15.決意への序章 5

 2ヵ月後、ジョーは街をふらついていた。
 この間に、また、学校に行かない習慣が身についた。
 学校に戻ることを田辺から勧められても、ジョーは耳をかそうとしなかった。
 ならば、田辺の家が、本当の居場所になるのか…。
 確かに、落ち着いていられる場所ではある。
 だが、それも違うと、ジョーは感じていた。
 では、自分にとってふさわしい居場所とは…。
 ジョーは、怪我のリハビリをかねて歩き出すうちに、もっと違う世界を見てみたいと思うようになった。
 しかし、それがどこにあるのか、どこに行けばいいのか、ジョーには思い当たらない。
 変わりたいと思いながら、どうすれば変わることができるのか…。
 答えが見つけられないまま、ジョーは空しい日々を送りつづけた。
 そんなことを考えていると、知らない間に街に足が向いた。
 空虚な心を癒すのは、街の一角にある廃墟ビルだ。
 さびれているが、なぜか、懐かしく感じられる場所…。
ー俺はまた、あの暗闇を望み始めているのか…。ー
 その感情に嫌悪しつつも、ジョーは、そこから離れられなかった。
 封鎖してある出入り口を飛び越えて、ジョーは、ビルの中の階段を駆け上る。
 そして、屋上から街の眺めを見下ろした。
 街の中に埋もれていると、つい、見過ごしてしまう雑踏の世界。
 けれども、上から見下ろすだけで、世界が開けたような感覚をジョーは味わう。
 これからの行き場は、まだわからない。
 しかし、ジョーが切望するのは、この絶景のような広大な世界だ。
ー必ず見つけてやる。“俺の世界”を…!ー
 ジョーは強く思いを刻んだ。
 そうやって、ぼんやりしていると、ジョーは聞きなれない音を聞いた。
 いや、ジョーはかつて、その音を聞いたことがある。
 乾いた金属音。
 銃声だ。
「なぜ、こんなところで…!」
 間違いなく、銃声は下の階で響いた。
 銃で思いつくのは、ヤクザか犯罪者か、黒い疑惑に汚れた連中だ。
「まさか、ここはヤクザの溜まり場か…?」
 ジョーは気持ちを引き締めると、緊張しながら下の階に下りていった。
 銃声は、さっきの一発の後に、もう一発、聞こえた。
 それと同時に、複数の人間の靴音も響いてきた。
 やばいと思った。
 まさか、抗争の現場に遭遇してしまうとは。
 ジョーは舌打ちした。
 慎重に階段を下りていった。
 壁に身を寄せて気配を窺った。
 銃声はさらに、もう一発、響いた。
 その音はさっきよりも近い。
「くそっ…。」
 ジョーは上の階に逃げようとした。
 上りかけた時、下の方から激しい息使いとともに、誰かが必死に駆け上ってくる。
 踊り場まで後退すると、手すりの陰に身を隠した。
 そこから下の様子を覗いて、ジョーは驚いた。
 上に駆け上ってくる人影。
 それは、ジョーと同年代の少年だ。
 しかも、その少年とは面識がある。
 ジョーは立ち上がると、少年に呼びかけた。
「星野…!」
「島村…?」
 上を見上げた少年は、知り合ったばかりのジョーを確認して目を見張った。
 少年、いや、2ヶ月前に知りあったばかりの鉄郎に、ジョーは訊ねた。
「お前、なぜ、ここに…!」
 が、踊り場にやってきた鉄郎が、右手に握っている銃を見つけて、ジョーは声を震わせた。
「銃を、撃ったのは…。お前か?」
 鉄郎は私服姿だ。
 それだけを見れば普通の少年なのだが。
 荒い息を吐きながら、鉄郎はジョーに言い返した。
「逃げろ…。やばい…!」
「逃げろっていっても…。来い!」
 ジョーは機転を利かせると、鉄郎を廃墟の奥に誘った。
 鉄郎は、迷わずにジョーに従った。
 二人は、一緒に走り出して、ビルの一室に立てこもった。
 そこは、複数の部屋が廊下に並んでいて、見分けがつかない。
 扉を閉めると、その辺に置き去りになっていた事務デスクを、ジョーはひきずって運んだ。
 そして、扉の前にバリケードを作ると、部屋の中央に放置されていた、もう一つのデスクの影に身を潜めた。
 鉄郎は、デスクの影で身を崩した。
 左肩をかばうと、何度も呼吸を繰り返して、気を落ち着かせようとした。
 ジョーはその姿を眺めながら、鼻をならした。
「お前は、ヤクザの坊ちゃんだったのか?」
「ちょっと違うけど…。でも、似たようなものかな…。」
 鉄郎がかすれた声で答えると、ジョーはかぶりを振った。
「なぜ、逃げてる?」
「追われてるんだ。ボディーガードに…。家から逃げ出そうとしたら、たちまち殺しにかかってくる…。」
「どんな連中だ…。」
 ジョーはついていけないと思いながら、囁くような声で質問を重ねた。
「その銃、お前のか…?」
 すると、鉄郎は肩をすくめた。
「まさか…。ボディーガードの持ち物を拝借した…。追っ手は三人…。一人、さっき“やった”から、残りは二人…!」
「“やった”って、まさか…。」
「来た…!」
 ジョーの言葉は、鉄郎の声で遮られた。
 扉ががちゃがちゃと振動する。
 鉄郎は、銃をぎゅっと握りしめた。
 横にいたジョーは、鋭い視線を扉に向ける。
 二人は神経を研ぎ澄ました。
 やがて、扉が乱暴に開かれる。
 と、同時に銃弾が一発、打ち込まれた。
 鉄郎とジョーは首をすくめて、銃弾から身を守る。
 瞬間、鉄郎が素早く動いたのを感じた。
 ジョーはハッとした。
 鉄郎は身をサッと乗り出すと、容赦なく銃を構えて発砲した。
 とたんに、男が呻く声があがった。
 その後、複数の人間の靴音は、すぐに遠ざかった。
 人の気配が消えると、静寂がもどってきた。
 鉄郎はまた身を崩すと、デスクの影にへたりこんだ。
「立ち去った…。」
 呟くと、グラリと体を揺らせて倒れこんだ。
「おい、星野…!」
 ジョーが慌てて鉄郎の体を支える。
 しかし、鉄郎の意識はすでに失われていた…。

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 鉄郎は意識を取り戻した。
 ガバッと起き上がると、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
「ここは…。」
 鉄郎は、ベッドの傍らに立つジョーを見返した。
 驚いた様子で、ジョーに聞いた。
「ここ、君の家か…?」
「家じゃないが、やっかいになってるところだ。」
 ジョーは他人事のようにいった。
「だめだ、ここにいちゃ…!」
 鉄郎は慌ててベッドから飛び起きようとした。
 と、その時、血の気が引いて、鉄郎はベッドにまた力なく倒れこんだ。
 ジョーはいった。
「大人しくしてろ。お前、過労でぶっ倒れたんだ…。病院に連れて行こうとしたが、足がつくとヤバそうだったから、とりあえず、ここに連れて来た…。」
「どうして、俺を…。」
 ベッドに横になりながら、鉄郎は聞いた。
 ジョーは、頭をかきながらぼそりといった。
「お前には借りがある。まあ、これでチャラだけどな…。」
 ジョーはベッドの脇のデスクの上にある銃に手をのばした。
 それは、鉄郎が持っていた銃だ。
 ジョーは銃を持ち上げると、しげしげと眺めながらいった。
「豪勢だな。坊ちゃんのサバイバルゲームは、本物の「弾き」を使用するのか…。」
「それ、まだ安全…。」
 鉄郎がいいかけると、ジョーはにやりとした。
「安全装置だろ? ちゃんとかけてある。こんなところで暴発させるわけにいかないだろ…。」
「君は、銃を扱ったことがあるのか?」
 呆然とした鉄郎に、ジョーはさらりと返した。
「何度か触らせてもらった…。けど、お前の方がもっとやばい・・・。人を撃ったんだからな・・・。」
 ジョーは銃を元の場所に置いた。
 鉄郎はすっと壁の方に寝返ると、ジョーの方に背中を向けて言葉を返した。
「織野はそういうところさ…。警察組織、司法に官僚…。さらに政治家…。あらゆるところに根回しがいきとどいてるから、けっして罪に問われない…。家の中には、武器庫のように銃や真剣が保管されてる…。人殺しくらいやっても何ともないって…。そんな噂まである…。」
「不公平だ…。」
 ジョーは、ぽつりといって口を閉じた。
 鉄郎は、ジョーの不満そうな呟きに驚いた。
 その時、部屋に田辺が入ってきた。
 鉄郎は慌てて首をめぐらした。
 人のよさそうな、初老の男の顔を見つめると、鉄郎は表情を翳らせた。
「あなた、島村の…。ご迷惑をおかけしました…。」
「保護者代わりの田辺です。」
 田辺は穏やかな声で自己紹介した。
「君のことは、いろいろと聞いているよ…。相当、無茶をやってるみたいだね…。君には充分な休息が必要だと、医者から厳しくアドバイスを受けた…。私のところはいいから、ここでゆっくりと養生していきなさい…。」
「そんなわけにいきません…。俺がいると、皆さんに迷惑をかけるだけですから…。」
 鉄郎は半身を起こした。
 体が傷むのか、鉄郎は顔を歪めた。
 田辺は優しく手を差し伸べて、鉄郎をベッドにもどした。
「その体で起きても、また倒れるだけだ…。君は体にも傷を負っているんだろ? まだ、治りきっていないのに無茶をしすぎだと医者はいっていた…。よかったら、話してもらえないか? 何があったのかね…?」
「いえ、別に…。」
 鉄郎は顔をそむけた。
 ジョーが肩をすくめた。
「お前、俺の前だと、あんなにベラベラと喋ってたくせに…。」
「ジョー、いい。」
 田辺はスッと身を引いた。
「この子のことを頼んでいいかね?」
「でないと、こいつ、何をやらかすかわからねぇよ…。」
 田辺は頷くと、部屋を出て行った。
 部屋にはジョーと鉄郎の二人っきりになった。
「あの人、島村の親父さん…?」
 鉄郎が聞くと、ジョーは小さくかぶりをふった。
「そんなわけないだろ…。俺はあの人に引き取られた…。俺は施設で育った…。親はもとからいない…。」
「そうだったのか…。ごめん…。」
 鉄郎は視線を落とした。
 ジョーは自身のことには触れずに、鉄郎を見返した。
「お前の方に驚かされる…。銃で打ち合うのはヤクザの抗争だけかと思ってた…。結局、サッカーもやめたんだろ? そんなことで、お前は、居場所が見つかるのか…? いったい、何があった…?」
 鉄郎は視線を落としたまま、ジョーにいった。
「サッカー、やめたこと…、知ってるんだ…。」
「外野の俺の耳にも入るくらいだ…。学校じゃ、大事になってるだろ…。」
 ジョーが言葉をそえると、鉄郎は小さく頷いた。
「うん…。」
 呆れながら、ジョーは鉄郎に問いかけた。
「そんなに親の仇を討つことが大切か…?」
 鉄郎はかすかに息を飲んだ。
 表情が一瞬、固くなった。
 だが、思い直したように表情を緩めると、ゆっくりと口を開いた。
「俺の仇だけじゃないよ…。俺は、自分を試したいんだ…。」
「お坊ちゃんになりきるってか…?」
 ジョーは皮肉をこめて返した。
 鉄郎はかすかに笑って自嘲した。
「柄じゃないのは解かってる…。でも、俺にできることは今はそれだけだ…。嘲笑うやつらを見返して、俺は少しでも、今の環境で自由を手に入れたい…。それには、どうしても上を目指さなきゃ…。ここのところ、ずっと根を詰めていろんなことを学ぼうとしてた…。睡眠もほとんどとれていないし、休息もしていない…。でも、やっと、今日、予定が空いたんだ…。家で寝てればよかったんだけど、なんか、それももったいない気がして…。フラリと散歩に出かけようとしたら、銃を持った連中に追っかけられた…。それで、どうにか逃げ込んだ場所が、あの廃墟ビルだ…。」
「ぶっ飛びすぎだ、お前の環境…。それで、警察もあてにならないんじゃ、テメェで身を守れってか…。」
「そうだよ…。そのために、銃の訓練もちゃんと受けた…。出来ると思っていた…。いや、やってやるって思っていた…。だけど、人間って、限界があるんだな。どうしても…。」
「スーパーマンじゃない。人間は…。」
 ジョーは首をすくめた。
「なぜ、そうまでして、お前が狙われる? お前のことを邪魔に思うやつがいるのか?」
 鉄郎は小さく頷いた。
「たぶん…。でも、結局、命令したのは誰かはわからない…。俺は家にもどると怒られる。“だから、用もないのにうろつき回るな”って…。指定された所以外は、出歩かないように、いつもいわれる…。たぶん、襲われたのはその見せしめだ…。」
「陰険な場所だ…。」
 ジョーはそうしかいえなかった。
 今度は、鉄郎がジョー言い返した。
「そういえば、島村は、また学校を休みだしただろ? そんなに嫌か? 学校が…。」
「面白くもねぇところに行きたくないだけだ…。」
 ジョーは投げやりな口調でいった。
 鉄郎は首をかしげた。
「人の価値はそれぞれだし、俺と同じ価値を持てとはいえないけど…。俺は、そんなに悪いところには思わないよ、学校ってとこ…。」
「お前のような優等生は、そう思うんだ…。」
「俺、優等生じゃないぜ…。でも、刺激は山ほど受ける。仲間とつるむのは楽しいし、嫌なこと、全部ふっとばせるし…。サッカーはできなくなったけど、他に夢中になれるものを探せばいいだけだ…。島村も、見方を少し変えてみたら…?」
「田辺さんと同じことををいうな…!」
 ジョーはうっとおしそうに言い返した。
 鉄郎は思わず苦笑した。
「悪い…。でも、中学って今だけだ…。この歳を過ぎれば、もう取り返せない…。だから、そこは割りきって、楽しまなきゃソンだって思ってる…。」
「お前がわからねぇよ…。余裕もねぇくせに、どうしてそんなに暢気でいられるのか…。」
 ジョーは溜息をついた。
 鉄郎は上半身を起こすと、視線を下に落とした。
 感慨深げな表情で静かに言葉を続けた。
「学校ってところは、俺が一番憧れてる場所だからかもしれない…。俺が望むのは、ごく普通の生活だ…。誰にも縛られないで、気負わず、ありのままの自分でいられる場所…。学校にいる間だけ、俺は、本当の自分でいられる気がする…。本当は留学しろっていわれたけど、それは断固、いやだって言い張った…。行くのなら、普通の日本の学校にするってね…。普通の生活に銃はいらないし、わけがわからない高度な仕来たりも不要だ…。俺の気持ちを、わかってもらいたいとは思っていないけど…。」
「普通か…。確かに、俺も望んだよ…。」
 ジョーはかすかな声で呟いた。
 鉄郎にははっきりと聞こえたわけではなく、鉄郎はけげんになって聞き返した。
「なんか、いったか…?」
「いや…。」
 ジョーは首を横に振った。
 会話が途切れた時、二人は物音を聞いた。
 ジョーは気を引き締め、鉄郎も緊張を走らせた。
「銃…!」
 鉄郎はテーブルに置かれた銃を持つと、込められた弾を確認した。
「先に2発撃ったから、後4発…。これで逃げられるか…!」
「油断も隙もない…。」
 ジョーは窓側の壁に移動すると、そっと顔を見せて外の様子を窺った。
 二人がいる場所は2階の角部屋だ。
 そこから庭を隔てた通りに、さっき、襲ってきた男達の姿が見えた。
 ベッドから抜け出した鉄郎が、ジョーの横についた。
 鉄郎はジョーにいった。
「悪い、巻き込んで…。ただ、あいつらは深追いはしてこない…。裏口か何かあれば、そこから出ていく…。」
「お前を一人でいかせたんじゃ、俺が田辺さんに大目玉を食らう…。ここも嗅ぎつけられたし、俺も狙われる…。一緒に出ていくしかないだろ…。」
「島村…?」
 鉄郎は呆然とした。
「バイクがある。来い…!」
「でも…!」
 部屋の出入り口に走ったジョーを、鉄郎は戸惑いながら追いかけた。
 ジョーは鉄郎を家の車庫に案内した。
 ジョーがバイクにまたぐと、後席に鉄郎を乗せようとした。
 鉄郎はジョーに言い返した。
「島村…。俺を殺してくれないか?」
「何…?」
「あの時、保健室でそういっただろ…。俺はあいつらに殺されるよりも、君に殺される方を望む…。もちろん、俺の居場所が見つかった後だけどな…。」
「先に、居場所を見つけた方が殺すってのはどうだ?」
 ジョーは事もなげに言い返した。
「お前のセリフじゃ、俺の方が条件がいいらしいからな…。先に俺が見つけてやる…。そして、お前のこれからを見届けてやる…。」
 ジョーは言葉を強めた。
「そして、俺はお前を殺す…!」
「いいよ、それで…。」
 鉄郎はかすかに頷いた。
 ジョーはバイクのエンジンをふかしながら、鉄郎にいった。
「車庫の扉が開いたらスタートさせるぞ。」
「同時に銃を撃つ…。たぶん、狙ってくる…!」
 鉄郎はバイクの後席にまたがると、ジョーに伝えた。
 ゆっくりと、車庫の自動扉が開けられていく。
 鉄郎が読んだとおり、扉の向こうに男の影が見えた。
 鉄郎は、ジョーの肩越しに銃を構えた…。

※  ※  ※

 脳裏に浮かんだ光景がかき消され、すべてを現実にひきもどした。
 目前に迫る銃光。
 トリトンの意識が高まる。
 オーラの範囲が拡大した。
「うわっ…!」
 光条が弾かれた。
 それだけで収まらない。
 ジョーの体も弾き飛ばされた。
 瞬間、ジョーは悲鳴をあげた。
 後ろに飛ばされて、ジョーは背中を床に強打した。
 トリトンの力が収束する。
 静寂の中で、ジョーの含み笑いが響いた。
「フフフ…。やっぱり…か…。」
 ジョーは自分を嘲った。
 トリトンは呆然としながら、ジョーを見返した。
 ジョーは、ふらつきながらゆっくりと立ち上がった。
「どうしてこんなことを…。」
 トリトンが緊張した声では聞くと、ジョーがいった。
「お前がクズグズしてるからだ…。だったら、俺がお前を倒して、奴を殺そうと思っただけだ…。」
 トリトンは顔を強張らせた。
「お前のことだ。見えたんだろ? 俺の心の中が…。」
 ジョーの瞳に強い力がみなぎる。
 トリトンはその表情からジョーの気持ちを敏感に悟った。
「ジョー…、あなた、それでいいのか…?」
「何が…?」
 平然と返すジョーに、トリトンは戸惑いながら言葉を続けた。
「こうなる事は解っていたはずだ…。俺のような年下のやつに、簡単にねじ伏せられて、プライドも何もない…。惨めだと解ってて、それでも、あなたは…。」
「お前の言うとおりだ…。」
 ジョーは小さく笑った。
「でも、俺は鉄郎の為なら手段を選ばない。こいつは、俺の為にすべてを捨ててくれた。だから、俺は何だってできる。けっして後悔しない。」
 ジョーは、足元にある鉄郎の装置を見下ろした。
「俺はこいつに随分と教えられた…。否が応でも、奥底に眠った自分と向き合わされたよ…。」
 ジョーはトリトンを見返した。
「お前は、かつての俺や鉄郎だ…。自分の居場所がどこにあるのか見つからず、閉ざされた出口からいくら出たいと願っていても何も見えない…。でも、もうわかっているはずだ…。あの時の俺達のように…。」
 明るいブロンドの髪の合間から覗くブラウンの瞳がトリトンを射抜いた。
「お前の居場所は、いったいどこだ…?」
 トリトンは、かすかに息を飲んだ。