12.トリトン奪回作戦 1

「トリトンがさらわれたって、本当ですか?」
 村に引き返した一同を出迎えたニトルは蒼白して叫んだ。
 ロバートは肩をすくめた。
「そっ。あの金属のデカブツの腹の中だ。」
 ニトルやアトラリアの村人達は、恐怖の表情で頭上を見上げた。
 アトラリアの人類にとって、未知の体験だ。
 下部のライトを何箇所も点滅させながら、低く反重力エンジンを響かせる巨大な金属の塊は、まさにSF映画そのものの世界だ。
 地球人のベルモンドも、この現実を受け入れることができないようだった。
「まさか…。ハリウッドの特撮映画じゃあるまいし…!」
「あれがケインやユ−リィの世界の乗り物だ。スピルバーグやジョージ・ルーカスにも拝ませてやりたいぜ。」
「あの船、危険はないの?」
 スーが不安げに聞くと、ケインは肩をすくめた。
「今のところはね…。」
「ただし、刺激は与えないで。おとなしくしていないと、たちまち攻撃してくるから。」
 ユ−リィの忠告を聞き入れて、村人達は、じっと地上から船の様子を見守った。
 一方、ムギを介して、船のブリッジのコンソロールパネルに貼り付けた、モニター受信装置のデーターが、携帯用の解析機の方に送信されてくる。
 そのわずかな映像をながめながら、倉川ジョウ達が状況を分析した。
「ブリッジの連中はかなり混乱している。時間稼ぎにもってこいだ。」
 アキは精神を集中して、彼らの言葉を感じ取り、日本語に翻訳して一同に説明した。
「連中は、ここがどこだか、まだ理解していないみたい。必死になって、状況を把握しようとしている。ただ、トリトンの意識がまだ戻っていない。彼らは、トリトンの意識が回復してから、尋問しようとしているわ…。」
「トリトンはどこにいるんだ?」
 鉄郎が声をかけると、アキは眉をひそめた。
「待って。いろいろと会話が飛び交っててよく聞き取れないんだけど…。えっと…。格納庫っていってる。」
「まだ、下部の入り口から連れて行かれていないわね。」
 ケインがいいかけた時、アキはアッと表情を変えた。
「ばれそう。謎の信号音をキャッチしたって。」
「もったほうね。10分か。案外鈍いわ。」
「どうするの? このままじゃ…。」
 アキが指示を仰ごうとしたが、ユ−リィは即決した。
「いいわ。中断しましょう。」
 そして、ムギに指示を出した。
「ムギ。電波を遮断して。そのかわりに、離脱信号を発信するのよ!」
 クァールは、自在に電波を操ることができる。
 送信機を即座に逆転させると、受信装置に離脱信号を送信する。
 すると、自動で受信装置はコントロールパネルから離れ、自爆プログラムが作動をはじめる。
 送信が終わった。
「これからどうする?」
 島村ジョーの質問にロバートが応じた。
「もう一度、情報を整理しなおそう。」
 そして、クールな表情で一同を見返した。
「あの船が飛び込んできた原因は不明だ。船は反乱軍所属。狙いはオリハルコンの略奪。彼らは、その手がかりとなるトリトンを拉致した。俺達の目的は、トリトンの奪回とあの船の占拠だ。」
 一同は頷いた。
「ケイン、あの船の乗員は、推定何人くらいだ?」
「そうねぇ。」
 ケインはややあって答えた。
「正規の定員は54名。ただし、反乱軍だから、それ以上の人数を確保してるわね…。いっぱい乗っけて、70名前後ってところかしら。」
「それ以上ってことはないな?」
「あの船には、ワープ機能があるわ。ワープ機能で大切なのは重量。最大規定をオーバーすると、ワープ機能に狂いが生じる。事故に繋がるから、それはタブーとされている。」
「了解した。」
 ロバートは納得しながら質問を重ねた。
「続けて聞く。ケインとユ−リィは、あの船内の構造を把握している。トリトンも知っていると思うか?」
「知ってるでしょうね。一時は、軍要請のロケット工学直属機関に携わった経歴を持ってるわ。あの子も設計に一躍絡んだとみていいわ。」
「たとえ、全部の構造がわからなくても、今のあの子なら、「力」で、たちまち把握しちゃうんじゃない?」
 ユーリィが言葉を付け加えた。
 ケインはさらに言葉を補足した。
「ただし、危険なのは兵士だけじゃないわ。殺人ロボットも徘徊してるでしょうし、ガードシステムも作動させて、徹底的にセキュリティを施しているはずよ。占拠は容易じゃないってこと、心得ておくべきね。」
「妥当なところだ。」
 ロバートは当然のように頷くと、それを踏まえて話を進めた。
「さて、次は、船内の状況整理だ。」
 全員の集中力を高めるように、ロバートは詳しく中身を詰めていく。
「観点は二点ある。まず一点。彼らは現状の把握にやっきになっているが、予期せぬ事態に混乱している。だが、いずれは、外部の偵察に乗り出してくる。その場合、今が夜間であることを考慮し、夜明けを待って、行動する可能性が高い。」
「もう一点は?」
 鉄郎が口をはさんだ。
 ロバートがいった。
「もう一点は、トリトンの拉致だ。トリトンの意識が何時戻るかわからない。しかし、トリトンが意識を取り戻せば、聴取に時間を費やすだろう。情報を掴んだ地点で、一気に行動を開始する。」
「じゃあ、夜明けを待つってこと?」
 ユ−リィが訊ねると、ロバートはすぐに首を振った。
「それじゃ遅すぎる。やるのなら今だ。夜明けは一時間後。それまでに、こちらから先に打ってでる。誰一人として、船の連中を、外に出させるわけにはいかない。」
「何か、考えがありそうだな。」
 倉川ジョウが上目使いに見つめる。
「それはない。」
 ロバートはあっさりと返した。
「どのみち強行突破しかない。が、作戦が必要だ。トリトンの動きを考慮しながら、船のコントロールシステムを抑えられる作戦だ。」
「トリトンの動き?」
 レイコが呆れたように口をはさんだ。
 ロバートは苦笑した。
「事情聴取されるとして、あの坊やが素直に応じると思うか? おそらく身分を偽り、この世界のことも、オリハルコンのことも、けっして口外しようとしないだろう。自白剤でも使われたらお手上げだ。だが、それなら、あの坊やをかばってやる必要がある。しかも、あの坊やのことだ。意識がもどったら、あの船をのっとりだすかもな。」
 鉄郎は腕を組みながら何やら考えこんでいる。
 が、何かを思いついたのか、パッと明るい笑顔を浮かべた。
「簡単だ! トリトンのことはなんとかなる。ただ、あの武器だらけの船にどうやって近づくかだ。」
「空間転移はだめかしら?」
 アキが首をかしげると、ジオネリアは異を唱えた。
「その方法は、三使徒が集合しなくてはできません。でも…。」
「でも…?」
 全員がジオネリアを見つめる。
 ジオネリアは言葉を続けた。
「あの船の武器を防ぐことなら、私とアルテイアのシールドで可能です。」
「そんなこと、できるの?」
 アキは驚いた。
 ジオネリアは断言した。
「はい。今までのお話で、外側の船の構造が理解できました。」
「結構じゃない。」
 ケインが大きく頷いた。
「レーザー砲さえ防いでくれたら、船内には、エアロックを使っていくらでも進入できるわ。中に入ればこっちのもの。このメンバーなら、いくらでも占拠は可能よ。」
「今からやってくれない? 時間が惜しいわ。」
 ユーリィがいった。
 ジオネリアは頷いた。
「その前に、ジオネリアに質問!」
 鉄郎がいった。
「なんでしょう?」
 首をかしげるジオネリアに、鉄郎はにっこりしながら口を開いた。
「オリハルコンの力って、性別が変えられるんだろ?」
「それは、私にだけに与えられた能力です。誰にでも、というわけには…。」
「もっと単純なことだよ。変装ってできるかな?」
「問題ありません。私達、個々の力でも、物質を原子レベルに分解して組み替えることができます。」
 ジオネリアが説明すると、鉄郎は明るくいった。
「それならいいや!」
 次に、鉄郎は、島村ジョーに呼びかけた。
「ね、ジョー♪」
「なんだよ、急に愛想をふりまきやがって…。」
 ジョーは顔をしかめた。
 すると、鉄郎はポンとジョーの肩を叩いた。
「すべてはジョーにかかってるんだ。頼むよ。」
 鉄郎は区切るように言葉を強調した。
「トリトンに・なって・くれない?」
「はあ???」
 ジョーは呆気にとられた。
 一同も唖然とした。
 鉄郎はしゃあしゃあといった。
「ようするに替え玉を使うんだ。ジョーなら、トリトンと背格好が似てるから、変装すりゃごまかせる。」
「お前、本気でいってんのか?」
 ジョーはわめいた。
「服装はどうにかなるとして。髪はどうする? 俺は緑じゃないんだぞ!」
「すりゃいいじゃん。なんとかなるって。」
「なるか! ばれるにきまっとろうが!」
 ジョーは憤然とした。
 鉄郎は肩をすくめた。
「わめくなよ。それを、アクエリアスの力でごまかすの!」
「緑に染められるか! まさか、エクステンションを入れろとか、いいだすなよ!」
 ジョーは激しく反発する。
「できますよ。何もする必要はありません。」
 ジオネリアは、空気を和ませるように、ソフトな声で応じた。
 とたんにジョーは死んだ。
「諦めなさい。似てるジョーが悪いんだから。」
 レイコが他人事のように口をはさむ。
「そっくりってこたぁ、ねぇだろ!」
 ジョーは半狂乱だ。
「いいえ、ナイスアイデア! どうして気がつかなかったの? 似てるじゃない!」
 ユーリィが目を輝かせた。
「多少違ってても構わないわ。」
 ケインが断言した。
「ようするに、相手を混乱させれぱいいんだから。オリハルコンの剣もこっちにあることだし。」
「鉄郎、いいところに目をつけたな。」
 ロバートは笑い出す。
 鉄郎ははしゃいでポーズをとった。
「へへ、鉄郎ちゃん、えらい♪」
「でっかい口開けて、喜ぶな!」
 悔しがる島村ジョーを見返すと、倉川ジョウは、わざとらしく声をかけた。
「いいじゃねぇか。たまには役にたつこともあるからな。」
「アニさん、どういうことだ?」
 島村ジョーは倉川ジョウを睨みつけた。
 そこに、アキとジオネリアが近づいてくる。
 ジオネリアは事務的にいった。
「時間がありません。すぐにやります。」
「ちょっと、まった! まだ心の準備が…。」
「ジョー、変装だけだから。協力して。」
「姫さん、そりゃ、ないだろう…!」
 ジョーの嘆きにつきあっていられない。
 ジオネリアとアキはオーラを放出した。
 ジョーはオーラの中にすっぽりと包み込まれた。
 輝く光のせいで、ジョーの姿は見えない。
 しかし、中から情けない悲鳴が響きわたる。
 一同はますます呆れた。