「ジョセフ、よすんだ!」
ダブリスが止めに入った。
しかし、ジョセフは受け入れようとしなかった。
「いや、ロジャースは私が引き止める!」
トリトンは小さく溜息を漏らした。
一同が不安そうに見守る中、ゆっくりと父親の方に向き直った。
そして、まっすぐに見返すと、父親にいった。
「父さん、いいですよ。撃ちたかったら撃てばいい。」
「トリトン! 待ちたまえ!」
ダブリスが思わず叫んだ。
だが、ジョセフはダブリスを遠ざけた。
「ダブリス、悪いが口をはさまないでくれ。」
さらに何かをいいかけたが、ダブリスは仕方なく押し黙った。
その間も、トリトンは、ゆっくりと父親の方に向かって近づいてくる。
「父さん、そんなに俺が怖い…? 力を持った親不孝な息子が許せない…?」
「お前は特別じゃない…。どこにでもいる…、当たり前の子どもだ。」
ジョセフは念じるように、言葉を吐き出した。
トリトンは平然と言い返した。
「そうだよ。でも、現実はこうだ。俺は、行くべきところに行く。」
「行かせん!」
ジョセフは思わずトリガーを絞った。
銃口からグリーン光芒が、一直線に伸びていく。
が、トリトンの体を覆うシールドが、あっさりと、レイガンのエネルギーを弾き返した。
「至近距離のエネルギーを。」
「弾き返した…!」
サリーとゼファが驚愕した。
顔を引きつらせたジョセフは、もう一度、トリトンに向けて撃った。
でも、結果は同じだ。
エネルギーは、すぐに弾き返される。
強張ったジョセフは凝然とした。
トリトンは、父親の目前まで歩いてくると、そこで足を止めた。
父親の右手首を強く掴むと、上に持ち上げた。
その状態で、軽くオーラの刺激を与える。
ジョセフの顔がわずかに歪み、銃を取り落とした。
崩れるジョセフの体を、トリトンは、そっと抱きしめて支えた。
そのまま床に腰を下ろすと、ジョセフを休ませた。
トリトンは、息を吐くジョセフの顔を覗き込んだ。
優しい表情で見返すと、柔らかい口調でいった。
「父さん。あなたに銃は似合わないよ。あなたに似合うのは、書物にデスク、夢が詰まった学問だ…。」
うつろなまなざしで、ジョセフはトリトンを見返した。
トリトンはそっと頷いた。
「こんな力を持ったのは嫌だ。だけど、ある人にこう教えられた。この運命を受け入れて強く生きろって…。この力は悪い力じゃないって…。僕は自分を信じます。父さんもこういってくれたよね? 信じることから、何かがはじまる≠チて…。それが、奇跡じゃないのですか…?」
「お前…。」
「僕は迷いません。自分の力を信じて、やり遂げます。誇りに思ってください。あなたの息子はとても立派です!」
「自分で評価するな…。」
呆れるジョセフにトリトンは笑いかけた。
ジョセフはようやく笑顔をこぼすと、トリトンに聞いた。
「アルディはどうするのだ?」
「約束しました。必ずもどってくるって…。父さん、待ってて。母さんのこと、ごめん…。傍にいられなくて…。」
「大丈夫だ。少し貧血を起こしただけだ。」
ジョセフの言葉に頷いたトリトンは、ようやく立ち上がると、もう一度、ブリッジの一同を見渡して深く一礼した。
「トリトン、アキは…。」
レイコが声をかけると、トリトンは強く頷いた。
「アキは必ず助けるよ。俺だって何度でも死にかけてるけど、こうして無事でいる。信じて。アクエリアスの力を…。」
「うん。」
レイコの頷きを確認したトリトンは、ジオネリアに呼ばれて身を翻した。
「今度は誰もトリトンを止めようとしない…。」
裕子が兄のジョウにそっと声をかけた。
ジョウは固い声で頷いた。
「みんな、諦めたんだ。トリのやつ、かなり、ぶち切れていやがる。」
「えっ?」
裕子ははっとした。
「あいつがあそこまで力をみせつけたってことは、手段を選ばないってことだ。ぶち切れていやがる証拠だ。」
「どうなんの?」
「わからん…。」
ジョウはかぶりを振った。
いつになく張りつめたジョウに、裕子は思わず息を飲んだ。
一方、トリトンとジオネリアはそろって、ブリッジの前方、吹き抜けの空間に、軽々と体を浮かせた。
艦内には、0.2Gの人工重力が働いている。
その状態だと、物体は必ず落下する。
ブリッジにいる人間は呆気にとられた。
水中を漂っているかのように、宙を舞うトリトンとジオネリアはとてもなめらかだ。
優美なジオネリアに鮮やかなマントと緑の髪をなびかせるトリトン。
二人ともどこか触れがたい、神秘的な存在であることを、痛烈に人々の心に刻みつける。
二人は厳しい表情で向かい合った。
トリトンは目を閉じて手にした剣を前に突き出すと、精神を集中させる。
対するジオネリアは、腕を左右に開くと胸を張り、精神統一を図った。
一瞬の沈黙の後、トリトンは鋭い声でいった。
「アクア・シールド!」
その声に剣のロッドが反応した。
再び、ブルーの美しいオ―ラが放出される。
さらに、ジオネリアも力を発揮した。
「レフ・フィールド…。」
ジオネリアは、初めて白銀のオーラを放った。
二つの透明なオーラの輝き。
それらが混ざり合い、トリトンとジオネリアを飲み込み、混迷しあい、空間を埋め尽くしていく。
突然あふれた光の圧力にオウルト人達は震撼した。
その中で、一人のオペレーターが蒼白しながら叫んだ。
「そんなバカな! 重力波異常がブリッジ内で…!」
「空間転移とはいったい何だ?」
ゴードンが首をめぐらすと、ユ−リィが戸惑い気味に答えた。
「一種のテレポートです。いつも、光ばかりでよくわからないんだけど…。」
「違う。テレポートなどではない。人間が直接ワープをするのだ!」
オリコドールが驚愕の声をあげた。
他の人間達は言葉をなくした。
オ―ラの光が強まると、トリトンとジオネリアの姿をかき消して、さらに膨張し拡大していく。
それとともに、オーラが爆発した。
「重力波メーターが振りきれた!」
オペレーターが絶叫した。
その時は、一面が光の海で、何が何だかわからない。
同じだ。
地球人メンバーに、ケインとユ−リィは思った。
光ばかりで何も見えなくなる。
しかし、気がつくと、まったく別の場所に、いつの間にか移動している。
同じ現象が、また起こっている。
光はあふれすぎて正視できない。
目を閉じていても、焼きつくように目の奥が鋭く痛む。
そして、激しい爆風。
吹き荒れるオーラの風に容赦なく煽られて、立っていられなくなる。
悲鳴をあげているのは、この現象を初めて体験するオウルト人達だ。
理屈はない。
時間の観念すらなくしてしまう。
無限に続くのかという焦りと不安が沸き起こる。
だが、そうではない。
終わりはいきなりやってくる。
フッとかき消すように光が弱まると、反応が一気に収まる。
圧力が急激になくなり、体が軽くなった感じを覚える。
そして、静寂が訪れるのだ。
ブリッジにいる人間達は、それからゆっくりと顔を起こした。
一様に言葉を失って、呆然と立ち尽くした。
トリトンとジオネリアの姿は、もうどこにも見当たらない。
オペレーターが声を震わせながら、現状を報告した。
「重力波メーター正常値…。反応が…。消えました…。」
「空間転移…。これが…。」
ダブリスがうつろな声で呟いた。
時間が経つにつれて、パワーの凄さが実感となって伝わってくる。
「トリトンの力に比べたら、僕らの力は赤子以上に未熟だ…。」
特殊能力を秘めたラーク達は肩を落としあいながら噂する。
ダブリスは彼らに言い聞かせた。
「しかし、トリトンは悪い存在ではない…。我々は彼を信じなくては…。」
その間に、士官の一人がオリコドールに指示を仰いだ。
「艦長、我々はいったいどうすれば…。」
「待ってくれ。」
オリコドールは士官に応じると、ケインとユ−リィにわめいた。
「ロスト・ペアーズ! 早くこの手錠をはずせ!」
二人は呑気な態度で会話を続けている。
「なんか、丸く収まっちゃったわね…。」
「あの子のことだから、心配はいらないと思ったけど。」
「どうだか…!」
「ケイン、ユ−リィ!」
次に怒鳴りつけたのはゴードン部長だ。
二人とも、さすがに上司の声には素早く反応した。
「こっちの思惑を説明する。いわれた通りに手錠をはずすんだ!」
ケインが鼻をならしながら、言い返した。
「何ですか? その思惑って…。」
ケインとユ−リィは戸惑いながら、ようやく二人の手錠をはずした。
オリコドールは肩で息を吐くと、ゆっくりと説明しだした。
「トリトン・ウイリアムの拘束命令は、上層部から下りてきた通達だ。」
「上層部〜っ?」
ケインとユ−リィはぶっとんだ。
ロバートがかすかに反応した。
オリコドールの説明は続いた。
「銀河連合主席の片腕、アスコット元帥を中心とする上層部司令官側の命令だ。我々は従うしかないだろう。」
「それって変だわ。彼らは平和論者のはずでしょ? どうしてこんなことを…!」
ユ−リィが口をとがらせた。
オリコドールはかぶりを振った。
「だから始末に終えないのだ。彼らの思想は『争いの種は元から絶つ』。今回の事件は、すべてトリトン・ウイリアムから端を発している。彼を拘束することで、争いの根本が取り除かれ、反乱軍側との和平の道が開かれる。それが彼らが考えるシナリオだ。」
「勝手じゃない、そんなの!」
ケインがわめいた。
「それでだ。読めた…。」
ロバートが意味ありげに口をはさんだ。
「何なのよ、ロバート。」
ケインだけでなく、呆気にとられながら全員が見返した。