アルディは泣き出しそうな表情を浮かべて、大きく両手を広げた。
素早く駆け寄ったトリトンは、アルディを気遣いながら優しく抱きしめた。
その光景を見せられて、残りのメンバーは凝固した。
アルディは、ほとんど動こうとしなかった。
なぜなら、彼女のお腹はそれとわかるほど大きく突き出ている。
二人がどういう仲か、説明されなくてもよくわかった。
すでに結婚し、さらに子どもまで身篭っている。
「アルディ、体は? 大丈夫?」
トリトンが聞くと、アルディは笑顔で応じた。
「はい。あなたの方こそ…。ずっと心配していました。」
瞬間、ケインは怒りを露にした。
「トリトン、前言、取り消し!」
ケインの怒鳴り声にトリトンはギクリとする。
アルディを離すと、慌てて逃げ出そうとした。
一方、ケインは足をとられて、派手に転倒した。
犯人はパートナーのムギだ。
背中の触手で、ケインの足をひっかけたのだ。
「あにすんの、バカ!」
ケインは赤面しながら、ムギを叱る。
トリトンは笑顔を作った。
「助かった。ありがとう、ムギ。」
「君のペットの方がよほど常識をわきまえている。」
「ふんだ!」
オリコドールに冷ややかな言葉を浴びせられて、ケインは顔をくしゃくしゃにした。
ティファナがトリトンの側にやってきて、呆れたようにいった。
「アルディのこと、みんなにいってなかったの?」
「うん…。いう機会がなかったんだ…。」
トリトンは頭をかきながらそういった。
「わざとだろ…。」
島村ジョーはぼそりと呟いた。
その間に、トリトンから離れたアルディが、一同の前にすっと進んだ。
トリトンもテイファナも突然の様子に、言葉をなくしてしまう。
驚いて見つめるメンバーの前で、アルディはすっと一礼した。
「皆さんがスカラウの方々ですね? お話は、ロディ、いえ、トリトン・ウイリアムからお聞きしています。助けていただいて、ありがとうございます。」
「い、いえ…。」
「こちらこそ、お世話になっています。」
地球人のメンバーは、慌ててアルディに頭を下げた。
アルディはアキを見つめた。
「あなたがアキさんですね?」
「は、はい…。」
アキは息を詰まらせるように返事をした。
アルディはにこやかに声をかけた。
「ロディからお聞きしています。あなたのおかげで、今の自分があるのだと…。ロディはあなたを尊敬し、そして、あなたの意思を受け継ぐために、今も努力しています。これからも、どうかロディの支えになってください。」
「そんな、支えだなんて…。」
アルディは躊躇いもなく、アキの前に手を差し出した。
逆に、アキは戸惑いながら握手を交わした。
レイコがジョーにそっといった。
「トリトンってすごい…。ちゃんと、女房教育やってんだから…。」
ジョーは肩をすくめるのが精一杯だ。
「それとも、アキに宣戦布告してるかだわ。可愛い顔して随分と大胆な娘ねぇ。」
裕子がかわりにいった。
「君、歳はいくつ?」
ロバートが聞くと、アルディはにこやかに答えた。
「16です。」
「16で子持ちか? もったいないな、若いのに。それともあの坊やに無理に迫られたとか…!」
「変なこというな!」
トリトンは、メンバーの所にもどりながら文句をいった。
が、ケインの前を通りすぎようとした時、トリトンは首筋を掴まれた。
「隙あり! このままですむと思った?」
ケインは、トリトンを羽交い絞めにした。
さらに、激しく問い詰めた。
「ナンパ男、さあ、白状おし! あの子と、どこでデキたの? それで、赤毛娘とも結ばれようってんだから、調子よすぎるわ!」
「苦しい…。離せ〜!」
「白状したらね!」
「しつこいぞ〜! この鬼女〜!」
「なんですって〜!」
トリトンはもがいて、ケインを振り解こうとしている。
が、格闘のツボを心得たケインの技はなかなかはずせない。
「まったく…。」
オリコドールは軍帽を深くかぶり直して、額を抑えつけた。
地球人メンバーも深く溜息をついた。
しかし、アルディだけは笑顔を浮かべていった。
「二人とも、仲がいいですね。ロディがあんなに喜んでいるの、久しぶりです。」
一同は、思わず卒倒しかけた。
「ありゃ、どう見ても嫌がってるだろ…。」
ジョウは目を丸くした。
「この子、したたかなんじゃなくって、“天然”なんだわ…。」
レイコが乾いた笑いを浮かべた。
他のみんなも笑ってごまかした。
一方、ケインの締め上げは、まだ終わらない。
「痛いっ!」
トリトンの悲鳴がひどくなった。
しかし、そこに鋭い男の声が響いた。
「何をやっている、この非常時に!」
ケインは反射的にびっと背筋をのばして直立した。
と、同時に、トリトンはやっと解放される。
ケインにとって、忘れられない男の声、そして姿。
唐突に姿を現したのは、ケインの直属の上司、ゴードンだ。
ゴードンはケインを睨みつけた。
「呆れたぞ。この少年は保護しろといったはずだ。誰が虐待しろといった!」
「人聞きが悪いです。彼には、身辺の事情を聞く必要があったのです。」
ケインは情けない声でいった。
しかし、そんな言い訳が通じるわけがない。
ケインといえども、決して逆らえない「鬼の部長」。
まさか、その部長本人が、同船しているとは予想外だ。
ゴードンは容赦なく一喝した。
「恥を知れ! トリトン・ウイリアムのご両親や、ラボの方々も一緒なのだ。いったいどう釈明する気だ?」
ケインは思わず身をすくませた。
「ったく…。」
トリトンは激しく咳き込みながら、呼吸を整えた。
そして、ゴードンの後ろにいた人々に視線を向けた。
そこにいるのはトリトンの両親と、トリトンの上司のダブリス、そして、同僚の男女三人だ。
「ご心配をかけてすみませんでした。」
トリトンは固い表情のまま、ゆっくりと彼らに頭を下げた。
真っ先に応じたのは、上司のダブリスだった。
「いや、無事で何よりだ。よく、もどってきたね。」
柔らかい印象的な物腰と声。
スーツをきっちりと着こなす理知的な表情は以前のままだ。
「頭をおあげになったら? お詫びをされる前に、真相を私達にも打ち明けていただかないと…。」
そういったのは、ダブりスについている三人のうちの紅一点の女性だ。
ジョー達は目を見張った。
三人の男女の顔は初めて見る。
レイコがティファナにそっと聞いた。
「ね、彼女達、ラボの人達?」
すると、ティファナが説明した。
「そうだよ。みんなが地球に戻ったあとに、新しくメンバーに加わったの。女の子がサリー、金髪の男の子がゼファ。もう一人、赤毛のロン毛の男の子がラーク。前のメンバーはみんな卒業しちゃって、半分のスタッフが入れ替わったの。」
「あの子達、優等生ずらして雰囲気悪そうね。前はあんな感じじゃなかったわ。」
裕子が口をはさんだ。
彼らが知っているラボの雰囲気は、もっとアットホームで親しみやすく、とっても友好的だった。
だが、今、目の前にいる男女はとても高慢で冷たい雰囲気だ。
「特にあの三人は優秀なんだけど…。」
ティファナがぼやくようにいうと、ジョウが肩をすくめた。
「何か問題でもあるのか?」
「いろいろとね…。」
ティファナは肩をすくめながら言葉を濁した。
メンバーは少し困惑した。
サリーと呼ばれた女性は、典型的な知的才女だ。
優雅な物腰のお嬢様といった感じだ。
髪は深いブルー。
毛先がゆるやかにウェーブを描き、地球人の女性のファッションとも、どこか共通している。
その隣にいた金髪の青年、ゼファが目をスッと細めた。
「我々まで巻き込まれてしまったんだ。その理由を聞く必要がある。君の個人の感情は我々には関係ない。あの地球人の紅い髪の女性に、君がどう思いを寄せていようとね…。」
「彼女は関係ない。」
トリトンは強い口調で言い返した。
すると、ゼファは小さく笑った。
「君でも取り乱すことがあるんだな。初めて見たよ。」
「君達は黙っていてくれたまえ。」
ダブりスが二人をたしなめた。
そして、トリトンを見返すと、改めて口を開いた。
「トリトン、わかっているね? 君の見解が必要だ。ゼファ達は、“特殊能力者”だ。そこに、目をつけられたとしても仕方がない。しかし、問題は他にあるはずだ。違うかね?」
「ダブリスさん。」
トリトンが訴えるようなまなざしを向けた。
「真相を知ってるのは俺ではなく、俺の父の方です。」
「ウイリアムが?」
ダブりスは思わぬ指摘に、言葉をなくした。
トリトンの父、ウイリアムとダブリスは年の親友だ。
トリトンは、父親ジョセフに鋭い視線を向けた。
「父さん、知っていたんだろ? 俺の秘密を…。」
「秘密? どういうことだ?」
「とぼけないでよ。知ってて隠していた。俺が、この世界に生まれた本当の理由…。アトラリア。隔世遺伝。前世。ラムセス…。思い当たることがあるだろ?」
「ロディ。お前、私が封印した資料を…。」
ジョセフがいいかけると、トリトンはかぶりを振った。
「資料なんか知らない! 父さんはわかっていたんだ…。俺がこういう力を持つことを…。父さんと母さんから生まれても、本当の血筋が別にあることを…。」
「ウイリアム、どういうことだ?」
ダブリスが口をはさむと、ジョセフは首を振るだけだ。
苛立ったトリトンは、さらに口調を強めた。
「とぼけるな! もっと早く話してくれたら、こんなことにならずにすんだ…。みんなを…。大切な人を、巻き込まずにすんだ…!」
「ロディ、あなたは、私達の子どもなのよ。」
母親のアレナがトリトンに訴えた。
トリトンは視線をはずすと、アレナに呟くようにいった。
「母さん、ごめんなさい…。本当は無事にもどってこられたことを、一番に喜ばなきゃいけないのに…。」
「ロディ…。」
父親が窺うような様子で声をかけた。
トリトンはわずかに笑顔を作った。
「父さん。俺を研究資料にしたいなら好きにしてよ。あなたの研究の集大成は、目の前にいるんだから。」
ジョセフは視線を落とすと、顔を強張らせた。
「トリトン。いいすぎだ。ウイリアムに謝りたまえ。」
ダブリスがトリトンに忠告した。
しかし、トリトンは静かに首を振った。
「ごめんなさい。お見苦しいところを見せてしまって…。アルディを病室に連れて行きます。いいですよね?」
「トリトン君。」
声をかけたのはゴードンだ。
トリトンが首をめぐらすと、ゴードンは事務的な口調で言葉を続けた。
「君の心情は察することもある。だが、君も一人の人間なら、与えられた責任を果たしたまえ。」
トリトンは表情を変えた。
「艦長。我々は一端、居住区に戻ります。後はよろしく。」
ゴードンは、ダブリス達を促した。
トリトンの身内の人間は、居住区に戻るために背を向けた。
その時、トリトンの同僚の一人、ラークがトリトンに声をかけた。
「君は、何か一人ですべてをしょいこもうとしている気がする。つらい選択をしようとしてるのでは…。」
「ラーク。」
トリトンは朗らかな声で応じた。
「後でスカラウ人のみんなを紹介しよう。みんな、いい人達だ。君もきっと気に入るよ。」
「それは、また別の楽しみとしてとっておくよ。」
ラークがいった。
身内と別れたトリトンは、メンバーの元にもどってきた。
オリコドールがトリトンにいった。
「奥さんを病室に連れて行くことは認めよう。しかし、その後は我々にも協力してもらうからね。そのつもりで…。」
トリトンは視線を落とすと、ややあって答えた。
「…わかりました。」
トリトンやメンバーは、部下を連れて去っていくオリコドールを見送った。
廊下には、メンバーと、護衛のための数人の兵士が残った。
トリトンはメンバーの顔を見渡して表情を変えた。
「あれ、アキは?」
「鉄郎を見てくるって。一人で離れちゃったわよ。」
レイコがふて腐るような顔をした。
トリトンは肩をすくめた。
「悪い。仲間が変なことをいうから…。」
ジョウが身を乗り出した。
「お前な、親や仲間とももめていやがったのか? こっちまで、とばっちりを食らうだろ!」
「もめちゃいないよ。一応、メンバーだし…。」
トリトンは肩をすくめた。
「ティファナ、お前、よけいなことをいってないだろうな?」
トリトンはティファナに視線を向けた。
ティファナは驚いて弁解した。
「あたし、何もいってないよ…。」
「ロディ…。」
アルディが戸惑いながら声をかけた。
「お義父様やお義母様と、きちんとお話してください。お二人とも、あなたのことを、心から心配されていらっしゃいます。」
すると、トリトンは、すぐに表情を和ませた。
優しい口調で、アルディに言い返した。
「アルディは何も心配しなくってもいいんだ。それより、もう体を休めないと…。」
「彼女、どこで知り合ったんだ?」
島村ジョーが訊ねると、トリトンはあっさりと返答した。
「スクール時代の同級生で幼馴染だよ。」
「同級生なの?」
裕子が目を丸くした。
ケインがトリトンに強い口調で命じた。
「トリトン、奥さんよりも、あたしらとつきあいなさい!」
「どうして?」
トリトンが首をかしげると、ケインはさらに苛立った。
「当然よ! 一緒に報告してくれないと、あたしがまた部長にどやされるじゃない!」
「報告だけなら、ケインだけで十分だろ。」
トリトンは反論した。
様子をみていたアルディは困惑した顔で、トリトンに言い返した。
「私は大丈夫です。ロディ、皆さんと一緒に行ってください。」
「そう、私もいるからね!」
ティファナも胸を張った。
「トリトン。ここで孤立すれば、あなたの立場も危うくなります。ここは皆さんの指示に従った方がいいのではないですか?」
ジオネリアが忠告した。
「ジオネリアまで、そんな…。」
トリトンがいいかけると、ロバートが念を押した。
「大人のいいつけには従うもんだ。お坊ちゃん。」
「それじゃ、みんなを巻き込むことになる…!」
トリトンがたまりかねて言い返すと、倉川ジョウがムキになった。
「一人でまた何かを企んでるな? 俺達はとっくに巻き込まれてる。」
「みんなのことじゃなくって…。」
トリトンも感情を高ぶらせて反論しかけた。
が、その時。
突然、戦慄を覚えた。
血の気が引いて、背筋に寒気を感じた。
予感。殺気。全身が震える。
「トリトン、感じますね。」
ジオネリアが緊張した声でいった。
トリトンは静かに頷いた。
「はい。」
「いきましょう!」
ジオネリアはトリトンを促した。
「ティファナ、アルディを頼む。みんなはここにいて!」
トリトンはそれだけいうと、弾かれたように廊下を駆けだした。
「待て!」
二人を止めようと、兵士が銃を向ける。
しかし、それより早く、ジオネリアがオーラを発した。
「すみません!」
兵士は、ジオネリアのエネルギーをくらって壁に叩きつけられた。
「バカ野郎! 身内だろ!」
ロバートが一喝した。
「何、何なの〜?」
ティファナはうろたえながら、周囲を飛び回る。
「来やがったか。あいつが。」
倉川ジョウがそういうと、ロバートが頷いた。
「たぶんな。」
「私達、どうすればいいの?」
裕子が首をめぐらした。
その時、敏捷にケインが動いた。
「待って。動向を探らなきゃ。艦内モニターでチェックするわ。」
「どうやって?」
島村ジョーが聞くと、ケインは得意げにいった。
「兵士なら常備しているはずよ。携帯用のモニターのリモコンをね。」
いいながら、ケインは倒れた兵士からモニターのリモコンを奪い取った。