「私とジオネリアが皆さんをお守りします。けっして我々の結界からはみ出さぬように。」
息を飲む一同にエネシスはそう忠告した。
さらに、周囲にオーラを張りめぐらす。
すると、取り巻いていたシールドがはずれて、一同は自由になった。
ジオネリアも助けられた。
縛りつけていたオーラの帯が消えて、ジオネリアは床に飛び降りた。
「あんた、あのエネシス? どうして人間に戻れたの?」
ケインが目を丸くした。
振り返ったラムセスが説明した。
「トリトン・アトラスのおかげです。」
「あいつが何をしたっていうんだ? 何もやっちゃいないだろ!」
倉川ジョウが反論した。
エネシスが強く否定した。
「今一度、トリトンをご覧なさい!」
ジョウと他のメンバーは思わず表情を変えた。
トリトンは、いまだに意識がないのか、ぐったりとしている。
しかし、トリトンを取り巻いているオーラの勢いはすさまじい。
渦巻くオーラは荒々しく猛り、嵐の海を思わせるほどに激しくうねっている。
それまでのトリトンと、何かが違った。
「トリトンが真の力に目覚めます。」
ジオネリアは呟くと、エネシスの真横に並んだ。
そうしながら、ジオネリアも激しくオーラを放出する。
「トリトン…!」
鉄郎の体を支えたまま、アキは不安げにトリトンを見守った。
ラムセス・クィーンは顔をひきつらせた。
エネシスが出現したことよりも、トリトンのすさまじい力の方が信じられなかった。
やがて、トリトンはゆっくりと顔を起こした。
ラムセス・クィーンを鋭く見つめる。
まなざしは異様に冷たく、怪しい光を放つ。
その表情は、半魚人ペイモスの時と同じだ。
とたんに、トリトンの体が光りだす。
一気に大量の光があふれて、誰も目を開けていられない。
ほんの一、二秒。
その間、純白の光でトリトンの姿がかき消された。
光はすぐに静まった。
光の中からトリトンが現れた。
もとの通り、衣装を着込んだ無傷のトリトンが、宙に浮いたままラムセス・クィーンと向き合っている。
オーラの縛めはなく、トリトンは自由を取り戻した。
取り巻くオーラの波は消えていない。
立ちのぼる炎のようにオーラは揺らめき、トリトンの緑の髪と、ドレープの白い服と赤いマントを鮮やかになびかせる。
「トリトン、力を…!」
ラムセス・クィーンはたじろいだ。
力を目覚めさせたトリトンは、ラムセス・クィーンでさえ恐怖を抱かせる。
トリトンは威圧する口調で、ラムセス・クィーンに迫った。
「これ以上、お前の好き放題にさせない。覚悟しろ!」
トリトンは右手を突き出した。
落ちていたオリハルコンの剣とブレスレットが引き戻されるように、トリトンの手の中に収まった。
と、同時に。
二つの力は、急激に、まばゆい輝きを放ちはじめた。
赤いオリハルコンの剣と青白いトリトンのオーラの輝き。
二種の閃光が、ブリッジ中を埋め尽くすように乱れ飛び回る。
仲間達は、光の衝撃に圧倒された。
そんな中、ラムセス・クィーンの甲高い悲鳴が響いた。
力を放ちながら、トリトンは凛とした声で叫んだ。
「エネシス、ジオネリア! フォローだ!」
「はい…!」
二人は合唱した。
二人は直線に並びながら、トリトンの後方で力をさらに強めた。
それで、生身の仲間達が保護されることになる。
トリトンは、最大の力をラムセス・クィーンにぶつけた。
精神を集中させて、全エネルギーをオリハルコンに注ぎ込む。
それは、かつて、トリトン・アトラスが使った攻撃法だ。
オリハルコンのエネルギーを対象物に飛ばして粉砕する力。
同じ攻撃であっても、桁外れのパワー。
鉄郎の精神を取り込み、アキの力を吸収し、若い肉体を手に入れたラムセス・クィーン。
生まれ変わったラムセスでさえ、今のトリトンの攻撃に無防備に対抗すれば、敗退する危険性がある。
その現実に驚愕した。
「バカな…!」
ラムセス・クィーンはシールドで防御した。
力と力が激突する。
まるで核弾頭でもくらったような衝撃と熱と爆風が、ブリッジはもとより、船外にまで広がった。
守られている仲間達でさえ、すさまじい反応に悲鳴をあげる。
ラムセス・クィーンの叫びが、ひときわ高く反響した。
衝撃は十数秒持続した。
その後、急にフッと衝撃がなくなった。
光も消滅し、オリハルコンが発する高い金属音も聞こえなくなった。
全員が目を開けたが、しばらくは何も見えない。
閉じた目の奥で赤い光が焼きつき、光の粒子に打たれて痛みすら感じた。
しだいに目が慣れてくると、一同は呆気にとられた。
トリトンとラムセス・クィーンの姿がどこにもない。
そればかりか、足元に凄惨に転がっていた無数の死体も消えている。
血の一滴も残っていない。
不思議なのは、あれほどの衝撃だったのに、ブリッジのコントロールデスクや外壁はどこも傷んでいない。
まるで、悪い夢から目覚めたようだ。
彼らの前で、ジオネリアとエネシスが体を屈した状態で、苦しげにあえいでいる。
倒れた鉄郎とドロイドであることがわかったユーリィが転がっているのは同じ。
すべてが現実だ。
「トリトンはどこいったの?」
ケインが慌てて首をめぐらした。
「まさか、ラムセスと相打ちってことは…。」
裕子が声を震わせた。
「じいさん、あの坊や、やられたのか?」
ロバートが聞くと、エネシスはゆっくりとかぶりをふった。
「いや。トリトンは自身で創り出した異空間にラムセスを引き込んだ。二人の戦いは、そこで行われているだろう。」
「勝てるのか、あいつは?」
島村ジョーがすかさず聞いた。
エネシスはいった。
「すべては天の審判しだい。我らは、トリトンを信じて待つほかはない。」
「なんてこった…!」
倉川ジョウが言葉を吐き捨てた。
一方で、ジオネリアが動いた。
アキの所に駆け寄ると、鉄郎の状態をチェックした。
「鉄郎は…。助かるのですか?」
「落ち着いてください、アルテイア。やるだけのことをやってみます。」
ジオネリアはオーラを発した。
柔らかい光を放つグリーンのオーラ。
ジオネリアは説明した。
「心臓も呼吸も停止しています。しかし、生体エネルギーを与えることで、最低の生命活動を復活、維持できるでしょう…。」
「鉄郎が生き返るのか?」
島村ジョーもやってきてジオネリアに訴えた。
ジオネリアはいった。
「彼の精神はラムセスにとられたままです。彼の体が動き出しても、生きているとはいえません。このままの状態が続けば、いつかは彼の生命は永久に失われてしまいます。」
「そんな。鉄郎が死ぬの?」
島村ジョーの隣に並んだレイコが涙ぐんだ。
しかし、ジオネリアは強い口調でいった。
「いいえ。彼を、けっして死なせるわけにはいきません。」
ジオネリアは言い聞かせるように、一同にいった。
「この人は、私のことを信じてくれました。ジオリスである私をかばい、トリトンやあなたを含めた“私達”のことを理解してくれた人です。そんな人が、アクエリアスの犠牲になるなど、けっしてあってはいけません。」
「ジオネリア…。」
アキは潤んだ瞳で見つめる。
ジオネリアは微笑んだ。
「私もこの方に出会っていたら、あなたのように、きっと、気持ちが揺らいだでしょう。鉄郎という人は、とても素晴らしい人です。辛いでしょうが、あなたは、この方を傷つけないような選択をすべきです。そのためなら、トリトン・アトラスも、きっと、理解してくれるはずです。」
「ジオネリア、ありがとうございます…。」
アキは深く頭を下げた。
「鉄郎は生命維持装置に入れて看護できるから心配ないわ。」
ケインが口をはさんだ。
「ユーリィはどうするの?」
裕子が聞いた。
ケインはかすかに笑った。
「大丈夫よ。今は意識をなくしてるだけ。彼女も、ちゃんと処置すれば、もとにもどってくれるわ。」
「知らなかった…。彼女がアンドロイドだったなんて。」
島村ジョーはぽつりといった。
ケインはユーリィを見つめながら一同にいった。
「この子と私はずっとパートナーだった。ある事件で、この子は私をかばって一度は消えた。でも、私達のことを必要としてくれる人達がそれを許さなかった。消えたこの子を必死で蘇らせてくれたわ。「ドロイド」は最高級アンドロイドでありサイボーグ。だけど、感情も思考も有した、れっきとした「人」なんだから。私は、この子を普通の女の子だと思ってるし、最高のパートナーだと信じてる。今回も、私をかばって、負傷しただけよ。」
「だからですね。」
ジオネリアがいった。
「あなた方が、トリトン・アトラスのガードを依頼された理由がよくわかります。ここに集う方々は、誰もが必要であり、誰も、欠けてはいけないのです。」
「認めてあげるわ。もう一人、私達には“劣る”けど、“いい女”がいるってこと!」
ケインが笑いながら声をかけると、ジオネリアも小さく笑った。
「ただ、待ってるだけっていうのも、はがゆいぜ。」
倉川ジョウが、おもむろに口を開いた。
「ジオネリアやエネシスがあいつの応援に行けば、もっと、手っ取り早く、ラムセスを倒せるんじゃないのか?」
「ジョウ、無理はいえないわ。」
アキが答えた。
「この部屋の死体が、どうしてなくなったかわかる? トリトンとラムセスの力が、すべてを吹き飛ばしたの。エネシスとジオネリアに守ってもらっていなかったら、私達は無事ではいられなかった・・・。」
ジョウは言葉をなくした。
エネシスがいった。
「トリトンが異空間を作ったのも、巻き込まぬため。そこは“結界”の場。容易に出入りができません。」
「鉄郎が生き返らないということは、ラムセスが生きてるってことだ。戦いは、まだ続いている。」
島村ジョーがいった。
「生命維持装置。取りに行くぞ。来いよ。」
ロバートに呼ばれて、ジョーは動いた。
それぞれに、指示された行動を起こしながら。
未知の世界で展開している死闘の成り行きを祈り続けた。