ブリッジに、地球人メンバーの4人が駆け込んできた。
今はセキュリティに気を配る余裕がない。
無断でやってきた4人をロバートは叱った。
「お前ら、どうしてここに?」
「うっせぇ!」
ジョウは一喝すると、周囲をくまなく観察した。
いたるところで警告音が飛び交い、オペレーター達も叫びながら指示を出す。
メインスクリーンに現状が克明に中継されていた。
近距離から見える恒星に匹敵するほどの、まばゆい光が差し込む宇宙。
その光にもてあそばれるように、無数の戦艦が煽られる。
押し流されて闇の彼方に消える艦も多い。
コントロールをなくした艦が接触し、あちこちで遊爆を起こす。
「最悪じゃねぇか…!」
ジョウは唸り声を上げた。
「重力波メーターも狂ってる。アトラリアが好きに暴れているんだ。」
口惜しげに呟いたのは島村ジョーだ。
一方で、レイコがケインとユーリィに訴えた。
「アルディが苦しんでる。赤ちゃんに異常が起きてるらしいの!」
「なんですって?」
ケインが振り向いた。
「とっても危険な状態だって。」
「トリトンはどうなったの?」
裕子が高い声を発した。
「居場所を調べてもらってるわ。消息がつかめないの。」
ユーリィがいった。
「生身だからな、あいつら…。」
ジョウが固い声でいった。
「君達!」
オリコドールが命令した。
「開いているシートにつくんだ。その方が安全だ。」
ハッとした四人は予備シートに座り状況を見守った。
時間が凍りついた。
無限の戦いが続く。
乗組員達はひたすら耐えた。
祈るしかない。
奇跡が起きることを…。
誰もが絶望しかけた時だ。
突然、オペレーターが驚いた声でいった。
「重力波メーターが落ち着いてきました。」
意外そうな表情を浮かべた乗組員達が、それぞれの持ち場でチェックを始めた。
艦の揺れが収まってきた。
乱れた艦隊もまとまりつつある。
闇から降り注がれる光はなくならない。
しかし、先ほどと比べるととても穏やかだ。
宇宙を美しく照らすほどに落ちついた。
「エネシスのじいさん、持ち堪えたのか…?」
曖昧な口調で倉川ジョウがいった。
その時、ユーリィが報告した。
「メディカルルームからよ。お嬢ちゃんと赤ちゃんが持ち堪えたそうよ。わざわざ知らせてくれたわ。もう心配いらないって。」
「どうなってんの、これっ!」
ケインは呆れる。
さらに、航法オペレーターの安堵した報告が続いた。
「トリトン・アトラスを発見しました。位置はケネス・ジー・オー。二度、エネルギー反応を確認。生命反応は三つです。」
オリコドールは思わず頭を抱えた。
「彼らは最初の位置から数千キロ以上も飛ばされたのか? ほぼ一万キロは離れている。」
「生命反応が三つってことは…。ラムセスが倒れたのかしら?」
ユーリィが首をめぐらすと、ケインが顔をしかめながらいった。
「じゃない? でないと、事態が好転するわけないじゃない。」
二人の会話の背後で、別の航法オペレーターが叫んだ。
彼の声は切迫していた。
緊張しうわずっている。
「光です。例のアトラリアという世界から。メインに切りかえます。見てください、これを!」
正面上部のスクリーンにリアル映像が映し出された。
すさまじいエネルギーが闇の彼方から放出する。
恒星を間近で見るようなまぶしさ。
白い輝きが四方に伸びて、サーチライトのように降り注いだ。
その光に敵船が飲み込まれていく。
かろうじて光を避けた艦は難を逃れた。
だが、飲み込まれた船は確実に駆逐された。
爆発し、火球が広がり、閃光が貫く。
花火のようだ。
それと大差ない。
「馬鹿な…!」
オリコドールは目を疑った。
全員がスクリーンに見とれて凝固した。
時間にして一分強。
その間に、敵艦隊は壊滅的な打撃を被った。
生き延びた艦は、先を争って戦闘区域から立ち去ろうとする。
敵艦隊は総崩れだ。
小規模の船団が、ちりじりばらばらに右往左往しながら漂うばかりだ。
オペレーターの声が震えた。
「敵艦隊の…三分の二以上が壊滅!」
「指示をお願いします、艦長!」
慌てた副官がオリコドールに視線を向けた。
我をなくしていたオリコドールは立場をようやく思い出した。
「そうだな…。」
そして、乗組員達にりんとした声で命じた。
「分散して敵艦を追え。一隻たりとも逃がすな!」
「いったい、これは…。」
ゴードンは力のない声でいった。
こんな体験は、いまだかつてない。
ロバートはぼそりといった。
「あのじいさんがキレたのか…?」
「敵とまともにやりあわずに壊滅できたことは、喜ばしいけど…。」
ユーリィがいった。
ケイが眉をひそめた。
「敵に同情するわ…。可哀想…!」
「これが、オリハルコンの力か…。」
オリコドールは呟いた。
「手に入れようと思う方が愚かだ…。」
不可思議な現象がさらに続いた。
ロバートが座っている予備デスクの非常ランプが点灯した。
ロバートは目を見張った。
ケインとユーリィも驚いた。
他の乗組員は気がつかない。
舌打ちしたケインは、ロバートに非常コールに出るように指示を出した。
仕方なく、ロバートは通信機を耳に当てコールに答えた。
得体の知れない通信の相手と会話した。
「トリトンの方に向かえだと…? お前、鉄郎なのか…?」
その時、周囲の人間達が反応した。
特に地球人メンバーの顔色が変わった。
「どういうことだ、鉄郎って…?」
島村ジョーが問いかけると、通信機をはずしたロバートは困惑気味に答えた。
「相手は名乗らなかった。トリトンがいる場所に行けといっただけだ…。しかし、口調や口癖が鉄郎に似ているような気がした…。いや、あいつだ。相手の言語が日本語だった…。」
「まさか…!」
誰もが信じられないという表情をした。
「待って。メディカルルームに聞いてみるわ。」
ケインが機転を利かせた。
ドクターの返答を聞いて、ケインはますます混乱した。
「どういうこと…? 鉄郎の状態は変わらないって…。間違いじゃないの…?」
「だったら、どうして俺のシートにコールが来た…?」
ロバートに指摘されると返事のしようがなかった。
「どうなってるんだ、これは…。」
オリコドールはかぶりを振った。
ゴードンは無言だ。
何かを考えていたが、意を決して提案した。
「艦長、行ってみるべきじゃないだろうか? 何かが起きている。我々にとって幸運な何かだ…。真相を確かめる必要がある。トリトン・ウイリアム達の確認も必要だ。どうだろう…?」
オリコドールからの返答はすぐになかった。
頭の中で状況の整理に追われた。
だが決断した。
「わかった。<ビローグGG>をケネス・ジー・オーに転進させる。生命反応はどうだ?」
航法オペレーターは目を見張りながらいった。
「再びエネルギーが放出されています。位置は…。ほとんど変化ありません!」
「戦いは終わっていないということか…。」
オリコドールは険しい表情を浮かべながら、通信オペレーターにいった。
「<デイトル>のヒイロウ中将につないでくれ。後の指揮を彼に依頼する。」
そして、<ビローグGG>が動き出した。
オペレーター達は、指示どおりに大型重巡洋艦を操縦する。
その様子を眺めながら、オリコドールは自重気味な口調で呟いた。
「これが『奇跡』というのなら、あまりに出来すぎている…。」