14.錯 綜 8

「…と、いうわけです。」
 トリトンはアトラリアで体験したことを、自身の考えや予想される事象を混ぜながら話し終えた。
 ここは艦長のプライベートルームだ。
 十畳ほどのリビングに選ばれたオウルト人達が列席している。
 艦長のオリコドール。ジリアスラボの主催者ダブリス。トリトンの両親。
 そして、プライベートアイセンターのケインと上司のゴードン。
 トリトンもこの部屋に一緒に呼ばれた。
 彼らは互いに向きあい、ソファに腰かけている。
 一同はトリトンの話に聞き入った。
 トリトンの話が終わった直後、ケインが焦って席から立ち上がった。
「あんた、まだ大切なことを言い忘れてるわ!」
 トリトンは重要な事柄をあらかた報告した。
 しかし、オリハルコンの最大の原因となる「男女の契り」の法則。
 トリトンとアキが結ばれる運命にあることを、トリトンは話さなかった。
「何が?」
 トリトンはわざととぼけた。
 頭にきたケインはムキになって発言した。
「肝心なことよ。オリハルコンが収まる唯一の方法。それは…。」
 ケインは仰天した。
 声が思うように出せない。
 トリトンは平然としている。
 ケインはトリトンを睨みつけた。
「あんた、何かあたしに仕掛けたわね?」
「何を?」
「とぼけないで。言葉を封じたわね?」
「ロディ…!」
 ジョセフがトリトンを叱りつけた。
 トリトンはため息を漏らしながらぼそりといった。
「ケインのためだと思ったんだけど…。報酬はちゃんと払うよ…。」
「報酬?」
 ゴードンが表情を変えた。
 トリトンは白々しい口調であっさりと答えた。
「はい。事件が解決したら、ベッドをともにしてほしいって誘われました…。」
 一同はがっくりと肩を落とした。
 ゴードンの怒り声がケインに飛んだ。
「冗談はたいがいにしろ!」
「部長の方こそ、ごまかされないでください!」
 ケインは激しく抗議した。
「トリトンはマジに大切なことを隠蔽しようとしてるのよ。はぐらかされようとしてるのがわからないのですか!」
「ロディ、ふざけないで全てを話しなさい。」
 ジョセフが口をはさんだ。
 トリトンがジョセフにいった。
「全部話したよ。俺の話にずっと頷いてたじゃないか。」
「私の理論に確実な証拠はない。」
 ジョセフがいった。
「古文書に書かれてある内容を断片的に解釈しただけだ。お前の説明で、それらがようやく一つの筋になった。それだけのことだ。」
「そのために俺が必要なんだろ?」
 トリトンの語気が少し強くなった。
 ジョセフの口調も強くなった。
「お前を利用してまで研究を成功させようなどと、私は考えていない。」
「そのつもりじゃなくっても、その通りじゃないか。」
「ロディ、おやめなさい。」
 母親のアレナが訴えた。
 トリトンが口を閉ざすと、ダブリスがいった。
「トリトン、君の方に非がある。ウイリアムはわざと話さなかったのではない。事実を掴めずに話しようがなかったんだ。ジリアス事件の後、ウイリアムは研究を断念した。それは君も了解していたはずだ。君とウイリアムの研究は無関係だとね…。」
「確かに父の研究と俺は無関係です。でも、それは違います。父は公表していませんが、密かに研究を続けていました。だからいってほしかった。ほんの断片だって構わない。隠さずに教えてほしかったのです。」
 トリトンはそういって言葉を締めくくった。
 改めてオリコドールに目線を向けると、口を開いた。
「艦長、これですべてです。後は家族の話ですから…。」
 オリコドールは腕を組んだまま、じっと耳を傾けていた。
 ようやく体をシートから起こすと、ゆっくりと言葉を発した。
「…よく話してくれたね。しかしまだ半信半疑だ。君に関して事件が起きると、決まって超常現象が絡んでくる。」
「それでも信じてください。起きる事は必ず起こります。防ぐ方法は同じ力しかありません。」
 トリトンがいった。
 それから、ぽつりと聞き返した。
「これでいいでょうか? 後は皆さんに一任します。」
「ご苦労だったね。」
 オリコドールはいった。
 その時、廊下にいた二人の兵士が部屋に入ってきた。
 兵士はトリトンの両脇につくと銃を構えた。
 トリトンは皮肉をこめてオリコドールにいった。
「SPつきですか。ありがたいですね…。」
「君にはしばらく監視がつく。これも規則だ。許してほしい。」
 兵士に促されて、トリトンは部屋を出ることになった。
 部屋を出ると、さらに、トリトンは両腕を出すように指示された。
 何もいわずに、トリトンがいう通りにすると、特殊な手錠がかけられた。
 息を飲むトリトンに、兵士が事務的にいった。
「それはエスパーシールドと同じ効果がある手錠です。あなたの力を防ぐためのものです。上からの命令で従っていただきます。」
 トリトンは目を伏せた。
 甘んじて、その処置を受けるしかない。
 トリトンは、そうされながらも黙認し続けた。
 そのまま廊下を歩かされて指定の部屋に案内された。
 一方、艦長室の方からケインのわめき声がした。
 ケインはどうにかして、トリトンが語らなかった事実を伝えようとやっきになった。
 言葉で伝えられないのなら文字で伝わればいい。
 そう判断したケインは用意された紙にペンで書こうとした。
 が、それもできない。
 トリトンは心の中で詫びた。
ー悪い、ケイン。それ、「プロテクト」っていうんだ。NGワードを含む事柄は、絶対に他には伝えられない。文字も言葉も、すべての伝達能力が麻痺しちゃうから。もうしばらく、そのまま我慢してくれ。ー
 後からケインが追いかけてこないか、それだけが気がかりだったが、そんな様子はなかった。
 トリトンは予定どおりに、部屋の前まで連れていかれた。
 この部屋の扉にも、エスパーシールドが仕掛けられている。
 トリトンは深くため息をついた。
 兵士が携帯用のリモコンキイを操作して、部屋のロックをはずした。
 扉が開くと、トリトンは中に入るようにいわれた。
 トリトンが仕方なく歩きかけた時、左側にいた兵士が小さく息をつまらせた。
 トリトンともう一人の兵士が同時に振り返った。
 そして目を見張った。
 息をつまらせた兵士の後ろに、銃がつきつけられている。
 兵士を締め上げたのは、スカラウ人の島村ジョーだ。
「一緒に部屋に入ってもらう。」
「貴様…!」
 もう一人の兵士が銃をつきつけた。
 が、こっちの兵士は、トリトンが体ごと兵士にぶつかりながら部屋に押し込んだ。
 兵士を羽交い絞めにしながら、ジョーは一緒に部屋に入り込む。
 その隙に拘束されながらも、トリトンは壁のボタンを操作して部屋の扉をロックした。
 ジョーは掴まえていた兵士の頭を銃床で殴りつけて、あっさりと気絶させた。
「な、なんだ…。お前達は…。」
 トリトンのタックルをくらって倒れた兵士が焦りながら銃をつきつけた。
 だが、ジョーはその兵士に襲いかかった。
 もみあいながら銃を奪い取ると、兵士の腹を奪った銃床で何度も殴りつけた。
 兵士は呻いていたが、やがて倒れたまま動かなくなった。
 トリトンが呆れながらジョーにいった。
「どうして、こんなことを…。」
 起き上がったジョーは呼吸を整えながら、トリトンに言い返した。
「いっただろ。君にはラムセスを追ってもらうと…。その手錠ははずれないのか?」
「後から倒した兵士の方が解除キーを持ってる。」
「これか…。」
 ジョーはいわれるままに兵士の上着の内ポケットを探った。
 すぐに小さな透明のカードキイを見つけた。
 トリトンに手渡すと、キイに入力されているパスワードを操作して自分で手錠をはずした。
「嫌な目にあったな。」
 ジョーがいった。
「そいつ≠つけられた痛みは経験したものでなければわからない…。」
「よけいな詮索はしないよ。」
 トリトンがいった。
「早くここを出なきゃ。でも、そうなると俺は本当のお尋ね者だ。」
「居住区を出なければ、まだ罪に問われない。」
 ジョーはいった。
「時間はとらせない。少しつき合ってくれないか?」
「どこへ?」
 トリトンが聞くと、ジョーはかぶりを振った。
「どこか落ち着ける場所があるといいんだが…。」
 すると、トリトンがいった。
「わかった。居住区の中だったらいくらでもある。」
「まかせた。しかし、移動すればモニターで監視される。防ぎきれるか?」
「ここを出たら力が使える。ごまかすのは簡単だ。」
「まだ事を荒立てたくない。協力してくれ。」
 トリトンは頷いた。
 ジョーとトリトンは慎重に部屋の外に出た。
 監視モニターをトリトンが感知すると、死角になる場所をジョーに教えた。
 二人は干渉されない場所を求めて壁伝いに慎重に移動した。