作り出された数キロのシールド空間。
剣を抜きあい、互いに激しく斬り込む。
トリトンが秘めた水棲能力。
力が加わっただけ、速さが何倍も加速する。
トリトンの斬り込みは鋭い。
ラムセス・クイーンは防戦一方に押しやられた。
引き離すとまずい。
距離が開けば、トリトンはオリハルコンを輝かす。
耐えながらくらいついた。
いつか、トリトンに限界がくる。
その時を待った。
戦いは苛烈に膨れ上がる。
両者のすさまじい気迫の現れだ。
オ―ラも激しく激突する。
くり返されるエネルギーの衝突。
恒星の爆発にも似た衝撃と大音響。
轟くエネルギーは、時空の嵐を引き起こし、猛るように渦巻く。
「危険です、退きます!」
アキをかばい、ジオネリアはサッと身を引いた。
白い光があふれ、中心を窺い見ることができない。
その中で、ありったけの力がぶつかり合う。
ラムセス・クイーンは、やっとトリトンの剣を弾き返した。
反応が消えた。
周りでは、砕けた小惑星の残骸が無数に漂う。
交戦が途切れた。
だが。
油断できない。
トリトンに思考はない。
本能のままに肉体を突き動かし、反射的に戦いに挑む。
見境のない相手は恐ろしい。
それを裏づけるように、すぐさま、突進を敢行する。
「厄介だ…。」
ラムセス・クイーンは呻くようにつぶやいた。
「容赦しない!」
トリトンは叫ぶと、再び剣を振り下ろした。
ラムセス・クイーンのシールドを突き破った。
肩口をすっぱりと裂く。
ラムセス・クイーンは憤りを感じた。
「つけあがるな!」
素早い動きで剣を真横に薙ぐ。
今度はトリトンがやられた。
シールドを貫かれ、胸が傷ついた。
かすり傷だが、トリトンの怒りが増長した。
激しい攻防はさらに続く。
気迫が威力を高める。
空間の中、戦いの場が素早く移動する。
さらに、オーラ攻撃が加わった。
防御して身を守る。
あるいは、相手に放って地雷のように爆発を起こす。
無尽の攻撃が展開する。
オーラの力をかいくぐり、対決を繰り広げる。
トリトンのシールドが震えた。
すさまじい攻防がシールドを揺るがした。
激突のたびに生じるエネルギーが莫大だという実証だ。
戦いはさらに続く。
ひたすらに。
断続して起こる爆発。
渦巻く衝撃波。
相手はひるまない。
パワーも衰えない。
まったくの互角。
そのまま永続するのか。
そうではない。
トリトンは思考した。
長引かせるのはまずい。
シールドの方がもたなくなる。
トリトンは、咄嗟に補助のオリハルコンをラムセス・クイーンに突きつけた。
充実した精神力を感じ取り、小さなオリハルコンが太陽のような輝きを発した。
ラムセス・クイーンは悲鳴をあげた。
至近距離から当てられ、視界を遮られた。
光の圧力で弾かれた。
意識も薄れた。
動きが鈍った。
ーもらった!ー
トリトンはチャンスを掴んだ。
すぐに空間転移を行う。
転移した所は、ラムセス・クイーンから百メートルほど離れている。
トリトンは剣を構えると精神を集中した。
ジェネラルロッドがエネルギーを発して光を放ち、連動して剣の紅い光が輝きだす。
トリトンの腕に圧力がかかった。
全身のオ―ラが吹き上がった。
ラムセス・クイーンは目を見張った。
感じたのは絶望の殺気だ。
高鳴るオリハルコン特有の高い金属音。
オリハルコンは、白銀の輝きを放出する。
周囲の物質が激しく振動した。
トリトンの気の高まりは、ラムセス・クイーンのオーラを完全に封じた。
そうなると、防御する方法をなくす。
死を覚悟するしかない。
トリトンは、振り絞るような声で絶叫した。
「クロス・チェイサー!」
瞬間、オリハルコンが咆哮した。
重巡洋艦が装備するブラスターの数倍になる高エネルギー。
それが、トリトンの剣先から一直線に、ラムセス・クイーンに向けて突き進む。
狙いは正確だ。
直撃のはずだった。
しかし、突然。
変調がきた。
急激にトリトンの意識がぶれて力が弱まった。
「なんだ…?」
理由がわからないショックに、トリトンは愕然とした。
同時にラムセス・クイーンの戒めもゆるんだ。
気配を感じたラムセス・クイーンは、咄嗟にオリハルコンをかわした。
光芒は、何もない空間を貫くと闇の彼方に消えた。
トリトンは身を丸めながら、激しくあえいだ。
力が急激に奪われ、一気に脱力する。
力の使いすぎで限界を超えたのか。
そうだとしても、これほどのショックは感じない。
オリハルコンは一瞬のうちに輝きを失い、オ―ラも薄れた。
不安に駆られる中で、トリトンの脳裏を様々な人の意識が交錯した。
<ビローグGG>では…。
乗組員達が、衝撃波の中で必死に耐えていた。
父親が、船室のどこかで祈りながら、トリトンの身を案じている。
アルディは生命維持装置の中で身を守られていたが、とても苦しそうだ。
「アルディ…!」
トリトンの悲痛な呼びかけがアルディに届いたかはわからない。
自然災害に無縁なはずの異世界アトラリア。
それが、地震や津波の襲撃で、再び惨劇に見舞われた。
アトラリアの人々は、再建途中の城に逃げ込み、襲ってくる恐怖と必死に戦った。
城はタロスに守られている。
しかし、振動が起こるたびに、石の瓦礫が人々の頭上に振りそそいだ。
人々は祈りを捧げ、使徒に助けを求めた。
「王よ、はやく、我らに、力を…!」
その奥深くにあるオリハルコンの間=B
苦悶に満ちたエネシスが、エネレクトの魂を支えている。
ーエネシス、私達に生きる道はもうない…ー
弱々しくなりつつあるエネレクトの魂に、エネシスは無我夢中で己の力を与えつづけた。
「妃よ、諦めるのはまだ早すぎる。三使徒が必ず我らを救ってくれる。力を落とされるな。使徒達よ、この思いを、どうか…受け止めてくれ…」
アトラリアの崩壊のスピードが増した。
天空はすでに嵐だ。
気流の乱れが台風のような気象条件を作り出した。
激しい風雨が大地を荒らし、建物を根こそぎ突き崩す。
人々の恐怖の叫びは耐えることがない。
時空の混乱は、反乱軍と連合宇宙軍の艦隊を巻き込んだ。
すべての戦闘艦が、波にもまれる小舟のように揺さぶられ、宙を漂う。
宇宙全体が異質な力によって狂わされようとしている。
トリトンは苦痛の中で現状を理解した。
アトラリアが、次元の結界を突き破って、通常空間に出現しようとしている。
ついにオリハルコンが悲鳴をあげた。
オリハルコンは、トリトン・ウイリアムに同調し、復活しようとしていた。
しかし、ラムセス・クイーンが生き続ける限り、不安定なまま存在し続ける。
不安定なオリハルコンは、際限なく人の精神エネルギーを吸収しようとする。
オリハルコンが要求するのは、トリトン・ウイリアムの精神だ。
支配されたがる意志を持つエネルギーが、この時だけ、支配するものを吸収しようとする。
たった一つ、それを回避させる方法があった。
しかし、互いの立場を認識しあい、トリトンとアキはそれを望まなかった。
正常なオリハルコンなら、その感情を受け入れる。
しかし、狂ったオリハルコンは、そういう感情を理解しない。
アトラリアから脱出する直前、ケインやユーリィ、さらに地球人メンバーも含めた中で、激しい意見のやりとりがあった。
トリトンは自身の意思を尊重するよう彼らに求めた。
そのすべてがはね返ってくる。
トリトンは自問自答した。
ー本当に正しかったのか…
ぼやける視線で闇の奥から差し込む光線を見据えた。
光が強くなるのに合わせて、トリトンは脱力感に襲われる。
未知の力がトリトンの内臓を圧迫し、全身の自由を奪い取った。
「…よせ…やめろ…。」
トリトンはシールドの中を漂いながら呻いた。
「俺は…トリトン・アトラスじゃない…。力を奪うな…。」
トリトンは意識を保とうとした。
意識をなくしたら終わりだ。
「俺はオウルト人、トリトン・ウイリアム…。別人だ…!」
叫びが引き金になった。
シールドが弾けた。
スパークを放ち、別の気流を作り出す。
トリトンは一気に吹き飛ばされた。
ジオネリアとアキも吹き飛ばされる。
同じ方向に流され、三人の姿は闇の中に消えた。
爆発したシールドは宇宙空間にすっと溶け込み、やがて消滅した。
トリトンの力が弱まっていたために、威力が半減した。
おかげで、ラムセス・クイーンは命をとりとめた。
ラムセス・クイーンは自分のシールドを作り出した。
オリハルコンの影響はない。
ラムセス・クイーンは、吸収する側にいるからだ。
だが、大きなダメージを受けた。
アトラリアが暴走してこなければ、確実にトリトンにやられていた。
運がよかったと思うしかない。
「三使徒、まだ死んではいないな…。」
ラムセスは薄く笑った。
「待っているがいい。すぐにお前のところに行ってやる。でなければ、私が復活した意味がない…。」
ラムセス・クイーンは低い笑みを残した。
そのまま闇の中に溶け込み、ゆっくりと消えた。
声だけが延々と響いた。