「俺の居場所は…。」
トリトンは、声を震わせる。
ジョーが口を開いた。
「こいつは意識をなくしたように見えるが、本当はそうじゃない…。今も、しっかりと生きている…。生きて、目の前にある可能性を、“こいつ”は自分から求めている。俺達と一緒にな…。」
ジョーは語気強く迫った。
「応えてやれるか? この鉄郎の思いに…!」
トリトンは頷いた。
しだいに、トリトンの瞳に強い光が満ち始める。
そして、力強い言葉で返した。
「ジョー、ありがとう…。俺は今から自分の居場所を見つけにいく…。俺も、目の前にある可能性にかける…!」
ジョーは静かに頷いた。
トリトンは、首から下げていたロケットをはずした。
「これは…。」
ジョーは目を見張る。
トリトンは照れたように俯いた。
「こんな役ばかり頼んで悪い…。本当は、俺自身で渡したいんだけど、それができないから…。アルディに…。大切な彼女に…。」
「渡せばいいんだな…?」
ジョーが言葉を継ぐと、トリトンは頷いた。
「俺が見てきた異世界のデーターがその中に入ってる…。父さんの代わりに調査したつもりだ…。喜んでもらえるかどうかわからないけど、それが精一杯の気持ちだ…。」
「そうか…。」
ジョーはロケットを受け取った。
その時、部屋の外で物音がした。
トリトンとジョーは鋭い視線を送った。
兵士に感づかれたと思った。
ジョーは銃を構えて、棚の影に身を隠した。
そして、トリトンを促した。
「行け…。」
トリトンは頷き返すと、急いでジョーの側を離れた。
一目散に非常階段を駆け上る。
が、それより早く、倉庫の扉が開いた。
「待て…!」
ジョーは目を見張った。
動きかけたトリトンも、足を思わず止めた。
進入してきたのはロバートだ。
「ロバート…?」
ジョーは気を緩めると、棚の奥から姿を現した。
トリトンもまた階段の下に降りてきた。
倉庫の明かりがつけられた。
スイッチをいじったのはジオネリアだ。
「二人ともどうして…。」
トリトンは呆然とする。
ロバートがいった。
「俺が彼女に頼んだ。まだ居住区内に潜んでるって、いってくれたからな。外の追っ手はこっちが防いだ…。」
「追っ手…。やっぱり感づかれているのか…。」
島村ジョーがいうと、ロバートは肩をすくめた。
「覚悟の上だろ?」
トリトンは固い表情で頷いた。
ジオネリアは悲しそうな表情を浮かべ、すっと顔を伏せた。
ジョーはジオネリアを気にしたが、何もいえなかった。
ロバートは、鉄郎の装置に視線を向けた。
「鉄郎がどうして…。まあいい…。」
いいながら、鉄郎の銃をトリトンの前に差し出した。
「これをレーサーさんに渡しそびれた…。トリトン、お前がこれを持っていけ…。」
「“シリアルナンバー2”を…?」
トリトンは驚いた。
ロバートは頷くと、言葉を続けた。
「この銃、そう呼んでるが、元は鉄郎の親父さんが、鉄郎の形見に残した銃だ…。勝手に、鉄郎が改造しちまったけどな…。」
「それで、鉄郎さんは、この銃を…。」
トリトンは、うつろな口調でいった。
ロバートは、さらに言葉を重ねた。
「俺も、元のこの銃で何度も守ってもらった…。だから、俺の手にも馴染んでくれるんだ…。鉄郎も、この銃に対しては格別な思いを抱いている…。トリトン、お前さんはまだ幸せだ…。唯一の遺品が、こんな冷たい銃だけのやつよりはな…。」
トリトンは言葉をなくした。
「その銃があることで、お姫さんの励みにもなる…。渡すのはお前だ…。」
ロバートがそういうと、トリトンはかすかに頷いた。
「わかった…。」
「トリトン・アトラス…。」
ジオネリアが呼びかけたが、なぜか、後の言葉を飲み込んでしまった。
トリトンは笑顔を浮かべると、ジオネリアに言い返した。
「心配しないで。俺の居場所は、ちゃんと見つけてあるから。ジオネリア、後から来て…!」
トリトンはその言葉を最後に、タラップを駆け上がっていった。
トリトンの姿が消えた後で、ロバートがジョーにいった。
「外で、あんたの奥さんが心配そうに待ってる。行ってやれよ…。」
「レイコが…?」
ジョーが聞くと、ロバートは頷いた。
「トリトンの奥さんも一緒だ。説明してやってくれるか?」
「彼女が…。トリトンのやつ、それを知ってて…。」
ジョーがそういうと、ジオネリアは、かすかに頷いた。
「はい…。トリトン・アトラスは、それでも彼女に会いたいと、いいませんでした…。」
ジオネリアが何を思っていたのか、ジョーはようやく気がついた。
頷くと、言葉を返した。
「わかった…。彼女と話すことがある…。俺が行きます…。」
ジョーは言い残して倉庫を出て行った。
ジオネリアも続こうとすると、ロバートがジオネリアの手を掴んだ。
引き止められたジオネリアは、驚いてロバートを振り返った。
「どうしたのですか?」
「相当、思い悩んでいらっしゃるようなので…。大丈夫ですよ。トリトンのことは心配いりません…。」
「ええ…。」
ジオネリアは曖昧に頷いた。
ロバートは、固い表情でジオネリアを見つめた。
「恋煩いですか…? あの坊やに…。あなたの眼差しは、ただの弟のような奴を見るようなものじゃない…。恋人を見つめる眼差しのようだ…。」
「私は…。」
ジオネリアが言葉を返そうとすると、ロバートはかすかに笑った。
「あなたは、お姫さん以上に報われないと知っている…。もったいない…。それだけの美貌でいて、責任だの使命だの縛られて、人生を送るだけなんて…。」
「いえ、私は…。」
「せっかく女として生まれ変わったんだ…。男を偽りすぎて、女心を忘れてしまったなんて、寂しいことはおっしゃらないでくださいよ…。」
「お気遣い、どうも…。」
ジオネリアは艶やかな声でいった。
ロバートはフッと笑った。
と、ジオネリアは何かを感じて、表情を一気に変えた。
「この気は…。ラムセス…!」
「もどってきやがったか…。あの化け物女…!」
ロバートがそういうと、ジオネリアは目を見張った。
「わかるのですか? あなたは…。」
「いけ好かない奴の気はね…。」
ロバートは口を開くと、ジオネリアにいった。
「お伴しますよ…。」
ジオネリアは頷くと、ロバートに伴われて倉庫の外に飛び出した。
その少し前…。
先に廊下に出たジョーは、アルディをかばうように立っているレイコ、倉川兄妹がいるのに驚いた。
「お前ら…。」
「アルディがね…。話してほしいって…。全部…。」
「それで、話したのか?」
レイコの言葉に、ジョーはびっくりした。
相手は、来月、臨月を迎える予定の妊婦だ。
精神的な不安を与えられないことは、誰でも考える。
アルディに、真実を打ち明けるということ。
それは、トリトンのアトラリアでの素顔を明かすことになる。
場合によっては、トリトンは、アルディのもとに戻れないことも示唆している。
しかし、アルディ自身が口を開いた。
「私が、皆さんに無理をいったのです…。皆さんは聞かないほうがいいとおっしゃいました…。でも、私は、どうしても知らなくてはいけません…。」
「今のところ、奥さんの体調は大丈夫みたいだけど…。」
裕子がいった。
「そっちは何をやっていた?」
倉川ジョウが追求すると、島村ジョーはかぶりを振った。
「いや…。実は…。トリトンからこんなものを預かりました…。」
そういって、ジョーは、アルディにトリトンのロケットを見せた。
「その中に、アトラリアのデーターがあるとか…。父親に渡したかったみたいですよ…。」
アルディはロケットをそっと受け取ると、自身の首から下げているロケットを一同に見せた。
それは、まったく同じ形のロケットだ。
アルディがいった。
「これは、“リミゴール・ベル”といいます…。私達の地方に伝わる習慣です…。スカラウでは、結婚の時、披露宴というパーティーを行うと聞きました…。でも、私達の世界では、そういう習慣はありません…。役所に届けを出すだけです…。そのかわりに、お互いの心を交換するために、このペンダントを相手に差し上げます…。」
「ようするに、結婚指輪と同じ意味があるのね…?」
レイコが口をはさんだ。
「じゃあ、トリトンがそれを返したってことは、まさか、アルディと…。」
裕子はいいかけて、言葉を飲み込んだ。
しかし、アルディ首を横に振ると、静かな声で言い返した。
「いいえ…。ここにもどってくるということだと思います…。お義父さまに渡すということは、関係を修復したいということですから・・・。」
「俺もそう思ったよ…。」
ジョーがいった。
アルディはジョーを見返した。
「お願いがあります…。もし、ロディにまだ伝えることができるのなら…。私はいつまでも待っていると伝えてください…。もし、アトラリアという場所に行くことになるのなら、私も一緒に行きます…。そうでなければ、行かせてあげられないと…。お願いします…。」
ジョーは言葉をなくした。
アルディの純粋な思いはどこまでもまぶしく、ジョーが代わりに答えられる言葉は、容易に見つからなかった。
すると、レイコが微笑みながら静かに口を開いた。
「アルディさん…。その言葉は、トリトンに届いているはずよ…。彼は、人の思いを感じとることができるから…。」
「はい…。」
アルディは頷いた。
と、その時、倉庫の扉が勢いよくスライドした。
中から、ジオネリアとロバートが飛び出してくる。
地球人メンバーはひっくりした。
「どうした?」
「来ました…。ラムセスです…!」
ジョーコンビは、一気に緊張を走らせた。
レイコも裕子も、気を引き締める。
「場所はブリッジらしい。」
ロバートが言葉を継いだ。
「俺も行く…!」
倉川ジョウが真っ先に反応した。
「アルディを見てやってくれ。裕子、レイコ!」
ジオネリアとロバートが通路を駆け出すと、倉川ジョウも後に続いた。
「おい!」
島村ジョーが呼びかけた。
しかし、走りだした人間の足は止まらない。