かつて、同じ高校に通っていた仲間達は、今は、それぞれの人生を歩みはじめていた。
すでに、レーサーとしての才能を開花させつつあるジョーは、イギリスに活動の場を移し、レイコとともに、確固たる目標に向けて躍進しようとしていた。
一方、倉川ジョウと裕子は、父親のダンが経営している出版会社に籍を置き、アメリカを中心に、取材で飛び回る日々を送っていた。
将来、ジョウは独立してフリーのジャーナリストとして、また、裕子もカメラマンの道を志し、実績を積み上げようと奮闘中だ。
鉄郎は、相変わらず、青年実業家の看板を背負わされていた。
十歳で両親を亡くした後、母方の祖父、織野源三に御曹司として迎えられてから、鉄郎は、織野家の当主となるべく、英才教育を受けてきた。
鉄郎とロバートは、そのときに出会っている。
やがて、源三の経営方針に疑いを持った鉄郎は、源三の不正を暴いて、源三を失脚させた。
しかし、これが織野一族に、お家騒動をもたらす要因になってしまった。
その後、鉄郎と源三は和解を果たし、鉄郎が後を継ぐことで、一応の収束が図られた。
だが、この肩書きが、鉄郎にとって重荷となっていた。
地位や名誉よりも、自由を勝ち取りたいと、強く願う鉄郎は、織野の親族達に対し、ある条件を提示した。
大学在籍中までは、織野家の当主としての役目を果たす。
ただし、卒業したら、自分の道を志すというものだ。
すでに、この世を去った源三の遺言でも、その条件は承認されていた。
鉄郎は、航空会社への就職を目指している。
しかも、4回生になった今、残り半年という期間で、その望みが実現する。
ごく当たり前の日々の中で、鉄郎は、着実な足固めを行っていた。
そんな鉄郎と、五年にわたって交際を続けているアキの言動は、仲間達の間でも関心が高かった。
しかし、看護士になりたいと夢見ているアキは、鉄郎との距離を置いたままで、進展がまったく見られなかった。
何事もなければ、彼らは、そのまま自分達の生活を送り続けるはずだった。
だが、ある事件が、今回の出会いをもたらしたのである。
最初に、不穏な動きを察知したのは、倉川ジョウ、裕子のコンビだった。
おもに、経済分野を扱う父親の会社の内々の情報で、二人は、アメリカのある企業の動きを懸念するようになった。
その企業は、リゾート業で名を馳せたイオス・コーポレーションだ。
この企業には、かねてからマフィアとの献金がらみや、麻薬密輸の疑いがあり、闇の企業としての噂が耐えなかった。
その企業が、オーストラリアの造船業社との共同出資により、一つの豪華客船を作り出した。
その船が、今回の爆破事故を起こしたトライアズベルト号だ。
爆破される直前、トライアズベルト号では、進水式を兼ねた、各国の著名人を招待しての船上パーティーが開かれていた。
本当なら、鉄郎はそのパーティーに出席することになっていた。
だが、鉄郎にパーティーの出席を止めるように、説得した人物がいた。
それがロバートだ。
倉川コンビは、イオス・コーポレーションの動向に関して、CIAにも情報を提供していたのだ。
鉄郎は、ロバートからこんな話を聞かされた。
トライアズベルト号の進水式の賑いの裏で、大きな麻薬取引が行われる可能性があるという。
オーストラリアについては、麻薬の規制が甘い。
そして、一方では、武器の売買も行われるかもしれないというのだ。
すでに、この一件に関しては、オーストラリア警察も、共同で動き出しているということだった。
「その事件のために、あんた達が顔をそろえたってわけね。だけど、あたし達には、そんなの、なんの関係もないわよ。」
大筋の話を聞いたケインが、大きくかぶりを振った。
ジョウが険しい顔でこう切り出した。
「ともいえねぇ。別に麻薬の取引くらいじゃ、こんなご大層にはならないさ。問題は、その船が、突然、爆破されてしまったということだ。」
「事故か、あるいはテロだっていえば、それで説明がつくだろう。しかし、それらとは明らかに状況が違う。」
鉄郎がいった。
「俺を狙ってのことなのか、何か取引に関してのトラブルがあったのか…。目的が、あまりに曖昧だ。」
「鉄郎を狙った犯行?」
アキが不安げに聞いた。すると、裕子が呆れたようにいった。
「暢気ねぇ。イオスは、相当、織野に恨みを持ってるわ。製薬会社だった織野に、昔は良いところを、全部持って行かれたのよ。おかげで、裏の世界での業績が伸びなくて、イオスはずっと苦しんでいたという話よ。」
「裕子、悪いけど、その話は別件だ。」
鉄郎は、固い表情をしながらそういった。そして、改めて一同に言い返した。
「イオスが、トライアズベルト号を爆破したって、何の利益にもならない。確かに、証拠隠滅を図ったという見方ができる。でも、それにしたって、イオス自身が被る損害を考えたら、そんな大胆なことをやれるはずがない。」
「まだ、納得がいかないわ。その事件とジョーと、どういう関係があるの?」
レイコが口を尖らせる。倉川ジョウは断言した。
「島村も狙われてるんだよ。二度もな。鉄郎と一緒に、この船に乗ることになっていた。そうだろ?」
「ああ。鉄郎に誘われてな。でも、それは偶然じゃないのか?」
ジョーが口をはさむ。倉川ジョウは続けた。
「その前もある。イギリスのサーキット場で、ボヤ騒ぎが起こっただろ。」
「あれは、たいしたことになってない。地元の地方新聞でも、悪戯程度の報道で終わっている。」
「しかし、お前さんの周りで起こったんだぜ、島村。偶然といえば偶然かもしれん。しかし、鉄郎に続いて、姫さん、レイコ、さらにトリの坊やだ。偶然にしちゃできすぎてないか?
この間、わずか数日で、このメンバーの周りで事件が起きるなんて。」
「そっちはどうなの? そこまで言い切るのだったら、何かあったんでしょ?」
レイコが身を乗り出すと、裕子が口を開いた。
「まだよ。その前に、ここに避難してきたっていったほうがいいかしら。アメリカで、同等の事件が起きたら、今の何倍もの逆風が吹き荒れるわ。」
「別のところの神経を、逆なでしちまうよ。無関係な疑惑を、生ませたくないんでな。」
ジョウもそういって肩をすくめる。ロバートが、補足するように言葉を付け加えた。
「俺が二人をここに呼び寄せた。鉄郎とそっちのレーサーさんをな。以前から、東南アジアを中心に、テロのネットワークが広がっている疑惑が、指摘されていた。爆破は阻止できなかった。しかし、トライアズベルトはその候補の一つだった。が、あくまでそれは、アルカスの域がかかった、組織の連中の仕業だと、こっちは睨んでいた。」
「CIAは、テロを想定して動いていたんだね。初めて知ったよ。」
鉄郎がそういうと、ロバートは苦笑した。
「ただの事件だったら、地元警察で十分だ。しかし、国際的な問題に発展する可能性がある。だが、それ以上の大事になりそうな気配だな…。」
ロバートは、ケインとユーリィを見返した。
「さて、今度はそちらの番だ。何のためにここに来たのか、説明してもらおうか。しかし、正直なところ、君らが宇宙人だというのに、まだ疑いがあるがね。」
「いいわ。てっとり早く話してあげる。」
そういうと、ケインは身を乗り出した。
「あたしとユーリィは、WPICという組織から派遣されてきた調査員よ。ワールド・プライベート・アイ・センター。地球の言葉ではそういうわ。政府管轄の民間探偵業社といったところね。今回、依頼があって、あたし達は派遣されてきた。」
「派遣? そっちの坊やか? 依頼主は。」
ロバートがトリトンを見やると、ユーリィが小さく笑った。
「この子は守る対象よ。本題を話すわ。」
ユーリィが、任務の内容を語り始めた。
「銀河の連邦政府が所有する軍の組織、連合宇宙軍の中で反乱が起こった。いわゆるクーデターってやつ。強硬派と穏健派が見境もなく、あちこちで衝突しまくるっていう、物騒な世の中になっちゃったの。強硬派の中心人物はカーチス将軍とグラント大将。この二人は、まもなく連合軍に逮捕されちゃうでしょうから、直接、あたし達には関係がないんだけど。」
「でも、あたしらには別の仕事が回ってきた。」
続けて、ケインが説明しだした。
「強硬派の連中は、オリハルコンを利用しようと考えているらしいの。ただし、連合宇宙軍では、そんなのは真面目に取り合ってられないってことで、主席の依頼という形で、特例扱いであたしらの方に依頼が回ってきた。あたし達は、その真相究明に借り出されたというわけ。」
「オリハルコンって、聞いたことがあるな…。それが、この坊やとどう関係するんだ?」
ロバートは目を丸くしている。鉄郎が口をはさんだ。
「オリハルコンっていうのは、古代アトランティスにあったっていわれている、光る金属のことだ。トリトンは、唯一、そのオリハルコンを使いこなすことができる人間だ。」
「アトランティス? 宇宙に、アトランティス人がいるっていうのか?」
ロバートが呆れたようにいうと、トリトンが、慌てて口を開いた。
「待ってよ。勝手に結論づけないでくれ。俺のただの科学者だ。アトランティスのことなんか、俺もよくわかってないんだ!」
「すまない。俺の言い方が悪かったな。」
鉄郎が硬い声でいうと、トリトンはアッと思いながら、かぶりを振った。
「鉄郎のせいじゃない…。ごめん。俺のほうこそ、大声を出したりして…。」
「説明してもらえるかい? 坊や。」
ロバートが声をかける。トリトンは小さく頷いた。
「俺はもとは科学者だ。でも、今は秘書官の仕事も兼ねてる。」
「前は秘書官なんて役職、受け持っていなかっただろ?」
ジョーが口を挟んだ。トリトンがつけ加えた。
「正確には、ジリアスそのものが変化してきてるんだ。委任統治領だったジリアスが、国家になろうとしている。来年にも、市民の力で憲法を制定して、国民議会を設立する動きが起きている。大統領が選出されて、自治体制が確立されたら、正式に、オウルト連邦に独立申請を提出できる。以前から、俺達の代表だったダブりスさんは、総督に就任して、独立運動の中心人物として活躍している。俺は、その人の補佐をしている。」
「お前もついに官僚の口か?」
ジョウが鼻をならすと、トリトンは肩をすくめた。
「政治の世界に首を突っ込む気なんかないよ。自然を相手に研究したり、保護したり、ついでに、大学教授でいれたら、それだけで満足だ。」
「十七歳で大学教授か。恐れいった。」
ロバートが呆れながらいうと、裕子が口を開いた。
「トリトンは、十歳の時から、もう科学者だったのよ。すっごい才能の持ち主なんだから。」
「才能っていうより、『持って生まれた性質』…っていったほうがいいかもな・・・。」
トリトンは自嘲気味に呟いた。
「なるほど。お前さんが何者かはわかった。だが、それとオリハルコンの問題と、まだ結びついちゃいない。」
ロバートが突っ込みを入れる。トリトンは目を閉じて、言葉を続けた。
「それは、ここにいるみんなに後から聞いて。前の事件のことを、ここにいるみんなが体験してる。話を続ける。問題は、どうして強硬派が、オリハルコンに目をつけたかだ。」
「確かに。ただ、どのみち、お馴染みの御伽ばなしからは、逃げられそうにないってことだ。」
納得しながら、ジョウは大げさに手を広げてみせた。