16.決 起 1

 緊急非常用のサイレンが鳴り響く。
 トリトンは、気持ちをはやらせた。
 早く、ブリッジに行かなければ…!
 その思いが、トリトンの戦闘能力を高めていく。
 封印をはずすまでもない。
 気迫が、トリトンの精神と肉体を突き動かした。
 降りそそぐレーザーの雨をシールドで弾き返し、遮断する防御壁を、次々と突き破る。
 さらに、待ち構える殺人ロボットを容易く破壊する。
 トリトンは反逆者だ。
 殺されても仕方がない。
 <ビローグGG>のガードシステムは、実戦用のプログラムだ。
 だが、トリトンの激しい抵抗を、抑える効力はない。
 並みの兵士達は、怖気づいて引き下がった。
 それでも、攻撃してくる兵士に対して、トリトンは軽症を負わせながら前進する。
 トリトンの前に、一人の女が現れた。
 ともに戦い、過酷な死線を潜り抜けてきた女。
 ロストペアーズの一人、ケイン・ユノア。
「どういうこと? このままじゃ、あんたは実刑を食らうわよ!」
 銃を構えながら、ケインは厳しい死線を向けた。
 トリトンは固い表情で言い返した。
「それでも構わない。俺の与えられた居場所、俺はそこに行かなくては…!」
 トリトンも銃を突きつけた。
「君でも容赦できない。」
「それはお互い様。私も容赦しないわ。」
 トリトンは微弱ながらオ―ラを放出した。
 ケインの指がトリガーにかかった。
 その時。
 もう一人、二人の背後から女の声が聞こえた。
「やめて!」
 ケインとトリトンは呆然とした。
 その声は、ケインの相棒。
 ドロイドといえど、普通の女の感情を持つ人間=B
 ユ−リィ・ネイファだ。
「ユ−リィ、あんた、復活したの?」
 ケインが驚いていると、ユ−リィは笑顔を浮かべた。
「間に合ったわ。いいところで、私の出番がなくなるところだったじゃない。」
 ユ−リィの元には、チームメイトのムギもいる。
「再会を喜んでる場合じゃないわよ。」
 ユ−リィはそういって表情を引き締めた。
「ユ−リィ…。頼むよ。俺を…。」
 トリトンが銃口を向けると、ユ−リィは軽く顎をしゃくった。
「こっち。そんなところに突っ立ってると、また攻撃を食らうわ!」
 トリトンは言われる前に、体を反転させて攻撃をかわした。
 そのまま転げながら、ユ−リィがいる死角にたどりつく。
 一方で、ケインも移動して、ユ−リィの横についた。
「どういうつもり? トリトンをかばうの?」
「当然…。」
 ユ−リィは胸を張った
「私の仇も討ってもらわなきゃ…。でしょ?」
「俺に味方したら、ユ−リィやケインまで…。」
 すると、ケインが苦笑した。
「心を読まれちゃったみたいね…。本気じゃないって、見透かされてるし…。」
 ケインはトリトンを見つめた。
「ロバートも行けっていったんでしょ? その銃、鉄郎に届けろって…。」
 トリトンが夢中で構えた銃に、ケインの視線が向けられた。
 トリトンは思わず目を丸くした。
「この銃、構える気がなかったのに…。」
「銃は立派な相棒よ。あなたが鉄郎の意志を引き継ごうとしているから、銃の方があなたに応えてくれるのよ。」
 ケインがそういうと、トリトンは小さく頷いた。
「うん…。これは鉄郎のお父さんの銃だって…。俺には撃てないよ。重すぎて…。」
 トリトンは丁寧にグリップを撫でながら、銃をスペースジャケットのベルトに差し込んだ。
 ユ−リィがいった。
「私達の任務はあなたの護衛。そして、今回の事件の真相をつきとめること。戦うことじゃないわ。」
 ケインも言葉を続けた。
「言葉を封じちゃったことは許せないけど…。かわいい男の子は守ってあげなくっちゃ♪」
「あれはプロテクト≠チていって、外部にもらしたくない情報を、口外できないようにしちゃうんだ。」
 ユ−リィとケインは申し合わせたように、トリトンを緊急避難用の通路に案内した。
 非難通路は横に伸び、複雑に曲がりくねっている。
 幅も狭く、人一人がようやく通れるほどだ。
 たいした装備もなく、メイン通路を突っきるよりも、はるかに安全だ。
 この通路は、非常用以外は、ほとんど使用されない。
 だが、ガードシステムが働いている今、この時が非常時だ。
 メイン通路をはずれ、緊急任務に急ぐ兵士が利用することは十分にありえる。
 そこで、ケインとユ−リィは、さらに経路を選択した。
 上層に向かうために、配管の通気口に入りこむ。
 ハッチをこじ開け、ケイン、ユ−リィ、ムギ、トリトンの順に、暗い穴の中を進んだ。
「ここならもっと安全でしょ?」
 サーチライトを照らしながら、ケインはトリトンにいった。
「まともにガードシステムの中を突っ切ったりしたら、蜂の巣になっちゃうわ。」
「感謝するよ。」
 トリトンが言い返した。
「それにしても、たいしたものね。あの警戒厳重の中を、無傷で突破するなんて。」
 ユ−リィがそういうと、トリトンは肩をすくめた。
「もう夢中だったから…。」
「簡単にいわないで。トリトン、ブリッジに行く目的は…?」
 ケインが聞くと、トリトンがいった。
「ラムセスが来る。そう感じたんだ。」
「大事な勘ね。」
 ケインは、また別の空間に入り込んだ。
 それまで横に伸びていた配管が、今度は垂直に伸びている。
 腹ばいになり、匍匐前進で進んでいた彼らは、その空間に入ってようやく立ち上がった。
 そこは広い空間になっていて、三人が体を寄せ合うと、並んで立つことができる。
「この上を上ると、ブリッジの前にたどりつくわ。」
 ケインがいった。
「登れるでしょ? 簡単な手懸りがついてるけど。」
 ユ−リィが首をめぐらすと、トリトンは大きく頷いた。
「ああ。ケインとユ−リィが先に行ってくれ。後からついていく。」
「さあ、ムギの出番よ。お待たせ!」
 三人は、出てきた通気口の方に、もう一度、戻って空間の場を空けた。
 ムギの体格では、一緒にその場に出て行けない。
 通気口の先の入り口で待機していたムギは、縦方向の通路に出てくると、体を伸び上がらせた。
 横の壁にピタリとへばりつき、飼い主の二人の美女が出てくるのをじっと待った。
 ムギの爪は、金属にも食い込み、逆さでもしっかりととりついて走れる能力がある。
 ムギの背にケインとユ−リィがしがみついて捉まると、ムギは垂直の壁を平然と駆け上っていった。
 わずかに時間を置いて、トリトンが、また空間に出てきた。
 そして、ためらうことなく、大きくジャンプした。
 手懸りを踏み台にして、三段飛びのようにして、ムギの後を追いかける。
 その速さは一瞬だった。


 ブリッジの前の通路が騒々しくなった。
 トリトン・ウイリアムの姿が途中で消えた。
 艦内のすべてを調査したが、どこにもいない。
 モニターにもひっかからないし、センサーも反応しない。
 当然、船外にも出ていない。
 <ビローグGG>の乗員達が集合し動揺した。
 しかし、怪しい点もあった。
 トリトンを説得しに行くと、離れたケインも、一緒に消えてしまった。
 悪い予感を走らせたのが、上司のゴードン部長と、艦長のオリコドールだ。
「まさか、彼女が、トリトン・ウイリアムをかばっていると…?」
 オリコドールが、居合わせたゴードンに話しかけた。
 ゴードンはかぶりを振った。
「部下としての指導を怠った。申し開きができない。」
「あなたのせいではありません。」
 ゴードンに言い返したのは、トリトンの父親、ジョセフだ。
 ジョセフはいいながら、銃の手入れをしている。
 共に行動しているダブリスが目を見張った。
「ウイリアム、早まるな!」
「息子の暴走を止めるのは、親の義務だ…。」
「銃はやりすぎだ。それでも…。」
「安心してくれ。念のためだ。君に迷惑をかけるようなことはしない。」
 ジョセフの発言に、ダブリスは何も言い返せない。
 銃を持つことは違法ではない。
 それよりも、ジョセフの心情を思うと、ダブリスも複雑な面持ちになる。
 と、そこに、地球人メンバーが、ジオネリアやティファナとともに駆けつけてきた。
「戻りたまえ。ここは、君達が来る場所ではない。」
 オリコドールが、事務的に警告を発した。
 しかし、ロバートが跳ねつけた。
「そうはいかない。」
 ロバートは、オリコドールをどかせると、向こうにいたジョセフに詰め寄った。
「どういうつもりだ? 自分の息子が、あのトラップに引っかかって、死んじまってもいいのか?」
「無理だとわかれば引き返せばいい。あれも、そのくらいの分別はつく。息子の方に否があります。戒めを受けるのは、ロジャースの方だ。」
「ご立派な方だ!」
 ロバートは怒りを込めて、ジョセフに言い返した。
「本気でそんなことを…。彼は、自分の気持ちを偽っているだけです。」
 ジオネリアが訴えた。
 しかし、ジョセフは何も答えなかった。
「君達は、どうしてここまで来た?」
 ゴードンが尋ねると、島村ジョーがいった。
「途中で脇の通路にそれた。それまでは、トリトンが破壊してくれていたおかげで、無事に進むことができた。」
「なるほど。」
 オリコドールは軽く頷いた。
「たとえ、君達であっても、私の命令には従ってもらう。今すぐ、居住区に戻りたまえ。話はそれからだ。」
「艦長、あんたも、所詮は体制側の人間か!」
 倉川ジョウが言葉を吐き捨てた。
 その時、異様な振動を感じた。
「何だ、これは?」
 ロバートが叫ぶと、オリコドールは顔をしかめた。
「ここは最上階だ。こんな振動はありえない。」
 一同はいぶかしむ。
 とたんに、一同の頭上から衝撃が降ってきた。
 鈍い音とともに、黒煙が立ち込める。
 舞い上がった埃が視界を遮った。
 全員が呼吸困難を起こして、激しく咳き込んだ。
 しばらくして、周囲の視界が少しずつ晴れてくる。
 落ちついてから顔を起こすと、一同は唖然とした。
 埃まみれで全身を汚したケインとユ−リィ、それに、汚れていても区別がつかない黒い獣、ムギを発見した。
「何をしている、お前達!」
 髪を逆立たせるゴードンに、ユ−リィがにっこりと笑顔で返した。
「お叱りは後で受けますわ。」
「オリコドール、あんた、もう少しまともに艦内清掃をやって起きなさいよ! いい女がだいなしよ!」
 ケインがわめいた。
「トリトン・ウイリアムはどうした?」
 オリコドールが声を荒げると、ケインは軽く肩をすくめた。
「もう少し、後から来るでしょ?」
「何…?」
 オリコドールの顔がひきつった。
「考えたな、配管を利用するなんて。」
 ロバートが声をかけた直後だ。
 ムギが蹴破った天井の穴から、トリトンが身軽に飛び出してきた。
 トリトンの全身もかなり汚れている。
 床に着地して、思わず悲鳴をあげた。
「うわっ、俺の身内ばっか…!」
「トリトン、どういうことだ?」
 ダブリスが厳しい口調でいった。
 すると、トリトンはにこやかに返した。
「艦内清掃をしてました。」
「冗談はたいがいにしろ!」
 ジョセフが叱りつけたが、トリトンは父親を無視した。
「人騒がせはやめてもらおう。部屋にもどって、シャワーでも浴びたまえ。」
 オリコドールが、トリトンを睨みつけたが、トリトンは後に引かない。
「残りはブリッジだけです。ここの清掃がすめば、部屋にもどります。」
「ここは立ち入り禁止だ!」
 オリコドールが遮る前に、ブリッジの方から、兵士のどよめきが聞こえた。
「いったいどうした?」
 オリコドールが叫ぶのと同時に、ジオネリアがトリトンに命じた。
「トリトン、扉を突き破って。早く!」
 トリトンは急いで精神を集中させた。
 すると、構えた右手に光が生まれた。
 光の中から現れたのは、オリハルコンの剣だ。
 剣の感触を感じた瞬間、トリトンは鞘から剣を抜き取った。
 光と熱を発する剣先で、扉を切りつけて破壊する。
 激しい剣の反応に、一同はたじろいで後退した。
 その間に、トリトンはブリッジに飛び込んだ。
「くそっ。」
 オリコドールが舌打ちしていると、ジオネリアが厳しい声で言葉を告げた。
「押し問答をしてる場合ではありません!」
「入るわよ、私達も! ただ事じゃないわ!」
 ケインが声高にわめいた。
 オリコドールもそれ以上の阻止を諦めた。
 何かがブリッジで起こっている。
 それを確かめる方が大切だ。
 全員が吸い寄せられるように、ブリッジの中に飛び込んだ。
 そこで、彼らは衝撃を受けて立ち尽くした。
 ブリッジでは想像もできないような現象が、確かに起きていた。