14.錯 綜 6

「トリトン、ラムセスはどうなったの?」
 ケインがいいながら傍に駆けつけてきた。
 ジオネリアを押しのけると、トリトンを覗き込む。
 トリトンは振り仰ぐと、苦しそうに言い返した。
「ここの反応を…ブリッジに…。」
 ケインは真顔になった。
 トリトンは脱力しきって立ち上がることができない。
 荒い息で声がかすれている。
 ただならない状況を、ケインは直感で感じた。
 ケインは艦内マイクにとりつくと、ブリッジと連絡をとった。
「艦の側面から飛び出したエネルギー反応を調べて。そうよ、二人の人間の反応よ!」
 わずかな間を置いて、ケインは怒りを露にしてマイクを叩きつけた。
「重力波異常を測定したくせに、追跡できなかったって…! 足取りは絶たれたわ。見失ったじゃすまされないわよ!」
「くそっ…。」
 トリトンは悔しげに舌打ちした。
「ロディ…。大丈夫ですか?」
 アルディがためらいがちに声をかけた。
 地球人メンバーに支えられるように、アルディはその場にやってきた。
 トリトンはゆっくりと立ち上がった。
 少し体がふらついた。
 ケインが手をさしのべようとした。
 支えを断ると、トリトンは苦しさを我慢して、アルディに視線を向けた。
「見たんだね。さっきの俺の姿…。」
 アルディが小さく頷くと、トリトンは笑顔を作った。
「前に話したよね…。俺はオウルト人であってそうじゃないって…。こういうことなんだ…。」
「そんな言い方はやめてください…。」
 アルディがいった。
 トリトンは何も答えなかった。
「トリトン。お姫様の居場所がわかるの?」
 ケインが聞いた。
 トリトンは首を振りながらも、きっぱりといった。
「いや…。でも、必ず見つけ出す。」
 いい終えて、トリトンは走り出そうとした。
 慌てたジオネリアが鋭い声を発した。
「トリトン・アトラス! 闇雲に走り回っても、アルテイアは見つけられませんよ。」
 トリトンは立ち止まると、ジオネリアに振り返った。
「わからないだろ、やってみなくっちゃ。ジオネリアが反対したって、俺は行くからな。」
 トリトンは断言した。
 踵を返そうとしたが、トリトンは、また足を止められた。
 その先に、トリトンの両親とダブリスを伴ったオリコドールが立ちはだかっている。
 オリコドールは昂然とトリトンにいった。
「行かせられんぞ、トリトン・ウイリアム。」
 オリコドールは足早にトリトンに近づいた。
「悪いが、分を越えた行動は慎んでもらおう。」
「そんな悠長なことはいってられないんだ。」
 トリトンは反論した。
「ラムセスの狙いはこの俺だ。俺さえ出て行ったら、ラムセスは…!」
「ロジャース!」
 ジョセフの目が吊り上った。
「お前はあちこちから標的にされている。オリコドール艦長は、お前を護衛しなくてはならんのだ。手間をとらせるな。そんなこともわからんのか?」
 トリトンはキッとジョセフを睨みつけた。
「よくもいえるよ、そんなこと…!」
「トリトン、その言い方はよくないぞ。」
 ダブリスがトリトンをたしなめた。
 オリコドールがトリトンに話しかけた。
「トリトン、君には君の役目がある。捜査は君の協力がなければ進まない。解ってもらえないだろうか?」
「わざわざ止める必要はないと思うけどな…。」
 同僚のゼファがからかうように口をはさんだ。
 ラークがゼファに釘を指した。
「無責任な発言は止めたほうがいいですよ。」
 しかし、ゼファは平然と返した。
「彼自身が認めたじゃないか。オウルト人でない彼が、僕らと一緒にいる必要はないのだから。」
 トリトンはゼファを見返した。
「ゼファ。君はなぜ、この世界に生まれてきたかなんて、考えたことがあるか?」
「どういう意味だ?」
 ゼファは目を細めた。
 トリトンは区切るように言葉を続けた。
「俺は理由を知らされた…。この世界に生きる意味、存在すること…。だから、その役目を果たすことが、俺がこの世界で生きる証だ…。」
 ゼファはトリトンをじっと見据えた。
 サリーとラークも表情を変えた。
 トリトンはジョセフを見つめた。
「その理由を一番よく知ってるのは、父さんのはずなのに…。」
「お前もよく知っているはずだ。」
 ジョセフはかぶりを振った。
「ジリアス事件の後、私が自分の研究を断念したことを…。ジリアス文明は実証されない理論だ。理論が確立できなければ、研究題材の価値は無と評価され、学会では抹消されるのが通例だ。」
「だけど、俺が存在することで証明もされるし、理論も確立される。結構な話だ。せいぜい、いい論文を発表してくれよ。」
 トリトンは苦笑した。
「ロディ。」
 母親のアレナがトリトンに訴えた。
「一番大切なことはなんですか? それは人の命を守ることです。犠牲を出したくないと思うのなら、あなたは安全な範囲で、皆さんに力を貸してあげるべきです。」
「母さん…?」
 トリトンは表情を変えた。
 かすかに瞳が揺らいだ。
「あなたがどんな血筋を持って生まれてきても、私達が愛したロディであることは変わらない。私たちにとって、あなたが、かけがえのないものなのだから…。」
 トリトンは息を呑んだ。
 ため息をついたロバートが、おもむろに口をはさんだ。
「トリトン、お前さんの負けだ。おふくろさんに一本、とられたな。」
 トリトンはロバートに何も返さなかった。
 かわりに、オリコドールを見返した。
「大将…。ジリアス事件の時もそうでしたね…。俺の家族を呼び寄せて、俺の暴走を食い止めるつもりなんでしょう?」
「それもあるが、そればかりではない…。許してもらえるかな?」
「いいえ…。家族を巻き込んでほしくなかった…。とても残念です…。」
 トリトンは居合わせた人間を避けるように立ち去りかけた。
 が、トリトンだけでなく、全員が驚いた。
 通路の前後を大勢の兵士が防いだ。
 一同に向けていきなり銃を構えた。
 トリトンはオリコドールに憤慨した。
「どういうことだ…!」
「申しわけない。」
 オリコドールは頭を下げた。
 丁寧な言葉で一同に説明した。
「トリトン・ウイリアムには、重要参考人としての申請が提出されています。我々は、彼を常に監視する義務にあるのです。」
「俺は事件の犯人じゃないだろ! それに家族やスカラウ人の仲間まで一緒くたにするなんて…!」
 トリトンは叫んだ。
 オリコドールは事務的に応じた。
「もちろん、君は守るべき人物だ。しかし、君は我々の指示に従ってもらうことになる。応じられない場合、強制的に、君を拘束しなくてはならなくなる。」
「随分と乱暴な話だ。」
 ロバートが肩をすくめた。
「しかし、そんなことは我々も望んでいない。」
 オリコドールは強い口調で返した。
「俺達は一緒に犯人扱いかい?」
 倉川ジョウが問いかけると、オリコドールはすぐに返答した。
「いや。居住区では君達の行動は制限されない。君達も法律で保護されているからね。」
「その割には、随分と物騒な返答だ。」
 倉川ジョウは皮肉っぽくいった。
 一緒にいたアルディがオリコドールに懇願した。
「お願いです。ロディに銃を向けないでください…。」
 オリコドールはアルディを優しく見つめた。
「ご安心ください。彼を悪いようにしません。」
 アルディは不思議そうにオリコドールを見つめる。
 再びトリトンを見返したオリコドールは、おもむろに両膝を床につくと、深々と頭を下げた。
「頼む。我々のいうことに従ってはくれないだろうか? この通りだ…。」
「馬鹿なまねはやめてください!」
 トリトンは慌てて言い返した。
「土下座なんかされても、こればかりは…。」
「指示に従いたまえ。」
 それまで成り行きを見守っていたダブリスが口を開いた。
 静かだが、有無をいわせない絶対的な響きだ。
 トリトンはジオネリアを見つめた。
 しかし、ジオネリアは静かに首を横に振るだけだ。
 トリトンは唇をかみしめながら、ゆっくりと顔を伏せた。