12.トリトン奪回作戦 5

 グラントは、正体不明の男の顔を確認しようと、目を凝らした。
 しかし、その先の通路の照明は破壊されて、完全な暗闇だ。
 かすかな非常灯の明かりだけでは、素顔を確認することはできない。
「顔を見せなさい!」
 グラントは鋭い声を発した。
「待っていろ、今、そっちに行く!」
 男はサンダルを響かせながら、ゆっくりと接近した。
 トリトン本人も緊張した。
 自分が一番よく知っている。
 向こうから歩いてくる奴が偽者だ。
ーいったい、誰なんだ?−
 トリトンは不安を募らせた。
 思わず、ユリや仲間達の顔を見つめた。
 すると、みんな笑顔を浮かべ、当然だといいたげに、グラント一行を見返している。
 トリトンは、それもショックだった。
「やだよ、みんなして…!」
 やがて、トリトンを名乗った男が、一同の前に姿を現した。
 その素顔を見たグラント一行は呆然とした。
「バカな…!」
 グラントは悲鳴をあげる。
 だが、一番びっくりしたのは、トリトン本人だ。
 全身の力が抜けて、激しい懈怠感に襲われた。
 目が点になる。
 鏡で見ると、とんでもない間抜けズラをしているだろう。
「…し…島村…ジョー…!」
 男の正体は、まさしく島村ジョーだ。
 服装はトリトンそのものだ。
 オリハルコンの剣も腰にさげている。
 その姿を見れば、確かに、トリトンと見間違う。
 しかし、顔に、ごまかしがきかない。
 髪の色は、トリトンと同じ深いグリーン。
 だが、鮮やかなブロンドが似合うジョーに、それはかえって不自然だ。
 しかも、髪型が違う。
 後ろ髪はトリトンに似せてあるが、前髪は、目を覆うほどのびきっていない。
 一方で、トリトンは、グラント達にも文句をいいたかった。
 彼らは、ジョーの変装を、トリトンだと思い込んだ。
 ただし、彼らは、トリトンのデーターをしっかり調査していて、素顔もわかっているはずだ。
 それで見分けがつかないとは、どういうことなのか・・・!
ーデーターを持ってるのなら、そのくらいわかれよな! 本物は俺だろうが!ー
 肩をいからせたトリトンは、奥歯をきつく噛み締めた。
「お前がトリトンだと? しかし、何かが違うような・・・!」
 さすがだ。
 グラントは単純にごまかされない。
 目を細め、疑ってかかる。
 それを、アキが強く否定した。
「いいえ、彼はトリトンよ…! 間違いない!」
 すると、鉄郎と他のメンバーも、一緒になって同意した。
「僕らも、保証、しま〜す!」
 トリトンは、ますます立ち直れなくなった。
ーウソをいうな・・・!ー
「では、この少年は何物だ?」
 グラントは、本物のトリトンを見つめて問いつめた。
 ジョーは、ぶっきらぼうなトリトンの口調をまねて、白々しく言い放った。
「そんなやつは知るか! 俺に憧れた追っかけ野郎だろ…?」
ーあっ…、そこまでいうか…!ー
 トリトンは死にっぱなしだ。
 グラントはようやく納得した。
 ジョーをトリトンだと思い込んだ。
「まあいい…。だったらお前が白状しなさい! オリハルコンのありかを!」
 いいながら、グラントは、密かに合図を送った。
 一度、ひるんだ兵士の一団が、再び銃を構えた。
 今度は、ジョーに向けて、一斉に銃を撃つ。
 と、同時に。
 ジオネリアとアキ、ユーリィの三人が反射的に動いた。
 アキは、ジョーの前に立つと、シールドを張って、ジョーと仲間達をかばった。
「すまないな。アルテイア。」
 ジョーは、にこやかに声をかけた。
「いいえ、トリトンを守るのは、私達の役目ですから…。」
 アキは明るく答えた。
 しかし、けっして、ジョーの方を振り返らない。
 背を向けたまま肩を小刻みに震わせている。
 泣いているのではない。
 笑いをこらえているのだ。
「うっ・・・!」
 ジョーは言葉を詰まらせた。
 その一方で、ユーリィが、ジオネリアを援護した。
 ユ−リィが銃をぶっぱなし、相手をひるませる。
 その隙をついて、ジオネリアは、兵士の中に飛び込んでいく。
 彼女が放つモスグリーンのオーラは、茨のムチへと変化した。
 それを振り回して、次々と、兵士達を華麗になぎ倒す。
 そうしながら、座り込んだまま、呆然としているトリトンに声をかけた。
「今のうちです!」
 トリトンは我にもどった。
 ジオネリアやみんながチャンスを作ってくれた。
 確かに、ぼさっとしている場合ではない。
「は、はい!」
 トリトンはようやく立ち上がった。
「受け取れ!」
 ジョーが、トリトンに向かって、剣を投げつける。
 トリトンは素早く移動して、剣のもち手を掴み取った。
 そのトリトンの横にジオネリアがつく。
 それから、トリトンは、オリハルコンの鞘を払った。
 グラントや兵士達に、剣のまばゆい輝きを見せつけた。
「お前が…トリトン…!」
 グラントは頬を震わせた。
 トリトンはかすかに笑うと、グラントに言い返した。
「悪いな。俺が本物だ。いっとくが、オリハルコンは絶対に渡さない…!」
「小賢しいまねを・・・!」
 反射的に、グラントは、トリトンに突進をかけた。
 しかし、トリトンは剣を突きつけて、グラントを脅した。
「近づくな…。ドロドロに溶かすぞ…!」
 グラントは呻いて立ち止まるしかない。
 トリトンはさらに命じた。
「まず、キャリコを離せ。それから、好き放題してくれた分を、返礼してやる。」
 顔をひきつらせながら、グラントはわめいた。
「待って。その男は自由にするわ。だから、命だけは助けて。」
 その言葉のとおり、キャリコは解放された。
 キャリコは悲鳴をあげながら、ユーリィの後ろに隠れて身を震わせた。
「なっさけないわね! エージェントの恥!」
 そして、ユーリィはトリトンに言い返した。
「トリトン、全員、無傷で捕まえたいの!」
「わかってる。一網打尽だ。」
 トリトンはいいながら、力を放出した。
 剣の先についているブルーのロッドが輝きはじめる。
「アクア・シールド!」
 トリトンの念が強まると、体からも、ブルーのオーラが怒涛のようにあふれる。
 ブルーのエネルギーは、通路の一角に固まっていた兵士達を飲み込んで、さらに膨張する。
 そして、彼らを、水のシールドの中に閉じ込めてしまった。
 シールドの中は、通常の水の物質とまったく同じ状態だ。
 抵抗があり、息ができない。
 漂いながら混乱する兵士達を目前にして、トリトンはにっこりと笑いかけた。
「心配しなくても、このシールドはすぐに消えるよ。」
 グラントが、トリトンに泳ぎよってきて、手をのばした。
 トリトンも、一緒に、シールドの中にいる。
 しかし、ひらりとグラントの手をかわすと、わざとらしく言い返した。
「今度はブタ箱の中で、俺を抱いた夢でも見てよ。じゃあ、お先に!」
 トリトンはゆらりと体を反転させると、シールドの壁から飛び出した。
「トリトンの力はもう少しです。私がフォローしましょう。」
 ジオネリアが詰めをさした。
 トリトンのシールドを囲むように、ジオネリアが自分のシールドで包み込む。
 ジオネリアのシールドは植物の茎だ。
 ツタが一気に成長して、太い茎と葉で、グラント達を覆い尽くす。
 それは、トリトンのシールドが消滅しても後に残り、天然の檻の役目を果たす。
「いかがですか? 彼らを無傷で捕まえました。」
 ジオネリアがそういうと、ユーリィは肩をすくめた。
「あなた達にかかっちゃうと、私達の出番がなくなるわ。」
 トリトンは残念そうにジオネリアにいった。
「俺の力、まだ頼りないね…。」
「もう少しです。焦らないでください。」
 優しくジオネリアはいってくれたが、トリトンは激しく落ち込んだ。
 一区切りがついた。
 敵はもういない。
 緊張がほぐれる。
 と、急に、鉄郎が笑いだした。
 さらに、レイコも。倉川兄妹も…。
 この笑いがなんなのか、島村ジョーが一番よくわかっている。
「お前ら、いったい何だ!」
 ジョーはみんなを怒鳴りつけた。
 すると、倉川ジョウが苦笑しながらいった。
「島村、こっちを向くな。頼むから。」
「一緒に走ってると、もう可っ笑しくって…!」
 レイコは遠慮なく本当のことをいった。
「笑いをこらえるだけで必死でさぁ、ついに攻撃できなかった…。」
 鉄郎まで無責任なことをいいだした。
「お前がいいだしたんだろ!」
 ジョーはわめいたが、鉄郎は腹を抱えた。
「最初はそう思ったけど…。」
 後の言葉が続けられない。
 ジョーは身を震わせた。
 しかし、一番耐えられないのは、まねをされたトリトンのほうだ。
 めげながら、ジオネリアに訴えた。
「他に方法がなかったのか? たとえば、トリトン・アトラスの幻覚を使うとか・・・。」
「そういう方法もありましたね…。」
 ジオネリアが笑顔を浮かべると、裕子が楽しげに口をはさんだ。
「本人のアイデアが一番まともだわ。」
「ごめんなさい。みんな、鉄郎の意見がいいと思っちゃったの…。」
 アキがなだめるようにいった。
「案外、なりきってたもんね…。ジョーは。」
 レイコが突っ込むと、ジョーは頭にきた。
「誰がなりきっていただ? ええっ?」
 しかし、誰も、ジョーの言葉を聞こうとしない。
 ジョーはショックを受けた。
「どうなってるんだ、これは!」
 それまでぽかんとしていたキャリコが口を開いた。
 ユーリィはキャリコを睨みつけた。
「あんたこそ何? 民間人の男の子も守れないなんて。どうせ、足手まといだったんでしょ!」
「ドクター・ジュニアは、噂以上にすごい少年だ。」
「ユーリィ…。」
 トリトンが口をはさんだ。
「キャリコは十分にやってくれたよ…。」
「無理しなくていいわ。」
 ユーリィは肩をすくめた。
「こいつのことはよく知ってるから…。で、どこで、こいつと出会ったの…?」
「食糧倉庫。退避したらそこにいた。」
 トリトンがいった。
「目的は聞いていない。ケインとユーリィと同じ任務だと思ったから。」
「知らないわ。」
 ユーリィはキャリコに視線をもどした。
「主任か部長の命令?」
 キャリコは姿勢を正すと、咳払いをした。
「オホン。まあ、そういうことだ。」
「主任の補佐で内部事務専門のあなたに任務? 部長か主任が、狂ったとしかいいようがないわ。」
「ユーリィ。キャリコは上司だろ? そんな口の聞き方じゃ、給料の査定に響くんじゃ・・・。」
 トリトンが心配そうにいうと、ユーリィは肩をすくめた。
「大丈夫よ。キャリコは肩書きだけで直接の上司じゃないから。それにしても、食料倉庫に潜んでいるなんて異常だわ。また、ミスを追求されないうちに、自分からばらしちゃったほうがいいわよ。」
 キャリコは低く唸りながら、かいつまんで経緯を説明した。
 キャリコは、高名な少年の護衛をまかされた。
 少年の名はエドワード・エルビス。
 主席の親戚の孫で、十歳で大学入学を果たしたトリトンにも劣らない秀才少年だ。
 しかも、奇遇なことに、エドワードはライフェス総合大学に在籍し、トリトンが教壇に立った時、何度か生徒として教えたこともあった。
 そのエドワードが、母国に帰国する時、キャリコを含む数名のエージェントが、ボディーガードとして同行することになった。
 だが、その道中、エドワードが反連合組織に誘拐されたのだ。
「それで、王子がこの船に・・・?」
 驚くトリトンに、キャリコは慌てて補足した。
「まあまあ、ドクター。冷静に・・・。」
「いられるわけがない! とんでもないドジだわ!」
 ヒステリックにわめくユーリィを制して、キャリコは話を続けた。
 その後、エドワードは、正規軍に無事に助け出された。
 だが、それでは、キャリコの汚名が残される。
 そこで、キャリコは汚名挽回のために、単独で動き出した。
 この戦闘艇は、エドワードの身柄を移す目的で現れた。
 キャリコはこの船に潜入した。
 そうすれば、反乱軍の中心人物に近づけると判断したからだ。
 だが、すぐにキャリコの侵入が察知されてしまい、仕方なく、食糧倉庫に身を隠すしかなかったといった。
「とことんバカね。命知らずもいいとこだわ。」
 ユーリィがなじると、キャリコは精一杯胸をはった。
「いや、何とかなった。ちゃんと、ドクター・ウイリアムも駆けつけてくれた。」
「素人とプロが逆転してどーすんの!」
 頭を抑えるユーリィに、トリトンがいった。
「ユーリィ、先に目的を果たそう…!」
「わかったわ。何でもやって!」
 気を取り直したユーリィは、トリトンに応じた。
 ただ、トリトンにも気になることがある。
 ユーリィに聞いた。
「そういえば、ケインはどこ?」
「途中でいなくなったの。ロバートが残ってるけど。」
「船の中で迷子になるのか?」
 トリトンは呆れた。
 閉じ込められたグラントは、彼らを憎々しげに睨みつけている。
 怒りを含んだ口調で、皮肉な言葉を投げつけた。
「いいの? じきに私達の部隊がここを制圧するわ。あなた達がいばっていられるのも今のうち。覚悟しておきなさい!」
「“先手”はすでに打ってある。降伏するのはおまえ達の方だ。」
 トリトンが鋭い声を発した。
「うるさい女だ。」
 キャリコが言葉を合わせると、ユーリィとトリトンを見返した。
「ブリッジに行って原因がわかるかね? この船のトラブルは普通じゃない。」
「それを調べにきたんだ。」
 トリトンは答えた。
 それから、ジオネリアとアキに視線を向けた。
「ユーリィと一緒に天井を突き破る。後のこと、頼むよ!」
「えっ・・・?」
 ジオネリアとアキは目を丸くした。
 トリトンの言葉の意味がわからない。
 その一方で、地球人メンバーが決起した。
「よし、このまま俺達も乗り込むぞ!」
 倉川ジョウの先導で、仲間達はやる気十分で同意する。
 そこに、トリトンが割って入った。
「頼みがあるんだ…。」
 トリトンは、島村ジョーの肩をポンと叩きながら、声を絞り出した。
「ジョー、乗り込む前に、俺のまねだけは、やめてくれないかな…。」
「そんなに変か?」
 ジョーは唸りながら聞き返した。
 トリトンは肩をすくめながら首を横にふった。
「ぶっちゃけ、全然、似合ってない・・・!」
 トリトンの言葉が、ぐさりと突き刺さった。
 あれほど、トリトンのためにがんばってやったのに、トリトンの態度はとても冷たい。
 すると、収まった仲間たちの受けが、またぶり返して、ジョーに容赦なくふりかかった。
 立ち直れなくなったジョーは、一気に崩れた。