静寂に満ちた漆黒の世界に、無数の星々が輝いている。
窓の向こうに広がっているのは広大な宇宙だ。
戦闘艇の近くには、地球人が肉眼で見ることはない海王星が、闇の中に小さく浮かんでいた。
オウルト人は、地球がある太陽を「恒星ソル」と呼んでいる。
ワープアウトした戦闘艇は、「ソル太陽系の外縁」を航行した。
オウルト文明間を形成するワープ航路は、星域外の外宇宙に巡らされている。
惑星や恒星などの巨大質量の近くでは重力がワープ空間を歪め、制御不能になるからだ。
そのため外洋船は一度、通常航行で星域を離脱してから、ワープ機関を始動しなくてはならない。
「星域」とは、その距離を元に設定されたワープ不可能地帯のことだ。
「ワープ終了」を確認した、島村ジョーはシートの背に身を沈めた。
ケインはそれを当然としながら、眉間に皺をよせて思案した。
「さて、問題はこれからだわ…。」
ジョーは無言のまま、ずっと操縦桿を握り続けている。
脱出には成功した。
しかし、アトラリアで起きた問題は、何一つ解決していない。
オリハルコンは復活せず、ラムセス・クイーンを取り逃がした。
その上、トリトンが負傷し、アキも無力になった。
鉄郎が精神を吸収されたまま仮死状態となり、ドロイドと判明したユーリィすらもやられた。
アトラリア≠熾置すれば、いずれ崩壊するかもしれない。
その危機を神官エネシスにまかせて、失意のまま、アトラリアを離れるしかなかった。
他のメンバーは通常空間に戻ってからも、それぞれの役目を黙々と果たした。
宇宙空間に出てきた以上、過酷な環境に対応できる、スペースジャケットの着用が不可欠になる。
操縦桿を握るジョーとケイン、そして、ワープを初めて体験して気分を悪くしたロバート、ベルモンド、ジオネリア、さらに、負傷して横たわるトリトンと彼らを看護するアキを除いたメンバーは、先に船内偵察もかねて、着替えのためにブリッジを離れた。
その際、倒れたユーリィはストレッチャーに乗せられ、鉄郎の生命維持装置と一緒に、メディカルルームに運び出された。
人手が少なくなったブリッジは静寂に包まれている。
その空気を埋めるように、苦しそうに息を吐きながら、ジオネリアがいった。
「このまま航行を続けてください…。こちらから、ラムセスを見つけるのは不可能です。でも、必ず、向こうからやってきます…。」
「それを待つしかないわけ…?」
ケインは苛立ち気味に応じた。
アキが口を添えた。
「ラムセスの目的は私達、使徒です。態勢を立て直したら、きっと現れます。」
「地球には…。戻れないのですか?」
ベルモンドが情けない声で訴えると、アキは顔を伏せた。
「ごめんなさい。ラムセスを地球に招くわけにいきませんから…。」
「安心して。ここからだったら、数時間で、いつでも地球に向かえるから。」
ケインがいった。
ロバートはだるい腕をあげて、頭を抱えた。
「NASAでもないのに、宇宙にいるとはね…。人類史上、初だな…。」
「人種は違っても、オウルトの人達生活習慣や思想は地球人類と同じです。」
アキが答えた。
「アルテイア…。」
ジオネリアが声をかけた。
アキが慌てて近寄ると、ジオネリアは小声で訴えた。
「しばらく眠ります。あなたにおまかせしていいですか?」
「悪い…。」
トリトンも苦しい息を吐いた。
「こんなはずじゃなかったのに…。」
「トリトン。いいから。休みなさい、今は…。」
アキが声をかける前に、トリトンはすっと目を閉じた。
一方で、ジオネリアも静かに眠りにつく。
二人の体から、オーラが放出された。
「ちょっと、休ませないで、こんな時に。」
ケインがわめくと、アキが意見した。
「二人とも、この世界では、力を出していることが辛いのよ。それまで、ずっと、力を出し続けたのだから。しばらく休ませてあげて。」
「その間に、ラムセスが来たらどーする気?」
「だったら、意地でも起きてもらうしかない。」
その時、プリッジにいなかった倉川ジョウの声がした。
ケインに島村ジョーは、ブリッジ後方の入り口に目線を向けた。
先に着替え終わった倉川ジョウ達が戻ってきた。
「みごとにやってくれたわ。生存者は私達だけみたい。」
担当シートにつきながら、裕子が早口で報告した。
「姫さん、ジョー、交代しよう。」
倉川ジョウの呼びかけで、今度は、アキと島村ジョーが動いた。
プリッジを出て行く直前、アキがジョーにいった。
「トリトンとジオネリアも運ばなきゃ。」
「この二人、どういう状況だ?」
ジョーは目を丸くした。
いつの間にか、オーラが消えて、ジオネリアは裸体のまま、トリトンは、アトラリアに召還される前に着ていた服のまま眠っている。
「疲労のせいで、力がはずれてしまったの。大丈夫。二人とも眠っているだけだから。ジョー、トリトンの方をお願いします。」
「あ、ああ…。」
ジョーは、いわれるままにトリトンを抱き上げた。
アキはジオネリアを抱き上げる。
さらに、ヘロヘロになったベルモンドをロバートが支えながら、一緒にブリッジを出て行った。
それから十数分後・・・。
後から交代したメンバーがもどってきて、無事な仲間が再びブリッジに集合した。
戦闘艇は、さらに航行を続ける。
一時間あまりが経過した。
突然、変化があった。
戦闘艇の前に、別の宇宙船が現れた。
意外な船だ。
オウルト連合宇宙軍に所属する公式の戦闘艦。
コード名は<ビローグGG>。
全長は千メートル。巨大な重巡洋艦だ。
ケインは船籍を確認して、大いにびびった。
地球人メンバーにとっても、この船には、いろいろと因縁がある。
「どうして、こんなところに<ビローグGG>が・・・!」
島村ジョーが呆気にとられた。
「味方か? それとも、敵か?」
今回、初めて遭遇体験したロバートが、焦って声をあげた。
ケインが首をめぐらした。
「味方なんだけど、この船が敵船だからね・・・。どう判断してくれるか・・・。」
「艦長はまだ、オリコドールさんか?」
倉川ジョウが質問した。
「ええ。」
ケインが答えた。
「出世して、階級は大将になったって、聞いたけど…。」
「接触するの?」
裕子が声をかけた。
ケインはいった。
「たぶん、向こうが求めてくるわ。だけど、どうして、こんな場所にいるのかしら。」
「回路を開けるわ。いいでしょ?」
そういって、通信担当のアキが、手元のコントロールデスクをいじった。
さらに、その三十分後。
メンバーが搭乗した戦闘艇は、<ピローグGG>との接触を果たした。
二船は、平行に停船した後、エアロックをドッキングチューブで連結させて移船を可能にした。
ベルモンドとロバートは呆然とした。
正式な宇宙飛行士でない二人が、宇宙船のランデブー飛行を実体験している。
映画やNASAが提供するような映像を思い出しながら、二人はじっとその様子を観察した。
ドッキングが完了した直後、通信スクリーンを介して、一同は懐かしい司令官と体面した。
軍帽をかぶった、いかめしい顔つきの男。
だが、彼は外見と似つかわしくないほど、人間味にあふれた有能な指揮官だ。
四年前に比べ、司令官の顔のしわも増え、えらが張った顎もいっそう深くなり、年がいったことを感じさせた。
だが、彼はいっそうの貫禄と威厳を持ち合わせた。
キャプテン・オリコドールは、大将という階級に昇進し、さらに重い責務を任されたのだ。
オリコドールは深い溜息をついた。
今まで行方不明だったケイン一行を、ようやく発見することができた。
しかし、その中に、四年前、事件に巻き込んだ、スカラウの少年達が加わっていたからだ。
経緯はどうであれ、彼らを二度も事件に関係させてしまったことは、オウルト人類にとって最高刑に値する重罪だ。
ケインとオリコドールの間で、激しいやりとりが展開した。
ケインの方にも、合点がいかないことがありすぎた。
連合宇宙軍の防衛の要になる<ピローグGG>が、どうして、こんな銀河の辺境の海域に乗り出してこなくてはいけないのか。
ケイン達の捜索が目的なら、彼らの所属機関であるWPICが行えばいいことだ。
物々しい事態の背景に、大きな別の問題が絡んでいることを、ケインは予想した。
<ピローグGG>の目的を追求しても、オリコドールは理由を打ち明けることがなかった。
話し合いは物別れに終わった。
一同は、一方的に<ピローグGG>に移船することを告げられて通信が切れた。
ケインだけでなく、他のメンバーにも不満が沸いてきた。
しかし、この現状では真相がわからないし、埒もあかない。
ちょうどそこへ、目覚めたトリトンとジオネリアが、スペースジャケット姿でブリッジに戻ってきた。
結論は一つだ。
<ピローグGG>に移船するしかない。