16.決 起 6

「例の小惑星に高エネルギー反応!」
「ブラスターのエネルギーをはるかに上回ります! シグナル、レッド!」
「エネルギーの感知指数、レベル100を突破!」
「ついに、始まったか!」
 ロバートの表情が険しく歪んだ。
「重力波異常はあるか?」
 オリコドールが声を張り上げると、オペレーターは即答した。
「今のところは、エネルギー反応だけです。」
「この空間でケリをつける気ね。」
 ケインは上ずった声でいった。
「支援部隊から通信。“正体不明のエネルギーを感知したが、わかるか?”と、聞いてます!」
 同時に通信オペレーターが報告した。
 オリコドールは決意すると、オペレータにいった。
「通信をこちらに回せ。直接、話す。」
 オリコドールは、手前の士官のデスクに移動すると、マイクを手に取った。
 そして、声高に宣誓した。
「支援部隊の諸君。不思議に思われているエネルギー反応は、トリトン・ウイリアムの力によるものだ。しかし、彼とその仲間は、けっして邪悪な存在ではない。トリトン・ウイリアムは平和の旗手であり、我々にとって平和の象徴だ!」
「オリコドール!」
 ゴードンが目を剥いた。
 ありのままの事実を公表したことに、驚きを隠せない。
 しかし、オリコドールの演説は続いた。
「かつて、我々銀河連合は、彼に大きな罪を働いた。しかし、今は違う。同じ過ちを繰り返すわけにいかない。彼は、その我々の罪を問うことなく、我々のために邪悪な力と命をかけて交戦してくれている。あのエネルギーはその力だ。我々を守る正義の力だ。」
 オリコドールは一息つくと、さらに強く主張した。
「我々は彼の勇気ある行動に敬意を表し、彼を支援しなくてはならない。今こそ、我々は何が正しいのか、見極めなくてはならない。同志諸君。共に立ち上がろう。反乱軍組織にトリトン・ウイリアムを手渡してはならない。そうすることで、彼は我々にとって、真の平和の象徴となるだろう。これは連合主席閣下のご意志である! くり返す。平和の象徴を我々は守らなくてはならない!」
「艦長…。」
 ダブリスが胸を熱くした。
 その時、オペレーターから新しい報告が飛び込んだ。
「反乱軍が支援部隊と接触。前線部隊との交戦が開始されました。」
「いよいよだな。」
 オリコドールがいった。
 連合軍艦隊の正念場がここから開始する。
 一方で、通信オペレーターの随時報告がもたらさせる。
「支援部隊後方艦隊からの通信傍受。“<ビローグGG>の意志を確かに引き継いだ。連合艦隊は、トリトン・ウイリアムを護衛する。”」
「そうか!」
 オリコドールは年甲斐もなく高揚した。
 さらに、通信オペレーターは起立をすると、オリコドールに報告した。
「エスペラルダ将軍の艦、<デイトル>からです。」
「回路を開けろ。」
 オリコドールの命令で、オペレーターは回路を開いた。
 再度、メインスクリーンに、別の士官の顔が映し出された。
 敬礼した士官は、副官ヒイロウ中将と名乗った。
「オリコドール艦長、エスペラルダ将軍には一線を退いてもらい、艦内で身柄を拘束しました。」
「大胆だな。」
 オリコドールが笑うと、ヒイロウ中将も笑顔を浮かべた。
「報いです。今から、自分がこの艦の指揮にあたります。我々<デイトル>も、<ビローグGG>の意志に従います。後方の指揮に、<ビローグGG>がついてください。お願いします。」
「わかった。引き受けさせてもらおう。」
 オリコドールは快諾した。
 ヒイロウ中将がいった。
「気をつけてください。大将、前線はかなり激しい状況です。」
「お互いに無駄死したくない。中将、あなたも生き延びてください。」
「もちろんです。」
 頷いたヒイロウ中将は、オリコドールに明るい声でいった。
「よけいなことかと思われますが、アルディ・クライス嬢にお伝えください。すっきりしました、と…。」
「彼女ならここにいてくれる。連合軍もまだまだ捨てたものではない。」
「もちろんです。我々の団結はゆらぎません。銀河に真の平和がもたされることを心から願っています。『平和の象徴に栄光あれ!』」
 中将は凛と宣誓すると、通信を切った。
「君が望んだ奇跡が起こり始めたよ、トリトン・ウイリアム…。」
 オリコドールは感慨深く言葉を発した。
 そして、ブリッジに集まる民間人に声をかけた。
「皆さんを乗せたまま、この艦は戦闘宙域に向かいます。危険ですので、居住区域に退避してください。」
 この申し出は断れない。
 ジリアス・ラボのスタッフ達にダブリス、アルディにジョセフが素直に従った。
「行きましょう、アルディ。皆さん。」
 ダブリスが促すと、一同はすみやかにブリッジを後にした。
 しかし、地球人メンバーはその場を動こうとしない。
 苛立ったロバートが彼らをせかした。
「お前らも非戦闘員だろ。さっさと出て行け。」
「一緒にしないでよ!」
 裕子が反論した。
「ロバートはどうする気だ?」
 倉川ジョウが突っ込むと、ロバートはあっさりと返答した。
「俺はケインとユ−リィの補佐をする。いいだろ?」
「仕方がない。君の腕は確かだ。」
 オリコドールの許可をとると、ロバートは得意げにいった。
「と、いうわけだ!」
「ずるーい!」
 レイコが口を尖らせた。
「白兵戦にでもなったら呼んでやる。それまでおとなしく待機してろ。」
「ムギ、お前も出ておいき。みんなを追い出すんだよ!」
 ムギは低く唸った。
 唸ったが、飼い主のいうことは従順に従う。
 ケインの命令で、四人のメンバーを脅しながら、ブリッジを出ていかせた。
「ケイン、ムギをけしかけるな!」
「ちょっと、やだっ!」
 四人の地球人達は、やかましくわめきながら出て行った。
「すまない。あいつら、毎回、おたくらの世話になってるようだな。」
 ロバートが肩をすくめると、オリコドールは苦笑した。
「元気な青年達だ。」
 ロバートはケインとユ−リィの指示に従い、一層目の補助シートについた。
 全員の配置が完了した。
 <ビローグGG>は戦闘態勢に入った。
 緊張が張りつめる。
 ブリッジのあちこちから、オペレーター達の声がとびかった。
 戦闘データ―に艦内状況の把握。
 刻々と変化する情報を、口頭でオペレーター達は上官に報告し、指示をあおぐ。
 数分、そんなやりとりが続いた。
 その間、<ビローグGG>は支援部隊と合流し、戦闘区域に突入していく。
 が、その時、新しい変化が起きた。
 それを、最初に伝えたのは、動力機関部担当の兵士だった。
「重力波に異常! メーター反応確認!」
「何だと?」
 キャプテンシートについたオリコドールは思わず身を乗り出した。
「この艦がワープするはずがない!」
 すると、空間表示スクリーンを見つめていた兵士が叫んだ。
「外部です。イエスト方向!」
「大きい…! 大型戦艦規模以上。大陸なみの物体です!」
「重力計に異常数値確認!」
「空間に歪みが…。エネルギーが空間を歪めています。原因不明!」
「何だと…?」
 オリコドールが叫んだ時だ。
 とたんに、<ビローグGG>の船体が大きく揺れた。
 激しい衝撃だ。
 乗員はシートにしがみついているのが精一杯だ。
 立っている人間は、足をすくわれて転倒した。
「やられたのか?」
 身を起こしたオリコドールが叫んだ。
「違います。空間の歪みで艦が振られました。重力波の嵐です!」
 顔をひきつらせたオペレーターが回答した。
「艦長、イエスト方向から謎の輝きを感知。多量の光が漏れてきます。」
 オリコドールや士官達は、フロントウインドウに視線を向けた。
 太陽と反対の方向に、恒星の輝きを思わせるような光が闇の中から差し込んでくる。
 光はしだいに強くなり、徐々に広がっていく。
 まばゆい輝きは、艦隊にまで降り注ぎ、視界を遮った。
「戦闘どころじゃない!」
「何とかしてくれ!」
 他の艦でも混乱をきたした。
 飛び込んでくる通信記録にそれがよく現れている。
 かつて、誰も体験したことがない惨事になりつつある。
「重力波異常数値、警戒レベルを突破!」
「光度上昇! 圧力値限界!」
 <ビローグGG>でも、オペレーター達が引き続き叫んでいる。
「スクリーンフィルターをかけろ。防御壁作動!」
 オリコドールが叫んだ。
 だが、悲痛なオペレーターの声が届いた。
「スクリーンフィルターの限界を超えます!」
「処置なしか…。」
 オリコドールは表情を歪ませた。
「これが、トリトン・ウイリアムがいった異変≠ネのか…?」
 その頃、ケインとユ−リィ、ロバートの三人も、異常な事態に息を飲んでいた。
 周囲のオペレーター達は、それぞれの役割に忙殺されている。
 その様は、戦場のように壮絶だ。
 ユ−リィも異変の対策に追われた。
 そして嘆いた。
「アトラリアでしょ? 大陸なみの物体がワープアウトしてくるって!」
「亀のじいさんがもたなかったのよ!」
 ケインがわめいた。
 その時、重力波の嵐に船体が、また大きく揺さぶられた。
 すると、艦の前方で、二隻の小型船が互いに激突して大破した。
 ケインは蒼白した。
 犠牲になったのは敵船だ。
 しかし、いつ、こちらが二の舞になるかわからない。
「艦の間を開くのよ。でないと揺さぶられて接触するわ!」
「坊やと姫さんが結ばれなかっただけで、こんな事態を引き起こすのか…!」
 ロバートに恐怖の色が浮かんだ。
 事態の予見ができない。
 まるで未知数だ。
「最悪だわ…!」
 ケインは悔しげに頬を震わせた。