17.神々の戦い 2

 作り出された数キロのシールド空間。
 剣を抜きあい、互いに激しく斬り込む。
 トリトンが秘めた水棲能力。
 力が加わっただけ、速さが何倍も加速する。
 トリトンの斬り込みは鋭い。
 ラムセス・クイーンは防戦一方に押しやられた。
 引き離すとまずい。
 距離が開けば、トリトンはオリハルコンを輝かす。
 耐えながらくらいついた。
 いつか、トリトンに限界がくる。
 その時を待った。
 戦いは苛烈に膨れ上がる。
 両者のすさまじい気迫の現れだ。
 オ―ラも激しく激突する。
 くり返されるエネルギーの衝突。
 恒星の爆発にも似た衝撃と大音響。
 轟くエネルギーは、時空の嵐を引き起こし、猛るように渦巻く。
「危険です、退きます!」
 アキをかばい、ジオネリアはサッと身を引いた。
 白い光があふれ、中心を窺い見ることができない。
 その中で、ありったけの力がぶつかり合う。
 ラムセス・クイーンは、やっとトリトンの剣を弾き返した。
 反応が消えた。
 周りでは、砕けた小惑星の残骸が無数に漂う。
 交戦が途切れた。
 だが。
 油断できない。
 トリトンに思考はない。
 本能のままに肉体を突き動かし、反射的に戦いに挑む。
 見境のない相手は恐ろしい。
 それを裏づけるように、すぐさま、突進を敢行する。
「厄介だ…。」
 ラムセス・クイーンは呻くようにつぶやいた。
「容赦しない!」
 トリトンは叫ぶと、再び剣を振り下ろした。
 ラムセス・クイーンのシールドを突き破った。
 肩口をすっぱりと裂く。
 ラムセス・クイーンは憤りを感じた。
「つけあがるな!」
 素早い動きで剣を真横に薙ぐ。
 今度はトリトンがやられた。
 シールドを貫かれ、胸が傷ついた。
 かすり傷だが、トリトンの怒りが増長した。
 激しい攻防はさらに続く。
 気迫が威力を高める。
 空間の中、戦いの場が素早く移動する。
 さらに、オーラ攻撃が加わった。
 防御して身を守る。
 あるいは、相手に放って地雷のように爆発を起こす。
 無尽の攻撃が展開する。
 オーラの力をかいくぐり、対決を繰り広げる。
 トリトンのシールドが震えた。
 すさまじい攻防がシールドを揺るがした。
 激突のたびに生じるエネルギーが莫大だという実証だ。
 戦いはさらに続く。
 ひたすらに。
 断続して起こる爆発。
 渦巻く衝撃波。
 相手はひるまない。
 パワーも衰えない。
 まったくの互角。
 そのまま永続するのか。
 そうではない。
 トリトンは思考した。
 長引かせるのはまずい。
 シールドの方がもたなくなる。
 トリトンは、咄嗟に補助のオリハルコンをラムセス・クイーンに突きつけた。
 充実した精神力を感じ取り、小さなオリハルコンが太陽のような輝きを発した。
 ラムセス・クイーンは悲鳴をあげた。
 至近距離から当てられ、視界を遮られた。
 光の圧力で弾かれた。
 意識も薄れた。
 動きが鈍った。
ーもらった!ー
 トリトンはチャンスを掴んだ。
 すぐに空間転移を行う。
 転移した所は、ラムセス・クイーンから百メートルほど離れている。
 トリトンは剣を構えると精神を集中した。
 ジェネラルロッドがエネルギーを発して光を放ち、連動して剣の紅い光が輝きだす。
 トリトンの腕に圧力がかかった。
 全身のオ―ラが吹き上がった。
 ラムセス・クイーンは目を見張った。
 感じたのは絶望の殺気だ。
 高鳴るオリハルコン特有の高い金属音。
 オリハルコンは、白銀の輝きを放出する。
 周囲の物質が激しく振動した。
 トリトンの気の高まりは、ラムセス・クイーンのオーラを完全に封じた。
 そうなると、防御する方法をなくす。
 死を覚悟するしかない。
 トリトンは、振り絞るような声で絶叫した。
「クロス・チェイサー!」
 瞬間、オリハルコンが咆哮した。
 重巡洋艦が装備するブラスターの数倍になる高エネルギー。
 それが、トリトンの剣先から一直線に、ラムセス・クイーンに向けて突き進む。
 狙いは正確だ。
 直撃のはずだった。
 しかし、突然。
 変調がきた。
 急激にトリトンの意識がぶれて力が弱まった。
「なんだ…?」
 理由がわからないショックに、トリトンは愕然とした。
 同時にラムセス・クイーンの戒めもゆるんだ。
 気配を感じたラムセス・クイーンは、咄嗟にオリハルコンをかわした。
 光芒は、何もない空間を貫くと闇の彼方に消えた。
 トリトンは身を丸めながら、激しくあえいだ。
 力が急激に奪われ、一気に脱力する。
 力の使いすぎで限界を超えたのか。
 そうだとしても、これほどのショックは感じない。
 オリハルコンは一瞬のうちに輝きを失い、オ―ラも薄れた。
 不安に駆られる中で、トリトンの脳裏を様々な人の意識が交錯した。
 <ビローグGG>では…。
 乗組員達が、衝撃波の中で必死に耐えていた。
 父親が、船室のどこかで祈りながら、トリトンの身を案じている。
 アルディは生命維持装置の中で身を守られていたが、とても苦しそうだ。
「アルディ…!」
 トリトンの悲痛な呼びかけがアルディに届いたかはわからない。
 自然災害に無縁なはずの異世界アトラリア。
 それが、地震や津波の襲撃で、再び惨劇に見舞われた。
 アトラリアの人々は、再建途中の城に逃げ込み、襲ってくる恐怖と必死に戦った。
 城はタロスに守られている。
 しかし、振動が起こるたびに、石の瓦礫が人々の頭上に振りそそいだ。
 人々は祈りを捧げ、使徒に助けを求めた。
「王よ、はやく、我らに、力を…!」
 その奥深くにあるオリハルコンの間=B
 苦悶に満ちたエネシスが、エネレクトの魂を支えている。
ーエネシス、私達に生きる道はもうない…ー
 弱々しくなりつつあるエネレクトの魂に、エネシスは無我夢中で己の力を与えつづけた。
「妃よ、諦めるのはまだ早すぎる。三使徒が必ず我らを救ってくれる。力を落とされるな。使徒達よ、この思いを、どうか…受け止めてくれ…」
 アトラリアの崩壊のスピードが増した。
 天空はすでに嵐だ。
 気流の乱れが台風のような気象条件を作り出した。
 激しい風雨が大地を荒らし、建物を根こそぎ突き崩す。
 人々の恐怖の叫びは耐えることがない。
 時空の混乱は、反乱軍と連合宇宙軍の艦隊を巻き込んだ。
 すべての戦闘艦が、波にもまれる小舟のように揺さぶられ、宙を漂う。
 宇宙全体が異質な力によって狂わされようとしている。
 トリトンは苦痛の中で現状を理解した。
 アトラリアが、次元の結界を突き破って、通常空間に出現しようとしている。
 ついにオリハルコンが悲鳴をあげた。
 オリハルコンは、トリトン・ウイリアムに同調し、復活しようとしていた。
 しかし、ラムセス・クイーンが生き続ける限り、不安定なまま存在し続ける。
 不安定なオリハルコンは、際限なく人の精神エネルギーを吸収しようとする。
 オリハルコンが要求するのは、トリトン・ウイリアムの精神だ。
 支配されたがる意志を持つエネルギーが、この時だけ、支配するものを吸収しようとする。
 たった一つ、それを回避させる方法があった。
 しかし、互いの立場を認識しあい、トリトンとアキはそれを望まなかった。
 正常なオリハルコンなら、その感情を受け入れる。
 しかし、狂ったオリハルコンは、そういう感情を理解しない。
 アトラリアから脱出する直前、ケインやユーリィ、さらに地球人メンバーも含めた中で、激しい意見のやりとりがあった。
 トリトンは自身の意思を尊重するよう彼らに求めた。
 そのすべてがはね返ってくる。
 トリトンは自問自答した。
ー本当に正しかったのか…
 ぼやける視線で闇の奥から差し込む光線を見据えた。
 光が強くなるのに合わせて、トリトンは脱力感に襲われる。
 未知の力がトリトンの内臓を圧迫し、全身の自由を奪い取った。
「…よせ…やめろ…。」
 トリトンはシールドの中を漂いながら呻いた。
「俺は…トリトン・アトラスじゃない…。力を奪うな…。」
 トリトンは意識を保とうとした。
 意識をなくしたら終わりだ。
「俺はオウルト人、トリトン・ウイリアム…。別人だ…!」
 叫びが引き金になった。
 シールドが弾けた。
 スパークを放ち、別の気流を作り出す。
 トリトンは一気に吹き飛ばされた。
 ジオネリアとアキも吹き飛ばされる。
 同じ方向に流され、三人の姿は闇の中に消えた。
 爆発したシールドは宇宙空間にすっと溶け込み、やがて消滅した。
 トリトンの力が弱まっていたために、威力が半減した。
 おかげで、ラムセス・クイーンは命をとりとめた。
 ラムセス・クイーンは自分のシールドを作り出した。
 オリハルコンの影響はない。
 ラムセス・クイーンは、吸収する側にいるからだ。
 だが、大きなダメージを受けた。
 アトラリアが暴走してこなければ、確実にトリトンにやられていた。
 運がよかったと思うしかない。
「三使徒、まだ死んではいないな…。」
 ラムセスは薄く笑った。
「待っているがいい。すぐにお前のところに行ってやる。でなければ、私が復活した意味がない…。」
 ラムセス・クイーンは低い笑みを残した。
 そのまま闇の中に溶け込み、ゆっくりと消えた。
 声だけが延々と響いた。