トリトンは、一気に通路を駆け抜けた。
途中、いくつもの障害があった。
しかし、トリトンは意に介さない。
殺人ロボットをあっさりと破壊し、通路のあちこちに設置されてあるレーザー銃の雨をはねのけ、防御壁をオーラでぶち破って、先へ先へと進んでいく。
夜明けまで一時間足らず。
それまでにブリッジを占拠できなければ、偵察隊が、アトラリアの地上に降下する。
さらに、別ルートを進むケインやユ−リィ、地球人達の攻撃リスクを下げなくてはいけない。
トリトンが行動することで、標的の割合が分割される。
限られた時間との戦いが、トリトンの心をいっそうかきたてた。
トリトンがグラントの部屋を飛び出してすぐ、非常用のサイレンが船内にけたたましく鳴り響いた。
居住区からブリッジまでは、七層の通路区画に分かれている。
トリトンは三層目の区画にさしかかったばかりだ。
その間に、行く手を阻んだ兵士と、数回も銃撃戦を展開した。
「くっそ…! チョロチョロとでてきやがって!」
罵声を浴びせながら、兵士達を銃でなぎ倒した。
さらに、先へ行こうとした時、レイガンのエネルギーが切れたことに気がついた。
「もう、なくなった?」
驚いたトリトンは、弾をこめるために通路をはずれた。
背後の扉に身を隠そうと、ロックを開く。
そこは食料倉庫だ。
船内は一定の温度が保たれている。
しかし、食糧倉庫は冷凍庫なみの温度しかない。
剥き出しの腕をマントで覆うと、周囲に危険がないのを確かめてから、レイガンの弾倉を交換しようとした。
その時、背後に人の気配を感じた。
トリトンはハッと振り返ると、入れ替えたばかりのレイガンを向けた。
相手は、いきなり悲鳴をあげてとびあがった。
トリトンは、その悲鳴のほうにびっくりした。
慌てて身を引いたトリトンと相手は、お互いの顔を見つめあって呆気にとられた。
相手は、細面のめがねをかけた、さえない格好の男だ。
背中には大型バズーカーや機関砲や手榴弾まで、持てるだけの武器を背負っている。
ものものしい重装備スタイルだ。
それでいて、しっかりと防寒服を着込んでいる。
長時間、倉庫の中にいたらしく、体中に霜がはりつき、もう真っ白だ。
どう見ても、反乱軍の兵士ではない。
「あの…。」
お互いが、同時に口を開きかけた。
トリトンは、慌てて相手に発言をゆずった。
「どうぞ、お先に…。」
「あ…。じゃあ、お言葉に甘えて…。僕は、こういうものなんだけど…。」
えらくペコペコしながら、男は、おもむろにIDカードを提示した。
IDにはワールド・プライベート・アイ・センター(WPIC)の調査員と記入されてある。
職位は副主任。名はキャリコといった。
トリトンは仰天した。
男はケインとユ−リィの同僚だ。
「あなた、ロスト・ペアーズを…?」
うわずった声で聞くトリトンに、キャリコは頷いた。
「二人は僕の部下だけど、君、オウルト人だよね?」
「俺は…。今、身分を証明するものがないんだけど…。」
IDカードを返しながら、トリトンは自己紹介した。
「ライフェス総合大学所属。ジリアス海洋開発ラボのトリトン・ウイリアムって、いいます。」
「じゃあ、君が、有名な少年科学者。ドクター・ウイリアム・ジュニア…!」
叫ぶようにいったキャリコに圧倒されて、トリトンは弱気にそれを認めた。
父親ジョセフの存在で、トリトンは「ドクター・ジュニア」で通用した。
「あの…。」
また二人で合唱しあった。
今度は、キャリコが、トリトンに発言をゆずった。
「あなた、こんな所で何をしてるんですか? これも任務なの?」
「話すと長いんだけど…。ドクターこそ、どうして? ドクターのその格好、とっても寒そうだけど、大丈夫?」
逆に質問されて、トリトンは、あせりながら返事をした。
「こっちもいろいろとあって…。とにかく、ここを早く出ましょう。夜明けまでに、ブリッジを抑えなきゃ。」
「君、民間人でしょ? そんなことをしたら犯罪だよ!」
「こっちは正当防衛です! ここの連中は、俺を狙ってるんだ!」
トリトンは激しい口調で応戦した。
キャリコは思わず顔をひきつらせた。
「そういうことなら仕方がないとして…。でも、君が、どうして連中なんかに…。」
「話は後! 早く、ここを出よう!」
トリトンは畳みかけるように促した。
キャリコは慌ててトリトンに同意した。
「ああ、そうだ。出なくちゃね。うん。」
「とにかく…!」
またまた二人で同時に声を発して、二人は言葉をなくした。
今度は、トリトンの方が、先に切り出した。
「とにかく、時間がないんだ。力を貸してください。」
「いいとも。」
キャリコは固い声で応じた。
そして、すぐに朗らかな表情をすると、愛想よくトリトンにいった。
「君と僕とは気があいそうだ。」
「は、はあ…。」
トリトンは曖昧に頷いた。
二人はそこからコンビを組んだ。
しかし、この二人は、あまりにチグハグなコンビだ。
問題はキャリコだ。
彼は、たいそうな様相のために、とても鈍い。
おかげで、素早いトリトンに追いつけず、汗だくになって奮闘するキャリコに、トリトンがあわさなくてはならなくなった。
しかも、キャリコは敵とみるや、船内なのもおかまいなしに、威力のある重火器を見境なくぶっぱなそうとする。
トリトンが制する場面が何度もあった。
「キャリコ、あなた、実戦体験があるんだろ?」
銃撃の間をぬって、トリトンは、キャリコに問いかけた。
すると、キャリコは精一杯胸をはって、トリトンに応じた。
「実戦体験はないが、これでも、養成時代は主席の成績で卒業したよ。」
「嘘だろ…!」
トリトンはめげながら肩を落とした。
当初の思惑よりも、大幅なロスをくっている。
階層は、ようやく六層目に入った。
ブリッジはその真上だ。
しかし、あせるトリトンとは対照的に、キャリコは実に明るい。
彼はトリトンに感心した。
スピードにタイミング、そして度胸に身のこなし。
すべてが一流で、一級品の出来ばえだ。
「ドクター、君こそ、どこで実戦を体験したの? もうプロ並みだよ!」
それを敵とやりあっている時に、わざわざ話かけるのだ。
トリトンもさすがに頭にきた。
「今、やってるだろ! その重装備、何とかならないのか? どっかに捨てろ!」
「バカな! マニュアルでは、どのような場面にでも対応できるように、万全で望むこととある。捨てるなんてできないよ!」
「だから、トロいんだ。置いてっちまうぞ!」
もう付き合いきれないと、トリトンは判断した。
銃撃を終えると、トリトンは、一人でダッシュした。
「待ってくれよ、お〜い!」
キャリコが慌てて追いかける。
トリトンは嘆いた。
「ケイン、ユ−リィ…。何とかしてよ…!」
トリトンとキャリコでは、素人とプロの立場が完全に逆転している。
キャリコが足手まといで仕方がない。
そして、トリトンとキャリコの距離が開いたことが仇になった。
キャリコが潜んでいた兵士に捕まり、人質にされた。
最悪の展開だ。
「わぁ!」
悲鳴をあげながら、ホールドアップするキャリコを助けようと、トリトンは慌てて引き返した。
トリトンが踵を返した瞬間、トリトンの前方に、副官率いる三十人ほどの兵士が現れた。
と、同時に、背後にも兵士達がやってきて、トリトンは完全に取り囲まれた。
「くそっ…!」
奥歯を噛み締めるトリトンに、兵士をかきわけて、グラントが姿を現した。
トリトンは悔しんだ。
まだ、トリトンの力は十分じゃない。
時間の経過で、グラントを縛り上げたオーラの効果が弱まったのだ。
「もう逃げられないわよ。」
グラントは睨みつけた。
トリトンは後退した。
そして、すぐに壁に行き当たった。
グラントは、どこかに合図を送った。
とたんに、トリトンの周囲に電撃がほとばしった。
トリトンはオーラを放出した。
だが、電撃は、オーラの壁を突き破る。
トリトンは悲鳴をあげた。
火花が散った。
電撃は四方に分散して枝分かれしていく。
やがて、網の形状となって、トリトンを覆い尽くした。
苦痛に呻きながら、トリトンはゆっくりと崩れた。
グラントは弾ける声でトリトンにいった。
「それは“エスパーシールド”よ。対エスパーの戦闘を研究して、開発された試作品。スカラウの娘とあなたの力を分析して、共通点がわかったわ。それは“エスパー”の力に酷似していると…。ここに、あなたがたどり着くのを待って、シールドの罠を張ったというわけ…。」
トリトンは片膝をついたポーズで、シールドの痛みに耐えつづける。
グラントは可笑しそうに言葉を続けた。
「残念だったわね。ブリッジは目の前だったのに。レーザー砲をはじき返すあなたでも、そのシールドは破れないわ。トリトン・ウイリアム。今度は、ただじゃおかないわよ!」
「よ、よせ!」
キャリコがわめいた。
しかし、口をはさんだ返礼に、キャリコは兵士に殴られた。
トリトンはグラントに思考を送った。
ーキャリコに手をだすな! 俺だけを好きにすればいいだろ!−
グラントは、怒り声で叫んだ。
「それを言葉でいいなさい! あなたはトリトン・ウイリアムね? 白状しなさい!」
“エスパーシールド”の力が強まる。
トリトンの悲鳴が、絶叫に変わった。
“エスパーシールド”は、精神に直接の攻撃をしかける。
精神が苛まれ、容赦なく痛めつけられる拷問だ。
威力が強く、長時間に及ぶと致死量に達する。
悪魔の兵器だ。
ーもう、だめか…?ー
トリトンは根をあげた。
その時。
ブリッジ側を囲んでいた兵士が、次々となぎ倒された。
グラントはハッとして首をめぐらした。
上空に身を躍らせた黒髪の女が、目に飛び込んでくる。
女は、グラントの前にスッと着地した。
現れたのはユーリィだ。
彼女の背後に、背の高い美女と紅い髪の女が続く。
二人は、オーラの力を兵士達に浴びせた。
長身の女が、グリーンのエネルギーを腕から放出する。
と、兵士達の銃が次々とばらされていく。
さらに、紅い髪の女が白い矢を放つ。
すると、悲鳴をあげて、兵士達は床にふせた。
長身の女はアトラリア人のジオネリア。
紅い髪の女は地球人のアキだ。
さらに、鉄郎、レイコ、倉川兄妹が追いついてきて身構えた。
トリトンのシールドの装置は、ユ−リィのレイガンで破壊された。
一方で、キャリコを捕まえていた兵士を鉄郎の銃が捉え、確実に屠っていく。
「みんな…。」
開放されたトリトンは、一気に脱力した。
安堵しながら、仲間達をうつろなまなざしで見つめた。
「そこまでよ。全員、そのまま動かないで!」
ユーリィが鋭い声を発した。
が、素早く起き上がったグラントは、トリトンに銃を突きつけた。
「それはこちらのセリフよ。ロストペアーズ! トリトン・ウイリアムを助けたかったら、あなた達の方こそ、銃を捨てて降伏しなさい!」
気力をなくしたトリトンでは、まともに向けられた銃は防げない。
一同は膠着した。
緊張の静寂があった。
しかし。
その静寂をぬって、突然、どこからか男の笑い声が響いた。
グラントは首をめぐらすと、ヒステリックに叫んだ。
「いったい誰なの? この私を笑うのは!」
すると、謎の声の主はグラントに言い返した。
「だって、そうだろう? そいつがトリトンだというから笑うんだ。」
「!」
これには、本物のトリトンも呆気にとられた。
声の主はこういった。
「そいつは偽者だ。第一、そいつにオリハルコンがあるか? 俺は、ここにいる!」
「何…?」
グラントや兵士達は呆然とした。
声がした方向に目をむける。
地球人達が並ぶ後ろに、その男のシルエットがあった。
光線の加減で暗いために、男の詳しい姿がわからない。
それでも、男は、トリトンのような服にマントを身につけ、腰にはトリトン・アトラスの剣がさがっている。
「そんな…!」
本物のトリトンは現実を疑った。
自分の他に、誰がいるというのだろう。
もし、いるとすれば、前世のトリトン・アトラスしか思いつかない。
「まさか…。トリトン・アトラスが生き返った…?」
トリトンは真剣にそう考えた。