「なんだ、この小娘は!」
エスペラルダは目を見張った。
ごく普通の少女が、国家元首であっても怖れて口出ししようとしない、連合宇宙軍の上層司令官をいきなり非難した。
エスペラルダは、少女に声高くわめいた。
「何者だ、お前は?」
すると、少女は、毅然とした態度で名乗り返した。
「私は、トリトン・ウイリアムの妻、アルディ・クライス・ウイリアムです。」
「トリトン・ウイリアムの…妻だと…?」
エスペラルダは、呆気にとられながらアルディを見返した。
どう見ても、十代の子どもだ。
編みこんだ栗色の長い髪を一つに束ねた、愛らしい顔つきの少女。
エスペラルダは失笑した。
もう笑ってしまうしかない話だ。
だが、アルディはその笑いを制してしまうほどに、強い口調でいった。
「笑ってすまされることではありません。罪のないものを監禁しようとすれば、そちらに罪が生まれます。そんなことは子どもでも理解できます。ご自身の罪を認めなさい。エスペラルダ将軍。いえ、上層のすべての司令官の皆さん!」
「ミセス・アルディ。」
オリコドールが呼びかけた。
しかし、アルディは平然と言い返した。
「本当のことをいっただけです。あの方々は反乱軍と変わりません。言葉巧みに人々を利用し、権力を身につけた人達です。卑劣で卑怯な人達です。」
「アルディ…。」
ジョセフが黙らせようとしたが、アルディは少しも引かない。
「あのお嬢ちゃん、考えて行動してるの?」
ユ−リィでさえ無謀だと感じて、オロオロしだした。
「活発な奥さんであるのは結構だといいたいが…。」
エスペラルダは、抑揚のない声でいった。
が、次の瞬間、怒りが爆発した。
「ミセス・アルディ・クライス。御主人とともに、あなたもこちらに来ていただきましょうか。我らに反抗すれば、ただではすまん。思い知るがいい!」
「口でいくら脅しても無駄です。」
アルディはけっして負けていない。
毅然とした態度も崩れない。
「あなた方は、ジリアス事件後のトリトン・ウイリアムの立場を利用したのです。彼を勝手に平和の象徴に仕立て上げ、その影で発言権を駆使し、政力を強めていった。ですが、トリトン・ウイリアムにそれ以上の効果がないと知ったとき、ボロキレを捨てるように、その地位から引きずり下ろした。」
「口の聞き方に気をつけろ!」
エスペラルダの顔がひきつった。
だが、アルディは、さらに鋭く詰め寄った。
「あなたにその言葉は相応しくありません。その後、トリトン・ウイリアムは大きな挫折を味わい、ひどく傷つきました。彼の人生を狂わせたのは、あなた方の責任です!」
アルディは人差し指をスクリーンに映る将軍につきつけた。
周囲は、呆気にとられっぱなしだ。
わずかに顔色を変えた将軍は、皮肉げに笑い出した。
「…あの少年に、見込みがなかっただけの話だ。それよりも、今や、あの少年は危険分子だ! お前もその加担者と判断し、お前達一家をまとめて拘束してやる!」
「狂っている。それが平和論者たる側の行いか!」
オリコドールが怒鳴った。
将軍はひきつった笑いを浮かべた。
「我々は上層司令部だ。何者の指図も受けん。小娘が何をほざく。無礼だぞ。たかが平民のガキ妻ではないか。笑わせるな!」
アルディはキッと見据えていたが、透き通る声で昂然といった。
「そんなに権力がお好みなら、こう申し上げます。」
アルディの口調が強まった。
威厳と風格を込めて、語気強く主張した。
「我が祖父はエステルド・クライス。主席の元老として、第一の側近に控えしものです。我が兄、ヒルディ・クライスは、このたび、主席の養子として迎えられました。次期主席の教育を受けている真の後継者です。私は、元老の一族に属します。そして、ヒルディの妹です。無礼なのは、あなたの方です。控えなさい!」
エスペラルダは思わず唸った。
元老とは、主席の側近の中でも、第一の発言権を与えられた高官職を指す。
エスペラルダも後継者の少年のことは、よく知っている。
その名を出されては、一軍人の将軍では勝ち目はない。
権力や身分は、元老や後継者の方が、はるかに上だ。
モニターの向こうに立っている娘が、その身内となれば、さしものエスペラルダも反論できない。
だが、エスペラルダにも、上層軍人としてのプライドがある。
さすがに、頭まで下げることはできなかった。
アルディは、エスペラルダの高慢な態度をねじ伏せてしまった。
その上で、アルディの鋭い糾弾が続いた。
「この艦は、主席の命令のもとで、任務を遂行する権限があります。主席閣下は、トリトン・ウイリアムを保護する考えをお持ちです。そして、今、トリトン・ウイリアムは、あなた方が作り出した偽りの平和の象徴としてではなく、真に平和のための旗手として、悪の存在と戦っています。彼を悪くいうことは、主席の名において許されません。エスペラルダ将軍。即刻、この宙域から立ち去りなさい。アスコット元帥以下、上層部の皆さんには、この一件が解決しだい、退任していただくように、祖父や兄を通じて進言しておきます。覚悟していなさい。」
「小娘が…!」
エスペラルダの顔に憎悪がこもった。
その時、いきなりエスペラルダの顔がモニターから消えた。
「いったいどうした?」
オリコドールが目を見張ると、オペレーターが明るい声で報告した。
「面白いことになりました。支援部隊が、エスペラルダ将軍の艦を包囲しはじめました。」
さらに、通信オペレーターも報告した。
「他の艦から通信です。“支援部隊は、主席の命令に従い、<ビローグGG>に続く。”−さしでがましいことをしましたが、今のアルディさんの会話を、他の艦にも中継しました。それに賛同してくれたようです。」
「よけいなことを…。」
呟いたオリコドールは笑って答えた。
「よく気を回してくれた。礼をいうぞ。」
最高の誉め言葉に、オペレーター達はドッと沸き立った。
まだブリッジの人間達の声が出ない中で、オリコドールが握手を求めた。
「アルディ・クライス。感謝します。」
「いえ…。」
アルディは恥ずかしそうにかぶりを振った。
「あまり側近の身内であることは口外しないようにしています。ですが、夢中でした。彼や皆さんを助けたくて…。よけいなことをしてしまってごめんなさい…。」
「そのおかげで、我々も彼も救われた。彼も感謝しているでしょう。あなたはいい奥さんだ…。」
アルディは表情を引き締めると言葉を続けた。
「私も彼と同じ運命を持ちました。それが正しいか、間違っているかは、まだわかりません。でも、私は彼を信じます。信じて共に歩みます。「彼ら」が目指すものを、私も最後まで見極めたいと思っているのです。」
オリコドールは脱帽した。
その一方で、レイコと裕子が顔を見合わせた。
すっかり圧倒された。
「すっご〜〜〜〜;;;」
「こりゃ、トリトンも尻に敷かれるわけだ…。」
島村ジョーがかすれた声で呟いた。
アルディは、ジョセフの所に移動すると、ジョセフに話しかけた。
「お義父様、地球人の皆さんから、これをお預かりしました。ロディが皆さんにこれを託したのです。」
「これは、ロジャースのリミゴール・ベル=H なぜ、私に…。」
ジョセフは目を見張った。
アルディがいった。
「この中に、お義父様の研究の資料に役立つものが入っているそうです。私からお義父様に手渡してほしいと、ロディは伝えてくれました。」
「何…?」
「これが、ロディのお義父様への愛情の証です。」
「面倒なことを…。」
ジョセフはいいながら笑みをこぼした。
「すまないね、アルディ。君にも苦労をかける…。」
「いいえ。」
アルディはそっとかぶりをふった。
「私はもうじき母≠ノなります。弱いお母さんでは、赤ちゃん達にも嫌われます。元気なのですよ、この子達は…。いつも、私のお腹を叩いてばかり…。ロディの赤ちゃんですから。きっと強い子として、生まれてくれるでしょう…。」
アルディは笑顔をこぼした。
優しい笑顔。
それは母親の笑顔だと、ジョセフは思う。
そして、ふと思い出した。
トリトンが生まれる直前に見た、妻アレナの笑顔を。
「アルディはしっかりものだ。早くロディも、ふさわしい父親になってほしいものだ。」
「大丈夫です。」
アルディはひたむきな表情を浮かべた。
「彼は強い…。だから負けません、どんなことがあっても。私達のもとへ、きっと戻ってきてくれます…。」
「負けそぉ…。」
「あんな娘を、どこで見染めてきたんだか…。」
ユ−リィとケインの会話も、どことなく間が抜けている。
わずかに和みかけた空気は、すぐに消し飛んだ。
緊迫したオペレーターの報告が届く。
またブリッジ内に緊張が張りつめた。