トリトンは、ゆっくりと、意識をとりもどしていった。
その耳に、複数の人間の会話が、ぼんやりと聞こえてくる。
「・・・なことは、考えられません。レーザー砲をはじき返したなど…。」
「間違いではないのですね?」
「はい、グラント中将、この少年を覆う、バリヤーのようなエネルギーが、はじき返したと考えられます。個人の力で、そんなエネルギーが放出されるなんて、理論上、ありえないことです。」
「ドク・ランデス。詳しい見解を聞きましょうか。」
「この少年が、特別な装置を身につけているわけではありません。金属探知機で反応を調べましたが、反応はありませんでした。数値上、携帯可能な装置で作り出せるパワーではありません。とすれば、この少年が、本能的に自身を保護しているものと考えられます。ただ、現段階では調べようがありません。彼の意識が回復するのを待って、事情を聞くしかないでしょう。」
「このかわいい坊や、そこまで応じてくれるかしら…。」
女の含み笑いが聞こえた。
トリトンは会話の中身で状況を把握した。
自分はレーザー砲に撃たれて、不覚にも、戦闘艇に回収されてしまった。
乗員達は、標準語を話すオウルト人達。
トリトンの周囲にいるのは、女が一人、ドクターが一人、数人の男性兵士。
仲間の女の名はグラント。
反乱分子の中心人物の一人だ。
グラントが女だった事実は、たった今、知ったばかりだ。
トリトンは警戒を強めた。
素性を知られたら、彼らは、最悪の行動にでるだろう。
幸いにも、トリトンの意識はすぐに回復した。
ここはまだ格納庫の中で、トリトンの体は、その床に横たわっている。
声の響きから考えても、居住スペースでないことがわかった。
トリトンは、もう少し、気をなくした振りをして、様子をみることにした。
そのうち、別の兵士が、グラントのもとにやってきた。
「これが、トリトン・ウイリアムのデーターです。」
「ご苦労。」
グラントは兵士からファイルを受け取ると、素早く目を通した。
「この少年とトリトン・ウイリアムには、能力の差で、大きな食い違いが見られる。本人だと思ったのは、錯覚だったのか…。」
「他人の空似はよくあります。最初はまさかと思いましたが、この少年の力は、ウイリアム・ジュニアをはるかに上回ります。」
「トリトン・ウイリアムは“ロスト・ペアーズ”とともに、スカラウに潜伏したといわれています。」
「現在は行方不明でしたね。」
仲間の兵士が報告すると、グラントが口をはさんだ。
「他に、新しいことは?」
「この世界は、まったくの異空間です。どこの宙域とも繋がっていません。」
「そんなバカなことがあるか。」
グラントが叩きつけるようにいった。
兵士は言葉を続けた。
「ただ、気になることがあります。この少年の服装、そして市街と思われる外界の様子、すべてが、ジリアスの遺跡と共通しています。」
「ここは、スカラウではないのだろう?」
「はい。」
兵士は頷いた。
「しかし、彼らは、空間ごと移動を可能にした人類です。ここが、その場所である可能性は十分にあります。」
「わかりました。」
グラントがいった。
「夜明けを待って、編成隊をこの世界に送り込みなさい。」
兵士は敬礼した。
グラントは、他の兵士達に声をかけた。
「私はブリッジにもどります。ドクター。この少年の意識がもどったら、メディカルルームに運びなさい。くれぐれも、報告を怠らないように。」
トリトンは「よし」と思った。
このタイミングで起きれば、うまくいくと判断した。
トリトンは、身をよじって目を見開いた。
オウルト製の見慣れた船の内部。
敵地であっても、いくらか安心感がある。
トリトンが目を覚ますと、ドクター・ランデスをはじめ、グラントや兵士達が集まってくる。
彼らの注目を浴びただけでも、トリトンの目論見は成功した。
「坊や、気がついた? わかります?」
グラントは微笑みかけるが、トリトンは、うつろな表情で見つめ返した。
それで、グラントも通じていないのだと認識した。
トリトンは、じっとグラントを観察した。
年齢は40歳前後。
トリトンの母親、アレナと年齢がとても近い。
長い黒髪を美しく結い上げ、シャープにとがった顎のラインが印象的な知的美人だ。
トリトンは確信した。
彼女なら味方につけられる。
開放的な立場にいる人間を選び、自分の心を打ち明ける振りをして牽制する。
この場合、適任なのはグラントだ。
トリトンは、おびえた表情で周囲を見渡した。
未知の世界に紛れて恐がる振りをした。
すると、予想通り、グラントがトリトンに話しかけた。
「恐がらなくてもいいわ。私達はあなたを助けたの。解りますか…?」
身振り手振りを交えて、グラントは説明した。
トリトンは、曖昧に、それらを受け止めたように見せかけた。
そして、ゆっくりと立ち上がると、おもむろにグラントに抱きついた。
グラントは驚いて言葉をなくす。
慌てた兵士達は、トリトンを引き離そうとしたが、グラントが引きとめた。
「どうしたの?」
戸惑うグラントに、トリトンは思考を送った。
ー助けてくださってありがとうございます。でも、あなた方の言葉がわからないのです…。あなた方は、どなたですか?ー
トリトンは、わざと、どもってみせた。
グラントは笑顔を浮かべながら、平均的なアイテムになる翻訳イヤホンを、トリトンに手渡した。
「わかったわ。これを耳につけなさい。テレパシーで会話をしなくても、ちゃんと通じるから。」
イヤホンをつけたトリトンに、通じるのかを確かめてから、グラントは話をきりだした。
「私達は、あなたと、この世界のことが聞きたいの。ここは、いったいどこなの?」
トリトンはわずかに迷った。
予想した展開だ。
警戒しすぎると、逆に怪しまれる。
自然な応対が、要求される場面だ。
トリトンは考えながら、こういった。
「僕はジオリス。ここは、アトラリア。」
ジオネリアに謝りながら、トリトンは言葉を続けた。
「あの…。僕は元の世界に戻りたい…。」
「ジオリス君? わかったわ。だけど、私達はあなたの話を聞きたいの。それに、健康チェックもね。あなたの体が大丈夫なのか、診る必要があるわ。それに応じてもらえたら、すぐにあなたの世界に戻してあげます。」
お決まりの言葉だと思いながら、トリトンは困ったように見つめた。
「彼をメディカルルームに連れて行きます。」
「わかりました。歩けますか、ジオリス君?」
グラントはドクター・ランデスの言葉を受け入れると、トリトンに聞き返した。
トリトンは素直に頷いて、その指示に従った。
そのまま、メディカルルームにつながる通路を進む。
が、直前になってトリトンはいきなり立ち止まった。
「どうしたの?」
先を行くグラントが、トリトンを振り返る。
トリトンは、おびえた表情を作ってぽつりといった。
「この先には行けません。」
「なぜ?」
グラントは不審そうに目を細める。
トリトンは小さくかぶりを振った。
「父の策略が…。」
「父…?」
グラントが首をかしげた瞬間、メディカルルームが突然爆発した。
爆発に巻き込まれたのは、一番最初を歩いていたドクター・ランデスだ。
「どうしたというの!?」
事態がのみこめないグラントは、爆風を防ぎながら呆然とたたずんだ。
トリトンは、グラントの手をとった。
そして、緊迫した声でいった。
「ここにいては危ない。どこか、安全な場所は…?」
「なんですって?」
グラントは呆気にとられた。
「安全といわれても、どこも同じよ。」
「どこでもいいんです。父に、悟られない場所へ…。」
“父”という謎の言葉を気にしながら、グラントはトリトンを促した。
「落ち着ける場所があるけど…。その場所でよかったら、一緒にいらっしゃい。」
トリトンは頷いた。
そして、心の中でクスリと笑った。
トリトンの仕業だ。
遠隔操作でエネルギーを送り込み、わざと爆発を引き起こした。
グラントには気づかれていない。
グラントは、トリトンを自室に招き入れた。
トリトンに、自室のソファに座るようにいった。
グラントは、内線を使って部下に指示をだす。
爆発事故の速やかな処理。
まきこまれた負傷者の確認と救出。
爆発の原因と究明。
トリトンは、その様子を冷静に観察した。
この騒ぎで、船の状況は、またもや混乱をきたす。
統制が乱れ、アトラリアへの侵攻も遅れるはずだ。
そして、トリトン自身の調査も延期される。
願ってもいないことだ。
指示を与え終わったグラントは、トリトンと向き合うように、豪華な専用のチェアに腰をおろした。
「ここで、あなたのお話を聞かせていただくわ。いいかしら?」
グラントはいった。
「はい…。」
トリトンはゆっくりと頷いた。
「あの爆発の原因、あなたはわかるのね? 父親の策略って、いったいどういうこと?」
グラントは、率直な質問をする。
トリトンは、言葉につまりながら、グラントに答えた。
「爆発は…。僕を狙ったものだと思います。父は…、僕を…、なきものにしようとしているからです。」
「あなたのお父さまが?」
グラントは目を見張った。
トリトンは小さく頷いた。
「この世界は、父が統治しています。だけど、父の力では、この世界を治めることはできません。僕は、父の血を受け継いだものとして、次期後継者としての選任を受けました。父は、それが気に食わないのです。」
グラントは眉間に深い皺を寄せた。
事態が少しは見えてきた。
だが、それが内輪の後継者争いと知ってうんざりした。
下世話な揉め事を背負い込むつもりは、グラントにはないからだ。
「いったい、この世界はどういう世界なの? 私達が、ここに来てしまった原因はわかります? 私達は、それが一番知りたいの。私達は、別の世界の人間であることは、わかるわね?」
「はい…。」
トリトンは頷いた。
「あなた方は、アトランティスという世界をご存知? あなた方は、その世界の人間ではないの?」
グラントは、核心をついた。
「それは…。」
「はっきりといいなさい。」
グラントは目を細めた。
「あなたの力にも、興味深いものがあるわ。あの爆発が、あなたのお父様の仕業だったとしても、どうして爆発させることができたのかしら? 正確な居場所を把握していなければ、できないことだし、爆発したのも不思議でしょう? あなたにも、その力があるはず…。私達は、「エスパー」と呼んでいるけれど。それに近いものだと想像するわ。」
トリトンはグラントの訴えに、じっと耳を傾けた。
ぼんやりとした表情の裏で、トリトンは考えをめぐらした。
プロの交渉人というわけではない。
しかし、会話の問答には自信があった。
相手が結論を求めている今、ストレートな答えで、相手の心をくすぐることができる。
「解りました。」
トリトンは大きく相槌を打った。
グラントを上目遣いに見つめると、トリトンは口を開いた。
「詳しいことを聞いたことがありません。でも、この世界は、昔はアトランティスと呼ばれていたそうです。」
「なんですって?」
グラントは目を見張った。
トリトンは笑顔を浮かべると、さらに、話を持ちかけた。
「僕と手を組んでもらえますか? あなた方がここにきてしまった理由は、これから調べてみないと、原因がつかめません。だけど、この乗り物を見たときに思いつきました。あなた方の協力を得られるなら、ひょっとしたら、父の陰謀に勝てるかもしれない…。」
「私達に、あなた方の、抗争の手伝いをしろというの?」
「悪い話ではないと思います。あなた方、ひょっとしたら望んでいるんじゃないですか? この世界にあるという“神の力”を…。」
「“神の力”…?」
グラントは顔をしかめた。
トリトンは、ゆっくりと身を乗り出した。
「他の人に聞かれたくありません。あなただけに打ち明けます。」
「安心しなさい。ここには盗聴器や隠しカメラといった小細工はありません。あなたと私の二人っきり…。他の誰にも、会話を聞かれることがないわ。」
グラントはいった。
トリトンは小さく頷いた。
「よかった…。“神の力”のことは、むやみに明かすわけにはいきません。だけど、僕はあなたを信用します。巨大な破壊力を持つ、この乗り物のリーダーでしょう?」
「それだけで、私を信頼してくれるなんて、あなたも人がいいわね。」
グラントは笑った。
トリトンもにっこりと笑顔を返した。
「十分です。そして、本当のことをいいます。“神の力”は、「オリハルコン」といわれています。」
「まさか、本当に、ここが、その場所だったなんて…。」
グラントは感嘆しながら口を開くと、トリトンに重ねて質問した。
「ところで、あなたは、トリトンという少年を知っている?」
「トリトン…?」
トリトンはわざと目を見張った。
グラントは言葉を続けた。
「そうよ。私達の世界で、ただ一人、オリハルコンを操ることができるといわれる少年…。あなたがそうだと思ったけど、どうやら別人のようね…。彼は、この世界に紛れ込んでいる可能性があるわ。」
「彼が、ここにいるとしたら、何をするつもりですか?」
トリトンが聞くと、グラントはため息をついた。
「そうね…。私達は、その少年の行方を探して、ここに紛れ込んでしまった。彼がここにいるとすれば、オリハルコンを狙うでしょうね。私達よりも先に…。」
「それは、何とかしないと…。誰にも、オリハルコンを奪われるわけにはいかない。」
トリトンは白々しい口調で、グラントに同意した。
と、その時、艦内に、非常警報が鳴り響いた。
グラントはハッと首をめぐらした。
トリトンは敏感に気配を感じ取った。
艦内に潜入したケインやユ−リィ達のことをー。
「何事なの?」
腰を浮かせたグラントは、もう一度、無線を持つと、外部の兵士と連絡をとった。
「侵入者? 正体は…?」
グラントは、兵士とのやりとりに集中する。
トリトンは、ふっと笑顔を浮かべた。
「グラントさん。侵入者をこらしめるいい方法があります。」
「なんですって?」
グラントは、驚いてトリトンを見つめた。
トリトンは明るい声で、言葉を続けた。
「何者か探るのは、捕まえてからでもできるでしょう?」
「そんな方法、どうやって…。」
グラントは、トリトンの前までもどってくる。
「こうすればいいんです。」
トリトンは精神を集中した。
オーラがゆらりと放出される。
目を見張ったグラントに、オーラの光が取り巻いた。
そうすると、グラントは金縛りにあったように動けなくなる。
「何、これは…!?」
動揺するグラントに、トリトンは落ち着いた声で説明した。
「僕の力の一つです。」
「どういうこと? なぜ、私に…!」
身動きがとれないグラントは、トリトンを睨みつける。
構わずに、トリトンはソファを立ち上がった。
グラントを無視すると、彼女のロッカーを開いて、レイガンとガンベルト、予備弾のケースを奪った。
「おっ…。」
グラントは呻くように、声をあげる。
ーお前は、何者?ー
グラントは怒りの思考を、トリトンに投げつける。
トリトンは勝気に笑うと、イヤホンを投げ捨てた。
そして、オウルト語で言い返した。
「さあ、誰かな? 想像にまかせるぜ。」
トリトンはグラントの部屋を飛び出した。
目的はコントロールの中枢。
船のブリッジだ。