しばらく作業を休んだアキが、再び、怪我人の介護をやりはじめたのが三日後のこと。
       この日で、トリトンがもどってこない日が、10日を過ぎた。
       その間に、テグノスの森での作業は、ますますあわただしくなった。
       市内の復旧に携わっていた一部の男達が森に戻り、今度は、被害者のための災害援助に協力することになった。
       難民キャンプを確保し、食料を調達し、さらには、仮設住宅の建築にも着手しなくてはならない。
       怪我人の数も、当初よりさらに増えて、どこも人手不足の状態だ。
       こうなると、憲法の法案どころではない。
       ニトルを中心に結成された暫定政府のメンバーと、ケイン、ユ−リィの二人も、人助けに奔走した。
       それでも、すべてに行き渡らず、市民達からは不平不満の声があがった。
       人々は、しだいに、トリトンを求め始めた。
       アトラスの神が生み出した奇跡の力。
       その信仰の源はオリハルコン。
       トリトンは、オリハルコンを操る救世主。
       彼らの救いの声は、日に日に高まっていった。
       村の中を、憮然とした顔つきで、倉川ジョウが歩いている。
       その日の彼の仕事は、仮設住宅を作るための材料、木の切り出しだ。
       しかし、仕事どころではなくなった。
       やっきになって、鉄郎を捜し求めた。
       鉄郎は、村のはずれの広場で、集められた物資の手分け作業を手伝っている。
       ジョウは、鉄郎を見つけると、真っ先に口を開いた。
      「ここにいやがった。鉄郎、姫さんに聞いてくれ。トリのガキが、いつ、ここにもどってくるのか。姫さんなら、知ってるはずだ。」
「な、何だよ、いきなり…。」
       鉄郎は思わす身を引く。
       ジョウはかぶりをふった。
      「周囲の連中は、そればかりが気になるらしい。何度でも同じことをいわれて、耳にタコができちまった。」
「そんなこと、自分で聞けばいいじゃないか。アキのやつ、避難所で怪我人を診てるから。」
「んなことたぁ、わかってるよ! それができれば、お前にわざわざ頼みにきやしねぇっ。」
       ジョウはムキになった。
       鉄郎は身をすくませる。
       ジョウは言葉を続けた。
      「俺はヒメさんが苦手だ。お前が、ヒメさんの担当だろうが。」
「担当ってなんだよ、それ…。」
      「対等に、彼女と話し合えるのはお前だけだ。」
       いきなり、後ろから声がした。
       鉄郎は硬直した。
       声の相手は島村ジョーだ。
       鉄郎はめげた。
      「もう、二人して何だよ〜;; ああっ。どこまで確認できたのか、わかんなくなっちゃった〜;;」
      「痺れを切らしたケインとユ−リィが、姫さんの所に殴りこみにいった。その状況を止められるのは、お前しかいない。」
「それも、俺の担当…?」
       鉄郎が口を尖らせると、ジョーコンビは、そろって大きく頷いた。
       鉄郎はうな垂れた。
「勘弁してよ…。」
「姫さんと話しあったんだろうが。」
       倉川ジョウが突っ込むと、鉄郎は首をすくめた。
「ま、まあ…。話しあったっていうか…。その…。いろいろと聞いたけど…。」
「じゃあ、嫌がる理由はねぇな。」
       倉川ジョウはニヤリと笑う。
      「でも、ケインとユ−リィは俺だけで止められないよ…。ジョー、頼むから一緒に…。」
「ここの仕事を代わりに引き継いでやる。それで貸し借りなしと♪」
       にやけた島村ジョーは、鉄郎から、物資のリストをとりあげた。
「ずるっ!」
       鉄郎が慌てる。
       倉川ジョウは、溜息をついた。
「俺が同行してやる。なら、行くんだろ?」
「ジョウ〜♪」
「お前に甘えられても、嬉しいとも思わねぇ。」
       倉川ジョウは呆れた。
「バカをやってるな!」
       島村ジョーが、睨みをきかせる。
       本気の顔だ。
       鉄郎は、げんなりと肩を落とした。
      「話がこじれてなきゃいいけどな…。」
       倉川ジョウは、他人事のように呟いた。
       ケインとユ−リィの性格がわかるだけに、修羅場になっているのは、容易に想像できる。
       さて、その頃。
       問題の避難所では…。
       苛立ちを露にしながら、ケインとユ−リィが、アキに突っかかっていた。
       誰もが遠巻きに見ている中で、アキは平然と患者の状態を診ている。
       その態度が、ケインとユ−リィの癇に障った。
      「お姫さん、ここでは話ずらいから、外に出て。」
       ユ−リィが低いトーンで命じた。
       しかし、アキは、患者の前から離れようとしない。
      「ここで聞きます。今は、この人達の前から離れるわけにはいきません。」
      「あんたのその態度が、気に食わないの!」
       ケインが睨みつけた。
      「私らだって、病院の中で事を荒らげたくないのよ。その配慮をくんでほしいわ。」
「だったら後で話を聞きます。今は、この人達を救うことが先決ですから。」
      「そうよ。」
       スーが口をはさんだ。
      「二人のいいたいことはよくわかるわ。でも、お姫様にも、わからないことがあるんだから…。」
「あんたは黙ってて。ペテン薬剤師の出る幕じゃないわ。」
「ペテンってどういうこと?」
       ケインの容赦がない返しに、スーも、顔を引きつらせた。
      「ケイン、ユ−リィ。スーの薬師としての腕は一流です。今のは謝ってください。」
      「うるさいわね!」
       ケインは一喝した。
「あの…。私は…。」
       患者の女性が、身をすくませる。
       アキは笑顔で、患者の女性に声をかけた。
「二人のことは気にしないでくださいな。それよりも、すぐにすませますからね…。」
「ちょっと…!」
       ケインが、強引に、アキの手をとろうとした。
       みかねたレイコが、ケイの手を掴んで、アキから離れさせた。
      「まあまあ、ね。ここは…。さっきもいったとおり、病院だし〜。二人の気持ちもわかるけど〜。」
      「悠長なことをいってる場合じゃないわ。今すぐに、トリトンを取り返してもらわないと…。」
       ユ−リィが、レイコの体を押しのけた。
       アキは溜息をついた。
「わかっています。でも、エネシスから何も返答はありません…。トリトンのことも何も感じない…。今は、それ以上のことができないわ。」
「それで、ここの連中の気が収まると思ってんの?」
       ケインが詰め寄ろうとした時。
       やっと、ジョウと鉄郎が、診療所の中にやってきた。
       ジョウは、ケインとユ−リィを抑えると、背中を押した。
      「はい、そこまでだ。二人とも。いいたいことは、外で思いっきりぶちまけろ。」
「何よ!」
「ヒメさんの肩を持ちすぎよ。あんた達!」
       ケインとユ−リィは騒ぐのをやめない。
      「ヒメさん、もう、ここの連中、どいつも限界を超えてる。それには、トリがもどってくるしかねぇ。頼む。どうか、君の力を貸してくれ。」
「ええ、そのつもりよ。」
       アキが頷くと、ジョウは逃げるように、ケインとユ−リィを押し出し、外に出て行った。
       あまりの素早さに、鉄郎は呆れた。
「さっきと態度が違うじゃん。しかも、ちゃんといえてるし…。」
「鉄郎。」
       アキが声をかけた。
       鉄郎が振り返ると、アキは笑顔を浮かべた。
「ありがとう。」
「そっちは大丈夫?」
「うん…。」
       アキは頷いた。
「よかったじゃない。あの二人、理解しあえたんだ…。」
       スーが、レイコにそっと声をかける。
       しかし、レイコの表情は、少しも明るくない。
「表向きはね…。」
       スーは、レイコの用心深い態度に首をかしげた。
       その後、鉄郎が出て行って、診療所の中は落ち着きを取り戻した。
       患者達の誘導もスムーズに行きかけたとき、突然、アキの手が止まった。
       まるで、何かにとらわれたかのように、アキは呆然としている。
       それを目ざとく見つけたのはレイコだ。
「どうしたの?」
       アキは顔をあげた。
       レイコに早口で訴えた。
      「トリトンがもどってくる。ここ、悪いけど、頼まれてくれる?」
       いきなり立ち上がると、レイコに交代を迫った。
       レイコは焦りだした。
      「そんなの、私にできるわけないじゃない〜。」
「大丈夫。スーの指示どおりにすればいいから。」
       それだけ言い残して、アキは診療所を飛び出した。
「なんなの、急に…。」
       スーはキョトンとしている。
       レイコは頬を膨らませた。
「いつもの悪いクセ! もう、あたしに何をやらせんのよ〜!」
       レイコは地団駄を踏んだ。