14.錯 綜 7

 <ビローグGG>の居住区。
 そこは乗組員の日常生活が営まれるエリアである。
 乗員達の部屋はもちろんのこと、長い宇宙航海のストレス発散の場として、フィットネスジム、レストラン、室内ゲームが楽しめるプレイル―ムに談話室など、ビジネスホテルなみの設備が完備されている。
 <ビローグGG>で保護された非乗組員は、居住空間にあるゲストルームを個々に分け与えられた。
 部屋のタイプは個室からツインまでそれぞれが違う。
 しかし、どの部屋も、ここが軍船の中にいることを忘れてしまうほど、ゆったりとした趣がある。
 そのかわりに、民間人に所属する非乗組員の行動は最小限に制限された。
 居住区以外のエリアはガードシステムが働いている為、けっして立ち入らないようにと指示があった。
 地球人のメンバーは、もっとも広い談話室に集合した。
 さらに、ジオネリアと浮翼人のティファナも加わった。
 行き場をなくした処遇に我慢しながら、一同は今後についての話し合いの場を持った。
「鉄郎とヒメさんを助けるためには、ガードシステムを突破するしかない。」
 倉川ジョウが結論を求めた。
 しかし、ティファナが血相を変えてそれに反対した。
「ガードシステムって一言でいっちゃうけど、殺人マシンだよ。見境もなく、ばばば〜って、レーザー光線を投げつけてくるんだから。中枢システムで認証されてる人間以外は、みんな敵だって判断しちゃうだもん!」
「だけど、このままじっとしていられないわ。」
 レイコが口をはさんだ。
「鉄郎とアキの救出は私達の問題よ。これくらいで引き下がるなんて、私達らしくないわ。」
「ですから、皆さん隔離されてしまうんですよ…。」
 ベルモンドがよけいなことを口走った。
 メンバーに睨まれると、ベルモンドは肩をすくめて黙り込んだ。
 ロバートは呆れながら言い返した。
「お前らが動くことで、逆に坊やの立場もなくなるってことも考えろよ。」
「どっちの味方だよ、あんたは。」
 倉川ジョウは口調を強めた。
「あいつのとばっちりを食らってるのは、こっちの方だ。あいつが身内ともめてるから、俺達まで信用をなくして危険分子扱いされちまう。俺達は囚人じゃない。」
「教えてくれないか? なぜ、トリトンが家族や同僚達と確執を生んだのか…。」
 島村ジョーがティファナにいった。
 すると、裕子がびっくりした。
「そんな個人的なこと、どうでもいいじゃない。」
「いや、必要なことだ。」
 ジョーは断言した。
 聞かれたティファナは、顔をしかめながら口を開いた。
「いろいろあるけど…。でも、話が長くなるよ…。」
「構わないよ。むこうの会議が終わるまでトリトンも拘束される。それまでこっちも動けない…。」
「わかった…。」
 ティファナは頷いた。
 そして、ジリアス事件後のトリトンの人生を一同に明かした。

ーーーーーー
 ジリアス事件が解決し、地球人のメンバーと別れてから数ヵ月後。
 トリトンは精神的な悩みを抱えた。
 それまで熱心に打ち込んできた「仕事」に対して、やる気がまったく失せてしまった。
 最初、それは疲れのせいだと思い、トリトンは軽く考えるようにした。
 そういう時は同年代の友人達とつるんで憂さを晴らした。
 しかし今回のストレスは、それでも充分に発散されなかった。
 友人達と同じように遊びまわっても何か物足りず、今までのような面白みも感じなかった。
 その時、トリトンは初めて自分の中で起きている内面の変化に気づいた。
 ジリアスの体験によって、今までのトリトンの物に対する考え方や価値観が大きく変わってしまったのだ。
 それからは日常生活の中から受ける外界の刺激だけでは満足できず、さらに高いレベルの刺激を求めるようになった。
 同じことはアキにも起きた。
 そのせいで鉄郎との関係にも亀裂が生じ、二人の関係も気まずくなった。
 しかし、二人は互いの信頼と絆まで失わなかった。
 その結果、二人は試練を克服し、前のようにともに歩もうと誓い合うことができた。
 そもそも、トリトンとアキの価値観が変わってしまったのは、あまりに純粋で思考能力も似通っているからだ。
 しかも、二人は前世の因縁で運命的な出会いを果たすことになっていた。
 その出会いは精神の著しい変化を引き出した。
 当時のトリトンはまだ十三歳の少年だ。
 アキ以上に純粋で、多感な年頃だったトリトンはまともにその影響を受けた。
 そのために深刻な状態に陥ってしまった。
 しかし問題はそれだけではなかった。
 トリトンを取り巻く周囲の環境も最悪だった。
 政治の実権を握る一部の権力者達によって、トリトンは「平和の象徴」と渾名されて、勝手に偉大な存在に祭り上げられてしまった。
 当初、トリトンは権力者達の平和に対する理想理念に共感し、その役目を承諾した。
 トリトンはジリアスの体験は究極の理想であり、人が目指すべき目標だと固く信じた。
 また現在も残りつづけるオリハルコンを刺激しないために、今の時代にも連綿と続く「争い」をなくすことが、かつてのジリアスの指導者だったミラオとダーナが後のトリトンに託した大きな使命だった。
 その期待に応えるために、トリトンは尽力をつくすつもりだった。
 しかし現実世界では、それらはまったく意味をなさない。
 そのことを思い知ったトリトンは夢も希望も失った。
 今の社会にむなしさを感じるようになった。
 まだ、この時、鉄郎のような存在があれば、トリトンは救われたかもしれない。
 しかし、トリトンには誰もいなかった。
 トリトンが普通の少年なら、周囲の大人がかばってやることができる。
 だが、大人と張り合うだけの器量が身についてしまったために、並の大人ではトリトンをかばってやれない。
 それはトリトンが信頼したいと思う親やダブリスさえもだ。
 トリトンは、保護者的立場にたつ大人を競い合うライバルと思うように育てられた。
 けれども、トリトンの内面は保護を求める子供の精神だ。
 そのギャップが、トリトンをさらに追いつめた。
 この頃、トリトンは無性にスカラウ人のアキに会いたいと口走るようになった。
 彼女を恋愛の対象にしたいのではない。
 他人には理解されない価値観を分かち合える存在として、アキを求めたのだ。
 自分の悩みを打ち明けられる相手がほしい。
 アキなら自分の気持ちを理解してくれるし、暖かく包み込んでくれる。
 そして、心からの話し相手としてつきあってくれるはずだ。
 もとから淋しがり屋だった性分が、その時点で一気に吹き上がってきた。
 あまりの執着心に、両親や上司を含む周囲の大人達は深刻に悩み始めた。
 トリトンの両親は、トリトンの感情を「恋煩い」と解釈した。
 トリトンの内面は、そんな単純なものではない。
 しかし、両親はトリトンの気持ちを理解できないし、しようともしてくれない。
 トリトンと両親との誤解は、この頃から表面化してきた。
 また、トリトンがアキを慕っているのは、トリトンの同僚達の間でも有名だ。
 トリトンの仕事仲間は、その頃のトリトンの言動を指して冗談まじりに噂する。
 今では笑い話としてトリトンは聞き流すことができる。
 だが、たまに嫌味っぽく返されることがあるので、トリトンはむっとすることがある。
 今はそんなことを口走る方が変だと思うトリトンも、子供の頃はとっても切実だった。
 思い起こせば、子供の時に感じたその気持ちは、「恋煩い」だったかもしれない。
 しかし、当時のトリトンはそう受け取れなかったし、自分でもはっきりとしなかった。
 なのに親が諦めさせるために、いろいろと働きかけてきた。
 親の心情として、禁断の世界の女性に恋をしてしまうなんて、気が気でいられないのはよくわかる。
 だが、それ以上に、トリトン自身の気持ちをわかってくれようとしないのが、もっともはがゆかった。
 普通の少年なら非行に走る。
 けれども、そんな程度で収まる問題ではないことを、トリトンはすでに知っている。
 信じられない社会に見切りをつけて、一人、自然に囲まれた未開の土地で生きていくことを、真剣に考えはじめた。
 そんな時、トリトンは親の紹介でアルディと会うことになった。
 アルディは、トリトンの父親の知り合いであるクライス博士の娘で、スクール時代の同級生だ。
 顔は知っていたが、トリトンがスクールを退学してからは一度も面識がない。
 トリトンの不信感は募るばかりだった。
 それは無駄なことだとトリトンは思っていた。
 トリトンが実家にもどった時、トリトンの両親はアルディの家族をホームパーティに招いた。
 そこで、トリトンとアルディは引き合わされた。
 アルディは、トリトンと何分か会話を交わした直後、好きだと告白した。
 トリトンはどう返答していいかわからなかった。
 過去に何度か女の子から告白されてきたが、トリトンの方から相手の子にのめりこんでいくことはめったになかった。
 せいぜいつきあっても、いつも普通のガールフレンド程度で終わってしまう。
 この時も、トリトンははっきりとした返事はせず、そのまま終わってしまった。
 しかし、アルディはめげずに、何度もトリトンに連絡をとってきた。
 その熱意に根負けして、トリトンは何ヶ月かのブランクの後に、アルディとつきあいはじめた。
 それはジリアス事件の二年後。トリトンが十五歳の時だ。
 アルディは、おっとりしているように見えて、そのくせ筋を曲げない頑固でしっかり者の女の子だ。
 かといって、鼻につくような生意気さはなく、トリトンを応援してくれる珍しい娘だった。
 トリトンは、アルディと付き合ううちに、迷走しかけた精神がきちんと引き戻されていることに気がついた。
 社会からはずれかけたトリトンを、現実の世界に連れ戻したのは、このアルディだ。
 トリトンも、しだいにアルディに惹かれていった。
 そして、彼女への愛を自覚できた時、ようやく普通の人間らしい心を持てたことに安堵し、トリトンは元の自信を取り戻した。
 しかし、それですべてが解決するわけではない。
 トリトンも、アキと同じように自分の血筋で苦しむことになる。
 そもそも、オウルト人の恋愛観念はとってもフランクだ。
 誰とでも、といえば敬遠されるが、お互いに了解があれば、自由に愛しあっても許される風潮がある。
 それが普通の若者の恋愛事情だ。
 トリトンも、その感覚を自然に身につけた。
 気に入った女性に誘われて、一夜をともにしたことは何度でもある。
 しかし、相手の女性にどれだけ期待されても、トリトンは、どうしても一線を越えることができなかった。
 こんな調子でアルディとうまくやっていけるのか、トリトンは随分と悩まされた。
 だが、アルディはトリトンのありのままを受け入れることを承諾してくれた。
 驚きながら、高まった気持ちを抑えることができず、ようやくトリトンとアルディは自然の愛を成立させた。
 トリトンが迷いもなく、他の女性と接することができるようになったのはその後からだ。
 アルディに助けてもらいながら、トリトンは男として成長する階段を、一歩ずつ、ここまで登りつめてきた。
 トリトンの人生を救ったアルディ・クライス・ウイリアム。
 これからも、トリトンと共に人生を歩むことを決意し、トリトンを愛し、全てを捧げようとした女性。
 しかし、厳しい現実は、そんな二人の関係すらも、容赦なく引き裂こうとしていた。
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 地球人メンバーは呆気にとられた。
 トリトンが一度も語らなかったその後の生い立ち。
 それを、ティファナの聞き伝えであっても、彼らは知ってしまった。
 十代で背負わされた重荷と重圧。
 トリトンはたった一人でそれを克服しようとして、運命の人とめぐりあうことで高いハードルを越えたばかりだ。
 それにもまして、トリトンは今も重圧と向き合い、膨れ上がった難問を克服しなくてはならない。
 そんな彼に一同ができることとは…。
「あの…。あたしが、みんなにばらしちゃったってこと…。トリトンには、絶対に内緒ね…!」
 ティファナが強い口調で懇願すると、島村ジョーは小さく笑った。
「もちろんだ。よく話してくれたね…。」
「トリトンがよく打ち明けたわね…。ティファナがよほど信頼されてるってことかな?」
 レイコがいった。
 すると、ティファナはますます体をすごませた。
「トリトンとアルディが話してるところを、偶然、きいちゃったりもしたんだけど…。でも、アルディは、ちゃんと許してくれたよ…。」
 今度は、倉川ジョウは苦笑した。
「アルディはそうでも、トリトンがこの場にいたら、きっと血相を変えてやがる…。」
「問題は何も解決してないわ。ご両親のことも、同僚達のことも…。私達がその間をとりもつの?」
 裕子が呆れたようにいった。
「それはトリトンの問題だ。俺達は、そこまで面倒をみてやる義務はない。」
 島村ジョーがいいきった。
「じゃ、何のためにこんな話を…。」
 レイコが首をかしげた。
 ジョーがいった。
「あいつの本心が知りたかった…。あいつは、自分のことを語ろうとしないために、周囲の誤解を招きやすい…。しかし、これで、こっちの話もしやすくなった…。」
「お前の意図がさっぱりわからねぇ。何をいったいどうしたいんだか…。」
 倉川ジョウが肩をすくめた。
「こっちが思うことを、あいつに伝えたいだけだ。」
 ジョーは固い表情で答えた。
「俺達は、自分の意志で動いているつもりになっているが、けっしてそうじゃない…。鉄郎によって動かされている…。 そのことに、トリトンが気がついているかだ…。」
 倉川ジョウは言葉をなくした。
 他のメンバーもぽかんとしている。
 その中で、ロバートだけが小さく頷いた。
 ロバートはジョーにいった。
「レーサーさん、あんた、鉄郎とのつきあいは長いのか?」
「あなたほどじゃないと思うよ…。」
 ジョーはさらりと返答した。
「あんたの方が、よほどつきあいが深そうだ…。」
 ロバートは柔らかい声で返した。
 そして、こういった。
「トリトンに行動する意志がなければ、いつまでも、この事件は解決しない…。」
 その時、ジオネリアが悲しそうに顔を伏せた。
 気になった倉川ジョウが口を開いた。
「何か、心配事でも…。」
 ジオネリアは、沈痛な面持ちで口を開いた。
「トリトン・アトラスは前世の彼そのものです…。彼は、すでに行動する意志を固めています…。ですが、自分の立場を省みようとしていません…。このままだと、トリトン・アトラスは還る場所をなくしてしまう…。彼のせいではなく、アクエリアスの運命が、そう強いらせています…。」
「それは、あんたのせいじゃない…。」
 ロバートがいった。
「そこは割り切ったほうがいいぜ…。」
 ジオネリアは小さく頷こうとした。
 が、はっと瞳を見開いた。
 直感が、ジオネリアの脳裏をかすめた。
「トリトン・アトラスが部屋から出てきました…。」
「会議が終わったのか?」
 倉川ジョウ口をはさんだ。
 ジオネリアは頷きながらいった。
「でも、傍にガードが…。二人…。そして、力を封じられています。」
「まるで囚人じゃない。」
 裕子が口をとがらせた。
 島村ジョーが立ち上がった。
 呆気にとられる一同をよそに、部屋を無言のまま出て行った。
「おい、島村…!」
 倉川ジョウが呼びかけた。
 だが、ジョーは振り返ろうとしない。
「あいつ、単独行動する気か? いつもは優柔不断なくせに…。こんな時だけはりきりやがって…。」
 倉川ジョウが続こうとすると、ロバートが止めた。
「ここはレーサーさんに任せておこう。」
「どうして?」
 ジョウは表情を変えた。
「トリトンの坊やともっとも近い立場にいるのが、あのレーサーさんだからだ。」
「さっぱりわからねぇ。俺達はこのままでいろってか?」
 倉川ジョウは憮然とソファに座り込む。
 ロバートは腕を組むと、補うように言葉を続けた。
「トリの坊やが動けば必ず大事になる。それからでも遅くない。家宝は寝て待てっていわなかったか…?」
 ロバートはそれだけいって黙り込んだ。
 倉川ジョウは呆気にとられる。
 仲間達がきょとんとする中で、ジオネリアが安心したように笑みを浮かべた。