オリハルコンの剣が、まばゆい輝きと熱を放射しながら、猛りはじめた。
       トリトンのパワーの増大を受け止め、オリハルコンが覚醒しようとする。
       オーラの揺らめきで、トリトンの髪とマントが大きくなびいた。
       その目に光はない。
       異様なほど、冷たいまなざしだ。
       トリトンは絶叫した。
       この瞬間。
       一気に、力が爆発した。
       オーラとオリハルコンのエネルギーが、同時に放射される。
       “オリハルコン・ブレイド”
       アクエリアス一族が使う、最終攻撃術だ。
       二つのエネルギーは入り乱れながら、ラムセスに猛然と迫った。
       脅威の混合弾。
       ケインとユーリィの感覚で例えると、連合宇宙軍に所属する重巡洋艦に搭載されたプラスター砲に匹敵する。
       それほどの強力なエネルギーが、一人の少年から、放出されたことになる。
       信じられないくらいのすさまじいパワー。
       “ブレイド”は、ラムセスのみならず、大陸ごと完全に貫通した。
       とたんに、大陸に溜まっていた池の水が、真下の岩盤から漏れて落下した。
       それは、大瀑布を形成して、アトラリアの地上に降り注ぐ。
       浮遊大陸は崩壊した。
       瓦礫となった大岩の破片が、大瀑布に押し流されて、地上に降り積もる。
       トリトンは脱力した。
       同時にシールドの結界も消えて、トリトンは、漂うように大気の流れに身をまかせた。
       トライデントの紋章も消えて、オーラも衰退した。
       命を賭けた全パワーの放出。
       トリトンは、完全に気力を喪失した。
       そして、深くため息をついた。
       ラムセスを消滅させただけではない。
       何よりも、浮遊大陸を破壊できたことで、気持ちが満たされた。
       トリトン・アトラスが憎んだものー。
       それは、ラムセスではなく、オリハルコンが造りだした偽りの世界、そのものだったのかもしれない。
       トリトンの心の中に潜み、どうしてもぬぐいきれなかったわだかまりが、やっとなくなった。
       だがー。
       そこに、ラムセスが出現した。
       トリトンの最終攻撃のダメージは拭いきれない。
       ラムセスは、血にまみれ、服もズタズタだ。
       顔もわずかに変形している。
       それでも、気力は十分に残されていた。
       ラムセスは、トリトンの背後をとった。
       憎しみが増大した。
「トリトン・アトラス! 死ね!」
       ラムセスはオーラを放つ。
       それは、無数の光の矢に分離した。
       トリトンにかわす力はない。
       光の矢は、トリトンの胸を、腕を、足を。
       そして、全身を一気に貫いた。
       総攻撃を受けたトリトンは、地上へ舞い落ちた。
       その光景は、ストップ・モーションのように、ゆったりとした動きに見えた。
       トリトンは、最初の舞台となった闘技場内のフィールドに、ドサリと落ちて倒れた。
       握っていた剣は離れ、すっかり白刃に変化した。
       いつの間にか、力も弾け飛んで、トリトンは、もとの十四歳のあどけない少年の姿にもどっている。
       コトリと首が傾き、ピクリとも動かない。
       とたんに、競技場内の観衆が、ドッと沸きたった。
       アルテイアは、その光景を、悲痛な思いで見つめた。
       彼女の耳に、すべての音は聞こえていない。
       悲しみだけが支配する。
       アルテイアは、フィールドに飛び出した。
「トリトン・アトラス!」
       叫びながら、オーラを放出して、宙に舞い上がった。
       また、アルテイアも封印を解き放つ。
       すると、後世のアキと同じ姿に成長した。
       しかし、彼女の感情は、その程度では抑えきれない。
       “ウラヌス・パワー”と呼ばれる力まで、一気に放出した。
       赤いセパレーツの衣装が、クリスタル・ブルーの透き通った衣装に変化した。
       その服の背中の部分から、大きくて美しい純白の鳥の翼が現れた。
       それは、聖なる天使か女神のような姿だ。
       風そのもののように透明な衣装と、その風を受けとめて羽ばたく、白鳥を思わせるような白い翼。
       光を受けて、燃えるような紅い髪がなびき、さらに、アルテイアの美を引き立てる。
       天空そのものを表現する、アルテイアの姿は、圧倒的な存在と迫力で、ラムセスの前に立ちはだかった。
「アクエリアス三使徒。光と風を司るウラヌスの使い。アルテイア・アトラス!」
       ラムセスは我を忘れた。
       優しい声で諭すように、アルテイアに口を開いた。
      「アルテイア姫。私はあなたを傷つけたくない。おやめなさい。トリトン・アトラスの二の舞になりたくなければ、身を引くのだ。」
       アルテイアはキッと睨みつけると、激した声で叫んだ。
「許しません!」
       とたんに、アルテイアの全身が、純白のオーラで包み込まれる。
       力が増幅した瞬間、無数のオーラの矢を放出した。
       ただのオーラの矢とは違う。
       アルテイアが身につけた、翼の羽根の一つ一つが矢に変形し、相手を襲う。
       最大の攻撃法。
       その名は「ソード」。
       幅が十メートルに広がったせいで、射程ゾーンも拡大する。
       トリトンとの闘いで、消耗を余儀なくされたラムセスにとって。
       アルテイアとの直接対決は、とても厳しい。
       ラムセスは、かろうじてかわし急所をはずした。
       しかし、全部を避けきることはできず、全身に裂傷を負った。
       アルテイアの動きは、それにも増して素早い。
       楽々とラムセスの背後を突くと、「ソード」の連打を浴びせる。
       ラムセスは苦戦した。
       予想外の展開になった。
       ラムセスは、反撃のチャンスを狙って、オーラのエネルギーをぶつける。
       アルテイアは、風の属性を持つシールドで、それに抗した。
       それは、周囲に幾本もの竜巻を引き起こし、相手の攻撃をそらす防御法だ。
「おのれ…!」
       憤るラムセス。
       アルテイアは強い意志をこめたまなざしで、ラムセスを見つめた。
      「あなたが悪いのです。私やトリトン・アトラスの夢を打ち砕いたあなたが…! だから、私はあなたが許せない…!」
       アルテイアのパワーが増大した。
       竜巻のオーラを放出して、ラムセスを吹き飛ばす。
       天空の彼方まで飛ばされたラムセスは、絶叫しながら地上に落下する。
       アルテイアは、そっと涙を流した。
       トリトンへの思いが強くなった。
「トリトン・アトラス…。」
       しかし、すべては、まだ終わらない。
       落下したラムセスは、地上に向けてオーラを放つ。
       すさまじい衝撃で、大気が震える。
       油断したアルテイアは、思わぬ反撃に翻弄された。
       空中に舞い上がり、四散した無数の瓦礫と砂塵が、アルテイアの視界を奪った。
       大気の乱れが、アルテイアのバランスを崩した。
       それに気をとられている間に、アルテイアはラムセスの姿を見失った。
「アルテイア。」
       突然、響いたその声に、アルテイアは驚いた。
       ハッと後を振り返り、息を飲む。
       いつの間にか、ラムセスは死角となる、アルテイアの背後にとびこんでいた。
       それは、ラムセスの作戦だ。
「さようなら。アルテイア姫。」
       ラムセスは冷たい笑みを作ると、オーラの剣を素早く作り出す。
       そして、瞬時に、アルテイアの翼を切断した。
       するとー。
       身を裂くような悲鳴をあげて、アルテイアはゆっくり失速した。
       翼をもがれた女神は、二度と甦ることはない。
       力をなくし、愛らしい少女の姿にもどったアルテイアは、トリトン・アトラスのもとに還っていった。
       偶然とは思えないくらいに、トリトン・アトラスが倒れているすぐそばに、アルテイアの体も落ちた。
       それは、手をのばせば届くくらいの距離だ。
       頭上に留まったラムセスは、荒い息を吐きつつ、地上に落ちた二人を見下ろした。
「トリトンにアルテイアめ…。手こずらせおって…!」
       倒れているアルテイアには、まだ、少し息があった。
       振り絞る、最後の気力で手を伸ばす。
       そして、トリトン・アトラスの右手に、そっと手を添えた。
       すると、トリトンの思考が、アルテイアにはっきりと伝わってきた。
ー僕らは、やるだけのことをやった…。もういい…。これでいい…。ー
ーでも…。私達の夢が消えてしまったわ…。もう、二度と果たせない…。ー
       アルテイアの思考は、とても悲しい。
       しかし、トリトンは労わるように、限りなく優しい思考を送った。
ーそんなことはないよ…。僕らの夢は、これから始まるんだ…。僕はもう自由だ…。だって、僕は、これからは、どこにだって行くことができる…。旅をしよう、アルテイア…。僕と一緒に…。ずっと、どこまでも…。ー
ーずっと…? 一緒に…?ー
ーうん…。みんなも一緒だ…。君とも離れたくない…。もう、寂しい思いをさせたりしないよ…。ー
ー私を連れて行って…。あなたのところに…。ー
ー行こう。どこまでも…。どこ…までも…。ー
       トリトン・アトラスとアルテイアの思考は、スッと消えた。
       もう、二度と響くことはない。
       それから、トリトンの右手にはめこまれた、オリハルコン製の宝石の輝きが、静かに消滅した。
       二人は息絶えた。
       ともに、享年十四歳。
       歴史の中で、けっして語られることがない、悲劇の少年王の歴史である。
       数奇な運命を背負いながらも、自分たちが信じたもの、夢を追い続けることに情熱をかけ、懸命に生きた少年と少女は、手を携えながら永遠の眠りについた…。
      
       その後、少年と少女が残したオリハルコンは、数千年にわたって、異世界アトラリアを支え続けた。
       アトラリアは、独裁者ラムセスのもとで、今もなお、存続と繁栄を迎えている…。