14.錯 綜 4

 <ビローグGG>には、高度医療施設が完備されている。
 四年前、海賊との戦いで重傷を負った鉄郎は、ここで最新の医療技術を受けたおかげで、一命をとりとめた。
 その時、アキは、鉄郎に血液を提供している。
 その時と同じ施設に、鉄郎はまた運びこまれた。
 装置のおかげで、鉄郎のバイタルは安定し、健常者と変わらない状態に保たれている。
 だが、ジオネリアはこういった。
 “精神をとられたままの状態では、生きているとはいえない。”
 意識がないだけで、鉄郎は、目覚めることがない長い眠りについている。
 仲間から一人離れたアキは、兵士の目をくぐって施設の中に入った。
 施設の中には、担当の看護師がいた。
 アキは、看護師に、鉄郎と二人きりにさせてほしいと申し出た。
 さすがに、持ち場を離れることができないため、看護師は申し出を拒否した。
 だが、アキは、鉄郎の意識が戻る可能性があることを説明した。
 看護師は、五分だけという条件をつけて、その場を離れてくれた。
 アキは、強化ガラスで仕切られた無菌室の中に入った。
 装置の中に入ってる鉄郎は、直接、外界と触れることがないので、無菌といっても、そのままの姿で入室することができる。
 装置に近づくと、アキは中にいる鉄郎を覗き込んだ。
 そして、優しい笑顔を浮かべた。
 涙は見せなかった。
 アキは、新しい決意を刻むために、ここに来たのだ。
 鉄郎が望んだ強い心を示すために。
「鉄郎…。」
 アキは、いつものように鉄郎に語りかけた。
「あなたをこんな窮屈な所に閉じ込めてごめんなさい…。もう少し、我慢して…。私が、あなたの魂を救ってみせるわ…。必ず…。」
 鉄郎に、アキの言葉は聞こえていない。
 けれども、アキは優しく言葉を投げかけた。
「びっくりすることがあるわ…。トリトンはね、家族に恵まれていたの…。とっても素晴らしい奥様よ、相手の方は…。二人の間には、もうじき赤ちゃんも生まれるわ…。」
 アキは小さく笑った。
「みんなが心配してるわ。でも、私はその逆…。とっても嬉しいの…。二人が結ばれてくれていたことが…。」
 アキは、さらに語りかけた。
「あなたのいった通りだった…。血筋にこだわる必要はないのね…。私にもまだチャンスがある…。そう確信できた…。」
 アキは、思わず言葉を詰まらせた。
 感情が昂ぶる。
 しかし、深い息を吐きながら呼吸を整えると、鉄郎を愛しげに見つめた。
「鉄郎…。あなたが元気になった時…。その時こそ、私はあなたの気持ちを…。だからお願い…。もう一度、目を覚まして…。私に笑顔を見せて…。私は戦うわ…。あなたの笑顔を取り戻すために…。」
 アキは胸に手を当てると、祈るように言葉を呟いた。
「お願い、鉄郎…。あなたの勇気と力を、私にください…。ラムセスと戦える、みんなを守れる、強い力を…。」
 その時、誰かが、アキの呼びかけに答えてくれた。
 アキは驚いた。
 答えてくれたのは幼い少女だ。
 聞き間違えるはずがない。
 トリトン・アトラスの使徒、アルテイア。
 もう一人の自分自身。
「私のことを、ようやく呼んでくれましたね…。」
 アキは目を見張った。
 装置をはさんだ真正面の位置に光球が現れた。
 その中に、幼いアキと同じ姿の少女がいる。
 アルテイアのオーラの光に、アキはすっぽりと包まれた。
「アルテイア…。」
 アキは慎重に呼びかけた。
 すると、光の中のアルテイアは静かに頷いた。
「今まで、私はあなたと同化できませんでした…。その理由は、あなた自身がよくわかっているはずです。」
 涼やかな声が、アキの心の闇を的確に追求する。
 アキは顔を伏せた。
「ごめんなさい…。アルテイア…。私は、あなたをずっと拒絶し続けていたわ…。私はあなたじゃない…。あなたになりたくないと…。あなたが消えてしまうのを建前に、ずっと、気持ちをごまかしてきた…。」
 アキは悲しげに見つめた。
「そんな私を、あなたは許してくれるの…?」
 アルテイアは優しい笑顔を浮かべた。
 それは、ただの少女の笑顔ではなく、世界を司る女神としての、いたわりと慈悲に満ちた誇り高い微笑だ。
「エネシスは、あなたにも試練を与えたのです。トリトンだけでなく、あなたも、その試練を克服しなくてはいけませんでした…。」
「試練…?」
 アルテイアは言葉を続けた。
「アクエリアスの力は、己の精神の力…。力を否定するあなたは、自分自身を否定していた…。それでは、本当の力は発揮できない…。今までのあなたはラムセスに勝てなかった…。でも、自分自身を信じてこそ、真のアクエリアスの力は目覚める…。あなたは、エネシスの試練をようやく克服したのです…。」
「アルテイア。私は、勝手な女よ…。」
 アキはかぶりをふった。
「今は力がほしい…。みんなを助けたいと思ってる…。トリトンとジオネリアを犠牲にしたくない…。だけど、それはトリトンのためじゃないわ…。それでも、いいの…?」
 アキは困った顔で問いかけた。
 アルテイアはにっこりとした。
「あなたは私…。私はあなた…。だからわかる…。守りたいものは、私が愛したもの…。私が愛したものは、すべての、私を信じてくれた人達…。だから、私は守りたい…。あなたが守りたいと思う人々…。あなたの世界を…。」
「アルテイア…。」
 アキは驚いた。
 アルテイアはいった。
「私はあなたの元に還りたい…。アルテイアとアキは、一人のアキなのだから…。」
 アキは大きく両手を広げた。
 強く、そして、温かい言葉を投げかけた。
「もどってきて、私の中に…!」
 アルテイアは宙を舞う。
 アルテイアの魂はすがるように、アキの胸の中に飛び込んだ。
 アキはアルテイアをそっと抱きしめた。
 アルテイアは溶け込むように、アキの体の中で消えてしまった。
 とたんに、アキの体から純白のオーラがほとばしる。
 意志とは無関係に、アキの内面から“気”が高まってくる。
 秘められた力が、いよいよ解放される時がきた。


 激しい衝撃が艦内をゆるがした。
 船員達は足をすくわれて、フロアに一斉に転倒した。
 通路の一角を、駆け抜けていたトリトンとジオネリアも、壁に激しく叩きつけられた。
「派手に暴れやがって…。」
 体を起こしたトリトンはぼやいた。
 ジオネリアが、トリトンに視線を向けた。
「人が殺された形跡はありません。」
「これでも、少しは大人しくなったわけだ…。」
 二人は、感じる「気」を頼りに、ある場所に行き着いた。
「ここは…。どういう場所ですか?」
 ジオネリアが聞くと、トリトンがいった。
「予備室だ。でも、どうしてこんなところに…。」
 メディカルルームは、診察室に数ヶ所の病室、手術室、検査室など、一つの区画に、複数の施設が設けられている。
 二人がもっとも強い「気」を察知してやってきたのは、遺体安置所などに使用される予備の部屋の前だ。
 部屋をしきる固い扉が、廊下と中とを隔てている。
 だが、トリトンは、邪悪な殺気とともに、まばゆいばかりの“生気”を感じた。
 ジオネリアも同じ気を感じている。
 驚きの表情が浮かんだ。
「アルテイアが…。力を取り戻した…!」
「行こう。」
 トリトンは固い表情でいった。
 ジオネリアは頷いた。
 二人は精神を集中した。
 二人の体から、特徴あるオーラが吹き上がる。
 トリトンは深いブルー。
 ジオネリアは明るいグリーン。
 さらに、トリトンは、右手に集まる光の中からオリハルコンの剣を呼び出した。
 二人は変身して部屋に突入しようと考えた。
 しかし、それより早く。
 扉の向こう側から衝撃がきた。
 扉を突き破って、エネルギーが二人に襲いかかる。
 一瞬の差で二人は飛びのき、エネルギーをかわした。
 が、続けて、二発目の力が二人に迫る。
 トリトンとジオネリアは二撃目でやられた。
 二人は驚いた。
 襲いかかったのは、黒いロープのようなオーラだ。
 それが、二人の胴体に巻きつき、二人を締め上げた。
「何だ、これは!」
 トリトンは叫んだ。
 思わず、前方を見つめて、二人は目を見張った。
 闇のような黒い姿をした女、ラムセス・クイーン。
 彼女は、部屋の中央で悠然と浮かんでいる。
 その前に。
 封印をはずし、アルテイアに変身したアキが、オーラの帯に黒い締め付けられている。
「アルテイア、どうして力が…。」
 ジオネリアは息を呑んだ。
 一方で、トリトンがジオネリアにいった。
「どうすりゃいいんだ? 三人ともこんなんじゃ、どうにもならないよ!」
「諦めろ、トリトン・アトラス。」
 ラムセス・クイーンは薄く笑った。
「お前達の封印は、はずさせない。このまま力を吸い取ってやる!」
 トリトンは、ラムセス・クイーンを睨みつけた。
「あんまり欲張ると、消化不良を起こすぞ。」
「黙れ!」
 ラムセス・クイーンは、怒りにかられた。
 三人に向けて、電撃のオーラを放った。
 電撃は、帯のオーラを伝って、三人の体を痛めつける。
 三使徒達は、悲鳴をあげながらも、ひたすら耐えた。
 トリトンは顔を歪めながら、ラムセス・クィーンに言葉を浴びせた。
「ラムセス、アキの力をもどしたのなら、腹の中に閉じ込めている鉄郎も離せ。これは忠告だ。でなきゃ、あんたは、慢性の食中毒で苦しむことになる!」
「父王、すべてから手を引きなさい。」
 ジオネリアも叫んだ。
「天の裁きを受ける前に…!」
「減らず口を叩くな!」
 ラムセスのパワーが増大する。
 三使徒には、それ以上の力が伝わるはずだった。
 が、そこに。
 別のエネルギーが加わった。
 二つのエネルギー。
 それは、レーザーのような熱を帯びた光球だ。
 光球の一つは、ジオネリアとトリトンを締め付けていたオーラの帯を断ち切った。
 もう一つ、別の光球は、アキに絡みついていたオーラの帯を消滅させた。
 ラムセス・クィーンは目を見張る。
 トリトンは息を飲んだ。
 エネルギーを発した人物を、トリトンはよく知っている。
 トリトンの同僚達。
 新メンバーのサリーとゼファだ。
 さらに、風のような素早い身のこなしで、ラ―クが駆け込んできた。
 ラークは、腰に下げていたスティックを手に持つと、持ち手の親指に触る小さなボタンをピッと押した。
 すると、スティックの先端が変形して、ムチのように細長く伸び柔らかくしなった。
 ラークは低い身のこなしから、ラムセスに向けて金属のムチを振るう。
 ラムセスは思わず飛びのき、使徒からサッと離れた。
「何者だ?」
 ラムセス・クイーンは後退しながら、新顔の三人を睨みつける。
 すると、ラークが返答した。
「僕らは能力者=Bエスパーです。」
「どうして、君達が…。」
 トリトンが呆気にとられると、ゼファは平然と言い返した。
「僕らじゃない。ラークの提案だ。」
「えっ?」
 トリトンは、目の前でラムセスと対峙したラークを見返した。
 ラークはラムセスを警戒しながら、トリトンに聞き返した。
「あれが異世界の生命体ですか?」
「そうだ。ラムセス・クィーンという。」
 トリトンは頷きながらいった。
「おのれ…。」
 怒りを募らせたラムセス・クイーンは、一同に向けてオーラを放つ。
「させない!」
 アキが、すかさず防御のオーラを放出した。