2. 集 結 3

「問題はマスコミよ。先の「ジリアス事件」を、実況中継してまで、ご丁寧にオウルト連邦全域に報道しちゃったの。」
 ユーリィがいった。
「オリハルコンが、一般の人間に、注目され始めたのはその時から。夢のエネルギーだという認識を、人類に持たせちゃったの。それだけじゃないわ。トリトンも、人類の危機を救った英雄として、マスコミに追っかけられるようになっちゃった。でしょ?」
「う…うん…。」
 ユーリィに視線を向けられると、トリトンは小さく頷いた。
 ケインが横やりを入れた。
「嫌なら、断ればよかったじゃない…。」
「だって…。そうしなきゃ、いけないのかなって…思っちゃったから…。それも、最初だけだってば。」
「あれだけ、星間テレビに出演しておいて? 決定的なのは、主席の前で演説をしちゃったからよ。」
 ケインが呆れていうと、トリトンは声を荒げた。
「あれが演説っていうのか?  ただのガキの感想文だろう。大義名分や理論説を、確立しようとしたんじゃないんだぜ。」
「ところが、それをマスコミが逆手に取ったの。ま、そんなこんなで、トリトンは、アイドル並みの待遇を受けるようになっちゃったのね…。」
「歌でデビューしろとでも、誘われたのか?」
 鉄郎が、冗談めいた言葉をかけると、トリトンは苦笑した。
「ルックスがいいからね。スカウトがきて、モデルに誘われた。」
 言い返されると、鉄郎はむくれた。小柄な鉄郎は、身体的コンプレックスも大きい。
「だったら、さっさと転職すりゃいいだろ!」
 鉄郎が悔し紛れにいうと、失笑が一同から漏れた。
 トリトンは笑いを抑えると、鉄郎に言い返した。
「冗談じゃなくって、マジに困ったんだぜ。本を書けだ、どこかで講演しろとか、パーティーに出てくれとか…。どこにいっても騒がれて、周囲が、そっとしておいてくれないんだから。最近は、うざったくなって、身を隠していたくらいだよ。」
「主席が、トリトンの言葉を絶賛したことで、強硬派の反論を呼んだのが事の発端よ。」
 ユーリィがいった。
「主席が、トリトンの演説に感化されて、ある提言をいった。「完全平和主義」。偏見も争いもない理想主義を掲げたの。でも、武力で制圧したがってる連中に、そんな提言は邪魔なだけだわ。それも、十三歳の子供の言葉に惑わされたなんて、責任問題にまで発展する始末。」
「クーデターを起こす連中に、特別な理由なんかあるものか。ただ、そいつらが、関係のない人間を巻き込むのだけは阻止したい。」
 トリトンは、地球人のメンバーに視線を送った。
 ロバートはかすかに頷いた。
「事情はわかった。先の話にもどるが、そのおたく達が追っかけてる連中と、こっちのイオスの連中が、手を組んでる可能性がある。まずは、そこから調べていく。」
「あたしらには、地球で自由に動き回れる権限がない。ただ、その権限さえいただけたら、あなた達に迷惑をかけるつもりはないわ。これが、あたしらがここに来た最大の目的よ。」
 ケインが強く主張した。
 鉄郎がロバートの顔を見た。
「どうするんだ? 勝手なことは、こっちもできないよ。」
 腕を組みながら、ロバートは目を細めた。
「手を組むというのは? 宇宙人…。いや、オウルト人の皆さん方は、どうなんだ?」
「異論はないわ。ここにいるみんなとは、先の事件で、チームワークがちゃんと組めたもの。」
 ケインとユーリィが見やりながら応じた。
 頷いたロバートは言葉を続ける。
「だったら、こっちがおたく達がいうところの、地球人の権限とやらを与えてやる。ただし、それと引き換えに、こちらの条件をすべて飲んでもらう。」
「どんな?」 目を細めながら、ケインが相槌を打つ。
「まずは、そっちが持っている尋ね人の情報のすべてを提示してもらう。地球の総人口は60億以上。その中から、目的の連中を探すとなると、相当、骨を折る。さらに、これ以上の犠牲を出さないためにも、ここにいる全員は、この船外から出ることを禁止する。気分転換に、二、三日は南の島で、リゾート気分を味合わせてやることができるから安心しろ。」
 一瞬、ジョーの顔が強張る。レイコが焦って問い詰めた。
「ちょっと待ってよ! ここから出ちゃだめって、どのくらい居させる気?」
ロバートは、こともなげに言い返した。
「さあな。それは事件の早期解決を望むしかない。」
「じゃあ、ジョーはイギリスに戻れないの? ジョーだけでも戻してよ。」
「ジョーが狙われてもいいの?」
 裕子が口をはさむと、レイコは激しく反論した。
「そんなの可能性じゃない! ジョーはこれに人生を賭けてるの! 今、ここで、レースを棄権するようなことになったら、それまでの努力が全て消えちゃうのよ! それが、どれだけの致命傷になるのか、あなたにわからないわ!」
「よけいな犠牲を出してもいいのか?」 
 倉川ジョウが厳しい口調でいった。
「すでに、トライアズベルト号の船員、三百人は全員絶望的だ。それ以上の被害は、回避しなくてはならない。この船は、そのための囮だ。」
 アキの顔がわずかに強張った。
 鉄郎はアキを気遣うように見つめた。
 もともと、アキは忌まわしい出来事に対して、過剰な反応を示すところがある。
 アキは顔を埋めたまま、身を震わせる。
 アキの様子に溜息をつきながらも、ケインは、冷たい口調で言い放った。
「犠牲は他にもいるわ。トリトンの同僚が十五人。あたしらは、トリトンを助けだすだけで精一杯だった。後の彼の仲間は、全員、行方不明。」
「ケイン、待ってくれ。それは…。」
「事実として、報告させてもらうわね。本当のことなんだから。」
 ケインの硬い口調に、トリトンは何もいえなかった。
「でも、だからって…。」
 レイコが泣きそうになっている。
 その時、ふいに鉄郎が席を立ち上がった。
 呆気にとられる一同の前で、鉄郎はおもむろに頭を下げた。
「レイコ、ジョー、ごめん。俺がこの船に誘ったせいで…。だけど、今回だけは諦めてほしいんだ。頼む…。」
 ジョーとレイコは言葉をなくした。
「鉄郎!」 「やめてよ、そんなこと…!」
「あたしからもお願いします。」
 そういいながら、アキも立ち上がると、鉄郎の隣に並んで頭を下げた。
「二人のつらい気持ち、わかってるつもりです。でも、二人に、もしものことがあったら…。そっちの方が嫌です…!」
「二人がそんなことをしても、解決しないわ!」
 焦ったレイコが叫ぼうとした時、ジョーがレイコの腕を掴んだ。
「レイコ、もういいだろう…。わかってるよ。鉄郎、姫さん。二人に迷惑をかけるつもりはない。」
「ジョー…。」
 レイコは複雑な表情でジョーを見つめた。
 鉄郎とアキは思わず頭をあげて、ジョーの表情を覗き込んだ。
 ジョーは、ふっきったように優しい笑顔を向けている。
「でも、ジョー…。」
「レイコ、お前、ずっと俺のそばにいるんだろ? 確かに、今年のレースを一度でも落としたら、今後の契約はすべて破棄されてしまう。しかし、来年また挽回すればいい。それとも、来年は、その実力がなくなるとでもいいたいのか?」
「そんなこと思ってないわ。」
「だったら、この俺を信用しろ。」
 ジョーが静かだが、強い口調で訴える。
 レイコは言葉をなくしてしまった。
「ロバートさん、悪いが、いろいろと連絡を取りたいところがある。許可してもらえるのか?」
 ジョーがロバートに首をめぐらした。ロバートはいいだろうと頷いた。
「ジョー、悪い…。」
 立ち上がった鉄郎が、ジョーに声をかけた。
 その鉄郎の肩を軽く叩くと、ジョーはかすかな声でいった。
「それより、姫さんをしっかり守ってやれよ…。」
 ジョーはレイコを伴ってキャビンから出て行った。
 鉄郎はかすかに笑う。
 それだけで、二人の気持ちは十分通じ合っていた。
 アキが心配げに鉄郎を見つめていると、逆に鉄郎の方がアキに声をかけた。
「アキの方はいいんだな?」
「後から携帯を貸して。ヤマキとお爺さんに、ちょっと出かけてくるっていったきり、ここにきちゃった…。ちゃんと、連絡しておかないと…。」
「それで、オーストラリアへ来ちゃうんだもんな…。そりゃびっくりするよ。ヤマキさん達…。」
「ほんと…。」
 鉄郎が優しい笑顔をこぼすと、アキの顔にも笑顔が差し込んだ。
 二人の視線が穏やかに交差した。
 と、ケインが不機嫌そうに口を開く。
「そこ〜! 雰囲気が違うんだけど〜!」
「兄貴の前で、あんまり過激なところを見せつけないでね〜!」
 裕子の茶化しが入って、ジョウがわめいた。
「うるせー!」
 ハッとした鉄郎とアキは、距離を置いた。
 アキはジョウと裕子に声をかけた。
「二人はいいの?」
「もとから、この事件をスッパ抜いてやる気だった。この事件、絶対モノにしてやるぜ。」
「スキャンダルを暴くのが、あたし達の目的よ。」
「また、親父さんともめてんのか?」
 鉄郎が呆れた口調で尋ねた。
 ジョウの眉間のしわが増えた。
「うっせー! よけいなお世話だ!」
「私的な会話は後にしろ。やってもらわなきゃならないことが先にある。」
 ロバートが淡々とした口調でいった。 
「トリトンとかいったな。お前、パソコンの操作ができるか?」
「出来ると思うけど…。」
「トリトンなら、地球のパソコンだって、楽々操作できるよ。どうして?」
 鉄郎がフォローすると、ロバートは説明した。
「尋ね人の特徴のデーターを流す。CIA。倉川のルート。そして、鉄郎、お前のところの織野ルートだ。たぶん、該当するデータが、どこからか出てくるはずだ。そのデーター作りを、はじめてもらわなきゃならない。それから、サインしてもらう書類もある。鉄郎、お前も早く日本領事館に連絡をとれよ。恋人の身分証明、ちゃんとしとかねぇとやばいだろ?」
「やるよ。」
「じゃ、早速、こっちに来てもらおうか。休むのはその後だ。」
 ロバートに促されて、一同は動き出した。
 そのあわただしさは、明け方までかかった。