2. 集 結 1

 ケインとユーリィは、すぐに地球に降り立つことを決定した。
 それからの行動は迅速だった。
 二人は、<リンクスエンジェル>に搭載してある、変形シャトルに移乗した。
 そして、そのまま地球に向けて、正面降下を敢行した。
 一緒に同乗した、レイコとアキは呆気にとられ、トリトンも諦めた様子で、ケインとユーリィの指示に従った。
「これじゃ、ますます、鉄郎が泡を食うだろうな…。」
 補助シートに座った、トリトンがそういうと、パイロット席についていた、ケインが唐突に後を振り返った。
「向こうは、すぐに来いっていったんでしょ? これが最善の方法なの。それとも、何か異論でもある?」
「別に悪いなんていってない…。」
 トリトンがあわてて言い返すと、ケインは当然のようにいった。
「だったらガタガタいわないで! このシャトルは特殊なの。地球製のヘリにカモフラージュしてあるのよ。電波網もかいくぐることができたし、作為的な妨害もなし。安全に降下できてるんだから、何も問題はないでしょ?」
「でも、いきなりだもんなぁ…。」
 今度は、同じ補助シートに座ったレイコが、ぼそりと呟いた。
「パスポートもビザもないのに、オーストラリアに行こうとしてんのよ。これじゃ、日本に、ちゃんと戻れるかどうかもわかんないわ。」
「そういった細かい手続きは、あなた達にまかすわ。お願いね。」
 ユーリィまで、にこやかにそういう。レイコは頭を抱えた。
「ほら、この調子じゃない…。あんた達の常識が、まるで通じないってことをいってるの。」
 レイコは、隣にいるアキに視線を向けた。
「アキもそう思うでしょ?」
 アキはぼんやりと、ウインドウの方を物憂げに見つめていた。
 不安な気持ちがあった。
 力を取り戻してしまったアキのことを、鉄郎は、どう思うだろう。
 そのことが原因で、距離を置いた苦い経験が蘇ってくる。
 また、あの気まずい関係を繰り返すのだろうか。
 アキの孤独な心は、完全に癒されたことはない。
 そんなアキの心を、理解してくれる人間は…。
 目的の場所は夜だった。地表近くまで降下した。下には、大陸の明かりがちらちらと見えている。
「アキ、聞いてる?」
 レイコに何度も呼ばれて、アキはようやく気がついた。視線をみんなの方にもどした。
「あの…、どうしたの?」
「しっかりしてよ! 鉄郎ちゃん、無事だったんだよ。もう少し、元気になれば!」
 レイコが呆れていると、アキは朗らかにいった。
「元気よ。でも、何が起こったのか、気になるの…。」
 そういうものの、無理しているようにしか見えないアキの様子に、レイコは、ちょっといぶかしげだ。
 一方で、ケインがわめいた。
「そこで、暗い雰囲気にしないで! もうじき到着するわ。諦めて!」
「トリトン、接触する船って、あれで間違いないのね?」
 ユーリィが確認すると、トリトンは頷いた。
「たぶん…。」
 その会話の最中に、レイコが、海上を覗き込んで顏をしかめた。
「いったいあの船、何なの? 暗くてよくわかんないけど、ただの客船じゃなさそうね〜。」
「漁船か、貨物船…。という感じね…。」
 レイコの後から身を乗り出して、アキが、同じように確認した。
「このまま、海上に着水して、向こうに引き上げてもらいましょう。連絡とってくれない? トリトン!」
 ユーリィが指示を出すと、トリトンが肩をはねさせた。
「えっ? 俺がやるの?」
「あんたが先にコンタクトをとったんでしょ! 責任持って、やってちょうだい。こっちは、番号を控えてないんだから。」
 ケインが、とどめの言葉を浴びせる。
 トリトンは観念した。
「わかったよ! でも、そのくらい控えとけ。本当に探偵業をやってんのか?」
 どうも、肝心なところが抜けているケインとユーリィに、トリトンは不満を感じた。
 とにかく、コンタクトを取って段取りを話すと、すぐさま、船の方から了解のコールがきた。
 ユーリィの操縦で着水に成功したシャトルから、海上に出た一行は、待っていた小型ボートに乗り込んで、目的の船に移船した。


ーーーーー
 移船した五人は、船員に案内されて、船の内部を進んだ。
 五人とも唖然とした。
 船の中に、肝心の鉄郎の姿は見えなかった。
 船員は軍服を着こんでいる。
 民間船だと思っていただけに、軍人がいたことに驚かされた。
 しかも、この船の正体がまるでつかめない。
 謎が広がった。
「この人って、アメリカの海軍の人じゃない?」
 レイコは、そっとアキに耳打ちした。アキは神妙な表情で頷いた。
「うん…。でも、この船は軍船じゃないわ。きっと何かの調査船ね…。」
 やがて、船員はあるキャビンの入り口の前に、一同を案内した。
 そこで、丁寧に頭を下げると、扉を開けた。
「こちらです。」
 五人はぎこちなく頭を下げて、順番にキャビンの中に入った。
 キャビンの中には、すでに馴染みの顔がそろっている。
 その顔ぶれを見た時、真っ先に、レイコが驚きの声をあげた。
「ジョー、あなたまでどうしてここにいるの? それに倉川の兄妹まで一緒だなんて…!」
「レイコの方こそどうして…?」
 レイコと、こんな形で再会してしまったジョーの方も、驚きを隠せない。
 身長175センチ。金髪でハーフの青年は、レイコと結婚したという以外、その理想的な魅力は、まったく変わらない。
 レイコはジョーのもとに駆け寄ると、それまでのことを、かいつまんで話しはじめた。
「あたし達のことを、無視するの?」
 後から呼ばれた倉川兄妹のうち、妹の裕子が口をはさむ。
 金髪蒼目の愛らしい女性は、ブスッとふくれっ面になった。
 彼女の不満の声を耳にしたレイコは、振り返ると、明るく声をかけた。
「アラ、裕子。お久しぶり〜。結婚式以来ね〜。」
「んもぅ、白々しい!」
「おいおい…。」
 出会った直後から、いがみあう二人に、裕子の双子の兄、倉川ジョウは頭を痛めた。
 精悍な顔つきをした青年は、その外見に似合わず、案外、女性にはウブなところがある。
 その一方で、アキはもう一人、身長160センチの小柄な青年、鉄郎のもとに、夢中で駆け寄った。
 少年のような柔軟な心を持つ青年は、仲間達から絶大な信頼を得ている。
 感情が増したアキの全身から、柔らかい光を放つオーラが噴き出した。
 鉄郎は息を飲んだ。
 アキの力は、四年前の「ジリアス騒ぎ」の直後に、消滅したと思っていたからだ。
 鉄郎だけではない。アキをよく知る、残りの四人も呆気にとられた。
 まるで、無重力空間を移動するかのように、アキは優雅に宙を飛ぶ。
 鉄郎に抱きつくと、声を震わせた。
「よかった…。無事で…。」
「あの…。」
 抱きつかれた鉄郎は困惑した。
 鉄郎の足も床についていない。
 アキのオーラの影響で、一緒に宙に浮いてしまった。
「アキ、わかった。心配してくれて嬉しいよ。だから落ちつこう。僕を降ろしてよ。頼むから。」
「ごめんなさい…。」
 ハッとしたアキは、あわてて気持ちを落ちつかせた。
 すると、二人の周囲に渦巻いていた白い光がスッと消えて、二人の足も床についた。
「どうして、今ごろ力が出てきたりしたんだ?」
 鉄郎が問いかけると、アキはかすかに首を振った。
「わからないの…。何も…。」
「トリトン、どういうことだ?」
 鉄郎は、入り口の前に立ちつくしている、緑の髪の青年に視線を向ける。
 いきなり、問い詰められたトリトンは、アキと同様に首を振った。
「俺にもわからない。アキと出会ったとたんに、俺も力がもどってきちゃって…。」
「ごめん。アキを助けてくれたっていうのに。先に礼をいわなきゃいけなかったな…。」
 思わず、きつい口調になったことに気づいた鉄郎が、柔らかい声で言いなおすと、トリトンは小さく笑って応じた。
「鉄郎との、約束を果しただけだよ。」
「あの、トリトン、ちょっといいかしら?」
 声をかけたのは裕子だ。
 はいと返事を返したトリトンに、裕子は明るく聞いた。
「個人的なことなんだけど…。あなた、彼女っている?」
「えっ? あの…。いない…けど…。どうして?」
 トリトンが小首をかしげると、裕子はにっこりと笑いかけた。
「ううん。聞いてみたかっただけよ〜。キャ! やったわ!」
「それ、いったい何なの!」
 睨みつけたレイコが口をはさむ。
 そのとき、後の方でイラついていたケインが、鋭い声を発した。
「もう、いいでしょ! 本題に入りたいわ。こっちは、同窓会で盛り上がりにきたわけじゃないのよ。」
「まったくだぜ。姫さんの力の事といい、こっちにも聞きたいことが山ほどある。」
 同意したのは倉川ジョウだ。
 ユーリィが、ジョウの言葉尻りを捉まえて、皮肉っぽく返した。
「あなた達が、ここに集まっている理由も、ぜひお伺いしたいわね。」
 一瞬、緊張した空気が流れた。
 すると、鉄郎がにこやかな口調で一同を促した。
「お互いに、言いたいことがあるのは当然だ。とりあえず、座ってから会話しない?」
 その提案に異論はない。
 各々が、キャビンの中央にしつらえてある、会議用の席に移動した。
 適当に席を選びながら、ケインが鉄郎に声をかけた。
「鉄郎、この船、あなた個人が所有している船には、とうてい思えないんだけど…。」
「当たり前だよ。」 
 鉄郎は肩をすくめると、口を開いた。
「驚かせてごめん。俺もジョーも倉川兄妹も、ある人に呼ばれたんだ。その人がこの船の総責任者だ。」
「ある人?」
 アキが問い返した時、キャビンの扉がおもむろに開いた。
 一同が首をめぐらすと、長身のハリウッドスターにも引けをとらない、端正な顔つきの男が立っている。
「ロバート・クライヴだ。CIAに所属していて、俺に戦闘技術を叩き込んだ教官でもある。」
 鉄郎の紹介を聞き流しながら、ケインとユーリィは、ロバートの前に駆け寄っていく。
 二人は、お互いの体をつつきあいながら、ロバートの前に手を差し出した。
「初めまして、私達…。」
 が、そのとき、ロバートは顔をひきつらせると、クルリと背を向けた。
 ケインとユーリィは呆気にとられる。
「鉄郎、悪い。ここはお前にまかせた。」
 ロバートは手を振って、キャビンから出ようとした。
 あわてた鉄郎が、ロバートの腕を取りに走った。
「ロバート、そうはいかないよ。彼らも、この事件に関係してるかもしれないんだ。彼らの乗船を許したのは、ロバートの方じゃないか。」
「な、何なのよ、この男…!」
 ケインが口を尖らせると、
「怖がられてるんじゃないの? いきなり、厚化粧の女が、二人も目の前に飛び出したりしたからさ。」
 トリトンが呆れた口調で横やりを入れた。
 ケインとユーリィは、キッとトリトンを睨みつける。
 ロバートは、顔を引きつらせながら鉄郎に訴えた。
「女は苦手だ。しかも、ただの女じゃなく、宇宙人がどうとかいってただろ? そんな話を信じるやつがいると思うのか?」
「むかつく男ね!」 ケインが目を吊り上げた。
「あんた達の文明高度の方がよっぽど低いのよ。馬鹿にしないでちょうだい。」
「そういうつもりはないですが…。」
 ロバートはたじろいだ。鉄郎が改めて声をかけた。
「頼むよ、ロバート。この事件、たぶん一筋縄じゃ、解決しないと思うよ。」
「そんなご大層なものなのか? ったく…。しょうがねぇな…。」
 ロバートは、不機嫌そうなケインとユーリィをおしのけると、キャビンの中に、ひょうひょうと入ってきた。
 アキが、ジョーにそっと声をかけた。
「あの人のこと、ジョーは知っていた?」
「いや、今回が初めてだ。」
 鉄郎と、長年行動をともにしてきたジョーですら、ロバートのことは、詳しく知らないらしい。
 アキは、初対面の謎の男に違和感を覚えた。
 それが、この男の第一印象だった。