14.錯 綜 2

 <ピローグGG>で真っ先に出迎えたのは艦長のオリコドールだ。
 ケインは問題にならなかった。
 オリコドールが気にかけたのは、スカラウ人達と民間人のトリトンだ。
 特に、トリトンに対する気遣いは身に余るほどだ。
「トリトン・ウイリアム。どこも怪我はないのだね? 何か困ったことはあったかね?」
 トリトンは戸惑いながらも返答した。
「いえ…。特に…。あの…、何があったのですか?」
 逆にトリトンが訊ねても、オリコドールは答えようとしない。
「オリコドール、何を隠してるの! ちゃんと説明して! こうして言われたとおりにやってきたんだから!」
 苛立ったケインが口をはさんだ。
 すると、オリコドールはケインを睨みつけた。
「ケイン・ユノア!」
 フルネームで呼びつけると、オリコドールは語気強く言い返した。
「後でまとめて説明してやる。むろん、そちらの報告も聞く必要がある。だが現段階の状況分析が先だ。」
 頬を震わせるケインから視線をはずしたオリコドールは、そばにいた士官に声をかけた。
「犠牲者は他にいないのか?」
 すると、残念そうに士官は答えた。
「スカラウ人の青年が仮死状態のまま…。確か、「てつろう」という方だったと…。」
「彼が…。」
 オリコドールは言葉をなくした。
 鉄郎のことはよく覚えている。
 四年前も、重傷の状態で<ピローグGG>に担ぎこまれた。
 しかし、彼が優れた行動力の持ち主であることは、オリコドールもよく知っている。
 ジリアス事件の解決の糸口を掴めたのは、鉄郎の機転が利いた活躍のおかげだ。
 オリコドールは、一緒にいたスカラウ人に沈痛な心情のまま頭を下げた。
「すまない。また、彼によけいな負担をかけてしまったようだね…。」
「頭を上げてください。」
 島村ジョーが口を開いた。
「あいつがやられたのは、オウルト人のせいではありません。異世界の生命体のせいです。」
「異世界…?」
 オリコドールは目を見張った。
 鼻を鳴らしたケインが後の言葉を続けた。
「そうよ。任務遂行途中で、異世界の生命体と遭遇。その生命体もオリハルコンを狙ってるわ。もちろん、私達も敵としてそいつを追いかけている。そいつは鉄郎だけじゃない。大切な私の相棒と、占拠した反乱軍の兵士を全滅させてるのよ。その中にクーデターの首謀者、グラントが含まれていたわ。」
「そんなことが…。」
「疑うのなら調べてみたら? ただし、遺体はすべて消滅して跡形もなくなっちゃったけど。」
「なんてことだ…。」
 オリコドールはかぶりを振った。
「どこへ行っても、オリハルコンを狙う敵ばかりということか…。」
 その呟きは、ただならない状況を窺わせている。
 トリトンはハッと表情を変えた。
 一歩、前に進むとオリコドールに話しかけた。
「教えてください。そっちで何が起きたのか…。オリハルコンのことで問題があるのなら、俺にも関係しているはずです。艦長、隠さないで説明してください。」
「・・・わかった。」
 トリトンの思いつめた表情を見つめると、オリコドールはようやく頷いた。
「この船には、トリトン・ウイリアムに親しい人々が乗船している。トリトン・ウイリアム。君は、ジリアスでケイン達に救助された後、スカラウに向かった。しかし、その後の消息はつかめず、この二ヶ月近くの間、行方不明になってしまった。その間に、反乱軍の連中が、君やスカラウ人のお嬢さんの手がかりを入手しようと、君の関係者を誘拐しようとした事件が多発したのだ。」
「そんな…。」
 トリトンは仰天した。
 だが、オリコドールは、安心させるように言葉を付け加えた。
「大丈夫だ。すべて、こちらで手を打ったために未遂で終わった。君に関する各部署や関係先は、我々、宇宙軍の艦隊が24時間体制で、今も護衛、監視にあたっている。」
「どうして、こんなことに…。」
 トリトンは激しく呼吸を繰り返した。
 ジオネリアがトリトンの肩に、そっと手を置いた。
 オリコドールは全員の表情を見渡しながら、言葉を続けた。
「連中も君達のことをやっきになって探していたのだ。我々も、君達の捜索にいち早く乗り出すことになった。しかし、無事にもどってきてくれて本当によかった。後はこちらで任せてくれないだろうか?」
「勝手に結論づけないで。」
 ケインが一喝した。
「あんた達に全部、任せられるはずがないじゃない。報告はするわ。だけど、その後、私達の任務を遂行させてもらうわ。」
「それは無理だ。」
 オリコドールは、すぐに言葉を重ねた。
「この艦は、連合軍主席の指揮のもと、この宙域で待機している。まもなく支援部隊も到着する。ロスト…。いや、<リンクス・エンジェル>も、支援部隊に加わるように要請が出ている。」
「なんですって?」
 ケインは呆れた。
「この宙域で、ドンパチをやる気ぃ?」
「最悪の場合だ。相手は、この宙域に集結すると予測されている。」
「俺達はどうなるんだ?」
 倉川ジョウが呆れたようにわめいた。
「異世界の生命体を追わなきゃいけないってのに…。この船に足止めさせる気か?」
「そのとおりだ。事件解決まで、この場にとどまってもらうことになる。」
 オリコドールがいった。
 ジョウは唇を噛み締めた。
「なんてこった…。」
「そのために互いの情報交換が必要だ。理解してもらえないだろうか? いずれ、君達の協力を仰ぐこともあるだろう。」
「協力だ? ふざけんな!」
 ジョウは言葉を吐き捨てた。
 苛立つジョウの肩を、ロバートが軽く叩いた。
 ロバートは小さく頷いた。
「上等だ。俺達もそれなりにあてにされてるらしい。だったら、このまま様子を見てもいい。」
「何をいいだすんだ?」
 島村ジョーが目を見張った。
 ロバートは淡々と応じた。
「今は態勢を立て直すことの方が大事だ。十分な休息。そして適切な情報の把握だ。」
「随分と暢気ね。」
 ケインはロバートを見返した。
 ロバートはケインにも言い返した。
「焦って貧乏くじを引くより確実な方法だ。今は闇雲に駆けずり回るだけだからな。それに、君の大切な相棒の治療も必要だろ?」
「それはそうだけど…。」
 ケインは肩をすくめて、ロバートに応じた。
「君は初めて見る顔だね。」
 オリコドールは、ロバートを見返した。
 ロバートは軽く会釈した。
「こいつらの保護者代わりです。よろしく。」
 一方で、ジオネリアがトリトンを気遣った。
「休んできますか? 顔色が悪いですよ…。」
「大丈夫だ。心配かけてごめん…。」
 トリトンは小さく頷いた。
 アキは言葉を発することなく、トリトンの顔を心配そうに見つめていたが、スッと視線をはずした。
 その時、アキは表情を変えた。
 視線の先に、懐かしい少女の姿を見つけた。
「あれは…。」
 アキの声で、みんなも少女に気がついた。
 しかし、その子は少女といっても人間ではない。
 人形のような小さな体格に、流線型の昆虫のような四枚の羽根を背中に持っている。
 オウルト人種界で、唯一、生存している浮翼人。
 ジリアス・ラボのスタッフとして働くティファナだ。
「トリトン! みんな!」
 ティファナは弾かれたように、一目散にみんなのところに飛んできた。
 彼女は妖精のように空を飛ぶことができる。
「ティファナ!」
 トリトンが、真っ先に彼女の名前を呼んだ。
「お前まで巻き込まれたのか?」
「私だけじゃない。みんなもだよ。」
 トリトンの前で、ティファナは停止すると、その位置でホバリングしながら言葉を発した。
「みんなって…。」
 トリトンが言いかけた時、横からレイコと裕子が、ティファナに話しかけた。
 二人とも、前の事件をきっかけに、ティファナとも仲がよかった。
「ティファナ、また会えるなんて思わなかったわ。」
「元気そうね。」
「レイコも。裕子も。無事でよかったよ〜。」
 テイファナはレイコと裕子の周囲を飛び回った。
「いったい何ですか? これは…。」
 一同の後ろについていたベルモンドが驚いた。
 レイコと裕子は、そろってベルモンドを睨みつけた。
「私達の大親友! よけいなことはいわないでね!」
 驚いたベルモンドは肩をすくめた。
 ティファナは、再会と事件の興奮を抑えきれないまま、一同にいろいろと話しかけた。
「ねぇ、何が起こってるの? さっき、鉄郎が運ばれていっちゃったけど…。鉄郎、大丈夫よね?」
 ティファナはアキのそばに移動すると、顔を覗き込んだ。
 アキは小さく頷いた。
 さらに、ティファナはむくれて怒りはじめた。
「もうジリアスの事件は解決したはずなのに! また、こんなことになっちゃうなんて許せないわ。」
「ティファナ、お前の話は後から聞いてあげるよ。」
 トリトンがティファナをたしなめた。
 ティファナはブスッとふくれた。
「相手がアルディなら、そんなこと、いわないくせに!」
「トリトン・ウイリアム。」
 オリコドールが口を開いた。
「この船にはアルディも、そして、君のご両親も乗船されている。」
「嘘でしょ! だって、アルディは…。」
 トリトンがいいかけると、オリコドールは穏やかに返答した。
「安心したまえ。この船のドクターはとても優秀だ。アルディはいたって健康だ。」
「ね、アルディって誰?」
 裕子がそっと耳打ちした。
 すると、レイコが、こっそりと会話に応じた。
「トリトンの彼女らしいわよ。」
「聞いてない、そんなの!」
「彼女くらいいるわよ。大騒ぎになるから言い出せなかったのよ。」
「あれが噂の彼女か?」
 ロバートがトリトンにいった。
 トリトンは驚いた。
 通路の角を折れて小走りに現れたのは、愛らしい少女だ。
 年齢は、トリトンよりも、わずかに年下に見える。
 長い栗色の髪を束ね、後に編みこんでいた。
「ロディ、よく無事で…。」
 アルディが嬉しそうに声をかけると、トリトンは弾かれたように駆け出した。
「アルディ!」
 その様子を見ていた一同は目を丸くした。