川原にやってきたケインとユーリィはふてくさっていた。
       約束の時間はとうに過ぎている。
       なのに、トリトンは、いつまでたっても姿を現そうとしない。
      「あの子、一人で、ふけたんじゃないでしょうね。」
       ケインが不審そうにいったのを、ユーリィが呆れて言い返した。
「まさか…。」
       でも、そういいかけて、ユーリィも不安げに口を開いた。
「あの子に何かあったかもよ。誰かに襲われたとか…。」
「ありえるけど…。」
       ケインがうーんと考えだした。
       その時、二人を呼ぶ声がした。
       トリトンの声だ。
      「ケイン、ユーリィ!」
       岩陰から飛び出すと、二人に駆け寄ってきた。
「トリトン!」
       ケインをさしおいて、ユーリィが手を広げる。
       ケインが呆気にとられていると、トリトンは黙ってユーリィにしがみついた。
「ちょっと、それって…!」
       文句を言いかけるケインを、ユーリィはとがめた。
「トリトンの様子が変。何かあったのよ。」
       ケインもそれを感じた。
       トリトンの体は熱く、頬も紅潮している。
「どうしたの? 顔が赤いし、ほてってるわ。怪我したの?」
       二人でトリトンの肩や腕を点検する。
       トリトンはかぶりをふった。
      「たいしたことじゃないよ…。」
       そういってユーリィから離れた。
「心配したのよ。誰かに狙われたんじゃないかって。」
      「ごめん。悪いけど、計画は中止しよう。」
       いつもの口調で、トリトンは言い返した。
      「どうしたの?」
       ユーリィは目を見張った。
「事態が変わりかけてる。それは…。」
       トリトンが言いかけた時、村の方から地球人の仲間が走ってきた。
「あんた達…!」
       予定になかったメンバーがやってきたことで、ケインは呆然とした。
       オウルト人達が集まっていたことで、地球人達も目を見張った。
       倉川ジョウが話しかけた。
      「どういうことだ? ジオリスが現れたってレイラのやつが騒ぐから、気になってやってきた。おたくらも、そうなのか?」
「レイラが…?」
       トリトンが呆気にとられた。
       ケインが眉をひそめた。
「こっちが知りたいわ。召使い女の話は初耳よ。」
       島村ジョーは呆気にとられた。
      「そっちの集合は別件のようだね。ケインとユーリィが戦闘服を着込んでいるなんて。俺達は何も聞いちゃいない。」
「しゃあないわね〜。」
       ケインは赤毛をぽりぽりとかきむしった。
       そして、トリトンを見返した。
      「全部、話す? この件に関しては、あたしらは権限外だもん。」
      「そうだね…。」
       トリトンは小さく頷きながら口を開いた。
      「どのみち、みんなには、聞いてもらわなくっちゃいけないことだ。」
「あたしらだって、ちゃんと聞かせてもらわなくっちゃ。」
       ユーリィが念を押した。
「いったい何を企んでいたんだ?」
       ロバートが三人を見つめた。
       地球人メンバーは、意外な成り行きに戸惑いを隠せない。
       トリトンは改めて一同に説明した。
      「みんな、ごめん…。俺達だけで単独行動をするつもりだった…。でも、ある人物が接触してきて、事態の異変を伝えてくれた…。だから、単独行動は断念することにしたんだ。」
「気にくわねぇな。俺達は外野か!」
       ジョウはムッとする。
       ロバートがジョウの肩を掴んだ。
      「その件は目をつぶってやろう。それなりに事情があったんだ。今は、坊やの確信話を聞くことの方が重要だ。」
       ジョウは憮然としながらも押し黙る。
      「ありがとう、ロバート。」
       トリトンはそういって言葉を続けた。
      「その人物はジオリス。ただ、彼は意外な素顔を持っていた。男だと思わされていたけど、彼は実は女性だった。本当の名はジオネリア。俺達が出会うといわれていた最後の使徒、“大地の使い”だ。」
「嘘でしょ! あの人が女〜? 信じられない〜!」
       レイコが悲鳴をあげた。
       一同も同じだ。
       仰天して固まってしまった。
       トリトンは、ジオネリアに声をかけた。
       茂みの中から現れたのは、想像を越えた絶世の美女だ。
       ケインとユーリィは、いきなり現れたジオネリアに目を丸くした。
       それから唇を噛みしめた。
       比較しようもない美しさを誇るジオネリアが許せない。
       ケインとユーリィは自己中心的だ。
       もっとも美しいのは二人のほうだ。
       世間からも、二人は「宇宙一の美女」と噂されてきた。
       二人とも、その勲章をずっと誇りに抱いてきた。
       しかし、ジオネリアの出現で、その勲章がみごとに崩壊した。
       トリトンはジオネリアの手をとって、仲間達に紹介した。
      「ジオネリアだ。目的は俺達と変わらない。ラムセス打倒のために、男を偽って敵を装ってきた。それに、俺にとっては“年上の妹”になる人だ。」
       地球人達は顔をしかめた。
       ケインとユーリィの体が、グラリと斜めに傾いた。
「ワケがわかんない!」
      「あんた、一人っ子でしょ? この女と、どうつながってるの?」
「ジオネリアは、エネレクトとラムセスの子だ。エネレクトはトリトン・アトラスの母親だろ?」
       トリトンがそういうと、
「それを、あんたは納得できるの?」
       ケインが突っ込んだ。
       トリトンは肩をすくめた。
「納得できるかっていわれると難しいけど、理屈はそうらしい…。」
      「それで、鉄郎が情けをかけたのか…。」
       呆れた様子で、島村ジョーは鉄郎を見返した。
      「こうなることを予測してー。」
       とんでもないと思いながら、鉄郎はジョーに反論した。
      「冗談じゃない。ジオリスが女だなんて、誰が想像できるんだ。」
      「年上の女に弱いから、てっきりそう思ったんだよ…。」
      「真面目に話をふってくれ…。」
       鉄郎はかぶりをふった。
       倉川ジョウは頷きながらいった。
      「鉄郎が、どう勘を働かしたにしろ、女ジオリスさんに、あれ以上の危害がなかったことは幸いだ。」
       男の子達の態度が、急にソフトになったのを感じて、レイコと裕子はブスッとむくれた。
       アキは、ジオネリアをじっと見つめている。
       表情は複雑だ。
       心の中に渦巻く、さまざまな感情を抑えようとしている。
       鉄郎がアキの肩に軽く手を置いた。
「アキ、気持ちはわかる。だけど、仲間割れすることは誰も望んでない。」
       アキは鉄郎を見つめた。
       フッと優しく笑顔を見せた。
「心配しないで。」
       向き直ると、アキはすっと瞳を閉じた。
      「この方を仲間として、受け入れてもいいのですね?」
      「今までのわだかまりを、全部、捨ててもらえるかな?」
       トリトンは、ためらいがちに声をかけた。
       アキは、わずかに考えてから小さく頷いた。
       トリトンはホッと表情を和ませた。
「ありがとうございます。アルテイア、そして皆さん。」
       ジオネリアは、艶やかな声で話しかけた。
       一同は息を飲んだ。
       ジオリスの貴公子ぶった態度とは、まるで違う。
       同一人物と聞かされても、戸惑うばかりだ。
       ジオネリアは、一同に宇宙船の飛来を告げた。
       その話を聞いて、さらにケインとユーリィが目を丸くした。
「うちらの世界の船?」
「いつ、そんなものがやってくるの?」
      「時期はそう遠くはないでしょう…。」
       ジオネリアの言葉に、鉄郎が身を乗り出した。
「この世界は大丈夫なのか?」
「それもわかりません。この原因を探る必要があります。」
「探るっていってもなぁ…。」
       ロバートは頭をかきながらぼやいた。
「ますます事態がぶっ飛んできやがった…。」
      「同時に、脱出する機会も巡ってくるってことだ。」
       トリトンが補足すると、ケインはため息をついた。
「それが楽にできれば喜ばしいけど、いろいろとハードルがありすぎるわぁ。」
      「私達は、ここにまんまと誘い出されたと解釈していいわ。」
       ユーリィは一同を見渡した。
「だけど、このまま何もしないわけにはいかない。トリトン、新しいアイデアがあるのなら提示してくれる? あたしらはクライアントに従うしかないわ。」
      「宇宙船が出現したら動きようもあるけど、今はまだ…。」
       いわれてトリトンは肩をすくめた。
      「元々のお前の計画を、実行することはできないのか?」
       鉄郎が聞くと、トリトンはかぶりをふった。
      「それも考えなおした。ただ、今の段階じゃ、様子を見たほうがいい。」
「いいえ、動きました!」
       ジオネリアは、突然口を開いた。
       一同の表情が変わった。
       ジオネリアは背後の茂みに目をつけた。
       一緒にいたムギもグルルと低く唸る。
       何かを察知したトリトンが叫んだ。
「だめだ!」
       しかし、その時には、ジオネリアは一同から飛び出していた。
       茂みの中にオーラを放つ。
       一同の前で、爆発が起きた。
       爆風が返ってきた。
       みんなは、個々に身を伏せて爆風を防ぐ。
       その中で、動く人影を発見した。
       その人影はレイラだ。
「あの女!」
       立ち上がったケインが、追いうちをかけて銃を撃った。
       だが、素早い身のこなしで、レイラは森の奥へ走り去った。
「レイラ…。」
       トリトンは悔しげにつぶやいた。
       ケインが舌打ちすると、ユーリィが睨みつけた。
「油断もスキもないわね!」
      「あの女の目的って、一体、何なの?」
       裕子は驚いている。
      「こうなったら、あの女をつかまえて、口を割らせるしかない。」
       倉川ジョウが動きかけた。
       が、アキがジョウを制した。
「待って!」
       ジョウが立ち止まった。
       思わずアキを見返す。
       アキは夜空を見上げた。
       その顔は凍りついている。
「どうやら、ジオネリアの言葉が現実になりそう…。」
「感じる。重い空気…。」
       トリトンも低い声で口を開く。
       ジオネリアはかすかに頷いた。
       他のメンバーも空を見上げた。
       しかし、何も変化がない。
       普通の人間では感じられない変化を。
       特殊な力をもった彼らは、はっきりと認識している。
 一同に緊張がみなぎった。