一同は驚いた。
一緒にいなかった、倉川ジョウの妹、裕子が目の前にいる。
「失望したって、そこまでいわれる覚えはないわ!」
裕子は口をとがらせて、アルテイアを睨みあげた。
「お前…。どうして、ここに…。」
ジョウが声をかけると、裕子は不服そうに口を開いた。
「知んないわ。あたしは今まで、お年寄りの給仕の手伝いをしてたんだから。」
「どうやら、あたし達、あのお嬢ちゃんに召集をかけられちゃったみたいね〜。」
ケインが周囲を見渡しながらいった。
「それにしても、ここは、どこ?」
上下感覚はあるものの、暗がりの空間では、何も把握できない。
ユーリィの文句も当然だ。
「あの子、アキにそっくりね〜。回りくどいやり方といい…。いったい、私達に何の不満があるっていうのぉ?」
裕子は、いいたい放題、わめきちらす。
レイコが、裕子のもとにすっとんでいって、やめさせた。
「鈍いのはあんたのほうよ! 言われても仕方がないことを、私達はしでかしてるの!」
「もう、何よ〜!」
裕子はレイコを追い払おうとする。
「すみません。話を聞いてください。」
アルテイアの声がした。
涼やかだが、とても重々しい響きだ。
もめていた裕子とレイコの動きが止まった。
「もう、いや〜。この重圧感…。」
「んなこと、あんたがいう前に、みんなが感じてるわ。」
レイコが声を潜めながら釘を刺した。
アルテイアは顔を伏せて一同にいった。
「このままでは、オリハルコンは復活しません。原因は二つあります。ラムセスが、この村の誰かの精神をコントロールしようとしています…。アキは、その思念にやられました…。そして、最大の原因は、みんなの気持ちがバラバラなこと…。前世の私達にはもてなかったもの…。それが、みなさん一人一人の、強い絆と思いのはずなのに…。まったく、それが機能していない…。」
「そいつは無理だ…。」
倉川ジョウが、お手上げのポーズをとった。
「姫さんを支えるはずの、トリと鉄郎が犬猿の仲だ。俺達は、こいつらのくだらない痴話ゲンカには、とうてい、つきあえない。」
「でも、このままそっぽを向いてて、いいわけがないわ。」
ユーリィが言葉を発した。
ケインが目を丸くした。
「あら、ユーリィにしては、随分とまともな発言。」
「茶化さないで。」
ユーリィはケインを睨んだ。
「幽霊女に、あそこまでいわれたのよ! 私達が貴重な人材だってことを、今一度、思い知らせてやらなくっちゃ!」
「よーするに、ただの見栄か…。」
島村ジョーがぼそりといった。
ユーリィは、鉄郎とトリトンに向けて、ビシッと指を突き出した。
二人は、思わず肩をはねさせた。
「あんた達! これ以上、下等なケンカで、みんなの手を煩わせんじゃないわ! この際、きっちりと、結論を出しなさい! お互いに逃げるんじゃないわよ! 男なら正々堂々と…! わあった?」
「は…はい…。」
トリトンと鉄郎は肩をすくめあう。
ケインが声を潜めて、二人にいった。
ぼそりと囁かれると、よけいに恐怖心を煽られる。
「わかってると思うけど…。こういう時の相棒って、とっても怖いからね〜。覚悟しときなさいよ〜。」
トリトンと鉄郎は、ますます何もいえなくなった。
「それから、お姫さまの件だけど…。」
ユーリィは、得意げに言葉を続けた。
「誰かにとりついてるっていうんでしょ。ラムセスが…。だったら、村にいる怪しいやつを、探し出せばいいのよ。」
「どうやって?」
レイコが聞いた。
ユーリィが答えた。
「消去法よ。村に出入りしている連中の動向を探って、怪しい人間を特定していくの。もし、その現象が起きているとしたら、最近の出来事だわ。ここ数日の村人達の動向をつつけば、簡単に割り出せるはずよ。」
「待ってよ。犯人探しのようなことをするの?」
トリトンが口を挟んだ。
ケインが目を細めた。
「不満なの…?」
トリトンはかぶりを振ってから、みんなに訴えた。
「それじゃ、村人のみんなを疑ってかかることになる…。猜疑心を持たせて、せっかく、まとまりかけてる結束を、バラバラにさせる恐れがある。」
「じゃあ、直につつくかい? ひっかかるやつが一人いるぜ。」
倉川ジョウがいった。
トリトンは息を飲んだ。
「誰のこと? 頼むよ。それだけはしないでよ。」
「お前、誰かをかばってるのか? お前だって、ある程度の予測はついてるんだろ?」
ジョウがつめよった。
鉄郎が口をはさんだ。
「確かに、その方法が一番手っ取り早いだろう…。でも、わざわざ、どうして、簡単にバレそうな手段を使うんだろう…。こっちがへたに動くと、足をとられかねないような気がする…。」
「じゃあ、アキはどうするの? 二人の問題と別なんでしょ。これって。」
裕子がいった。
鉄郎は顔を伏せた。
「それは…。」
「ありがとう…。」
アルテイアが穏やかな声でいった。
全員が、宙に浮いたアルテイアを見上げた。
鉄郎がいった。
「アキは元にもどるのか? 君が、どうにかしてくれるのかい?」
しかし、アルテイアは静かに首を横にふった。
「私では、どうすることもできません…。でも、彼女は静かに孤独に戦っています…。それを、支えてあげて…。それができるのは、あなた方だけです…。ラムセスの目的はわかりません。だけど、今はアキを狙っている…。それだけははっきりしています…。」
「トリトン、村人の人達を信じたいのね…。」
ユーリィが優しい声でいった。
「でも、それじゃ、何も解決しないわ…。確かに、鉄郎のいうとおり、裏があることは念頭におかないと…。だけど、今は、お姫さまを救うことが何よりも大事…。だったら、かぎまわってることを臭わせて、追いつめるっていう手もあるわ。」
「ようするに、パフォーマンス…?」
トリトンがいった。
「そう。それなら、文句はないでしょ。鉄郎。」
「あ…、ああ…。」
鉄郎はうつろに頷いた。
「ここに飛ばされた理由も、なんとなくわかったわ。」
ユーリィが続けた。
「ラムセスに悟らせないための策ね。」
「トリトンが力をつけることは、オリハルコンの復活とともに、ラムセスの復活を促してしまうことになります。慎重に行動することに越したことはありません。」
アルテイアがいった。
「皆さんの意見がまとまれば、元の場所にもどってもらいます。といっても、それはアトラリアの世界に、ですが…。」
「そこだけが、不親切なのよね〜。」
ケインが頭を抱えた。
「アルテイア、心配させないよ。約束する。」
鉄郎がいった。
「いい結果を出して見せるから。いいな、トリトン。悪いが顔をかしてくれ。」
「うん…。」
トリトンは小さく頷いた。
「皆さんを信じています。」
アルテイアの言葉が最後に響いた。
その時、アルテイアの姿が、スッと溶け込むように消えた。
それとともに、闇が一気に晴れた。
一同は思わず目を閉じた。
いきなりあふれた外のまぶしさに、視力がついていかない。
慣れるまで、しばらく時間がかかった。
目を開けると、そこは、元の木材置き場だった。
「私まで、こんなにところに来ちゃった。」
裕子は口をとがらせた。
でも、みんなが一緒なので、慌てた雰囲気はない。
「早速だが、行動開始だ。」
ジョウの言葉が合図となり、彼らは、各々の目的のために動き始めた。
鉄郎は、トリトンを森の中に誘った。
どこまでも続くまぶしい新緑の中を。
鉄郎の後を追いかけるようにして、トリトンは進んだ。
美しい景色に見惚れたいところだが、無言で先を行く鉄郎の心情を考えると、とても、そんな軽い気分になれない。
緊張した面持ちのまま、ずっと茂みをかきわけて、ひたすら歩き続けた。
やがて、道なき足場が一気に開けた。
視界に飛び込んできた、美しい渓谷の川辺の美しさに、トリトンは感嘆の声をもらした。
「ここは…。」
対岸を写す水面を見つめながら、鉄郎は説明した。
「俺達がニトルと最初に出会った場所だ。お前とアキがいなくなって、探し回っているうちに、ここにたどりついた。ここから、アトラリアという世界に、俺達は飛び込んだ。」
「すべてのスタート地点か…。」
「そうだ。」
鉄郎はいった。
「ここに、お前を連れてきたかった。最初の気持ちにもどるために。」
トリトンは何もいわずに、鉄郎を見つめる。
鉄郎は、トリトンに話しかけた。
「トリトン、あの話の続きだ。お前はアキに惚れている。なのに、どうして、その気持ちをぶつけようとしない…。俺に、遠慮なんかいらないのに…。」
「アキは好きだ。それは認める。」
トリトンは静かな口調でいった。
「だけど、好きだという感情だけでは、一緒になれない…。」
「その気持ちが理解できないよ…。」
鉄郎がそういうと、トリトンは小さく笑った。
「俺は、あの人が苦手だ…。存在が大きすぎる…。俺では、彼女の力は抑えられない…。」
「だったら、無力な俺は、もっと、太刀打ちできない…。」
鉄郎が自嘲気味に答える。
トリトンが呆れた。
「それが、身を引いた理由?」
「悪いか…?」
鉄郎はトリトンを見た。
トリトンは激しく抗議した。
「悪すぎる…! あなたは自分のことを何もわかってない!」
息を飲む鉄郎に、トリトンは諭すように言い返した。
「アキが制御できるのは、あなただけだ。アキは、あなたの声に反応して、力をコントロールさせている。それは、あなたに対して、強い思いがあるからだ。」
「お前の声にも、アキは反応していただろ?」
「それは、あなたに置き換えられているだけだ。気持ちはすぐにすれ違う。彼女の“波動”は、常にあなたに向けられている。力を持ったら、そのことが、よけいに強く感じられるようになった。」
「“波動”…?」
鉄郎は目を大きく見開いた。
「今だって、アキはあなたのことを、呼び続けている。行ってあげて。アキの心を、サルベージできるのはあなたしかいない。」
「お前はどうする気だ?」
鉄郎が聞くと、トリトンが答えた。
「元から俺の力だけでやるつもりだった…。その方法は、まだ、思いついていないけど…。」
そして、ふっと、笑みを浮かべた。
「俺は鉄郎が羨ましい…。」
「えっ?」
鉄郎は眉をひそめた。
トリトンは言葉を続けた。
「あなたは、口にしたことを、必ずやり遂げる力を持っている。島村ジョーが、あなたのことを感心していたけど、その気持ちがよくわかる。俺には、そんな強い信念はない…。アキを引きつけるのは、その強い思いがあるからだ。」
「俺は、そんな完璧な人間じゃない…。」
「だったらそれはお互い様。俺も完璧じゃない。でも、あなたを見習って、俺ができることに挑戦したい。それって、ワガママなことだと思う?」
「いや…。」
鉄郎は穏やかな口調で相槌を打った。
トリトンを応援したいと思う優しさにあふれていた。
「お前ならやれるはずだ。みんなが必ず幸せになれる方法を見つけ出せる。俺はそう信じている…。」
「ありがとう…。」
トリトンは安心したように瞳を閉じた。
「俺は俺のやり方で、この世界を救うよ、きっと。」
「トリトン。」
鉄郎が声をかけた。
「俺自身の気持ちに整理がつかないんだ。少し、時間をくれないか?」
「まだ、そんなことをいってるのか?」
トリトンが信じられないといいたげに表情を変えると、鉄郎は小さく頷いた。
「俺の中にも、克服しなくちゃいけない問題がある。でも、いい結果を出せるように努力してみるよ。」
「あなたを信頼している。くれぐれも、彼女やみんなを失望させないで。」
トリトンは、祈るように言葉を投げかけた。