<ビローグGG>のブリッジは、二層構造になっている。
主な操作系統は一層目に集中している。
迎撃機能、航法オペレーター機能、そして、動力機関機能など、<ビローグGG>の具体的な操縦は、一層目に配属されたオペレーターの役割だ。
そして、二層目は、命令系統が集まっている。
艦長シートもこの二層目にあり、副長ら士官クラスの兵士が二層目に配置されていた。
二層目のスペースは、一層目の半分の広さしかない。
中摺りで張りついているような構造だ。
二層目の前方は吹き抜けだ。
そこからだと、下のブリッジの様子が、手にとるように見渡すことができる。
一層目と二層目のプリッジの境目をつなぐように、湾曲した大型フロントウインドウが広がっていて、その上部に、メインスクリーンが見下ろすような形ではめこまれていた。
前触れはなかった。
突然、メインスクリーンに、映像が飛び込んできた。
兵士達は驚愕した。
誰もメインスクリーンをいじっていない。
理解できない怪現象だ。
オペレーターの一人が悲鳴をあげた。
映像を切ろうと、手元のパネルを操作した。
しかし、映像は消えなかった。
兵士達は戦慄した。
彼らがどよめきをあげたのは、その直後だ。
すぐに、トリトンが二層目のブリッジに飛び込んできた。
兵士達は、映像に気をとられて、トリトンがやってきたことに気がつかない。
トリトンも我を忘れた。
大きく瞳を見開いて立ちつくした。
宇宙空間が映し出された。
かすかに輝く星空を背に、小惑星らしい岩肌が広がっている。
どこまでも暗く、冷ややかで荒涼とした光景。
大気もなく、生命の痕跡など、どこにも見当たらない。
暗闇で何も見えない世界。
だが、わずかな星の光と太陽の輝きを受けて、小惑星の岩石に含まれている鉱石が光を放つ。
岩肌の表面から突き出ている大岩に焦点が合うと、薄暗い光が幽鬼のように灯って、人影を映し出した。
手前に、白くて軽い物体が舞う。
それは純白の羽根だ。
ひきちぎられた無数の羽根が、人影を埋め尽くすように漂っている。
時おり、赤い水滴のような物体も目視できた。
それは、間違いなく血の雫だ。
すべては、その人影から飛び散っている。
地球人、一条アキ。
最高の力といわれる「ウラヌスパワー」を解放していた。
この時、彼女は大きな変化をとげる。
衣装がクリスタル・ブルーの透明なドレスに変化し、純白の大きな翼をその背に広げる。
天使、あるいは女神、伝説の妖精セイレーンにも似た優美な姿となる。
そのアキが、生贄にされたような無残な姿となって、一同の目に飛び込んできた。
純白の翼には、無情に何本もの杭が打ち込まれ、さらに、その杭から垂れた無数の紐のような物体が、がんじがらめに締め上げている。
アキの体はズタズタだ。
白い肌のあちこちを切り刻まれ、おびただしい流血の帯がある。
意識はない。
頭をがっくりとうな垂れ、乱れた長い紅髪が、むなしく宇宙の気流になびいた。
遅れてブリッジに入ってきた人間達も、一様に言葉を失った。
「アルテイア…。」
ジオネリアが息を飲む隣で、ロバートは歯を食いしばった。
「お姫さんの血祭りか…!」
さらに、トリトンの同僚達も、ブリッジに入ってきた。
「彼女は浮翼人だったの…?」
サリーが驚いている。
ティファナが叫ぶようにいった。
「アキは違うよ。でも、あれが本当のアキの姿なんだって。」
「本当の…?」
ラークが思わず表情を変えた。
三人の同僚達は、トリトンに視線を向けた。
だが、トリトンは何も答えない。
下を向いたまま、きつく顔を強張らせている。
すると、ふいに。
不気味な女の声がプリッジに響いた。
その声は憎むべき相手、ラムセス・クイーンだ。
「アルテイアはまだ生きている…。ただし、虫の息だが…。」
勝ち誇ったような、甘さを含む言葉で、平然と挑発した。
「アルテイアのシールドは、まもなく消滅する。あの岩場がアルテイアの墓場だ。アルテイアを助けたければ、ここに来い。くれぐれも急いだ方がいい…。」
その後、ラムセス・クイーンの哄笑が長く続いた。
耳障りでどこまでも不快な女の高笑い。
声はフッと途切れた。
同時に映像もゆっくりと消滅した。
その間際、アキの親友、レイコが悲痛な声で叫んだ。
「アキ、あんた、生きてんでしょ? 返事しなさいよ! あんたがやられちゃったら、誰が鉄郎を助けるの!」
その声はむなしくブリッジに反響した。
ショックを受けるレイコを、島村ジョーが無言で抱きとめた。
映像が消えると、元の暗いパネルにもどった。
重苦しい空気が流れた。
トリトンは静かに剣を握り締めた。
「輝け、ジェネラル・ロッド…!」
小さく呟くと、剣の先についているブルーのロッドが美しい光を放った。
「トリトン?」
ケインがトリトンの変化に気がついて声をあげた。
が、トリトンは構わない。
その場で力を解放しようとしている。
「何?」
トリトンの身内達が目を見張った。
トリトンは剣を頭上に掲げると、呪文を叫んだ。
ロッドの光を全身に浴びながら、トリトンは精神を集中させる。
みんな、息を飲んだ。
ロッドの輝きは波のオーラを作り出し、トリトンの体を一気に包み隠す。
呆気にとられていたジオネリアも、封印をはずした。
ジオネリアの体を、茨を模したグリーンのオーラが取り巻いて覆い隠す。
「これが変身か…?」
トリトンの話を思いだしたゴードンは、まぶしい光に手をかざしながら声を震わせた。
変身は数秒間で完了する。
波のオーラと茨のオ―ラ。
二つのオーラが消滅すると、トリトンとジオネリアは、古から伝わるアトランティス人の衣装に身を包み、人の前に姿を現す。
「これが、トリトンの本当の姿…。」
呆然と口を開いたのは、同僚の一人、ゼファだ。
「変身したというのか…。」
まだ半信半疑のオリコドールは、自分の目を疑って何度も目頭を押えた。
「ロディ…。」
ジョセフは絶望したように顔を伏せた。
傍らにいるダブリスは、わずかに身を引いた。
ダブリスは、四年前のトリトンを思い出した。
あの時も、トリトンは、今のような短裾の白い服と紅いマントを身につけていた。
トリトンは、その時の衣装を、遺跡の中で発見したと証言した。
だが、今の姿は、あの頃とまるで違う。
オリコドールが、ようやくトリトンに声をかけた。
「いったいどうする気だ…?」
トリトンは何も答えない。
かわりに、一層下のオペレーター達を見下ろすと、鋭い声を発した。
「今の小惑星の位置を調べろ!」
オペレーター達はギクリとした。
おどおどとした態度で、その中の一人が、トリトンに言い返した。
「恐れ入ります。あの宙域には、あの種の小惑星が無数に存在しています。それに、艦長権限外の質問に応じられません。どうか…。」
「下手なことをいうな! あの周辺は小惑星帯だ。山ほどあるのは当然だろ!」
「はいっ!」
進言したオペレーターは身を震わせた。
「いわれた通りにしろ。でなければ容赦しない…!」
「はいっ!」
オペレーター達は背筋を正した。
トリトンの強い口調に、オペレーター達は圧倒された。
彼らは素直にトリトンの命令に従い、アキが囚われた小惑星を測定しはじめた。
すべての権限を握るオリコドールでさえ、静止することを躊躇わせる。
通常なら、身勝手なトリトンの言動を抑制することができる。
しかし、変身後のトリトンには威厳と風格が漂う。
トリトン自身も気がつかないうちに、怒りの感情がトリトンの中に流れている王族の気質を押し出した。
押えられない高貴な風格が、周囲を威圧させ、意のままに従わせる。
測定は一分もかからない。
すぐに、主任オペレーターから回答がもどってきた。
メインスクリーンに、宇宙空間座標が表示された。
目的の場所に、小さな光点が点滅している。
「エグゼス、デスター値、アルファ40。小惑星タイプ、ベクターです。」
「わかりますか?」
ジオネリアが聞くと、トリトンは小さく頷いた。
「ここからだと距離はおよそ八千キロ。空間転移で行く。」
その時、突然、副官が叫んだ。
「これ以上、勝手なまねはさせん!」
副官は、トリトンに向けて銃を突きつけた。
ハッとしたトリトンは、反射的にジオネリアをかばう。
いきなり副官は銃を取り落とした。
副官に向けて銃を撃ったロバートが肩をすくめた。
「悪いな、発砲しちまって…。」
「スカラウ人め…!」
複数の士官が、ロバートに飛びかかった。
しかし、ロバートの巧みな格闘技にやられた。
「なめてもらっちゃ困る…!」
「待てっ!」
一方で、オリコドールとゴードンが飛び出した。
トリトンを止めようとした。
が、二人はケインとユ−リィに邪魔された。
七センチヒールの銀色ブーツを履いた足を、さりげなく横に差し出した。
二人の紳士は、ケインとユ−リィの思惑どおりに、ブリッジのフロアに派手に転倒した。
「ごめんあそばせ…。」
二人は、倒れた紳士達に、二コリと笑顔を向けた。
さらに、ブリッジのガードシステムが働いた。
操作したのは、オペレーターの誰かだ。
ビームレーザーが、彼らの頭上から降りかかった。
ダブリスとジョセフを、三人のスタッフ、ラーク、ゼファ、サリーがかばう。
残りの地球人メンバーのうち、島村ジョーと倉川ジョウ、そして、裕子が銃で応戦した。
トリトンは隙をついて下層のコントロールパネルに向けて、剣先をつきつけた。
すると、剣先から放出されたエネルギーが、コントロールパネルに命中した。
とたんに、パネルは火花を散らして沈黙した。
破壊されたシステムは、復旧されるまで、二度と作動しない。
「これが正しい電化製品の止め方だ!」
トリトンが声をあげると、地球人メンバー達は受けて絶賛した。
あっという間だ。
ロバートの発砲から全員が同時に動いて、それだけの事を一気にやってのけた。
「呆れた人達だわ!」
身を起こしたサリーは目を見張った。
「ケイン、ユ−リィ、いったい何のつもりだ?」
「放さんか、二人とも!」
オリコドールとゴードンは喚いた。
二人とも、後手に電磁手錠をかけられてもがいた。
ユ−リィはソフトな声で言い返した。
「ですから、お叱りは後からたっぷり受けますわ。そういってるでしょ?」
ケインが言葉を続けた。
「まだわからないの? キャリコやグラントは、あの女にやられたのよ。生身の私達じゃ、あの女に対抗できないわ。」
「お前達、この艦を乗っ取る気か?」
オリコドールがいった。
ユ−リィがムキになって反論した。
「そんなつもりはありません。でも、二人にはしばらくの間、じっとしてもらわなきゃ。」
「ロスト・ペアーズが反乱を起こした…!」
下層の兵士が蒼ざめた。
緊急用の通信に手をかける。
だが、ロバートが銃を向けて阻止した。
「バカなまねはよせ。もとは、そっちが強引に拘束しようとしたからだろ!」
「トリトン、早く行け!」
島村ジョーがトリトンに叫んだ。
トリトンはかすかに頷いて、その場から離れようとした。
しかし、ダブリスが叫んだ。
「やめるんだ、トリトン。行ってはいけない。今行けば、君は第一級の犯罪者だ。ジリアス・ラボは…。私はそうなることを望んでいない。」
「それでも、俺は行きます。」
トリトンは振り向かずにいった。
「そんなに、あの女が大切か?」
ゼファが鋭い声で問いかけた。
「自分の立場を捨ててまで…。君の母親は、君の反乱を知ったとたんに倒れた。それでも行く気か? そうまでして、あの女を守る価値がどこにある?」
トリトンは後を振り向くと、ゼファを睨みつけた。
ゼファはかすかに笑った。
「惚れた女のために何をしようと勝手だ。だが、僕らまで巻き込まれるのは迷惑だ。君の存在は、僕らにとって邪魔なだけだ。」
「ゼファ、本気でそんなことをいってるの?」
ティファナがたしなめた。
ゼファはティファナに言い返した。
「お前もトリトンと同類だな。元々、お前も異種の生命体だ。俺達とは相容れられないわけだ。」
「ひどいよ!」
「ゼファ。ティファナを侮辱するな!」
トリトンは鋭く見据えた。
呟くよう口調でゆっくりといった。
「何のために、みんながこんなに必死になってるか、わかるか? それは、俺のためなんかじゃない。鉄郎のために…。あの人の思いのために、みんなが、俺を行かせてくれようとしている…。鉄郎の心が、みんなをここまで動かしているんだ…。その鉄郎が、一番大切にしてる人がアキだ…。二人は、この人達にとって、かけがえのない人達だ…。いや、二人だけじゃなく、このメンバーの誰もが欠けちゃいけないんだ。」
「それが、あなたの本心ですか?」
ラークがトリトンに声をかけた。
トリトンはそれには答えず、自分の思いをひたすら強く訴えた。
「俺にとっても、かけがえのない人達だ。俺のことを誰よりも理解して、信頼してくれた…。その鉄郎に、俺は「アキを守ってほしい」と、お願いされた…。その約束は、ずっと守り続ける…。でも、それは、ここにいる人達が、俺にくれた大事なものへの恩返しだ…。だから、俺は行くんだ…!」
トリトンは言葉を締めくくった。
マントを翻して背を向けた。
「トリトン、君を止めることは、もうできない…。」
ダブリスは、トリトンにそっと声をかけた。
「すみません。ご迷惑をかけます。」
トリトンが静かに詫びると、ダブリスは小さく頷いた。
ダブリスの承諾の意志を感じ取って、トリトンはそっと感謝した。
「もう大丈夫ですね?」
ジオネリアが近寄ると、トリトンは視線を向けた。
「心配かけてごめん。」
「行きましょう。」
その声に、トリトンが頷こうとした時だった。
背後に感じた殺気に、トリトンは思わず足を止めた。
「ジョセフ!」
ダブリスが叫んだ。
ジョセフは、銃をつきつけたまま言い返した。
「止めないでくれ。」
「父さん…。」
トリトンは顔を伏せた。
閉じた瞼が悲しそうに揺れた。
「ウイリアム教授!」
「早まってはだめ!」
ケインとユ−リィが声をあげた。
ー父さん…。最後まで俺のことをわかってくれないんだね…。ー
トリトンは心の中で、何かが音を立てて崩れていくのを感じた。