14.錯 綜 5

 アキのシールドが部屋中にくまなく満ちた。
 今度はオーラのカーテンが出現しなかった。
 ラムセス・クイーンの力が完全に封じられた。
「こしゃくな…。」
 アルテイアを睨むラムセス・クイーンに、ジオネリアが鋭い声を発した。
「ここはアトラリアではありません。オリハルコンがない世界ではあなたの力も弱まります。」
「この私が負けるというのか?」
 ラムセス・クイーンは、ジオネリアに憎悪のまなざしを向けた。
「鉄郎を返せ。そして降伏しろ、レイラ!」
 トリトンは、この女の、元の人格だった名前を叫んだ。
 すると、ラムセス・クイーンの顔がひきつった。
 突然、意味不明な奇声を発した。
 呻き、身をそらし、体を激しく震わせる。
 表情が醜く歪み、目がつりあがった。
 怒りと苦悶がラムセス・クイーンの精神を揺さぶる。
 ラムセス・クイーンの力が膨らんだ。
 ねっとりと絡みつく闇のオーラ。
 電撃のエネルギーが生じ、空間を乱れて飛び回る。
 轟音が轟いた。
 電撃を伴うオーラは黒い無数の帯になる。
 邪念の帯が狭い空間を跳ね回った。
 ついにアキのシールドが破られた。
「くそっ!」
 トリトンは、剣で弾こうとした。
 だが、剣の力は、すべてオーラに吸収されてしまう。
 ジオネリアがトリトンを制した。
「だめです。封印した状態では、逆にオリハルコンが吸収されます!」
「やっかいなやつ…!」
 翻弄されるだけでは、封印をはずすチャンスがない。
 トリトンに焦りの気持ちが生まれた。
 一方、ゼファとサリーも、同時に反撃しようとした。
 二人の能力はテレキネシス。
 しかし、二人の力は、一つの攻撃で一つのエネルギーを弾き返すのが精一杯だ。
 相手が無数だと限界が来る。
 それでも、身を守る為にラムセス・クイーンの力に対抗した。
 ジオネリアの静止をふりきって、二人は部屋の中に飛び込む。
 それぞれの場を確保するために、左右に分かれた。
 両腕を胸元でクロスする。
 思念をエネルギーに変換した。
 作り出した光球を腕に溜め込み、一気に対象物に向けて飛ばす。
 襲いかかるオーラのエネルギーをかわし、巧みな攻撃を繰り返した。
 だが数度の攻撃を放った後、二人はオーラに弾き飛ばされた。
 さらに、ラークが戦闘に加わった。
 彼は、ラムセスの本質を見抜いた。
 オーラや電撃は無視する。
 やるのは、本体のラムセス・クイーンだ。
 彼が持つ特殊能力。
 それは、あらゆる物質を、しなやかなムチのような形状に変化させることができる。
 金属のムチは、彼が自身の能力で作り出したオリジナルだ。
 そして、咄嗟の動きは、ゼファやサリーよりも機敏だ。
 金属のムチを自在に操り、ラムセス・クイーンに肉迫する。
 曲線を描くムチの動きと、直線的な動線を描く闇のオーラ。
 ラムセス・クイーンの周囲には、幾重ものオーラのシールドがとりまいている。
 そのため、ムチがラムセス・クィーンを捉えても、彼女のシールドで弾き返されてしまう。
 ラークは舌打ちした。
 この中にただ一人だけ、オーラの影響を受けない人間がいる。
 それがアキだ。
 封印をはずし、アルテイアに変身したアキは自身で体を保護できる。
 アキは宙を飛んだ。
 そして、一同の頭上で静止した。
 大声で忠告した。
「床に伏せて!」
 すぐさま精神を集中する。
 すると、急にアキの体が輝きはじめた。
 新しい力の放出。
 光を放ったアキの体が、素早く回転した。
 まるでフィギュアスケートの高速ターン。
 紅い髪とドレスの裾が美しい弧を描く。
 ラムセス・クイーンの髪が逆立った。
 内に秘めたアキの底知れぬ力に恐怖した。
 光が大量にあふれた。
 あふれた光は渦を巻き、疾り、爆発する。
 光のエネルギーは部屋中を荒れ狂う。
 周囲に四散して、ラムセス・クイーンのオーラを弾き飛ばしていく。
 味方の人間達は、床にはいつくばってひたすら耐えた。
 アキのオーラは圧力を増しながら空間に充満していく。
 ターン速度も極限に達した。
 まばゆい光を放つ空間の中で。
 ラムセス・クイーンの悲鳴があがった。
 しかし、姿は光にかき消されて確認できない。
 一瞬なのか、それ以上なのか、誰もが時間の感覚をなくした。
 やがて、衝撃が収まった。
 オーラの光が和らぎ、電撃もいつのまにか消滅した。
 味方の人間はゆっくりと顔をあげた。
 一同の頭上には、ふらつくラムセス・クィーンと対峙するアキが睨みあっている。
「鉄郎を返しなさい!」
 アキは、リンとした口調でラムセス・クィーンに迫った。
「おのれ…。」
 気力を振り絞ったラムセス・クイーンは、再度、力を投げつける。
 が、アキのシールドは簡単にはねのけた。
「鉄郎を返しなさい…!」
 アキは、強い口調で言葉を繰り返した。
 ラムセス・クイーンに隙が生まれた。
 ジオネリアはその隙をついた。
 オーラを浴びせた。
 封印をはずす前でも、今のラムセス・クイーンをくいとめるのは充分だ。
 ラムセス・クイーンは身を崩す。
 アキはサッと移動して、トリトンの傍に素早く降り立った。
「力を!」
「わかった!」
 トリトンはアキの考えを理解した。
 トリトンが力を解放している余裕はない。
 だが、不足した力をアキのパワーで補おうというのだ。
 アキが、トリトンの剣の持ち手に手を添えた。
 トリトンは、アキと手を重ねあったまま、剣先をラムセス・クイーンに向けた。
 二人の精神が集中すると…。
 その充足度を感じたオリハルコンが、高い金属音を放ちながら輝きを強めた。
 トリトンとアキもまた、オリハルコンの力の強さを感じる。
 二人は叫んだ。
 すると、オリハルコンが爆発した。
 高温を伴うまばゆい輝きと熱線が、オリハルコンの剣先から放たれた。
 オリハルコンの力が、ラムセス・クイーンの体を容赦なく貫いた。
 たちまち、ラムセス・クイーンの絶叫が尾をひく。
 誰もが勝利を感じたその時。
 逆に、すさまじい衝撃が、ラムセス・クイーンの方から跳ね返ってきた。
 衝撃を受けて全員がよろけた。
 一瞬、何が起こったのかわからない。
 トリトンとアキは呆然としている。
 オリハルコンの攻撃が、ふっと消えるようにやんだ。
「どうした?」
 ラークが問いかけた。
 トリトンは戸惑いながら応じた。
「変だ。手応えが急になくなった…。」
「逃げられたのです。」
 ジオネリアが悔しげに呟いた。
「そんな。あれだけのダメージを受けたのに…。」
 トリトンが反論した。
 まだ視界がきかない。
 しかし、それも少しずつ晴れてきた。
 一同は驚いた。
 ラムセスの姿はどこにもなく、壁の装甲が損傷し宇宙が見えている。
「宇宙に逃げたのか?」
 ゼファが呆れたように叫んだ。
 アキは逃走した痕跡をキッと見据えた。
「今度は逃がさない!」
 アキはぽつりといった。
 目尻がつりあがり、威圧するようなきつい表情に変わった。
 紅い髪がオーラの力で大きく舞い上がる。
「やめろ、無茶だ。」
 トリトンはアキを落ち着かせようと手をのばした。
 が、アキはするりとかわした。
 力を一気に放出して宙に駆け昇り、猛烈な気迫で追走した。
 激情を表すかのような、オーラの炎が噴きあがる。
 力が暴走した。
「よせ、アキ!」
 トリトンが身を裂くような叫びをあげた。
 アキはパワーを持続させたまま、ラムセス・クイーンが逃亡した場所から宇宙に飛び出していった。
 装甲の亀裂がさらに広がった。
 部屋と通路の部分に、嵐のような疾風が吹き荒れた。
 アキがいなくなったことで、空間のシールドが失われた。
 シールドが消えると、物理的な原理で空気が外に漏れ出してしまう。
 一同は爆風のような風に煽られた。
 はがれた内装の破片が舞い上がり、塵とともに外に吐き出されていく。
 みるみる空気も薄くなり、しだいに苦しくなってきた。
 サリーの絶叫が響いた。
 彼女の体が吹き飛ばされた。
「サリー!」
 ゼファはサリーを助けようと身を乗り出した。
 すると、一緒に風圧で体をもっていかれてしまう。
 その時、トリトンの剣に変化が現れた。
 ブルーのロッドが輝くと、青いオーラを放って周囲に広がった。
 無意識のうちに、トリトンのパワーが解放された。
 驚きながら、トリトンは反射的に力を放出した。
 風圧に耐えながら、トリトンは剣を構え意識を集中する。
 トリトンのオーラはシールドを形成した。
 波のようなブルーのオーラがうねる。
 オーラは、風圧に乗って部屋中に飛び散ると空間を埋め尽くした。
 装甲の亀裂は、トリトンのオーラでふさがれた。
 飛ばされたサリーとゼファは、オーラがクッション代わりになって受け止めた。
 それとともに、艦内は正常な気圧を取り戻した。
 風圧も収まり、もとの環境に落ちついた。
 気がつくと、トリトンの全身からオーラが放出されている。
 着込んでいたスペースジャケットが消滅してトリトンは全裸の状態だ。
 だが、うまくオーラが体を覆ってくれているので、トリトンに抵抗はなかった。
「早く、非常装甲版を!」
 トリトンはラークに命じた。
 呆気にとられていたラークは、トリトンの言葉で現実を取り戻した。
 大急ぎで廊下に回ると、入り口の脇にある非常ハッチに触れた。
 ハッチは透明ケースに収められている。
 非常時にケースの扉を叩き割り中のレバーを引くのだ。
 ラークが操作すると、亀裂が入った装甲部分の内側に、スライドしてきた別の装甲版が入って亀裂を修復する。
 応急処置だが、その部分の装甲が強化される。
 処置を確認してトリトンは力を消した。
 まるで潮が引くように、オーラの光がトリトンの方にもどっていく。
 オーラはトリトンの体を完全に覆い隠すと、一瞬、光を放ってすぐに消滅した。
 再びオーラの中から姿を現したトリトンは、元のスペースジャケットを着込んでいる。
 封印がはずれなかった。
 肩で苦しげな息を吐きながら、トリトンは剣を胸元で構えた状態で立ち尽くしている。
 まだオーラは剣の周囲を取り巻いている。
 だが、剣もオーラに覆われながら溶けるように目の前から消滅した。
 とたんにトリトンは崩れた。
 緊張の糸が途切れた時のように膝をついて座り込むと、放心したように動けなくなった。
「トリトン!」
 ジオネリアが慌てて駆け寄った。
 トリトンはゆっくりと顔を起こした。
 その時、トリトンは言葉をなくした。
 トリトンが視線を送った通路の先に、ケインや地球人メンバーと一緒にいるアルディを見つけた。
 アルディは、困ったようにトリトンを見つめている。
 何かを察したジオネリアは心配そうにトリトンの顔を見つめた。
 トリトンはすっと目を閉じた。
 複雑な気持ちを振り払い、トリトンは一つの決意を誓った。