8.過去への旅 7

 オリハルコンの剣が、まばゆい輝きと熱を放射しながら、猛りはじめた。
 トリトンのパワーの増大を受け止め、オリハルコンが覚醒しようとする。
 オーラの揺らめきで、トリトンの髪とマントが大きくなびいた。
 その目に光はない。
 異様なほど、冷たいまなざしだ。
 トリトンは絶叫した。
 この瞬間。
 一気に、力が爆発した。
 オーラとオリハルコンのエネルギーが、同時に放射される。
 “オリハルコン・ブレイド”
 アクエリアス一族が使う、最終攻撃術だ。
 二つのエネルギーは入り乱れながら、ラムセスに猛然と迫った。
 脅威の混合弾。
 ケインとユーリィの感覚で例えると、連合宇宙軍に所属する重巡洋艦に搭載されたプラスター砲に匹敵する。
 それほどの強力なエネルギーが、一人の少年から、放出されたことになる。
 信じられないくらいのすさまじいパワー。
 “ブレイド”は、ラムセスのみならず、大陸ごと完全に貫通した。
 とたんに、大陸に溜まっていた池の水が、真下の岩盤から漏れて落下した。
 それは、大瀑布を形成して、アトラリアの地上に降り注ぐ。
 浮遊大陸は崩壊した。
 瓦礫となった大岩の破片が、大瀑布に押し流されて、地上に降り積もる。
 トリトンは脱力した。
 同時にシールドの結界も消えて、トリトンは、漂うように大気の流れに身をまかせた。
 トライデントの紋章も消えて、オーラも衰退した。
 命を賭けた全パワーの放出。
 トリトンは、完全に気力を喪失した。
 そして、深くため息をついた。
 ラムセスを消滅させただけではない。
 何よりも、浮遊大陸を破壊できたことで、気持ちが満たされた。
 トリトン・アトラスが憎んだものー。
 それは、ラムセスではなく、オリハルコンが造りだした偽りの世界、そのものだったのかもしれない。
 トリトンの心の中に潜み、どうしてもぬぐいきれなかったわだかまりが、やっとなくなった。
 だがー。
 そこに、ラムセスが出現した。
 トリトンの最終攻撃のダメージは拭いきれない。
 ラムセスは、血にまみれ、服もズタズタだ。
 顔もわずかに変形している。
 それでも、気力は十分に残されていた。
 ラムセスは、トリトンの背後をとった。
 憎しみが増大した。
「トリトン・アトラス! 死ね!」
 ラムセスはオーラを放つ。
 それは、無数の光の矢に分離した。
 トリトンにかわす力はない。
 光の矢は、トリトンの胸を、腕を、足を。
 そして、全身を一気に貫いた。
 総攻撃を受けたトリトンは、地上へ舞い落ちた。
 その光景は、ストップ・モーションのように、ゆったりとした動きに見えた。
 トリトンは、最初の舞台となった闘技場内のフィールドに、ドサリと落ちて倒れた。
 握っていた剣は離れ、すっかり白刃に変化した。
 いつの間にか、力も弾け飛んで、トリトンは、もとの十四歳のあどけない少年の姿にもどっている。
 コトリと首が傾き、ピクリとも動かない。
 とたんに、競技場内の観衆が、ドッと沸きたった。
 アルテイアは、その光景を、悲痛な思いで見つめた。
 彼女の耳に、すべての音は聞こえていない。
 悲しみだけが支配する。
 アルテイアは、フィールドに飛び出した。
「トリトン・アトラス!」
 叫びながら、オーラを放出して、宙に舞い上がった。
 また、アルテイアも封印を解き放つ。
 すると、後世のアキと同じ姿に成長した。
 しかし、彼女の感情は、その程度では抑えきれない。
 “ウラヌス・パワー”と呼ばれる力まで、一気に放出した。
 赤いセパレーツの衣装が、クリスタル・ブルーの透き通った衣装に変化した。
 その服の背中の部分から、大きくて美しい純白の鳥の翼が現れた。
 それは、聖なる天使か女神のような姿だ。
 風そのもののように透明な衣装と、その風を受けとめて羽ばたく、白鳥を思わせるような白い翼。
 光を受けて、燃えるような紅い髪がなびき、さらに、アルテイアの美を引き立てる。
 天空そのものを表現する、アルテイアの姿は、圧倒的な存在と迫力で、ラムセスの前に立ちはだかった。
「アクエリアス三使徒。光と風を司るウラヌスの使い。アルテイア・アトラス!」
 ラムセスは我を忘れた。
 優しい声で諭すように、アルテイアに口を開いた。
「アルテイア姫。私はあなたを傷つけたくない。おやめなさい。トリトン・アトラスの二の舞になりたくなければ、身を引くのだ。」
 アルテイアはキッと睨みつけると、激した声で叫んだ。
「許しません!」
 とたんに、アルテイアの全身が、純白のオーラで包み込まれる。
 力が増幅した瞬間、無数のオーラの矢を放出した。
 ただのオーラの矢とは違う。
 アルテイアが身につけた、翼の羽根の一つ一つが矢に変形し、相手を襲う。
 最大の攻撃法。
 その名は「ソード」。
 幅が十メートルに広がったせいで、射程ゾーンも拡大する。
 トリトンとの闘いで、消耗を余儀なくされたラムセスにとって。
 アルテイアとの直接対決は、とても厳しい。
 ラムセスは、かろうじてかわし急所をはずした。
 しかし、全部を避けきることはできず、全身に裂傷を負った。
 アルテイアの動きは、それにも増して素早い。
 楽々とラムセスの背後を突くと、「ソード」の連打を浴びせる。
 ラムセスは苦戦した。
 予想外の展開になった。
 ラムセスは、反撃のチャンスを狙って、オーラのエネルギーをぶつける。
 アルテイアは、風の属性を持つシールドで、それに抗した。
 それは、周囲に幾本もの竜巻を引き起こし、相手の攻撃をそらす防御法だ。
「おのれ…!」
 憤るラムセス。
 アルテイアは強い意志をこめたまなざしで、ラムセスを見つめた。
「あなたが悪いのです。私やトリトン・アトラスの夢を打ち砕いたあなたが…! だから、私はあなたが許せない…!」
 アルテイアのパワーが増大した。
 竜巻のオーラを放出して、ラムセスを吹き飛ばす。
 天空の彼方まで飛ばされたラムセスは、絶叫しながら地上に落下する。
 アルテイアは、そっと涙を流した。
 トリトンへの思いが強くなった。
「トリトン・アトラス…。」
 しかし、すべては、まだ終わらない。
 落下したラムセスは、地上に向けてオーラを放つ。
 すさまじい衝撃で、大気が震える。
 油断したアルテイアは、思わぬ反撃に翻弄された。
 空中に舞い上がり、四散した無数の瓦礫と砂塵が、アルテイアの視界を奪った。
 大気の乱れが、アルテイアのバランスを崩した。
 それに気をとられている間に、アルテイアはラムセスの姿を見失った。
「アルテイア。」
 突然、響いたその声に、アルテイアは驚いた。
 ハッと後を振り返り、息を飲む。
 いつの間にか、ラムセスは死角となる、アルテイアの背後にとびこんでいた。
 それは、ラムセスの作戦だ。
「さようなら。アルテイア姫。」
 ラムセスは冷たい笑みを作ると、オーラの剣を素早く作り出す。
 そして、瞬時に、アルテイアの翼を切断した。
 するとー。
 身を裂くような悲鳴をあげて、アルテイアはゆっくり失速した。
 翼をもがれた女神は、二度と甦ることはない。
 力をなくし、愛らしい少女の姿にもどったアルテイアは、トリトン・アトラスのもとに還っていった。
 偶然とは思えないくらいに、トリトン・アトラスが倒れているすぐそばに、アルテイアの体も落ちた。
 それは、手をのばせば届くくらいの距離だ。
 頭上に留まったラムセスは、荒い息を吐きつつ、地上に落ちた二人を見下ろした。
「トリトンにアルテイアめ…。手こずらせおって…!」
 倒れているアルテイアには、まだ、少し息があった。
 振り絞る、最後の気力で手を伸ばす。
 そして、トリトン・アトラスの右手に、そっと手を添えた。
 すると、トリトンの思考が、アルテイアにはっきりと伝わってきた。
ー僕らは、やるだけのことをやった…。もういい…。これでいい…。ー
ーでも…。私達の夢が消えてしまったわ…。もう、二度と果たせない…。ー
 アルテイアの思考は、とても悲しい。
 しかし、トリトンは労わるように、限りなく優しい思考を送った。
ーそんなことはないよ…。僕らの夢は、これから始まるんだ…。僕はもう自由だ…。だって、僕は、これからは、どこにだって行くことができる…。旅をしよう、アルテイア…。僕と一緒に…。ずっと、どこまでも…。ー
ーずっと…? 一緒に…?ー
ーうん…。みんなも一緒だ…。君とも離れたくない…。もう、寂しい思いをさせたりしないよ…。ー
ー私を連れて行って…。あなたのところに…。ー
ー行こう。どこまでも…。どこ…までも…。ー
 トリトン・アトラスとアルテイアの思考は、スッと消えた。
 もう、二度と響くことはない。
 それから、トリトンの右手にはめこまれた、オリハルコン製の宝石の輝きが、静かに消滅した。
 二人は息絶えた。
 ともに、享年十四歳。
 歴史の中で、けっして語られることがない、悲劇の少年王の歴史である。
 数奇な運命を背負いながらも、自分たちが信じたもの、夢を追い続けることに情熱をかけ、懸命に生きた少年と少女は、手を携えながら永遠の眠りについた…。



 その後、少年と少女が残したオリハルコンは、数千年にわたって、異世界アトラリアを支え続けた。
 アトラリアは、独裁者ラムセスのもとで、今もなお、存続と繁栄を迎えている…。