グラントは、正体不明の男の顔を確認しようと、目を凝らした。
       しかし、その先の通路の照明は破壊されて、完全な暗闇だ。
       かすかな非常灯の明かりだけでは、素顔を確認することはできない。
「顔を見せなさい!」
       グラントは鋭い声を発した。
「待っていろ、今、そっちに行く!」
       男はサンダルを響かせながら、ゆっくりと接近した。
       トリトン本人も緊張した。
       自分が一番よく知っている。
       向こうから歩いてくる奴が偽者だ。
ーいったい、誰なんだ?−
       トリトンは不安を募らせた。
       思わず、ユリや仲間達の顔を見つめた。
       すると、みんな笑顔を浮かべ、当然だといいたげに、グラント一行を見返している。
       トリトンは、それもショックだった。
      「やだよ、みんなして…!」
       やがて、トリトンを名乗った男が、一同の前に姿を現した。
       その素顔を見たグラント一行は呆然とした。
      「バカな…!」
       グラントは悲鳴をあげる。
       だが、一番びっくりしたのは、トリトン本人だ。
       全身の力が抜けて、激しい懈怠感に襲われた。
       目が点になる。
       鏡で見ると、とんでもない間抜けズラをしているだろう。
      「…し…島村…ジョー…!」
       男の正体は、まさしく島村ジョーだ。
       服装はトリトンそのものだ。
       オリハルコンの剣も腰にさげている。
       その姿を見れば、確かに、トリトンと見間違う。
       しかし、顔に、ごまかしがきかない。
       髪の色は、トリトンと同じ深いグリーン。
       だが、鮮やかなブロンドが似合うジョーに、それはかえって不自然だ。
       しかも、髪型が違う。
       後ろ髪はトリトンに似せてあるが、前髪は、目を覆うほどのびきっていない。
       一方で、トリトンは、グラント達にも文句をいいたかった。
       彼らは、ジョーの変装を、トリトンだと思い込んだ。
       ただし、彼らは、トリトンのデーターをしっかり調査していて、素顔もわかっているはずだ。
       それで見分けがつかないとは、どういうことなのか・・・!
ーデーターを持ってるのなら、そのくらいわかれよな! 本物は俺だろうが!ー
       肩をいからせたトリトンは、奥歯をきつく噛み締めた。
「お前がトリトンだと? しかし、何かが違うような・・・!」
       さすがだ。
       グラントは単純にごまかされない。
       目を細め、疑ってかかる。
       それを、アキが強く否定した。
      「いいえ、彼はトリトンよ…! 間違いない!」
       すると、鉄郎と他のメンバーも、一緒になって同意した。
「僕らも、保証、しま〜す!」
       トリトンは、ますます立ち直れなくなった。
ーウソをいうな・・・!ー
「では、この少年は何物だ?」
       グラントは、本物のトリトンを見つめて問いつめた。
       ジョーは、ぶっきらぼうなトリトンの口調をまねて、白々しく言い放った。
      「そんなやつは知るか! 俺に憧れた追っかけ野郎だろ…?」
      ーあっ…、そこまでいうか…!ー
       トリトンは死にっぱなしだ。
       グラントはようやく納得した。
       ジョーをトリトンだと思い込んだ。
      「まあいい…。だったらお前が白状しなさい! オリハルコンのありかを!」
       いいながら、グラントは、密かに合図を送った。
       一度、ひるんだ兵士の一団が、再び銃を構えた。
       今度は、ジョーに向けて、一斉に銃を撃つ。
       と、同時に。
       ジオネリアとアキ、ユーリィの三人が反射的に動いた。
       アキは、ジョーの前に立つと、シールドを張って、ジョーと仲間達をかばった。
「すまないな。アルテイア。」
       ジョーは、にこやかに声をかけた。
      「いいえ、トリトンを守るのは、私達の役目ですから…。」
       アキは明るく答えた。
       しかし、けっして、ジョーの方を振り返らない。
       背を向けたまま肩を小刻みに震わせている。
       泣いているのではない。
       笑いをこらえているのだ。
「うっ・・・!」
       ジョーは言葉を詰まらせた。
       その一方で、ユーリィが、ジオネリアを援護した。
       ユ−リィが銃をぶっぱなし、相手をひるませる。
       その隙をついて、ジオネリアは、兵士の中に飛び込んでいく。
       彼女が放つモスグリーンのオーラは、茨のムチへと変化した。
       それを振り回して、次々と、兵士達を華麗になぎ倒す。
       そうしながら、座り込んだまま、呆然としているトリトンに声をかけた。
「今のうちです!」
       トリトンは我にもどった。
       ジオネリアやみんながチャンスを作ってくれた。
       確かに、ぼさっとしている場合ではない。
「は、はい!」
       トリトンはようやく立ち上がった。
「受け取れ!」
       ジョーが、トリトンに向かって、剣を投げつける。
       トリトンは素早く移動して、剣のもち手を掴み取った。
       そのトリトンの横にジオネリアがつく。
       それから、トリトンは、オリハルコンの鞘を払った。
       グラントや兵士達に、剣のまばゆい輝きを見せつけた。
      「お前が…トリトン…!」
       グラントは頬を震わせた。
       トリトンはかすかに笑うと、グラントに言い返した。
      「悪いな。俺が本物だ。いっとくが、オリハルコンは絶対に渡さない…!」
「小賢しいまねを・・・!」
       反射的に、グラントは、トリトンに突進をかけた。
       しかし、トリトンは剣を突きつけて、グラントを脅した。
      「近づくな…。ドロドロに溶かすぞ…!」
       グラントは呻いて立ち止まるしかない。
       トリトンはさらに命じた。
      「まず、キャリコを離せ。それから、好き放題してくれた分を、返礼してやる。」
       顔をひきつらせながら、グラントはわめいた。
「待って。その男は自由にするわ。だから、命だけは助けて。」
       その言葉のとおり、キャリコは解放された。
       キャリコは悲鳴をあげながら、ユーリィの後ろに隠れて身を震わせた。
「なっさけないわね! エージェントの恥!」
       そして、ユーリィはトリトンに言い返した。
「トリトン、全員、無傷で捕まえたいの!」
「わかってる。一網打尽だ。」
       トリトンはいいながら、力を放出した。
       剣の先についているブルーのロッドが輝きはじめる。
「アクア・シールド!」
       トリトンの念が強まると、体からも、ブルーのオーラが怒涛のようにあふれる。
       ブルーのエネルギーは、通路の一角に固まっていた兵士達を飲み込んで、さらに膨張する。
       そして、彼らを、水のシールドの中に閉じ込めてしまった。
       シールドの中は、通常の水の物質とまったく同じ状態だ。
       抵抗があり、息ができない。
       漂いながら混乱する兵士達を目前にして、トリトンはにっこりと笑いかけた。
「心配しなくても、このシールドはすぐに消えるよ。」
       グラントが、トリトンに泳ぎよってきて、手をのばした。
       トリトンも、一緒に、シールドの中にいる。
       しかし、ひらりとグラントの手をかわすと、わざとらしく言い返した。
      「今度はブタ箱の中で、俺を抱いた夢でも見てよ。じゃあ、お先に!」
       トリトンはゆらりと体を反転させると、シールドの壁から飛び出した。
「トリトンの力はもう少しです。私がフォローしましょう。」
       ジオネリアが詰めをさした。
       トリトンのシールドを囲むように、ジオネリアが自分のシールドで包み込む。
       ジオネリアのシールドは植物の茎だ。
       ツタが一気に成長して、太い茎と葉で、グラント達を覆い尽くす。
       それは、トリトンのシールドが消滅しても後に残り、天然の檻の役目を果たす。
「いかがですか? 彼らを無傷で捕まえました。」
       ジオネリアがそういうと、ユーリィは肩をすくめた。
「あなた達にかかっちゃうと、私達の出番がなくなるわ。」
       トリトンは残念そうにジオネリアにいった。
      「俺の力、まだ頼りないね…。」
「もう少しです。焦らないでください。」
       優しくジオネリアはいってくれたが、トリトンは激しく落ち込んだ。
       一区切りがついた。
       敵はもういない。
       緊張がほぐれる。
       と、急に、鉄郎が笑いだした。
       さらに、レイコも。倉川兄妹も…。
       この笑いがなんなのか、島村ジョーが一番よくわかっている。
「お前ら、いったい何だ!」
       ジョーはみんなを怒鳴りつけた。
       すると、倉川ジョウが苦笑しながらいった。
「島村、こっちを向くな。頼むから。」
      「一緒に走ってると、もう可っ笑しくって…!」
       レイコは遠慮なく本当のことをいった。
      「笑いをこらえるだけで必死でさぁ、ついに攻撃できなかった…。」
       鉄郎まで無責任なことをいいだした。
「お前がいいだしたんだろ!」
       ジョーはわめいたが、鉄郎は腹を抱えた。
      「最初はそう思ったけど…。」
       後の言葉が続けられない。
       ジョーは身を震わせた。
       しかし、一番耐えられないのは、まねをされたトリトンのほうだ。
       めげながら、ジオネリアに訴えた。
「他に方法がなかったのか? たとえば、トリトン・アトラスの幻覚を使うとか・・・。」
      「そういう方法もありましたね…。」
       ジオネリアが笑顔を浮かべると、裕子が楽しげに口をはさんだ。
「本人のアイデアが一番まともだわ。」
      「ごめんなさい。みんな、鉄郎の意見がいいと思っちゃったの…。」
       アキがなだめるようにいった。
      「案外、なりきってたもんね…。ジョーは。」
       レイコが突っ込むと、ジョーは頭にきた。
「誰がなりきっていただ? ええっ?」
       しかし、誰も、ジョーの言葉を聞こうとしない。
       ジョーはショックを受けた。
      「どうなってるんだ、これは!」
       それまでぽかんとしていたキャリコが口を開いた。
       ユーリィはキャリコを睨みつけた。
      「あんたこそ何? 民間人の男の子も守れないなんて。どうせ、足手まといだったんでしょ!」
      「ドクター・ジュニアは、噂以上にすごい少年だ。」
      「ユーリィ…。」
       トリトンが口をはさんだ。
      「キャリコは十分にやってくれたよ…。」
      「無理しなくていいわ。」
       ユーリィは肩をすくめた。
      「こいつのことはよく知ってるから…。で、どこで、こいつと出会ったの…?」
      「食糧倉庫。退避したらそこにいた。」
       トリトンがいった。
      「目的は聞いていない。ケインとユーリィと同じ任務だと思ったから。」
「知らないわ。」
       ユーリィはキャリコに視線をもどした。
「主任か部長の命令?」
       キャリコは姿勢を正すと、咳払いをした。
「オホン。まあ、そういうことだ。」
      「主任の補佐で内部事務専門のあなたに任務? 部長か主任が、狂ったとしかいいようがないわ。」
      「ユーリィ。キャリコは上司だろ? そんな口の聞き方じゃ、給料の査定に響くんじゃ・・・。」
       トリトンが心配そうにいうと、ユーリィは肩をすくめた。
「大丈夫よ。キャリコは肩書きだけで直接の上司じゃないから。それにしても、食料倉庫に潜んでいるなんて異常だわ。また、ミスを追求されないうちに、自分からばらしちゃったほうがいいわよ。」
       キャリコは低く唸りながら、かいつまんで経緯を説明した。
       キャリコは、高名な少年の護衛をまかされた。
       少年の名はエドワード・エルビス。
       主席の親戚の孫で、十歳で大学入学を果たしたトリトンにも劣らない秀才少年だ。
       しかも、奇遇なことに、エドワードはライフェス総合大学に在籍し、トリトンが教壇に立った時、何度か生徒として教えたこともあった。
       そのエドワードが、母国に帰国する時、キャリコを含む数名のエージェントが、ボディーガードとして同行することになった。
       だが、その道中、エドワードが反連合組織に誘拐されたのだ。
「それで、王子がこの船に・・・?」
       驚くトリトンに、キャリコは慌てて補足した。
「まあまあ、ドクター。冷静に・・・。」
      「いられるわけがない! とんでもないドジだわ!」
       ヒステリックにわめくユーリィを制して、キャリコは話を続けた。
       その後、エドワードは、正規軍に無事に助け出された。
       だが、それでは、キャリコの汚名が残される。
       そこで、キャリコは汚名挽回のために、単独で動き出した。
       この戦闘艇は、エドワードの身柄を移す目的で現れた。
       キャリコはこの船に潜入した。
       そうすれば、反乱軍の中心人物に近づけると判断したからだ。
       だが、すぐにキャリコの侵入が察知されてしまい、仕方なく、食糧倉庫に身を隠すしかなかったといった。
「とことんバカね。命知らずもいいとこだわ。」
       ユーリィがなじると、キャリコは精一杯胸をはった。
      「いや、何とかなった。ちゃんと、ドクター・ウイリアムも駆けつけてくれた。」
「素人とプロが逆転してどーすんの!」
       頭を抑えるユーリィに、トリトンがいった。
      「ユーリィ、先に目的を果たそう…!」
「わかったわ。何でもやって!」
       気を取り直したユーリィは、トリトンに応じた。
       ただ、トリトンにも気になることがある。
       ユーリィに聞いた。
      「そういえば、ケインはどこ?」
「途中でいなくなったの。ロバートが残ってるけど。」
      「船の中で迷子になるのか?」
       トリトンは呆れた。
       閉じ込められたグラントは、彼らを憎々しげに睨みつけている。
       怒りを含んだ口調で、皮肉な言葉を投げつけた。
「いいの? じきに私達の部隊がここを制圧するわ。あなた達がいばっていられるのも今のうち。覚悟しておきなさい!」
      「“先手”はすでに打ってある。降伏するのはおまえ達の方だ。」
       トリトンが鋭い声を発した。
「うるさい女だ。」
       キャリコが言葉を合わせると、ユーリィとトリトンを見返した。
「ブリッジに行って原因がわかるかね? この船のトラブルは普通じゃない。」
「それを調べにきたんだ。」
       トリトンは答えた。
       それから、ジオネリアとアキに視線を向けた。
      「ユーリィと一緒に天井を突き破る。後のこと、頼むよ!」
「えっ・・・?」
       ジオネリアとアキは目を丸くした。
       トリトンの言葉の意味がわからない。
       その一方で、地球人メンバーが決起した。
「よし、このまま俺達も乗り込むぞ!」
       倉川ジョウの先導で、仲間達はやる気十分で同意する。
       そこに、トリトンが割って入った。
      「頼みがあるんだ…。」
       トリトンは、島村ジョーの肩をポンと叩きながら、声を絞り出した。
      「ジョー、乗り込む前に、俺のまねだけは、やめてくれないかな…。」
「そんなに変か?」
       ジョーは唸りながら聞き返した。
       トリトンは肩をすくめながら首を横にふった。
      「ぶっちゃけ、全然、似合ってない・・・!」
       トリトンの言葉が、ぐさりと突き刺さった。
       あれほど、トリトンのためにがんばってやったのに、トリトンの態度はとても冷たい。
       すると、収まった仲間たちの受けが、またぶり返して、ジョーに容赦なくふりかかった。
       立ち直れなくなったジョーは、一気に崩れた。