アトラリアの王宮に異変が起こった。
       ちょうど、街の救助活動が行われている最中だった。
       密かに反勢力組織を動かそうとしていた、グロスを含む複数の高官達が暗殺された。
       おおよそ、ジオリス派の誰かだろうという憶測はされたものの、具体的に犯人を特定することはできなかった。
       ジオリスは、徹底的に警戒の目を城内に張り巡らした。
       この事件は、ジオリスの策で漏洩を免れた。
       街は被害の対応に追われ、また、テグノスの村人達も、城にまで目を光らせる余裕はない。
       だが、この事件をきっかけに、アトラリアの歴史は大きく変わりはじめた…。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
      「やっと来たね。ケイン、ユーリィ。」
       コンピューターのモニターを見つめていたトリトンは、後ろの気配を感じとって明るくいった。
       しかし、ケインとユーリィの機嫌はすこぶる悪い。
       眉間に皺を寄せたケインは、トリトンに食ってかかった。
      「何が“来たね”よ! あんたが、ここを陣取って、もう六日目よ。それまで、成果を一度も報告しないなんて。いったい、どーいうつもり!?」
       ケインが怒る理由も、もっともだ。
       仲間達にプランがあることを明かしてから、トリトンはずっと単独行動を続けて、誰にも具体的な内容を話してこなかった。
       しかも、この二日間はムギとともに、<リンクスエンジェル>にこもって作業を続けた。
       六日という時間は、ケインとユーリィが我慢の限界に達するタイムリミットだ。
       トリトンは、ケインとユーリィにモニターを見るように促した。
「これを見て。」
「なぁに、これ?」
       ユーリィは目を丸くしながら、食い入るようにモニターに顔を近づけた。
       すると、ユーリィの肩が、トリトンの体に自然に触れる。
       ムッとしたケインがユーリィを強引に押しのけて、その間に割り込んだ。
「もう!」
       わずかに場所を譲りながら、ユーリィは自分の場所を確保しようとねばる。
       トリトンとユーリィが離れたことで、ケインは納得した。
       押し問答を重ねながら見た画面は、グラフィック化した建物の内部構造だ。
       幾つかに区切られた部屋の中央の、一箇所が紅く点滅している。
       トリトンは説明した。
      「今の城の内部だ。この点滅している所が、“オリハルコンの間”と呼ばれている場所。この世界を支えているオリハルコンの中枢だ。」
「どういうこと?」
       ケインが口をはさむ。
       トリトンは続けた。
      「城の中で「内輪もめ」が起きた。ジオリスのやつ、それが弱みになると踏んで、外部に情報が漏れないようにシールドを張り巡らした。」
「そんなこと、どうしてわかったの?」
       ユーリィが目を見張る。
       得意げにトリトンは言を継いだ。
      「俺が城から逃亡するときに細工した。ケイン達の探偵道具から拝借した発信フィルムを、逃亡の時、あちこちに貼り付けてきたんだ。発信フィルムは盗聴器の役割を果たす。そこまでジオリスの目が行き届かなかった。おかげで、情報収集に成功した。」
       ケインとユーリィは言葉をなくした。
       トリトンは説明を続けた。
      「ただ、問題は信号音の分析だった。でも、<リンクスエンジェル>のコンピューターが生きててくれたおかげで、作業は楽だった。トレーサーでやる方法もあるけど、性能が劣るし不安もある。種明かしするとこういうことだ。」
「うくぐ…。」
       ケインは唸った。
       トリトンにトレーサーを持たせたのは、最初にトリトンが単独で地球に降りたときだった。
       トリトンは、肌身離さずに身につけていたペンダントロケットの裏にトレーサーを貼り付けていた。
       アトラリアでラムセスに拉致されたとき、トリトンはすべての身ぐるみをはがされた。
       しかし、なぜかこのロケットだけは、ラムセスの没収を免れた。
       また、発信フィルムは、小さい透明なシートで簡単にはがしたりつけたりすることができる。
       トリトンは自分の歯の裏や指の爪にフィルムを貼り付けていた。
       おかげで、ラムセスの目を盗んで、隠しとおすことができたのだ。
「で、あんたはこれからどーする気?」
       ケインの言葉が、興奮のためにうわずっている。
       トリトンは表情を引き締めて、二人にいった。
      「俺の目的は、“オリハルコンの間”にたどり着くこと。オリハルコンを復活させないと、どうしようもないのは自覚している。」
「それで本当に復活させられるの?」
       ユーリィがトリトンを見つめた。
       トリトンはかぶりをふった。
      「わからない。けど、それしか方法はない。これが最後の賭けになるのは間違いない。」
      「いいわ。」
       ケインは大きく頷いた。
      「あたしらもそれに賭けましょう!」
「トリトン、「内輪もめ」の原因は?」
       ユーリィが聞くと、トリトンはいった。
      「それが、ラムセス派閥だったグロスという神官を含む何人かが、この数日間に相次いで暗殺されたんだ。彼らはジオリスを出し抜いて、オリハルコン略奪を企てていたらしい。犯人はいまだ不明。城の中は統制が乱れてグチャグチャだ。」
「なんか、ひっかからない? その情報、あまりに具体的すぎるわ。」
       ケインは難色を示した。
       トリトンは頷いた。
      「確かに。すでに気付かれていて、逆にジオリスに騙されてる可能性もある。でも、どちらにしても、強行突破するしかない。当たりかはずれか、飛び込んで見極める必要がある。」
      「いい覚悟よ。」
       ケインは大きく頷いた。
      「で、もう一つ、聞いていいかしら。“オリハルコンの間”が中枢だっていったけど、具体的にどんな役割を果たすの?」
      「発信フィルムのおかげで、ジオリスの行動がつかめた。」
       トリトンはいった。
      「あいつは、なぜか“オリハルコンの間”に閉じこもることがある。その間は結界を張り巡らして、外界との接触を断ち切ろうとする。」
「なにやってんの?」
       ユーリィは頓狂な声で聞く。
「バカね! 男が密室で一人でやることっていったら…。もう、いやだわぁ〜。」
       ケインは頬を染めて舞い上がる。
       トリトンはがっくりと肩を落とした。
      「くだらねぇ想像すんな…。」
       それから、たたみかけるように言葉を続けた。
      「おそらく、オリハルコンのエネルギーを吸収してるんだ。その間の、オリハルコンのエネルギー量が一気に増大する。ジオリスは、それを“瞑想”っていってるみたいだけど…。」
「一種のコントロール室というわけね?」
       ユーリィが口をはさむと、トリトンは固く頷いた。
「俺もそう判断した。」
      「いいわ、ネックはつかんだ。」
       ケインは瞳を強く光らせた。
      「それよりもこの見取り図、本当に正しいんでしょうね?」
      「それは、発信音の波長を何度もチェックしたから、間違いない。」
       トリトンは断言する。
「見直したわ。あんた、やっぱりすごい子よ。」
       ケインは微笑む。
       トリトンは、ほっとため息をついて口を開いた。
「とっさの思いつきだったけど、役に立ってよかった。」
       そして、ケインとユーリィをまっすぐに見据えると進言した。
「今夜、決行したい。もちろん、二人にも協力してほしい。二人の意見はどう?」
「地球人メンバーはどうすんの?」
       ユーリィが聞くと、トリトンはかぶりを振った。
「元々俺達の仕事だろ? スカラウ人は巻き込めない。」
「同意するわ。こういうのは少人数の方がいいわよ。」
       ケインがいった。
      「ケイン、ユーリィ。以後<リンクスエンジェル>は廃棄するしかないぜ。」
「わかってるわ。お気に入りのお船だけど、使い物にならないもの。」
       ケインは自嘲気味に答えた。
      「ね、トリトン。一時間ほど、時間をくれない?」
「どうするんだ?」
       ユーリィの言葉に、トリトンは首をかしげる。
       ユーリィは、当然のような口ぶりで応じた。
      「このお船のお掃除。データー消去よ。それに、女としては、いろいろと身支度もあるわ。」
「手伝うよ。データー消去だったら。」
「うちらのお船の最期は、うちらの手で見届けてあげたいの。」
       ケインは寂しい笑顔を浮かべた。
       しかし、すぐに口調を変えると、トリトンにいった。
      「それより、あなたの方こそ、大事なデーターはコピーしたのね?」
「もちろんだ。バックアップはチップに収めて、このロケットの中に入れたよ。」
       トリトンは首からかけているロケットを二人に見せた。
「しっかりしてるわね。」
       ユーリィは苦笑した。
「そうそう。まだ大事なことを確認してなかったわ。」
       ケインは声を潜めて、トリトンとユーリィにいった。
      「他の誰にも悟られていないでしょうね? 特に、あのレイラって子、こういうのに敏感そうだもの。」
       トリトンはすかさず答えた。
      「それはありえない。レイラはなぜかムギが苦手らしい。ムギが一緒だったから、レイラは、ずっとここに来なかったよ。」
      「上等。」
       ケインはかすかな笑顔を浮かべる。
       仕事前に張り切ると、ケインがよくやる仕草だ。
「当然、ムギも一緒よ。」
      「もちろんだ。じゃ、一時間後に、川原に集合しよう。俺は先に行ってる。」
「いいわよ。」
       トリトンがそういうと、ケインとユーリィはそろって強く頷きあった。