11.大地の女神、現る! 5

 川原にやってきたケインとユーリィはふてくさっていた。
 約束の時間はとうに過ぎている。
 なのに、トリトンは、いつまでたっても姿を現そうとしない。
「あの子、一人で、ふけたんじゃないでしょうね。」
 ケインが不審そうにいったのを、ユーリィが呆れて言い返した。
「まさか…。」
 でも、そういいかけて、ユーリィも不安げに口を開いた。
「あの子に何かあったかもよ。誰かに襲われたとか…。」
「ありえるけど…。」
 ケインがうーんと考えだした。
 その時、二人を呼ぶ声がした。
 トリトンの声だ。
「ケイン、ユーリィ!」
 岩陰から飛び出すと、二人に駆け寄ってきた。
「トリトン!」
 ケインをさしおいて、ユーリィが手を広げる。
 ケインが呆気にとられていると、トリトンは黙ってユーリィにしがみついた。
「ちょっと、それって…!」
 文句を言いかけるケインを、ユーリィはとがめた。
「トリトンの様子が変。何かあったのよ。」
 ケインもそれを感じた。
 トリトンの体は熱く、頬も紅潮している。
「どうしたの? 顔が赤いし、ほてってるわ。怪我したの?」
 二人でトリトンの肩や腕を点検する。
 トリトンはかぶりをふった。
「たいしたことじゃないよ…。」
 そういってユーリィから離れた。
「心配したのよ。誰かに狙われたんじゃないかって。」
「ごめん。悪いけど、計画は中止しよう。」
 いつもの口調で、トリトンは言い返した。
「どうしたの?」
 ユーリィは目を見張った。
「事態が変わりかけてる。それは…。」
 トリトンが言いかけた時、村の方から地球人の仲間が走ってきた。
「あんた達…!」
 予定になかったメンバーがやってきたことで、ケインは呆然とした。
 オウルト人達が集まっていたことで、地球人達も目を見張った。
 倉川ジョウが話しかけた。
「どういうことだ? ジオリスが現れたってレイラのやつが騒ぐから、気になってやってきた。おたくらも、そうなのか?」
「レイラが…?」
 トリトンが呆気にとられた。
 ケインが眉をひそめた。
「こっちが知りたいわ。召使い女の話は初耳よ。」
 島村ジョーは呆気にとられた。
「そっちの集合は別件のようだね。ケインとユーリィが戦闘服を着込んでいるなんて。俺達は何も聞いちゃいない。」
「しゃあないわね〜。」
 ケインは赤毛をぽりぽりとかきむしった。
 そして、トリトンを見返した。
「全部、話す? この件に関しては、あたしらは権限外だもん。」
「そうだね…。」
 トリトンは小さく頷きながら口を開いた。
「どのみち、みんなには、聞いてもらわなくっちゃいけないことだ。」
「あたしらだって、ちゃんと聞かせてもらわなくっちゃ。」
 ユーリィが念を押した。
「いったい何を企んでいたんだ?」
 ロバートが三人を見つめた。
 地球人メンバーは、意外な成り行きに戸惑いを隠せない。
 トリトンは改めて一同に説明した。
「みんな、ごめん…。俺達だけで単独行動をするつもりだった…。でも、ある人物が接触してきて、事態の異変を伝えてくれた…。だから、単独行動は断念することにしたんだ。」
「気にくわねぇな。俺達は外野か!」
 ジョウはムッとする。
 ロバートがジョウの肩を掴んだ。
「その件は目をつぶってやろう。それなりに事情があったんだ。今は、坊やの確信話を聞くことの方が重要だ。」
 ジョウは憮然としながらも押し黙る。
「ありがとう、ロバート。」
 トリトンはそういって言葉を続けた。
「その人物はジオリス。ただ、彼は意外な素顔を持っていた。男だと思わされていたけど、彼は実は女性だった。本当の名はジオネリア。俺達が出会うといわれていた最後の使徒、“大地の使い”だ。」
「嘘でしょ! あの人が女〜? 信じられない〜!」
 レイコが悲鳴をあげた。
 一同も同じだ。
 仰天して固まってしまった。
 トリトンは、ジオネリアに声をかけた。
 茂みの中から現れたのは、想像を越えた絶世の美女だ。
 ケインとユーリィは、いきなり現れたジオネリアに目を丸くした。
 それから唇を噛みしめた。
 比較しようもない美しさを誇るジオネリアが許せない。
 ケインとユーリィは自己中心的だ。
 もっとも美しいのは二人のほうだ。
 世間からも、二人は「宇宙一の美女」と噂されてきた。
 二人とも、その勲章をずっと誇りに抱いてきた。
 しかし、ジオネリアの出現で、その勲章がみごとに崩壊した。
 トリトンはジオネリアの手をとって、仲間達に紹介した。
「ジオネリアだ。目的は俺達と変わらない。ラムセス打倒のために、男を偽って敵を装ってきた。それに、俺にとっては“年上の妹”になる人だ。」
 地球人達は顔をしかめた。
 ケインとユーリィの体が、グラリと斜めに傾いた。
「ワケがわかんない!」
「あんた、一人っ子でしょ? この女と、どうつながってるの?」
「ジオネリアは、エネレクトとラムセスの子だ。エネレクトはトリトン・アトラスの母親だろ?」
 トリトンがそういうと、
「それを、あんたは納得できるの?」
 ケインが突っ込んだ。
 トリトンは肩をすくめた。
「納得できるかっていわれると難しいけど、理屈はそうらしい…。」
「それで、鉄郎が情けをかけたのか…。」
 呆れた様子で、島村ジョーは鉄郎を見返した。
「こうなることを予測してー。」
 とんでもないと思いながら、鉄郎はジョーに反論した。
「冗談じゃない。ジオリスが女だなんて、誰が想像できるんだ。」
「年上の女に弱いから、てっきりそう思ったんだよ…。」
「真面目に話をふってくれ…。」
 鉄郎はかぶりをふった。
 倉川ジョウは頷きながらいった。
「鉄郎が、どう勘を働かしたにしろ、女ジオリスさんに、あれ以上の危害がなかったことは幸いだ。」
 男の子達の態度が、急にソフトになったのを感じて、レイコと裕子はブスッとむくれた。
 アキは、ジオネリアをじっと見つめている。
 表情は複雑だ。
 心の中に渦巻く、さまざまな感情を抑えようとしている。
 鉄郎がアキの肩に軽く手を置いた。
「アキ、気持ちはわかる。だけど、仲間割れすることは誰も望んでない。」
 アキは鉄郎を見つめた。
 フッと優しく笑顔を見せた。
「心配しないで。」
 向き直ると、アキはすっと瞳を閉じた。
「この方を仲間として、受け入れてもいいのですね?」
「今までのわだかまりを、全部、捨ててもらえるかな?」
 トリトンは、ためらいがちに声をかけた。
 アキは、わずかに考えてから小さく頷いた。
 トリトンはホッと表情を和ませた。
「ありがとうございます。アルテイア、そして皆さん。」
 ジオネリアは、艶やかな声で話しかけた。
 一同は息を飲んだ。
 ジオリスの貴公子ぶった態度とは、まるで違う。
 同一人物と聞かされても、戸惑うばかりだ。
 ジオネリアは、一同に宇宙船の飛来を告げた。
 その話を聞いて、さらにケインとユーリィが目を丸くした。
「うちらの世界の船?」
「いつ、そんなものがやってくるの?」
「時期はそう遠くはないでしょう…。」
 ジオネリアの言葉に、鉄郎が身を乗り出した。
「この世界は大丈夫なのか?」
「それもわかりません。この原因を探る必要があります。」
「探るっていってもなぁ…。」
 ロバートは頭をかきながらぼやいた。
「ますます事態がぶっ飛んできやがった…。」
「同時に、脱出する機会も巡ってくるってことだ。」
 トリトンが補足すると、ケインはため息をついた。
「それが楽にできれば喜ばしいけど、いろいろとハードルがありすぎるわぁ。」
「私達は、ここにまんまと誘い出されたと解釈していいわ。」
 ユーリィは一同を見渡した。
「だけど、このまま何もしないわけにはいかない。トリトン、新しいアイデアがあるのなら提示してくれる? あたしらはクライアントに従うしかないわ。」
「宇宙船が出現したら動きようもあるけど、今はまだ…。」
 いわれてトリトンは肩をすくめた。
「元々のお前の計画を、実行することはできないのか?」
 鉄郎が聞くと、トリトンはかぶりをふった。
「それも考えなおした。ただ、今の段階じゃ、様子を見たほうがいい。」
「いいえ、動きました!」
 ジオネリアは、突然口を開いた。
 一同の表情が変わった。
 ジオネリアは背後の茂みに目をつけた。
 一緒にいたムギもグルルと低く唸る。
 何かを察知したトリトンが叫んだ。
「だめだ!」
 しかし、その時には、ジオネリアは一同から飛び出していた。
 茂みの中にオーラを放つ。
 一同の前で、爆発が起きた。
 爆風が返ってきた。
 みんなは、個々に身を伏せて爆風を防ぐ。
 その中で、動く人影を発見した。
 その人影はレイラだ。
「あの女!」
 立ち上がったケインが、追いうちをかけて銃を撃った。
 だが、素早い身のこなしで、レイラは森の奥へ走り去った。
「レイラ…。」
 トリトンは悔しげにつぶやいた。
 ケインが舌打ちすると、ユーリィが睨みつけた。
「油断もスキもないわね!」
「あの女の目的って、一体、何なの?」
 裕子は驚いている。
「こうなったら、あの女をつかまえて、口を割らせるしかない。」
 倉川ジョウが動きかけた。
 が、アキがジョウを制した。
「待って!」
 ジョウが立ち止まった。
 思わずアキを見返す。
 アキは夜空を見上げた。
 その顔は凍りついている。
「どうやら、ジオネリアの言葉が現実になりそう…。」
「感じる。重い空気…。」
 トリトンも低い声で口を開く。
 ジオネリアはかすかに頷いた。
 他のメンバーも空を見上げた。
 しかし、何も変化がない。
 普通の人間では感じられない変化を。
 特殊な力をもった彼らは、はっきりと認識している。
 一同に緊張がみなぎった。