13.ラムセスの反撃 2

「あんた、どっから入ってきたの!」
 ケインが銃をつきつけると、レイラを激しく見据えた。
 レイラはケインを見つめるとフッと笑った。
「あなた達だって入ってこられたじゃない。」
 レイラの瞳がスッと細長くなった。
「それと同じよ。私も“アクエリアス”なんだから。」
「伏せて!」
 叫んだのは、ジオネリアだ。
 レイラに向かってオーラを放出した。
「ジオネリア!」
 あせったトリトンが叫んだ。
 が、トリトンの顔が凍りついた。
 レイラはあっさりとシールドを張って力を弾き飛ばした。
 驚いたのは、シールドの色彩だ。
 肉眼で見えるそれは、ラムセスのものと同じだ。
 ジオネリアは顔を歪めた。
 地球人のメンバーも険しい表情を浮かべた。
 予想していたことだが、レイラがラムセスの精神に乗っ取られたのが、これではっきりした。
「この私を倒そうとしても無駄だ。お前達は何も気がついていない。真の核心に触れるものの存在を。しかし、私は見つけた。それをいただきにきた。」
 レイラはサッと指をならした。
 すると、ブリッジ内に衝撃が走る。
 爆風のような衝撃。
 船内に吹き荒れる。
 全員が顔を覆ってそれに耐えた。
 コントロールデスクの内装がはがれ、シートが砕け、メーターのパーツが弾け飛ぶ。
 一同は混乱した。
 瞬間、鉄郎の悲鳴が響いた。
 一同は、思わず鉄郎の方に視線を向けた。
 同時に。
 吹き荒れていた衝撃がウソのように消滅した。
 レイラは、ブリッジの前方に移動して、全員を睥睨している。
 そのレイラの視線の先で。
 鉄郎は光のカーテンに閉じ込められていた。
「鉄郎!」
 アキが叫んだ。
 すぐ横にいながら、鉄郎をかばえなかった。
 ショックを受けた。
「何だ、これは…!」
 呆気にとられながら、鉄郎は光のカーテンに触れようとした。
 すると、火花が散って、指先に激痛がはしる。
 鉄郎はうめきながら後退した。
「出られない…。」
 鉄郎は呆然とした。
「待って!」
 アキは体ごと光のカーテンにぶつかった。
 だが、あっさりと弾き飛ばされた。
 火花を浴びて、アキは苦痛の悲鳴をあげた。
「アキ!」
 鉄郎は蒼白した。
「あれは強力な結界だ。だったら…!」
 トリトンは、精神を集中した。
 オーラで結界を破壊するつもりだ。
 が、ジオネリアが鋭い声を発した。
「やめなさい。あの結界は中からでしか壊せません。むやみに破壊しようとすれば、鉄郎の肉体が崩壊します!」
「そんな…。」
 トリトンは慌てて力を解いた。
 アキや他の仲間も驚いた。
 トリトンは、レイラをキッと見据えた。
「なんのつもりだ! 目的はこの俺だろ!」
「甘いな。」
 レイラはかすかな微笑を浮かべた。
「ふざけないで!」
 ケインや仲間達が一斉にレイラに銃を向けた。
「無駄だ。」
 レイラは軽く指を鳴らす。
 すると、銃が熱を帯びて溶け始めた。
 一同は悲鳴をあげた。
 慌てて銃を取り落としたが、軽い火傷をおった。
「ケイン!」
 ユーリィがかばおうとする。
 だが、ケインをかばって、前に立ちはだかったとたんに硬直した。
「あっ!」
 絶叫したユーリィの体が大きくそれる。
 とたんに、ユーリィの全身に亀裂が生じた。
 血のかわりに、ユーリィの体からオイルがほとばしる。
 ユーリィの体はバラバラに分断された。
 人形のように体のパーツに切断されたユーリィは、ブリッジの床に崩れ落ちた。
「ユーリィ!」
 ケインの絶叫が尾を引いた。
 全員が驚いた。
 トリトンも言葉が出ない。
 しかし、あの重たい感覚の理由がわかった。
 ユーリィは人間じゃなかった。
 精巧なドロイドなのだ。
「よくも、相棒を…!」
 憎々しげに睨むケインをレイラは嘲笑った。
「たかが機械人形ではないか。また、組み立てれば動きだす。」
「そういう問題じゃないわ!」
 はき捨てるケインをレイラは無視した。
 それから、一同をじっくりと見据えた。
「お前達は、トリトン・アトラスの仲間だ。だから、こうして生かしてやっている。ありがたく思え。しかし、へたなまねをすれば容赦しない。お前達もこうなる。」
 レイラは、再び力を放出した。
 見えない力。
 だが、重苦しい嫌な空気が漂う。
 急に、悲鳴があがった。
 ラッセルら、ブリッジ内の兵士達が突然、苦しみはじめた。
 中にはキャリコも含まれている。
 彼らはいっせいに体をのけぞらせ、見えない何かから逃れようと、前後に体をゆさぶった。
 しかし、体は動かない。
 全員が硬直したように立ちつくしたまま、視線を宙に泳がせている。
 顔は苦痛のせいでおぞましく歪んだ。
 口を大きく開き、瞳も、落ちそうなほどに、いっぱいに見開いた。
「うおっ!」「ひいっ!」「うああっ!」
 兵士達の狂気の叫びが次々に響いた。
 彼らの体が硬直したかに見えた時、兵士達の体がズタズタに裂けた。
 鮮血がほとばしり、彼らのスペースジャケットの切れ端と肉片が一緒にはじけた。
 目に見えない凶器が、容赦なく切りきざんでいく。
 内臓が噴出し、頭から鮮血混じりの脳しょうが飛び散った。
 鈍い音がした。
 人の体が裂ける時に生じる鈍い音だ。
 それとともに、ドサリと彼らの体が床に倒れた。
 磨かれたブリッジのフロアに、血の池が作られた。
 血の臭いが充満した。
 アキは顔を覆った。
 レイコや裕子も立ってるのがやっとだ。
 それぞれのパートナーにしがみついて、身を震わせる。
「なんてやつだ…。」
 一気に起きた惨劇に、ロバートは空しさを覚えた。
 ケインの怒りは沸沸とふくれあがった。
「キャリコまで…。ただじゃすまないわ!」
「私は何も感じない。」
 レイラは何事もなかったかのように平然と振舞う。
 生き残ったメンバーは、厳しい表情を浮かべた。
 手の出しようがない。
 トリトンは不安げに、ジオネリアを見つめた。
 なぜか、ジオネリアは無表情だ。
 トリトンは、ジオネリアの感情を読み取れずに困惑した。
 レイラは、一同の思惑など意に介さず、一方的に言葉を発した。
「お前達は鈍すぎる。使徒の力に頼りすぎて、肝心なものを見落とした。」
「お前の存在は察していた。誰かさんがいなけりゃ、とっくに締め上げていたぜ。」
 ジョウが反論した。
 すると、レイラは嘲笑った。
「そんなことを自慢されても笑い草だ。」
「何だと!」
 いきり立つジョウを妹の裕子が抑えつけた。
「だめっ、落ち着いて。」
 レイラは笑顔を絶やさずに言葉を続けた。
「挑発しなくても、ちゃんと理由を教えてやる。」
「鉄郎は力をもっていない。それがなぜ、お前の標的になるんだ?」
 島村ジョーが訴えた。
 その心理を、レイラはすんなりと読み取った。
「この男の親友か…。助けられなかったことを悔やみ、痛み、自分を苛んでいる。愚かな感情だ。己の未熟さと、情に溺れたことを後悔し、一生を終えるがいい…。」
「何…?」
 島村ジョーは顔を強張らせた。
 レイラは淡々とした態度のまま、さらに言葉を続けた。
「アルテイアの精神をゆさぶったのはこの私。そのくらいのことで、たいしたことにならないのは承知の上。だが、そのアルテイアに力を与えたものがいる。いや、その者は使徒のみならず、オリハルコンさえも、復活させる媒体を持っている。すべてを動かし、その中核をなすもの。トリトン・アトラスを含むお前達も、そのものを中心に機能している。まさか、それほどの影響力を持っていようとは…。こちらも、見つけるのに随分と骨を折った…。」
「俺が、オリハルコンを暴走させているっていうのか?」
 鉄郎がいった。
 レイラはかすかに笑った。
「頼もしいこと。この状況下でも、強さをなくさぬとは…。実に魅力的なやつ…。」
 鉄郎は息を飲んだ。
 レイラにおぞましい空気を感じた。
 その異様な好奇心が、鉄郎に集中しているのを悟ると、自然に体が震えてくる。
「やめて、鉄郎に手を出さないで!」
 アキは叫んだ。
 レイラは失笑した。
「フフ…。すべて、お前が施したことではないか、アルテイア。この男はお前と契りを交わした。それは、私、“ラムセス”と同一の存在になるということ。前世から、お前は少しも変わっていない。お前は、惚れた男を滅ぼす魔性の女だ。」
「嘘…!」
 アキは叫んだ。
 鉄郎とアキは、純粋な気持ちで結ばれた。
 その思いに、作為や下心などあるはずがない。
 アキは固く信じている。
 レイラは、追い討ちをかけるように、公然と腕を伸ばし、指を突き出した。
「オリハルコンがどういう意志を示したかは私にもわからない。しかし、オリハルコンが、今、もっとも必要とし、選んだ相手は、トリトン・アトラスではなく、その男、星野鉄郎だ…!」
 鉄郎は、言葉を失った状態で体を強張らせ、目を見張った。
 衝撃が一同を襲う。
 アキは、何度もかぶりを振った。
 鉄郎だけは、自分のことにまきこみたくないと、いつも、どこかで願っていた。
 その恐れが現実となったことで、アキの心は、さらに激しくかき乱された。
 トリトンは唇を噛み締めた。
 鉄郎の存在が、大きなカギになるかもしれないと、トリトンは思ったことがある。
 それを、レイラが、いや、レイラになりすましたラムセスも見抜いたのだ。
 そのうち、鉄郎の周囲を覆っていた結界が急激に変化した。
 強い光を放ち、乱舞しながら輝きはじめる。
「うあっ!」
 いきなり鉄郎が絶叫した。
 首筋に手をやると、息を詰まらせて悶絶しだした。
「やめてっ!」
 アキは搾り出すような叫びをあげた。
 レイラは冷たい声でアキを責めた。
「あなたのせいよ。この男に愛されるだけでは飽きたらず、トリトン・アトラスの心も奪いとってしまった。だから、その分、あなたには悲しみを与えてあげる。底知れぬ悲しみ。最愛のものをとられる屈辱。存分に味わいなさい!」
「いやっ!」
 アキは怒りとともに、レイラにオーラをぶつけた。
 だが、乱れたオーラは、あっさりとシールドで弾き飛ばされた。
「鉄郎!」
 島村ジョーがわめいた。
 鉄郎はあえぎ、苦しむ。
 痙攣しながら、背中を弓なりに大きく反らせた。
「野郎、もう容赦しねぇっ!」
 倉川ジョウが銃を発砲した。
 怒りが仲間達を突き動かす。
 一斉に銃を撃った。
 島村ジョーが、レイコが、裕子が。
 さらに、ロバートやケインまでも。
 みんな、最後の抵抗を試みた。
 しかし、銃だけでは、力を身につけたレイラに通用しない。
 他のメンバーも、それぞれの位置で、鉄郎と同じオーラの結界に閉じ込められた。
「くそっ!」
 悔しがる一同を、レイラは睨みつけた。
「無駄だといったはずだ。」
「でも、私達なら対抗できますね!」
 ジオネリアがレイラを見据えた。
 その言葉のとおり、三使徒には結界ができなかった。
「レイラ、目を覚ませ!」
 トリトンは叫びながら念を強めた。
 気持ちを奮い立たせたアキも、精神を集中する。
 二人がオーラを発しようとした時。
 レイラの様子が急変した。
 いきなり身をよじると、苦しそうにあえぎはじめた。
「こんなことをしないで!」
「お黙り!」
「鉄郎を死なせてどうするの?」
「力をもらうのよ。それが私の望み…。」
「やめて。トリトンと戦うなんて…!」
「邪魔をするな!」
「こうしなければ…。」
「こうしないと…。」
「私は私。あなたじゃない・・・!」
「お前は私のものだ。」
「違う・・・!」
 レイラの視線はトリトンに向けられた。
 トリトンはハッとする。
 それまでの冷たいレイラの瞳ではない。
 トリトンが最初に出会った頃の、優しい少女のまなざしだ。
 レイラは震える手をトリトンの方にゆっくりとのばした。
「トリトン、助けて・・・。私を、もとに・・・!」
「レイラ・・・!」
 トリトンの力がスーッと失せた。
 レイラの中では、ラムセスの邪心とレイラの純粋な心が、せめぎあっている。
 まだ、レイラは、完全に自分を失っていない。
 アキにも迷いが生じた。
 その間、鉄郎の仕打ちもかなり鈍り、鉄郎は呆然とした。
 しかし、ジオネリアだけは違った。
 精神を集中させて、オーラを放出する。
 ジオネリアはこの瞬間を狙っていた。
 鉄郎に精神を集中させると、多方面の注意が散漫になる。
 その時こそが、最大のチャンスだ。
 ジオネリアの最大の攻撃法。
 デッド・サンド・ブレスト(死の砂嵐)。
 砂漠の砂塵のような粒子が対象物をとらえると、スパークを放って対象物を崩壊させてしまう。
 的確な攻撃は、間違いなく、レイラを倒すはずだった。
 が、いきなり、トリトンが、レイラの前に飛び出した。
「トリトン!」
 ジオネリアは蒼白した。
 まさかの展開に、ジオネリアは対処できない。
 トリトンは両手を大きく広げた。
 ジオネリアの攻撃をまともに食らった。
 トリトンは、激しい衝撃で吹き飛ばされる。
 そして、レイラのシールドに弾かれて、彼女の足元に崩れた。
「トリトン、邪魔をしないで!」
 冷静なジオネリアに、焦りの形相が浮かんだ。
「今、彼女を倒さなければ、私達の力でも手におえなくなるのよ。鉄郎を死なせていいのですか?」
 身を呈してレイラをかばったトリトンは、体を震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。
 苦痛で顔を歪めながら、ジオネリアにかすれた声で訴えた。
「意味は同じだ・・・。鉄郎が死んでも。レイラが死んでも・・・。元の優しいレイラは、まだ生きている・・・。彼女を殺していいわけがない・・・。」
「トリトン、甘さは捨てなさい!」
 ジオネリアは叫んだ。
「バカ野郎、お前は責任を取れるのか!」
 倉川ジョウも怒りをぶちまける。
 トリトンはかぶりを振った。
「俺達の力は…。人を不幸にする力じゃない…。鉄郎にも頼まれた…。みんなが幸せになれる方法を見つけ出してほしいと…。俺はレイラがどれだけいい娘か知っている。彼女が一番不幸だ…。もともと、こんな恐ろしいことができる女性じゃない…。彼女を改善させられる方法が必ずあるはずだ…。」
「あなたという人は・・・。」
 ジオネリアはかすかにうな垂れた。
 トリトンの気持ちを察してやりたいが、それはもうできない。
「いったいその子に何の未練があるの?」
 ケインがトリトンに鋭い声で問いかけた。
 けれども、トリトンからの返答はない。
 舌打ちするケインに、倉川ジョウが奥歯を噛み締めた。
「あいつは腑抜けだ。ジオネリア、あんたがやってくれ!」
 ジョウはジオネリア視線を向けた。
 ジオネリアが頷いた時、島村ジョーが叫んだ。
「待ってくれ、鉄郎が・・・。どういうことだ?」
 ジオネリアだけではなく、一同が、思わず鉄郎を見返した。
 鉄郎は身を丸めて、ずっと呻き続けていた。
 だが、ゆっくりと体を起こすと、レイラをまっすぐ見据えた。
「レイラ・・・。俺のすべてを吸収できるか…、やってみろ・・・。」
 レイラは息を飲む。
 鉄郎はふりしぼるような声をあげた。
「俺は・・・負けない・・・!」
 鉄郎は精神を集中した。
 ジオネリアは目を見張った。
 鉄郎の強さは、ジオネリアの予想を、はるかに越えている。
 そんな鉄郎に呼応するように、アキも強い意志をもった。
「鉄郎はまだ諦めていない。だから、私も望みは捨てない・・・!」
 アキは、鉄郎を囲む結界のシールドの前に、再び近づいた。
「私をそっちへ!」
 アキは右手を突き出した。
 今度は、結界を突き破って、腕を中に入れることができた。
 火花が散って激痛が走ったが、アキはじっと耐えた。
 アキは呻きながら、その手を鉄郎にのばそうとする。
「アキ!」
 鉄郎もアキの方に腕をのばすと、握り締めようと身を乗り出した。
 レイラは動揺した。
 こんなことは考えられない。
 いったい、この二人のどこに、そんなパワーが秘められているというのか。
 レイラの心の揺れを見透かしたトリトンは、諭すようにレイラに語りかけた。
「レイラ、君ならわかるだろ。やめるんだ、こんなこと!」
 すると、レイラは、いきなり変化した。
「助けて・・・!」
 レイラは涙を流した。
 今の彼女は、優しいレイラそのものだ。
「もちろんだ。必ず君を助ける!」
 トリトンは笑顔で答えた。
 自身のオーラで、レイラの体をそっと包み込んだ。
 トリトンのオーラは、優しい感情をレイラに伝える。
 波打ち穏やかなゆらめきを形成しながら、繭のような温かさで、レイラの心を癒そうとする。
「思い出すんだ…。最初に出会った時のことを…。俺が知ってるレイラはこんな感じだった…。そうだろ…?」
 トリトンが言葉をかけるたびに、レイラは身をもだえ、心を奮わせた。
「じれったいわね! 一気にやっちゃえばいいのに!」
 ケインはいらついた。
「このままやらせておく気か?」
 倉川ジョウがジオネリアを見つめる。
 ジオネリアはかすかに頷いた。
「仕方がありません。このまま様子を見ましょう・・・。」
「彼らはこうやってピンチを切り抜けてきた。」
 島村ジョーが口をはさんだ。
「はがゆいが、成り行きを見守るしかない。」
「信じてやれ。」
 ロバートが一同にいった。
「これがあいつらが選択した戦い方だ。」
「たいした連中だ。」
 倉川ジョウは皮肉げにいった。
 裕子とレイコは祈る気持ちで見守った。
 鉄郎とアキ、そしてトリトンの、感情をぶつけた精神の戦いは、まだはじまったばかりだ。