤した。
「オペレーター、何かつかめないのか?」
 オペレーターは絶望的にいった。
「この状況で、人の生命反応を探すのは不可能です!」
「彼らの反応は並みの人間を超える。何が何でも見つけ出せ。草の根を分けてもだ! 見つからんではすまされないぞ。彼らでないと、この異変は止まらんのだ!」
「はいっ…!」
 オペレーターは悲痛な声で返答した。