突然、大気が割れた。
       閃光がはしる。
       自然の雷鳴とは違う。
       正体不明の衝撃だ。
       地上でも、烈風が吹き荒れる。
       木々が大きくゆさぶられ、生き物達が悲鳴をあげて騒ぎ始めた。
       川原にいた一同は、身を伏せて衝撃から身を守った。
       上空を見上げた。
       一同は言葉をなくす。
       空にオーロラが輝いていた。
       オウルト人達は知っている。
       ワープの時に生じる異空間の痕跡。
       オーロラの光はしだいに強くなる。
       その中に、大きな物体の影が現れた。
       影はだんだんと鮮明になる。
       同時に、異空間のオーロラが消えていく。
      「あれは…!」
       ケインは大きく頭をあげた。
      「連合宇宙軍の戦闘艇じゃない!」
       ユーリィの叫び声がケインのを上回った。
      「おまけに反乱軍側の船だ。正規軍のマークがない。」
       トリトンは、船体の横にあるはずのマークが消されているのを確認した。
       全長は220メートル。
       標準型の戦闘艇で、宇宙軍の戦艦では小型に属する。
       小型レーザー砲が左右に合計16砲。
       前方にレーザー砲が3砲。
       ビーム砲が2砲装着されている。
       通常は、一キロクラスの大型戦艦に塔載される戦艦だ。
       塔載艇がワープアウトを完了すると、衝撃は嘘のようにおさまった。
       上空を覆い尽くすように圧倒的な迫力を誇示しながら、塔載艇は浮遊する。
       地球人とオウルト人のメンバーは一斉に立ち上がった。
      「よりにもよって、反乱軍連中だなんて。やっかいなのが潜り込んでくれたわ。」
       憎々しげにケインがつぶやいた。
      「どうする? あれじゃ、手出しができない。」
       倉川ジョウがいった。
       だが、トリトンは断言した。
      「いや、早急にやらせてもらう。このままじゃ、アトラリアの存在が彼らにもばれてしまう。」
      「お前の中にある作戦、聞かせてもらおうか。」
       ロバートがいった。
       トリトンは頷くと一同にいった。
      「二段構えの作戦だ。」
       そう前置きして、トリトンは本題を短く説明した。
      「まずは船の中の動向を探る。使用するのは小型のモニター受信装置。それを船の中枢、ブリッジにとりつける。幾つか方法があるけど、今回は直接的な方法をとる。」
       トリトンは、一同に100円ライターくらいの金属片を見せた。
      「直接的な方法?」
       ロバートが目を見張る。
       トリトンは頷いた。
      「空間転移で転送する方法が一番安全だ。しかし、モニターの性能を破壊する恐れがある。だから却下。そこで、ブリッジの装甲に直接どてっぱらを空けて、この金属片を投げ入れる。」
      「おいおい、そっちのほうが乱暴だろ。」
       倉川ジョウはあきれ返った。
       トリトンはにやけた。
      「情報は一時間もあれば充分だ。中の最新の情報がつかめれたらそれでいい。で、それを可能にするのが“シリアルナンバー2”。射程距離はおよそ100メートル。鉄郎、自信ある?」
      「標的がでかいから、やれないことはないけど、当然、ポイントがあるんだろ?」
      「もちろん。それは、ケインにフォローしてもらうことになる。」
      「わかった。」
       鉄郎は頷いた。
      「いいわ、おもしろいじゃない。」
       ケインも乗り気だ。
       トリトンは説明を続けた。
      「接近はエアバイクでやる。ただし、相手が相手だ。接近するとなると、命がけになる。そこで、三使徒が囮になってフォローする。三人の神様のお墨付き。受けてもらえる?」
      「光栄だね。心強いよ。」
       鉄郎は笑った。
      「それが成功したら一時退却。その間に、残りのメンバーで、中の情報をできるだけつかんでほしい。態勢が整ったら、一気に船に乗り移る。エアロックを使って中に進入。ゲリラ攻撃で船を占拠する。」
      「ずいぶんと大胆だな。」
       ロバートが呆れた。
       トリトンはいった。
      「限られた時間の中でできる、もっとも有効なやり方だ。明け方までに決着をつけないと、厄介ごとをさらに背負い込むことになる。」
      「よし、乗ったわ。」
       ユーリィが威勢よく声を張り上げた。
      「やっと、俺達の出番が回ってきた。」
       倉川ジョウも小さく笑った。
       他のメンバーも頷きあった。
       メンバーは二手に別れた。
       三使徒、鉄郎とケインはその場に残る。
       あとのメンバーは、一度、村に引き返すことにした。
       ユーリィがみんなを先導し、戦闘準備と動向調査を村で行うことになるからだ。
       作戦は、すぐに動き出した。
      
      
       漆黒の闇の中を、一台のエアバイクが疾走する。
       操っているのはケインだ。
       後席に、鉄郎がまたがっている。
       エアバイクは、慎重に塔載艇の上部を目指して上昇した。
      「気づかれずにどこまでやれるか、だわ。」
       ケインは発進前にそういった。
       トリトンが提案した100メートルは、敵の射程距離を想定したものだ。
       銃を撃つのには難がありすぎる。
       しかし、船の攻撃を最小限にとどめるためには、どうしても必要な距離だ。
       塔載艇に近づけば近づくほど、そのでかさに圧倒された。
       しかし、気持ちは負けられない。
       萎縮すれば、作戦は失敗する。
       艦橋より下の装甲を超えることが、もっとも困難だ。
       塔載艇に組み込まれた砲塔は、その部分に集中している。
       熱源は察知されただろう。
       いつ、攻撃されても不思議ではない。
       そう思っていた矢先。
       砲塔が細かく動き出した。
       暗がりで肉眼では見えない。
       だが、こすれるような機械音を聞きとって、鉄郎が叫んだ。
      「気づかれた!」
      「しっかりつかまって。ふりきるわよぉ!」
       ケインはハンドルのスロットをいっぱいにひねった。
       とたんにバイクは、左右に大きくぶれながら走行する。
       と、同時に。
       無数のレーザー砲が、バイクを狙い撃ちした。
       バイクは攻撃の波をすり抜けて、さらに上昇する。
      「頭を低くして!」
       ケインは鉄郎に命じた。
       バイクにも小型のレーザー機銃が備わっている。
       しかし、機銃では歯がたたない。
       いや、機銃を打つ余裕もない。
       ひたすら、光条の波をよけ続けるだけだ。
       ケインと鉄郎はひたすら耐えた。
       かろうじて、攻撃はかわしている。
       このまま突っ切れたら問題はない。
       加勢が入った。
       三使徒だ。
       バイクの前方に閃光が走る。
       わずかにバイクは直進方向を避けた。
       でなければ、光の圧力にバイクは弾き飛ばされる。
       光の中から三使徒が現れた。
       “空間転移”。
       使徒達が有する特殊能力の一つだ。
       使徒達は散開した。
       トリトンは左へ。ジオネリアは右へ。アキはバイクの後方につく。
       それぞれがシールドを張りめぐらし、砲撃を防ぎ、バイクを守ろうとする。
      「早く行って!」
       トリトンが指示を出した。
      「頼んだわ!」
       声を張り上げても、おそらく聞こえていない。
       しかし、力いっぱい声を張り上げて、ケインは答えた。
       使徒達のカバーで、攻撃は幾分ましになる。
       目指す艦橋の近くにある砲塔は、バイクの機銃で破壊した。
       そこでケインは、鉄郎に指示を与えた。
      「いい? 艦橋の窓の下。あそこの壁にコントロールパネルが張り付いてるわ。」
      「了解。」
       鉄郎は銃を取り出した。
       狙うポイントを把握した。
      「出力をいっぱいに引き上げる。弾き飛ばされるから覚悟して!」
       特別にスコープをとりつけて、鉄郎はケインに忠告した。
       バイクはホバリングしながら、わずかな間だけ静止する。
       狙うポイントと飛距離が直線で結ばれたときが撃ち時だ。
       緊張が高まった。
       いまだに、エアバイクは完全に静止できない。
       防ぎきれない光条を受けつづけ、かわすために微動する。
       スコープをのぞく鉄郎の目が細くなった。
       照準が思うように定まらない。
      「まだ? こっちも限界よ!」
       ケインがわめく。
       鉄郎は、はやる気持ちを抑えながら叫んだ。
      「もう少し、時間をくれ!」
       そういわれたら、ケインは我慢するしかない。
       光条がバイクをかすめていく。
       焦れる時間が流れた。
       嫌な時間だ。
       鉄郎は集中する。
       一瞬、目を閉じた。
       が、タイミングを読み取った瞬間、目を見開いた。
       照準点の中心にポイントが重なる。
       鉄郎は銃を撃った。
       とたんに反動がきた。
       ケインが悲鳴をあげる。
       バイクがバランスを崩した。
       失速する。
       鉄郎は、バイクから投げ出された。
       銃の光条は、正確にポイントを撃ち抜く。
       トリトンがそれを確認した。
       すぐさま、飛び出して目標地点で静止した。
       オーラを放出する。
       その力にモニター装置を乗せて運ぶ。
       モニター装置は、貫通した装甲の中に進入した。
       モニターはコントロールパネルの表面に張り付き、中の様子を定点カメラで映し出し、受信機にその映像を送る。
       作戦は成功した。
       ケインは、なんとかエアバイクを操ると、態勢を立て直した。
       また、鉄郎も。
       アキが自由落下を止めて、鉄郎の体を受け止めた。
      「どうだ?」
       鉄郎は抱きついたアキに訊ねた。
       アキは上空を見上げる。
       そして、鉄郎を見返すと、まぶしい笑顔を浮かべた。
      「お疲れ様。成功よ!」
      「よかった!」
       鉄郎は明るい声で叫んだ。
      「長居は無用! みんな、戻るわよ!」
       ケインが叫んだ。
       それぞれに、空域から離脱しようとした。
       その時、ケインは塔載艇の動きに気がついて、ヒステリックにわめいた。
      「だめ、レーザー砲を撃つわ!」
      「一番、でかいやつだ!」
       鉄郎が目を剥いた。
      「だめだ、こんなところで!」
       悲痛な声でトリトンが叫ぶ。
       砲塔が狙いを定めた。
       標的は空を漂う一同だ。
      「やられてしまう!」
       ジオネリアが叫んだ。
       離れようとするが間に合わない。
      「よせ!」
       トリトンが絶叫した。
       レーザー砲の前に飛び出した。
      「おやめっ!」
       ケインが叫んだ。
       同時に、レーザー砲が発射される。
       トリトンはオーラを放出した。
       レーザー砲をはじき返す。
       しかし、トリトンも無事ではすまない。
       ダメージを受けて弾き飛ばされた。
      「トリトン!」
       ジオネリアが叫んだ。
       トリトンは反応しない。
       意識をなくして、力尽きたまま落下していく。
       アキが追おうとした。
       と、瞬間、戦闘艇の腹部のハッチが開き、光が放出された。
       ケインはその光の正体をよく知っている。
       オプチカル吸引エレベーターだ。
       戦闘艇クラスの戦艦は、規模を誇る空港でないと入港できない。
       未整地の着陸不可能な惑星の土地で、オプチカル吸引エレベーターは使用される。
       その原理を説明するのは省こう。
       見た目で表現するなら、光のエレベーターだ。
       光に包まれるだけで、降下に上昇と、人や物資を運搬することができる。
       しかも、かなりの重量まで耐えられるので、特に、大型船に組み込まれているシステムだ。
       トリトンは、そのエレベーターに捕まった。
       トリトン一人だけなら負担はまったくない。
       あっという間に、船内に取り込まれた。
       わずか数秒足らずの出来事だ。
       落下したときに、こぼれたオリハルコンの剣だけが残される。
       それは、ジオネリアが受け止めた。
      「そんな…!」
       ショックを受けながら、アキは戦闘艇の下部に近づこうとした。
       それを、鉄郎が夢中で止めさせた。
      「行くな! 君まで捕まるぞ! 出直すんだ。このままじゃ、こっちが不利だ。」
      「早く! ここから離れるのよ!」
       ケインが怒鳴った。
      「トリトン…。」
       ジオネリアが思いつめた表情で戦闘艇を見つめながら後退する。
       戦闘艇の攻撃は停止した。
       それを運がいいと思いながらも、重い気持ちを抱きながら、一同は離れていった。