まだ<ビローグGG>は重力波の嵐にもまれていた。
コントロールをなくし、操舵を逸脱している。
居住区に避難した非戦闘員はシェルターに退避した。
全員がシートに着席し、ベルトで体を固定している。
艦が大きく揺られるたびに、遠心力に体を圧迫されて悲鳴をあげた。
トリトンの同僚の一人、ゼファが地球人メンバーに質問した。
「君達はこの原因を知ってるんだろ? 何が起こってるんだ?」
「これも、彼のせい…?」
ゼファの隣に座っているネプルが冷たい声でいった。
「悪いのは黒い女よ。これは黒い女のせいよ。」
レイコが甲高い声で答えた。
「止める方法は…?」
ラークが問いかけると、一同は言葉を詰まらせた。
「君達は解決法を知っている。」
「教えて。異変はどうすれば収まるの?」
ゼファとネプルが詰め寄った。
反射的に倉川ジョウが咳払いをした。
「矢継ぎ早に聞くんじゃねぇ。方法はある。ただ、俺達じゃどうしようもないんだ…。」
投げやりに返すと、ラークが目を細めた。
「トリトンに託すしかないのか?」
「それしか手がねぇんだ…。口惜しいけどな…。」
ジョウは目を伏せた。
アルフィンが彼らを睨みつけた。
「いい加減にトリトンを責めるのをやめたら? みんな、必死になって守ろうとしてくれてるのよ!」
「その辺でいいだろう。」
ダブリスがたしなめた。
物静かな紳士が珍しく怒りの感情を露にした。
ラボのメンバーも呆気にとられた。
ダブリスは続けた。
「イライラするのはわかるが、ここでもめても解決しない。いい加減にしたまえ。」
と、また衝撃がきた。
さっきまでの言い合いを忘れ、全員がかばいあって衝撃を乗り越えた。
そこにジョセフが戻ってきた。
ジョセフはメディカルルームにいるアルディに付き添っていた。
相当足元をとられたようでフラフラしている。
ベルモンドが思わず立ち上がると、ジョセフの体を支えた。
「すみません…。」
「こちらへ…。」
ベルモンドは隣のシートに案内した。
ジョセフはシートについたとたんに、深い溜息をついた。
「顔色が悪いです。お怪我でもされましたか? お嫁さんの容態は…?」
心配げに様子を窺うベルモンドは、すっかりまともな紳士だ。
その変わり様に地球人メンバーは言葉をなくした。
ジョセフはベルモンドに重い口を開いた。
「いや…。ただ…。」
「どうした、ジョセフ?」
ダブリスを首をめぐらした。
「実は…。」
ジョセフは顔をしかめながら、一同にいった。
アルディはトリトンの母アレナとドクターに付き添われて救命装置に横たわっていた。
アルディは苦しんだ。
突き出たお腹が白い光を放ち明滅を繰り返している。
トリトンの反応と同じだ。
オリハルコンと共鳴したトリトンの体は、発光しながらトリトンを苦しめた。
その反応と同じ時間に重なった。
共鳴がアルディの胎児に影響を与えた。
その現象に気づくものは誰もいない。
手の施し様がない。
運を天にまかすだけだ。
アレナはアルディを励ました。
アルディは耐えた。
うつろに目を開き、かすかな声でうわ言をいった。
「ロディ…。この子達を助けて…。あなたと「同じ」にさせないで…。お願い…。」
ジョセフはそんな様子を思い浮かべながら説明した。
「何しろ、超自然の現象だ…。せめて、ロディがここにいてくれたら…。何か、手懸りがわかるかもしれない…。」
「アルディは…。」
固い声でダブリスが聞くとジョセフは答えた。
「医師は何ともいえないと…。」
「何てこと…。」
ネプルは息を飲んだ。
ラークとゼファは押し黙っている。
おもむろにジョウが立ち上がった。
「ここにいたんじゃ、状況がわからねぇ。ブリッジに何かの反応が出てるはずだ。それを報告しないのがお役人の悪いところだ!」
「それ、いえてる。」
裕子が同調した。
「トリトン達も無事じゃないかもしれないわ。」
「まだ危険だぞ…。」
島村ジョーが声をかけた。
レイコが身をのりだした。
「私も行く。ジョーだけここに残ってれば?」
「俺も行くよ。」
ジョーは立ち上がった。
倉川ジョウは肩をすくめた。
「優柔不断なやつ…。」
「しゃあないわ。」裕子が呆れたようにいった。
「いつも鉄郎の後ろにくっついてるから。自分の判断で行動できないのよ!」
「お前らな…!」
ジョーが顔をひきつらせると、倉川ジョウはぴしゃりと言い返した。
「文句は後からいくらでも聞いてやる。」
そして、衝撃が緩和されるのと同時に動いた。
「いくぞ!」
他の三人も即座に続く。
「君達、待ちたまえ!」
ダブリスが慌てて立ち上がった。
すると、また艦が揺さぶられた。
四人は体を支えあったが、ダブリスは転倒した。
レイコがにっこりと笑った。
「私達、こういう修羅場には慣れてますので…。行きましょう、皆さん♪」
明るい声を残して、四人の地球人メンバーはシェルターを飛び出した。
「まいったな…。」
顔をしかめながら起き上がるダブリスに、ジョセフが声をかけた。
「君の方こそ、無茶はするな。」
「彼らは放っておいても、心配いらないでしょう…。」
ベルモンドがいった。
ラークが提案した。
「彼らのいう通りだ。この衝撃は異常だ。僕達も様子を見に行ったほうがいいでしょう。」
一同は困惑した。
しかし、そうするしかないことを自覚した…。
ブリッジは混乱していた。
アトラリアの異変は連合側の艦隊も容赦なく巻き込む。
艦隊は総崩れになった。
乗員の腕が未熟な戦闘艦は、たちまち気流の嵐に飲み込まれていく。
連合側の人間は現状をまったく理解していない。
へたをすると、トリトンの力を疑うものも現れるだろう。
唯一、理解しているロスト・ペアーズとロバートは真っ先に考えた。
「他の艦に連絡しろ。原因を説明してやるんだ。」
「わかってるわ。」
ケインの手が通信機に伸びた。
通信オペレーターから操作を横取りした。
回路を開き、緊急回線を通じて通告した。
「全艦隊に告げるわ。あたしはIWPCのケイン。これは超自然の力でどうしようもないわ。打開策は自分達で考えて。ドジしてると、乱気流にまきこまれて、ペシャンコになっちゃうわよ。ただし、これはトリトン・ウイリアムの力とは無関係よ。へたにあの坊やを責めたりしたら、あたしらが許さないから覚悟おし! 下手な詮索はやめて、助かることだけを考えんのよ! いいっ!?」
「あの…ロスト…いえ、ケインさん。」
通信オペレーターが震える声で口をはさんだ。
キッと振り向くケインにドキリとしながら、オペレーターは勇気を振り絞って言い返した。
「今の通信で…。他船から質問が…。ロストペアーズが原因なのかと…。」
ケインは頭に血を上らせた。
無線機にかじりつくと、キンキン声で怒鳴りつけた。
「おだまりっ! 下手な詮索はおやめっつったでしょ! 変ないいがかりをつけるとぶっ殺すわよ!」
ケインはオペレーターにわめいた。
「まだ何か連絡はある?」
「いいえ、ありませんっ!」
オペレーターは飛び上がった。
「よし…!」
ケインは納得して、シートに深々と腰をおろす。
ロバートは冷や汗を流した。
「ほとんど脅しだな…。」
感情を昂ぶらせるケインに反して、セクサロイドのユーリィはのんびりと戦況を見守っている。
「私達の渾名も捨てたもんじゃないわねぇ。みんなが素直にいうことを聞いてくれるわぁ。」
「この状況を考えなさい、非常識!」
ケインがわめくと、ユーリィは肩をすくめた。
「あんまり怒るとお肌に悪いわよ〜。ビローグGGはまだ無事でいるし。あの子がちゃーんと解決してくれるわぁ。大船に乗った気持ちでいましょう♪」
「ここまで無神経なドロイドだなんて思わなかったわ。もう一度、分解されたほうがいいわね!」
「それ、差別よ!」
ユーリィがケインに突っかかろうとした。
そこに狼狽したオリコドールとゴードンが飛び込んできた。
ゴードンはケインとユーリィに早口で問いかけた。
「お前達、知ってるだろ! この異変を止める方法を! これはいったい何だ?」
ケインは肩をすくめた。
「だから、トリトンをちゃんと言及するべきだったのよ。あの子に言葉を封じられちゃったけど、解決法はちゃんとあるわ。」
「いったいどんな方法だ?」
オリコドールが身を乗り出した。
ケインは顔をしかめた。
「トリトンとスカラウ人のあの娘が結ばれるだけでいいの。他に難しい理屈はないわ。」
オリコドールとゴードンはそろって言葉をなくした。
とたんに、オリコドールは顔をひきつらせた。
「バカな冗談をいってる場合か!」
しかし、ロバートが言葉を補った。
「オリハルコンというのは、男女の愛のエネルギーを供給源にするそうです。それも、限られた血筋を受け継いだもの…。他の人間では何の意味もなさない…。」
「たったそれだけのことで…。こんな事態が起こるのか…?」
ゴードンは呆然とした。
オリコドールはかぶりを振った。
「なるほど…。説明しずらかったのか…。あの場には彼の両親も列席していたからな…。」
ユーリィが投げやりな口調で言い返した。
「何度も説得しようとしましたよ、あの二人を。だけど、断られ続けたんです…。」
ロバートが言葉を添えた。
「補足はしておきます。彼は自分だけの力で事を解決すると主張した。その意志を尊重したってのもありますがね…。」
「トリトンの力だけで、この事態が収まることもあるのか?」
ゴードンが聞くと、ユーリィがまた口を開いた。
「それはわかりません…。ですが、オリハルコンは「生命の源」といわれたエネルギーです。オリハルコンはトリトンの精神力を吸収しようとしています。ラムセスがオリハルコンのエネルギーを吸収したために均衡が崩れました。その均衡をとりもどすためには、健全な精神がエネルギーとして働かなくてはいけません。選ばれた二人は、健全な精神を供給できる大切な人材です。」
ゴードンは呟いた。
「健全な精神…。生命の源…。生きるものにとって不可欠な要素だ…。」
トリトンの話と照らし合わせて「美しい響き」だと考えた。
一方でオリコドールが固い表情でいった。
「トリトンが今、どうなっているのか、調べる必要がある…。」
オリコドールは航法オペレーターに視線を向けた。
「トリトン・ウイリアムの力の反応は?」
「十分程前に消滅したっきり、反応は感知できません。」
オペレーターが伝えた。
「気流に流されてるはずよ。こんな状況じゃ、あの三人だってまともじゃいられないわ。」
「やられてはいないと思いますが…。」
ユーリィが口を開くと、ゴードンは声を荒げた。
「生命の源を生む彼らが、その前に死ぬなどあってはならないことだ!」
オリコドールが叱咤した。
「オペレーター、何かつかめないのか?」
オペレーターは絶望的にいった。
「この状況で、人の生命反応を探すのは不可能です!」
「彼らの反応は並みの人間を超える。何が何でも見つけ出せ。草の根を分けてもだ! 見つからんではすまされないぞ。彼らでないと、この異変は止まらんのだ!」
「はいっ…!」
オペレーターは悲痛な声で返答した。