診療所の外で、ケインとユ−リィの剣幕に押されながら、鉄郎とジョウが、なだめ役になって応対していた。
その脇を、アキが全速力で駆け抜けていく。
さっきまで、頑なに外に出ることを拒絶していたアキが、今になって飛び出してきたから、逆に驚かされた。
「何があったの!」
ケインが鋭い声を発した。
アキはサッと振り返ると、四人に声をかけた。
「トリトンがもどってきた!」
「本当か?」
鉄郎がアキに叫んだ。
「どこだ、あいつは?」
ジョウが身を乗りだした。
アキはオーラを放出して、サッと空に舞い上がった。
「ひどい怪我をして、森の中に倒れてる。後から来て!」
そのまま全速で、アキは飛び去った。
「こうしちゃいられないわ!」
ユ−リィが真っ先にアキの後を追いかけた。
「お待ち!」
負けじとケインが、その後に続く。
鉄郎とジョウはうんざりしながら、二人を追って駆け出した。
アキの姿をロバート、レイラ、そして裕子、アトラリアの市民達も目撃した。
ロバート、レイラ、裕子はもちろん、何人かのアトラリア市民も、アキの後を追って森に入った。
空から見た森は、海のように広がり、大地を美しく染めている。
そんな壮大な景観の真上を、アキは、素早い速度で飛行する。
森の中にある小さなポイント。
その位置だけを、アキの感覚は察知する。
スッと斜めに降下して、アキは、森の一角に降り立った。
その目前に、傷だらけになったトリトンが倒れている。
「トリトン!」
アキは、トリトンに駆け寄った。
トリトンの状態は、思っていた以上にひどかった。
全身にひどい裂傷を負い、衰弱もかなり激しい。
多量の血が水溜りのように周囲に広がり、紅い絨毯のように草木を染めている。
「トリトン、わかりますか? しっかりしてください、トリトン!」
医療の基本である呼びかけを繰り返しながら、アキは、素早く症状のチェックを行った。
いくら、呼びかけても、トリトンの意識はもどらない。
高ぶる気持ちを抑えながら、アキは、応急処置にあたる「細胞復活」を試みた。
アキの全身から放出される癒しのオーラ。
柔らかく、透明な輝きがトリトンの全身を包みこみ、じんわりと広がって周囲に散在する。
穏やかな光は、空気を暖め、安らぎの空間となって世界を埋め尽くしていく。
そうして。
少しずつ広がった光は、やがて、一定のリズムを奏でて、細やかな明滅を繰り返した。
最初は白かった輝きが、しだいに色彩を帯び始める。
それはグラデーションとなって、微妙に七色に変化する。
光はリズムとなり、脈打つトリトンの鼓動と同調を始めた。
「トリトン、お願い。もどってきて、この世界へ!」
呼びかけながら、アキは、さら輝きを強めた。
遅れてやってきた人間達は、アキの光を頼りに集まってきた。
「トリトン!」
血相を変えたレイラが駆け寄ろうしたが、アキが鋭い声を発した。
「来ないで。一刻を争うわ。触ってはだめ。」
「でも。」
「この子は医療の知識を持ってるわ。言うとおりにして。」
裕子がレイラを押さえつけた。
「いったい、エネシスは何をしたの?」
尋常でないトリトンの状態に、ケインは息を飲む。
「今いえることは、エネシスの試練がよほどのものだった。それを克服したから、トリトンはもどって来られた。この坊やの努力を褒めてやるべきだ。」
ロバートがいった。
「だめ。血が止まらない!」
アキが声を震わせた。
「何とかできないの?」
ユ−リィが叫ぶ。
「アクエリアスの人間だって死ぬことがある。」
「マントで止血だ!」
ジョウが首をめぐらした。
急いで、鉄郎と村人達が、自分のマントをはずした。
布を細く引き裂くと、トリトンの傷口に次々に巻いていった。
アキがみんなに指示した。
「胸はだめよ。肋骨が折れてるかもしれない。肺に骨が刺さるわ。」
それだけでは間に合わない。
「だめです。トリトン様!」
村人の一人が、絶望的な声をあげた。
「心音停止!」
脈をとっていたユ−リィが叫んだ。
「蘇生装置。ないか?」
鉄郎が首をめぐらす。
ケインがわめいた。
「そんなの、ここにはないわよ。」
「心臓マッサージだ!」
ロバートが声を荒げた。
「離れて。やってみる。」
アキがいった。
全員がトリトンから離れた。
オーラが強まる。
トリトンの体を刺激した。
光の振動が、トリトンの体を激しく弾く。
心音がもどった。
しかし、また、いつ麻痺するかわからない。
アキに焦りと絶望感がわいた。
「どうしたらいいの? 手の施しようがない…。」
突然、オリハルコンの剣が動き出した。
驚く一同の前で。
オリハルコンの剣のロッドが、ブルーの淡い光を放つ。
そして、トリトンの周囲を漂いはじめた。
不思議な反応に、一同は呆然とした。
しかし、アキだけは、その動きを目で追うと、剣に話しかけた。
「あなた、トリトンが、どうしたら助かるのか知ってるのね?」
剣のロッドは、光の強弱を繰り返した。
まるで、アキに答えているかのような反応だ。
「“水晶の泉”…。生命の再生の力が宿る場所。連れて行って。そこに!」
アキが訴えた。
と同時に。
ロッドの部分が激しく輝いた。
あふれる青い光。
それは炎のごとく。
広がり、一気に燃え上がる。
一同は悲鳴をあげた。
あまりのまぶしさに、目も開けていられない。
あふれた多量の光は、一瞬で消えた。
しかし、一同の目が元の視界にもどるまで、しばらく時間がかかった。
落ち着いてから、一同はゆっくりと目を開いた。
そうなって、さらに驚きが増した。
目の前に倒れていたトリトンと、トリトンを支えていたアキの姿が消えている。
オリハルコンの剣もない。
オーラの光も消滅して、ただの森の風景にもどった。
「なんだったんだ。あれは…。」
ロバートが呆けたようにいった。
夢を見ているような感覚だ。
「あたしらのことを、力がないからって遮断したのよ。ふざけてるわ。」
ケインが顔をひきつらせた。
「アキがいってた、“水晶の泉”って、どこにあるの?」
裕子が、付き添ってきた村人達に尋ねた。
しかし、村人達は、みな首を横に振った。
「聞いたこともありません。」
すると、レイラが口を開いた。
「私はあります。アトランティスの水晶には不思議なパワーがありました。消え行く命を救い、再生させることができる…。それは、オリハルコンが生み出した結晶ともいわれています。古来から、密かにそのパワーが利用されていたとか…。」
「早く、それをいいなさいよ。」
ケインが睨んだ。
「その泉って、どこにあるんだろう。」
鉄郎がいった。
レイラはすぐに答えた。
「わかります。オリハルコンの力をたどっていけばいいわ。こっちよ。」
レイラが、一同を案内しようとした。
鉄郎は呆気にとられた。
「君は、オリハルコンを感じることが、できるようになったのか?」
レイラは、立ち止まった。
わずかに間を置くと、明るい声でいった。
「彼と、ずっと一緒にいたからだと思います。こちらです。」
「鉄郎…。」
ジョウが鉄郎を見つめた。
鉄郎は、不審そうにレイラを見つめている。
しかし、ジョウに呼びかけられたことで、鉄郎はハッと表情を変えた。
「いや、何でもない。オリハルコンのある場所。いったいどこだろうね…。」
ごまかすような鉄郎の態度に、ジョウは不自然さを覚えた。
すでに、レイラの後について、他の人間達が走りだしていた。
それに続かなければ、トリトンとアキを見失ってしまう。
鉄郎も、後に続いて駆け出した。
どこかにひっかかるものを感じながら、ジョウも彼らの後に続いた。
アキが、オリハルコンの剣で案内された場所。
森の中にひっそり泉が湧き出している。
テグノスの森には、そこかしこに泉や小川が流れ、森全体を潤している。
その豊富な水源の中で、一際清らかで、美しい泉といっても大げさではない。
磨きあげられた鏡のように、透き通った水面。
水の底からは、淡い光がゆらりと立ち上り、泉そのものが、幽玄の光で包まれている。
それは水晶だ。
水底に無数の水晶の原石が沈んでいる。
神秘の輝きに照らされた森の木々は、燃えるような緑の葉を芽吹かせ、まるでカーテンのように、泉を取り囲んで外からの視界を遮る。
生あるものをけっして寄せつけようとしない、自然が作りだした神域。
水面の上に浮いた状態で、光から解き放たれたアキは、オリハルコンの剣にむかって訴えた。
「どうすればいいの? …トリトンをこのまま泉に浸す…? それだけ…?」
オリハルコンの剣は、光の信号でアキにそう伝えた。
いや、アキにはそう感じとれた。
横たわったままの格好で、トリトンも宙に浮いている。
アキは、トリトンの体をゆっくりと降ろすと、水にスッと浮かべた。
アキも一緒に降りて、泉の中に腰までつかる。
すると、アキのオーラが、泉の水面を弾いて、空中にブワッと巻き上げた。
弾かれた水流は、細かな粒子となって、空気中に美しく拡散する。
その時、オーラとは違う光の幕ができて、トリトンとアキをスーッと包み込んだ。
さらに、水底の水晶も変化した。
一定の輝きを放っていた透明な輝きが、オーラの光と混ざり合い、いっそう幻想的な光の幕を作りだす。
暖かく、柔らかい。
しなやかな光の力。
オリハルコンのロッドが加わると、まぶしい光の空間が、ハーモニーを奏ではじめる。
それらすべてが、トリトンの傷ついた体と心を癒しはじめた。
ゆっくりと確実に。
たゆとう清流は、トリトンの体を浄化するように洗い流し、傷口を消毒する。
そして、光が傷口を、じょじょにふさぎはじめる。
やがて、トリトンの体からも、ゆったりと、ブルーのオーラが吹き上がってきた。
アキはホッとした。
トリトン自身の「細胞復活」が始まった。
トリトンの体力が戻りつつある。
アキの純白のオーラとトリトンのブルーのオーラ。
二つのオーラが、ゆっくりと混ざりあい溶け合う。
光の空間は、ますます清らかに。
そして、温もりをともない、命の鼓動をつむぎだす。
まるで、その温もりに誘われるかのように、レイラはたどりついた。
後から来た一同も、その光景を目撃した。
彼らは呆然と立ち尽くした。
空間を埋め尽くす美しいエナジー。
その光の中心で。
心優しい女神が、慈しみの力を与えている。
そして、その神秘の力を受けて、蘇ろうとする神話の少年。
神秘的で荘厳な光景は、まさに「奇跡」と呼ぶにふさわしい。
やがて、変化があった。
清浄の輝きの中で、トリトンが、ゆっくりと意識をとりもどした。
穏やかな水の流れに緑の髪をゆらめかせ、水面に身をまかせて、優雅に漂うトリトンは、永遠の安らぎの中にいる。
優しい光は、トリトンのすべてを守ろうとする。
それは、母親の子宮の中のような穏やかさだ。
うっすらと見開いた視界の中に、優しいアキの笑顔を確認すると、トリトンは満ち足りた笑顔を浮かべた。
「アキ…。」
トリトンは手を震わせながら、ゆっくりと右腕を持ち上げた。
その手を、アキはしっかりと握りしめた。
トリトンの右手に、はめこまれたオリハルコンの腕輪。
それすらも、アキの呼びかけに応じるように、淡い輝きを放った。
オーラの風に、赤い髪をなびかせながら。
アキは、労わるような優しい口調で、トリトンに話しかけた。
「お帰りなさい。今は何も考えずに、ゆっくりと体を休めてください。」
トリトンは、ただ黙って頷いた。
それだけで十分だった。
周囲の輝きは、いっそう幽玄のゆらめきを帯びて、二人を美しく包みこむ。
一部始終を見届けた彼らは、現実を忘れた。
だが、木の葉がかすれる音を聞いて、ジョウは我をとりもどした。
いつの間にか、隣にいたはずの、鉄郎がいない。
鉄郎は、無言のまま、その場から離れていった。
「鉄郎のやつ…。」
ジョウが、鉄郎を追いかけようとした。
ロバートが、その肩をつかんでやめさせた。
「放っておけ。あいつに答えを出させるんだ。」
ジョウは不機嫌そうに口を開いた。
「何も好き好んで、他人の恋路に関わりたいとは思わない。」
ジョウは、ロバートの手を払いのけた。
「しかし、これには世界の存亡がかかっている。へたすりゃ、俺たちも含めて、全部の生命体が犠牲になっちまう。」
「たかが、浮気の一つや二つで、世紀末的な大事になっちゃうなんて。勘弁してほしいわぁ。」
ケインが呆れたようにいった。
ユ−リィが肩をすくめた。
「どうして、鉄郎は、あんな娘を選んじゃったのかしら。女の子は他にもいるでしょうに…。」
「そいつは、鉄郎に聞いてみろ。」
ロバートがいった。
「ただ、あいつも、亀のじいさんから試練を受けることを告げられた。どうやら、こいつがそうらしい。」
ロバートは肩をすくめた。
「試練を克服するのは、己自身でしかない。そのくらい、あいつだってよく解ってる。」
「まったく。付き合いきれないわ…。」
裕子はお手上げのポーズをとった。
「俺達も行くぜ。ここにいたって、どうなるわけでもない。」
ロバートが促した。
村人達がいきなり慌てはじめた。
「そうでした。聖なる儀式の邪魔をしてしまったら…。」
「また、天罰が下るかもしれません。」
「やめてくれる? そのボケボケの感覚!」
ケインは彼らを睨みつけた。
「私はもう少しここにいても…。」
レイラがいいかけたが、ケインが強引に腕をとった。
「あんたもいいわ。召使い女、一緒にいらっしゃい!」
「離して!」
レイラが急に抵抗をはじめた。
それを、村人達が強引に連れ出された。
しかし、レイラの抵抗は納まらない。
「いや、お願い!」
「何なの、あれ?」
裕子が、レイラの執着ぶりに呆れはてた。
ジョウが低く唸りながら、ぼそりといった。
「なんか、あの女、クサイな…。」
「ジョウ、彼女に何があるの…?」
「わからん。しかし、なんとなく、行動にひっかかるものを感じる…。」
「これ以上、やっかい事が増えるのは勘弁してほしいわ。」
一緒に歩き出しながら、ユ−リィが口をはさんだ。
夜を迎えた。
とても静かな夜。
森の中にさえざえとした空気が漂い、ひんやりとした心地よい涼風が吹きぬける。
かすかに虫の音が響き、どこからか、ふくろうの鳴き声が穏やかに聞こえた。
昼間の雑然さが一気に収まって、夜の村は、落ち着いた静寂の姿を取り戻す。
森の一角に、唯一、飲料用に作られた大理石製の小さな噴水がある。
水がめを手にした美しい女神の彫像。
その水がめからは、絶えず、清水が流れていて、下の受け皿を潤し続ける。
やっと倒れたトリトンの処置を終えたアキは、疲れた足取りで噴水がある場所にやってきた。
精も根も尽き果てた。
すべてをトリトンに注ぎ込んだ。
そのツケは、アキの肉体と精神を、限界にまで消耗させた。
疲労困憊の様子を隠せないまま、アキは、ゆっくりと受け皿の淵に腰かけると体を休めた。
うな垂れたアキは、そこから動くことができない。
オーラはまったく出てこなかった。
アキは上体を折り曲げると、顔を腕の中にうずめた。
トリトンは、確実に快方に向かっている。
それは喜ばしい。
しかし、目の前にある避けようがない現実。
そのことを考えると、気持ちが塞いで途方に暮れた。
アキはすべて知っている。
トリトンを看病している時、みんなが、どう二人を見ていたのか。
鉄郎が、その場から先に去ったことも…。
しかし、だからといって、トリトンを放置することはできなかった。
傷つけたことを自覚しながら、自分に課せられた役割を果たすしか、アキがとるべき方法はなかったのだから…。
いつものアキなら、すぐに、人の気配に気づくことができる。
だが、この時は、目の前に濡れたハンカチがさし出されるまで、鉄郎の存在に気づくことができなかった。
「お疲れ様…。」
ハッとして顔を上げると、静かに笑いかける鉄郎の姿があった。
「ありがとう…。」
アキは、そのハンカチをゆっくりと受け取った。
鉄郎がいった。
「トリトンは? 良くなったのか?」
「ええ。」
アキは小さく頷いた。
「もう心配ないわ。休養をとれば、すぐに元気になるから…。」
「そうか。」
鉄郎は穏やかな声で応じた。
「悪かったな。ジョーに仕事を押しつけたままだったから、放っとけなくって。」
「いいえ、一人でもなんとかなったから…。」
そこで、会話が途切れた。
鉄郎が何かいってくれたら。
アキは、そう思った。
しかし、鉄郎は、アキから背を向けると、空を見上げたままで無言だった。
アキは、足元に視線を向ける。
時間が流れた。
重苦しい沈黙の後で…。
やっと、鉄郎が、静かに言葉をかけた。
「アキ、もう、俺は必要ないだろ…。」
アキは目を見張った。
鉄郎は溜息を漏らすと、自嘲するような口ぶりでいった。
「君の居場所は別のところにある。俺から、君はもう離れたんだ…。」
「そんなことはないわ。」
アキは、鉄郎の背中を見つめた。
その瞳がかすかに揺れる。
追いすがりたいと願うまなざしだった。
「私はアルテイアになれない。私の心は、まだ、みんなとともにある。どこにも離れていません。」
「いや、君は選ばれた。」
鉄郎はアキを振り返った。
「アルテイアとしての自覚を持たなきゃだめだ。」
鉄郎は、厳しい表情をした。
「鉄郎だけは、私達のことを特別視しない…。そう思っていたのに…。」
「俺のことよりも、トリトンのことを考えてやれ。」
鉄郎はわずかに語気を強くした。
アキはムキになった。
「考えてるわ。彼のためにできることを…。だから、私は…。」
「だったらそれでいい。」
鉄郎の鋭い声に、アキは絶句した。
鉄郎は続けた。
「君の中に俺はもういない。それは、以前から感じていたことだ。俺達は、過去のしがらみから離れちゃいけないって、強引に、自分達を縛りつけていただけなんだ。」
「違う!」
アキはかぶりを振った。
「少なくても俺はそうだった…。」
鉄郎は顔をふせた。
「でも、それは間違っていた。君は誰にも縛られない。自由でいるべきなんだから。」
「私はそんなことを思ったことは一度もなかった…。これまでだって、ずっと自由だったわ…。」
「無理して、気持ちをあわせる必要はないよ…。」
鉄郎は呟くような声で告げる。
「もういい…。お互いの道を歩もう…。それが、俺達にとって一番ふさわしい生き方だ…。でも、だからといって、今すぐに離れることはできないけど…。」
「鉄郎!」
アキは、鉄郎を夢中で呼び止めたが…。
鉄郎は振り返ることもなく、そのままスッと立ち去った。
アキは、また、噴水の淵に脱力しながら腰を下ろした。
その姿勢のままで身を震わせる。
涙がとめどもなくあふれた。
頬を伝い、膝の上に幾つもこぼれ落ちる。
後から後からこみ上げてくる悲しみは、どうしても止めようがない。
「私は、アルテイアになれない…。アキでもいられない…。」
アキの嗚咽する声は、むなしい響きとなって、森の中に反響した。
そんな二人のやりとりを。
木陰に潜んだレイラが観察していた。
その鋭いまなざしは、じっと悲しむアキに向いている。
レイラの行動は、何を意味するのか。
その真意は、まだ、深い謎に包まれている…。