16.決 起 4

「ケインにユ−リィ、いや、IWPCが上層の連中に利用されたんだ。」
 ロバートが冷ややかにいった。
「最初、トリトンに力がある確証がなかった。だから、上層の連中に、トリトンを拘束したくてもできなかった。そこで、中立調査機関のIWPCに調査を依頼して、トリトンの力の有無を立証させた。おそらく、四年前にジリアス事件に関ったことで、ケインにユ−リィをボディーガードに抜擢した。いい様にはめられたんだ、ケインにユ−リィが…。」
「何なのよ!」
 ケインの中でしだいに怒りがこみあげてくる。
「どうして君が…。」
 ゴードンが口をはさむと、ロバートは軽い口調で応じた。
「俺も地球では軍関連の秘密組織に所属している。同業のよしみで、内部のいざこざ℃柾には、だいたいの見当がつく…。」
 ロバートはわずかに笑みを浮かべた。
「しかし、したたかなのは、そっちの艦長さんと部長さんの方だ。二人は最初から、トリトンの護衛の立場を貫くつもりだった。しかし、組織の統括に露骨に反抗できない。よって、表向きは上層部の命令を遂行するようにみせかけて、独自の主張を推し量るつもりだった。それをわかっていながら、ケインとユ−リィに任務をつかせた。…からくりを明かすと、こうなる。」
 ケインにユ−リィは言葉をなくした。
 他のみんなも絶句した。
 オリコドールが質問した。
「どこで、君は、そのことに気がついた?」
「不審に思ったのは、艦内のガードシステムだ。メインストリートの防衛戦は強固だ。しかし、ちょっと脇道にそれると、とたんに警備と守りが手薄になった。今から思えば、それは必然だったってことだ。」
「ロバート君だったね…。」
 オリコドールがいった。
「その通りだ。ただ、最後まで方針の食い違いがあった。特にトリトンの父親、ジョセフ氏とだ。我々がそうまでして上層部と対立することになるのは心が痛むとおっしゃった。ウイリアム教授がああいう行動をとったのも、そういう気持ちがあったからだ。」
「お恥ずかしい限りです。」
 ジョセフは軽く頭を下げた。
 ロバートはオリコドールに言い返した。
「しかし、トリトン・ウイリアムは引き止められなかった。彼にも、正当な立場と理由があった。これからどうする? この艦は、反乱軍からも上層部からも、はみ出してしまったことになる。他に、どういう思想の連中がいるのか知らないが、孤立してしまったことに変わりはない。」
 オリコドールはフッと笑顔をもらした。
「もはや隠すまでもない…。」
 そして、声高く宣言した。
「この艦は、銀河連合主席の命令を遂行する。主席の理想は反乱軍の一掃と、人類の未来を担うトリトン・ウイリアムの護衛だ。この艦は引き続き、そのご意志の元、命令を続行する。」
 士官達はサッと敬礼し、艦長に従う意思を示した。
 一方で、ゴードンもケインとユ−リィに指令を与えた。
「我々も同じだ。お前達は引き続き、主席の依頼を遂行するように。これ以上、上層部にあしらわれるような機関でないことを見せつけろ!」
「もちろんです。」
 ケインにユ−リィはそろって敬礼した。
「和平論者なんて嘘ばっかり!」
「所詮、腐ったジジィ集団の集まりじゃない。反乱軍と一緒に、ギタギタにしてやるわ!」
 ケインにユ−リィは調子に乗って勇み立った。
 すると、ゴードンの怒鳴り声が飛んだ。
「調子に乗るな! お前ら上司を拘束したことは、減俸処分ものだ!」
「それは、部長達が無理やり拘束しようとするからじゃないですか!」
 ケインが反発した。
 だが、ゴードンは激しく一喝した。
「それとこれとは話が違う!」
「浮かれるな、二人とも。」
 ロバートにも厳しくいわれて、二人は初めて背中を丸めた。
 ロバートはオリコドールに視線を向けた。
「おたくらの上層部は、かなりひどいようだな。」
「恥ずかしい限りだ。」
 オリコドールは視線を落とした。
「権力を与えすぎて、主席の力でも抑えきれなくなっている。だから、組織の総替えが必要なのだ。今のままでは、やりたい放題だからな…。」
「そうか。」
 ロバートは溜息をもらした。
「トリトンはどんなことをしてでも、守ってやらなければならない。過去にも、トリトンは上層部に利用されたことがあるはずだ。彼の立場を利用し、無理に平和の象徴に祭り上げ、彼を、社会不信に陥らせたのは上層部の責任だ。」
「その話をどこで聞いたのですか?」
 ダブリスが目を見張った。
 すると、ティファナが慌てて飛び回りはじめた。
 サリーが小さな笑みを浮かべた。
「どうやら、犯人はすぐ傍にいるようですわ。」
「だから、いっちゃだめだっていったのに〜。」
 ティファナはロバートの目の前に飛んできて口を尖らせる。
 苦笑したロバートは、ティファナにいった。
「悪いな。しかし、知らなければならない人達がここにおいでだ。」
 ロバートはティファナをなだめると話を続けた。
「トリトンは才能がありすぎる。たぶん、あちこちからいい様に使われようとしただろう。上層部の人間も、そういう連中に成り下がったわけだ。そこで、あの坊やが考えついた道が隠者生活≠セ。とうてい、十代の活発な子どもが思いつくような発想じゃない…。」
「ロディが…。そんなことを…?」
 驚くジョセフにロバートは小さく頷いた。
「やはり、親のあなたは気がついちゃいなかったな。そのトリトンを立ち直らせたのが、今のかわいい奥さん、アルディ・クライスだ。内助の功とはよくいったものだ。」
 ロバートは、地球人メンバーにも視線を向けると、強い口調でいった。
「トリトンを守ってやることは重要だ。せっかく立ち直りかけた精神を、また上層の連中が踏みにじりかねない。ああ見えても、トリトンはまだまだ甘えん坊のお坊ちゃまだ。誰かが支えてやらなければ、今度は本当に壊れてしまうぞ!」
 地球人メンバーをはじめ、ケインとユ−リィも固く頷きあった。
 呆気にとられたオリコドールがロバートに聞いた。
「君はなぜ、そうまでしてトリトン・ウイリアムを守ろうとする?」
「鉄郎に頼まれただけです。」
 ロバートはこともなげに返した。
「俺の任務です。最初は軽く考えていたが、とんでもないことに巻き込まれたと、今では思っていますがね…。」
「申し訳ない。」
 オリコドールが頭を下げると、ロバートは軽く頷いた。
「目的はあなた方と変わらない。」
 その時、オペレーターが通信を傍受した。
「連合の支援部隊が到着。反乱軍の船隊が遅れてやってくるとのことです。」
「来たか、いよいよ。」
 オリコドールが呟いた。
 すると、通信オペレーターの伝言が、さらに重なった。
「支援部隊の指揮艦から入電。“<ピローグGG>で感知した重力波異常の原因をいえ。同時に、トリトン・ウイリアムの身柄を要求する。”」
「たわけが…。」
 オリコドールは言葉を吐き捨てると、通信オペレータ―に命じた。
「支援部隊どもにいってやれ。“<ピローグGG>は、連合軍主席の直接命令で動く。上層部の指示には従わない。我が艦に賛同するものは、アジェクト位置に終結せよ!”」
「はい!」
 通信オペレーターは大きく頷いた。
 続けて、オリコドールは航法士に命じた。
「アジェクト位置へ航行開始!」
「艦長、そこは、例の小惑星とは逆の位置です。」
「トリトン達の力を上層部に悟らせるつもりか? この艦がひきつけなければ、アクエリアスの力は守れんぞ。早くしろ!」
「了解しました!」
 航法士は、すぐに命令を実行した。
 <ピローグGG>は停船状態から、ゆっくりと船首を回頭させて動き始めた。
 地球人メンバーやラボのメンバーの間には、安堵感が満ちはじめた。
 航行する<ピローグGG>に、再び通信が飛び込んできた。
 通信オペレーターが回路を開いた。
 すると、メインスクリーンに、年老いた司令官の顔が映し出された。
 髪はほとんどなく、わずかな口ひげをはやしている。
 いかめしい顔つきの、歴戦の強者といった風貌の軍人だ。
 服装は軍服だ。
 スペースジャケットは着用していない。
 そのかわり、襟や胸元には、高官である証の階級章が、にぎやかにくっついている。
 オリコドールは敬礼した。
 それは、IWPCのメンバーも同じだ。
 ケインにユ−リィは敬礼しながら、その男の素顔を初めて見た。
 軍組織の中でも、上層部に所属する最高司令官の一人だ。
「エスペラルダ将軍。」
 オリコドールは司令官の名を呼んだ。
 だが、エスペラルダ将軍の顔は怒りで紅潮し、二重顎がヒクヒクとひきつった。
 しわがれた声を荒げてわめいた。
「何がエスペラルダだ! 今の通信はいったい何だ? 我々、上層部に刃向かう気か?」
「刃向かうなど…。」
 オリコドールはかぶりを振った。
「我々は、銀河連合主席の命じるままに行動します。あなた方と主席の考えには、根本的な食い違いがみられます。どちらに従うのが正しいか、明白だと思いますが…。」
「連合主席は我々に権限をまかせておいでだ。それを、たかが戦闘艦一隻の分際で逆らうとは…。思い上がりも甚だしい!」
「それは、あなたの方だ。」
 オリコドールは一蹴した。
「黙れ!」
 エスペラルダは怒鳴りつけた。
「大人しく、ロジャース・トリトン・ウイリアムを我々に引き渡せ。奴は、反乱軍の士気を増長させる危険分子だ。今のうちに、あの少年を拘束しなければこの事態は収拾せん! オリコドール、逆らえば、貴様を軍法会議にかけて処分を与える。聞いておるか?」
「聞いております。」
 オリコドールは冷ややかに応じた。
「しかし、納得がいかない命令に従うわけにいきません。」
「愚か者が!」
 エスペラルダは、さらに声高く一喝した。
「お前達も反乱分子と変わらん。処罰を与える。覚悟していろ!」
「因果応報だぞ!」
 オリコドールが言葉を吐き捨てた。
「トリトン・ウイリアムの身柄を引き渡す気になれば免罪してやってもいい。我々は、今からそちらに向かう。慣性飛行のまま、そこで待機していろ!」
「ほんっとに、腐りきったジジィね!」
 ケインが激怒してわめいた。
 エスペラルダはケインを認めた。
 そして、せせら笑った。
 銀河の人々が恐れる天下のロスト・ペアーズも、上層の人間から見れば、ただのクズの女どもだ。
「お前達が世間を騒がす極悪女、ロスト・ペアーズか…! お前らがいたのでは、その艦も長くないな。」
「どういう意味よ!」
 いきり立つケインを押さえつけたのは、上司のゴードンだ。
 代わりにゴードンが口を開いた。
「エスペラルダ将軍。初めてお目にかかります。うまく我々を利用したとお思いでしょうが、我々は、早々に乗せられる機関ではありません。甘く見ていただかない方がいい。」
「ゴードンさんでしたな…。部下も部下なら上司も上司。組織の質がわかろうというものだ。」
 エスペラルダは見下したように笑い飛ばした。
 さすがのゴードンも、怒りの表情がストレートに現れた。
 侮辱したエスペラルダの表情は変わらない。
 高圧的な物言いで、一同に告げた。
「間違ってもよからぬ考えは起こさぬように。我々は、平和的に事の解決を望んでいるのだ。」
 と、そこへ。
 背後から鋭い声が響いた。
「お待ちなさい!」
 一同は呆気にとられた。
 ブリッジにやってきたのは、十六歳の若妻、アルディ・クライスだ。
「お嬢ちゃん!?」
 ケインの目が丸くなった。
 さらに、養父のジョセフも驚いた。
 しかし、アルディは構うことなく、愛らしいが凛と響く声で言い返した。
「あなた方に、トリトン・ウイリアムは渡しません!」
「何だと!?」
 エスペラルダは目を剥いた。
 一同も呆然としてアルディを見つめる。
 いきなりの行動に言葉を失った。