8.過去への旅 6

 円形闘技場。
 ラムセスが、一番に復元した建造物だ。
 まだ未完成の建物にドッと市民が押し寄せ、満員状態になった。
 人々の喚声が響く中、トリトン・アトラスとラムセスは、闘技場の中心で対峙しあう。
 この国の命運を分ける闘いの火蓋が、今、切られようとしていた。
 睨みつけるトリトンに、ラムセスは口を開いた。
「トリトン・アトラス。戦う前に、なぜ、私がお前の申し出を承諾したのかを教えてやる。私は、お前を八つ裂きにしてやりたいと考えていた。友の契りを交わしたにも関わらず、この私に逆らい、不逞な輩と手を結び、私をあしらうかのように、ともに窃盗を働いた。そんなお前を許すつもりはない。」
「…………」
「しかし、何を思ったか、お前がオリハルコンを復活させてくれた。それにより、あえて窃盗の罪だけは免罪してやることにした。こうして、生かしてやっているだけでも感謝しろ。」
「お前のためにしたんじゃない。」
 怒りの感情を含みながら、トリトンは鋭い声を発した。
「お前は必ず倒す。お前が、犠牲にしてきたアトラスの人々のためにも…!」
 トリトンは、腰に下げていたオリハルコンの剣を抜いた。
 トリトンの精神力を十分に受け取ったオリハルコンは、みなぎる力を放出して、赤く燃え立つような輝きを放つ。
 トリトンは、その剣を、持ち手の先端にあるロッドが上になるように構えた。
 目を閉じると、トリトンは精神を集中する。
 その状態を保ちながら、トリトンはあの言葉を口にした。
「デュアル…!」
 とたんにロッドから、ブルーのオーラが、吐き出されるように広がる。
 オーラは、波のように激しくうねりながら、トリトンの全身を包み込んだ。
 ラムセスは、スッと目を細めた。
 オーラの波にもまれながら、トリトンは封印をはずす。
 その姿は、今のトリトン・ウイリアムと同じ姿だ。
 トリトン・アトラスは、成長した姿に変身した。
「それが、お前の未来の姿か…。なかなかの美形だ。そういえば、エネレクトにも似てなくはない…。」
 ラムセスは、皮肉を含んだ、意味ありげな言葉を投げかける。
 トリトンは、鋭い声でラムセスに問いかけた。
「母はどうした? 人質にしていることは解っている! 母だけでも、お前から取り返してみせる!」
 すると、ラムセスは哄笑した。そして、答えた。
「あの女は、この私が寝取った!」
「!」
「いい女だったが…。あの女、身を隠してどこかへ消えてしまった。生きていたら、まだ、この世界にいるだろう。しかし、そいつはどうかな…?」
「許すか!」
 トリトンは激しい怒りにかられた。
 咄嗟にラムセスに突進して、斬りかかった。
 それを楽々とかわして、ラムセスはせせら笑う。
「精神はまだ子供だな。だが、お前も同じことをしたのだ。あのアルテイアという娘と。」
 ラムセスは身構えた。
 力を蓄える。
 そして、一気にオーラを放った。
「でなければ、オリハルコンは復活せんだろうが!」
 灰色がかった、禍々しい邪気を帯びたエネルギーが、トリトンに襲いかかる。
 トリトンは、瞬間、ブルーのシールドを張った。
 防御のエネルギーが、ラムセスの邪気を、サッと吹き飛ばした。
 トリトンは、立て続けに力を放出した。
 剣を頭上に掲げる。
「デルタ!」
 トリトンが絶叫すると。
 オリハルコンが、いきなり光と熱を爆発させた。
 すさまじいエネルギーは、稲光を伴いながら、一気に天空を駆け上る。
 そして、ある一定の場所にとどまると、エネルギーの塊は、水平方向にすごい勢いで広がった。
 爆音と光が、ラムセスと観客の五感を奪い去った。
 彼らの頭上には、土と緑、そして、澄んだ水量をたたえた、浮遊大陸が忽然と出現した。
 その幅は約三キロ。
 一瞬で、そんなものを作り出してしまった、トリトン・アトラスの力にラムセスは息を飲んだ。
 さらに、トリトンは、競技台の周囲を、アクア・シールドで覆い尽くした。
 ラムセスの意識が一瞬遠のいた。
 ハッと気がついた時には、ラムセスは、浮遊大陸の大地の上に立っていた。
「どういうことだ?」
 目前の、変わらぬ姿でたたずむトリトンを見つめると、ラムセスは問いかけた。
 目を見張るラムセスを見つめながら、トリトンは強い口調で名乗りをあげた。
「アクエリアス三使徒。水と生命を司る海の使い。トリトン・アトラス。」
「アクエリアス三使徒…。お前が…?」
 その意味を瞬時に理解したラムセスは、改めてトリトンの姿を見返した。
 トリトンがいった。
「僕らの力では、あの競技場の中では狭すぎる。ここなら、遠慮なくやりあえる。」
「なるほど。民衆を巻き込まぬためか?」
「オリハルコンは渡さない。民も、犠牲にさせたりしない。ここで決着をつける…! 」
「いいだろう…。アクエリアス三使徒なら本望だ。」
 ラムセスはニヤリとした。
「お前を生かしておいてよかった。海の使いなら、自由にオリハルコンが扱える、最強の使い手だったな…。楽しみだ。見せてもらおう。お前の真の力を…!」
 ラムセスは、オーラの力を剣に変えた。
 思念の剣。
 その剣を振りかざしながら宙を飛び、トリトンに猛然と迫る。
 一方のトリトンも、素早く飛翔した。
 宙を一気に駆け抜け、突進してくるラムセスに激突する。
 互いに受けあった剣先から、光のスパークが弾け飛ぶ。
 気と気がぶつかり合う。
 みなぎるパワーの衝突。
 トリトンは、ラムセスの剣を素早くはじき返す。
 そして、再び剣を交錯させる。
 オーラの力が増大し、莫大なエネルギーが空間に四散した。
 猛烈なスピードとパワーのぶつかり合い。
 現実の世界で展開された、ジオリスとトリトン・ウイリアムの対決をはるかに上回る。
 二人の動きは、一般人の肉眼では、まったくとらえられない。
 鋭い感覚を持つ“ロバートの気”でも、察知は不可能だ。
 肉眼で捉えることができるのは、瞬発的に発生する電撃のスパークのみ。
 それほどに、速い!
 数分間。
 互角のぶつかり合いが続いた。
 しかし、決着がつかない。
 悟った両者は、瞬時に、オーラ攻撃法に切り替えた。
 ラムセスが放ったオーラは砂塵の竜巻。
 それに対して。
 トリトンが放つのは、得意技「リューション」。
 その力は、封印前よりも、数段パワーアップしている。
 二つの力は、中央で苛烈に激突した。
 トリトンのオーラが、龍のように大きくうねりだす。
 ラムセスの力を、すさまじい勢いで押し返した。
 そのまま、伸びる。
 ラムセスに向かって!
 ラムセスの目が、ぐわっと見開かれた。
 肉迫したトリトンのオーラは、ラムセスの体を弾き飛ばした。
 ラムセスは、浮遊大陸の大地に激突する。
 その衝撃はすさまじい。
 大地をえぐり、木々をなぎ倒して、ラムセスは吹き飛ばされる。
 そして、大岩にめり込んでようやく止まった。
 その距離は二百メートル。
 オーラが、ラムセスの身を守り通した。
 しかし、衝撃までは完全に吸収されない。
 ラムセスは、ふらつきながら立ち上がった。
 トリトンは、その目前にゆっくりと降り立った。
 静かに、オリハルコンの剣先をラムセスに向けて、突きつける。
 そうしながら、精神を集中させて雄叫びをあげた。
 それは、新しい攻撃法だ。
 オリハルコンの剣のエネルギーと、トリトンの右腕のブレスレッドに組み込まれているオリハルコン製の石。
 その二つが絡み合い、クロスしながら対象物に飛んでいく、至近距離からの攻撃術。
 捉えたとトリトンは思った。
 だが、ラムセスの様子が一変した。
 瞬時に機敏さを取り戻し、よけられないはずのトリトンのエネルギーを、あっさりとかわした。
 オリハルコンの力は、ラムセスがいた場所をすり抜けて、背後の大岩を吹き飛ばしただけに終わる。
「バカな!」
 トリトンは愕然とした。
 同時に、ラムセスを見失った。
 焦るトリトンに向かって。
 ラムセスは、真横からエネルギーをぶつけてきた。
 ハッとしたトリトンは、宙に舞い上がる。
 すれすれのところで、ラムセスの攻撃をかわした。
 たが、トリトンは、急激な脱力感を感じて息を飲んだ。
 いつの間にか、トリトンの動きが鈍っている。
 ラムセスは、続けて、トリトンにオーラを浴びせた。
 今度は真下から。
 トリトンはよけきれない。
 何本ものムチのように変形した、細かいオーラの帯が、トリトンの全身に絡みつく。
 動きを封じたラムセスが、トリトンの目前に現れた。
「クソッ!」
 トリトンは、剣でオーラの力を断ち切ろうとしたが、ますます力が抜けきって、腕が思うようにあがらない。
 ラムセスは、笑みをもらしながらトリトンに告げた。
「オリハルコンの使いすぎだと思っているだろう? それは違う。アクエリアスの人間と交わっていくうちに、私の体質が変化したのだ。相手の体内エネルギーを吸収する体にな。お前のアクエリアスの力は、この私がすべていただく。今度は私の番だ。」
 ラムセスは、反撃に転じた。
 掌から伸びたオーラの帯を、ラムセスは激しく操る。
 すると、トリトンの体は、めちゃめちゃに振り回された。
 大地に叩きつけられ、強引にひきずられる。
 トリトンは悲鳴をあげた。
 何度も繰り返されて、最後は、オーラの帯ごと投げ捨てられた。
 トリトンは吹き飛ばされる。
 ラムセスよりも長い距離を、大地をえぐりながら弾けとび、勢いがなくなったところで倒れこんだ。
 どうにか、トリトンは意識を保った。
 体をガクガクと震わせながら、やっとのことで起き上がる。
 オーラの力が弱まってしまい、トリトンの全身は擦り傷と打撲だらけだ。
 ラムセスは、トリトンに、別のオーラ攻撃をけしかける。
 それは、粒子状のオーラだ。
 雹のように、トリトンに激しく降り注ぐ。
 トリトンは、完全に避けきれない。
 直撃したエネルギーが、肉を裂いて流血させた。
 トリトンは、何とか上昇して逃げきった。
 ラムセスは、そんなトリトンの背後に回りこむ。
 トリトンの腕を掴むと、ねじまげて、オーラの電撃を浴びせた。
 トリトンは絶叫した。
 抗い、ラムセスを振りほどこうともがいた。
「苦しめ! 実にいい表情だ…! そうやって泣き喚け! もっと、もっと!」
 ラムセスの異常な反応に、トリトンは恐怖した。
 無我夢中で、ラムセスを振りほどくと、激した感情のままにオーラを放った。
 “トルネール”。青い竜巻状のオーラ。
 “ハレーション”。オーロラのような輝きを放ち、対象物を空間ごと裂いてしまうオーラ。
 しかし、結果は同じだ。
 ラムセスに吸い取られてしまう。
 それどころか、トリトンの力は十分の一ほどに弱まっている。
 ラムセスは、再度、砂塵のオーラを、トリトンに向けて放出した。
 そのエネルギーは、トリトンのシールドを完全に破り腹部を貫通した。
 トリトンはオーラの力に押されて、またもや、大地に激突する。
 その衝撃で大地が裂けた。
 パワーの物凄さを物語った。


※ ※ ※ ※


「もういいわ。やめてちょうだい!」
 ケインは、言葉を吐き捨てた。
「どうせ、あの坊やは死んでしまうのよ! 見ているだけで、胸クソが悪くなるわ!」
「何のために、こんなのを、あたしらに見せようとするの?」
 ユーリィがエネシスを睨みつける。
 レイコと裕子、そして、ベルモンドは身を震わせる。
 後のメンバーは、完全に言葉を失ってしまった。
 だが、エネシスは淡々と告げるだけだ。
「何もわからないのですか? 二人をよく御覧なさい。」
 一同は、目を見張った。
 力を放出し続けながら、トリトンとアキは、何かに耐えるように心を奮い立たせている。
「負けられるものか…!」
「あなたは生きる…。お願い。生きて…!」
 言葉をつぶやくたびに、二人のオーラのゆらめきが、微妙に変化した。
 強く波打ち、空間を埋め尽くす。
「シンクロしてるのか?」
 ジョーがそういうと、硬い表情をした鉄郎がぽつりといった。
「戦えってことだ…。一緒に…。俺達も…。」
 残りのメンバーは、息を飲んだ…。


※ ※ ※ ※


 裂けた大地は、闘技場からも確認できた。
 柱の影から、様子を見守るアルテイアは、アキと同じ思考を送って祈り続けた。
ーあなたは生きる…。これからも、ずっと…! 生きて…。あなたは、このくらいで死ぬような人じゃない…!ー
 アルテイアの必死の呼びかけに応えるかのように。
 めり込んだ亀裂の間から、トリトン・アトラスは、どうにか這い上がって大地の上に上ってきた。
 その前に、ラムセスが降り立つと、わずかなオーラでトリトンを弾き飛ばした。
 吹っ飛んだトリトンは、後方にあった木の幹で体を打ちつけた。
 その木をなぎ倒して、草むらに転がった。
 荒い息を吐きながら、なおも、トリトンは再び起き上がろうとする。
 ラムセスはトリトンに接近すると、怒りを露にしながら叫んだ。
「なぜだ? なぜ、そうまでして、この私と戦おうとする? お前が、戦う目的はいったい何だ?」
「僕の目的…。」
 フラフラと立ち上がると、かすれた声でトリトンは呟いた。
「この大地が裂けること…。それだけだ…。」
 トリトンは精神を集中させると、再び、構えた掌からオーラを放出した。
 意外な力に、ラムセスは驚きながら、それをかわす。
 そして、素早く反撃した。
 強力なエネルギーの放出。
 弱まったトリトンでは、防御できない。
 またもや、弾き飛ばされた。
「お前は、その体で急所をかわし、私の攻撃のダメージを最小限に抑える努力をしている。そして、まだ、反撃のチャンスを狙っている。だが、何度やっても同じだ。負けを認めろ!」
 ラムセスはオーラを放出しながら、トリトンに降伏を迫った。
 トリトンは、吹き飛ばされながら口惜しんだ。
「…だめだ…。チャンスがない…!」
 トリトンの体は、大陸の先端まで弾けとんだ。
 しかし、かろうじて、ぎりぎりの場所で静止した。
 まだ、起き上がろうとする、トリトンのすぐそばに。
 ラムセスは近寄ってきた。
 ラムセスが足で蹴飛ばすと、トリトンは呻きながら仰向けに転がる。
 喘ぐトリトンの前で、ラムセスは、おもむろに剣を構えた。
 そして、トリトンのマントの部分を突き刺した。
 トリトンは、うっすらと目を開いて、ラムセスを見上げる。
 ラムセスは、怪しい笑みを浮かべて、かがみこんだ。
「トリトン・アトラス。命乞いをしろ。そうすれば、その身は助けてやる。お前は、とてもかわいいヤツだ。力もあり頭もいい…。このまま殺してしまうのは、とても惜しい…。」
「何が…いいたい…。」
 キッと見返すトリトンを覗き込むと、ラムセスは、トリトンの顎に触れた。
 思わず身を硬くしたトリトンの顔を撫でながら、ラムセスは囁くような声でいった。
「エネレクトの代わりに面倒を見てやろう…。アルテイアとともに、私の僕となり、その身と心を尽くすがいい…。どうだ? お前の力が、私には必要だ…。」
 激しい嫌悪が、トリトンの全身を貫く。
 ラムセスの無防備な足元を、トリトンは、サッと自分の足を使って払いのけた。
 ラムセスがよろけた瞬間、身を横転させて、ラムセスから逃れた。
 マントの先端が引きちぎれても、トリトンは気にしない。
 身を震わせて、トリトンは叫んだ。
「誰が、お前のいいなりになるものか!」
「ならば、死しかない!」
 ラムセスの、怒りのオーラがほとばしる。
 トリトンは瞬発力を駆使して、サッと、ラムセスのオーラをよけて再び飛翔する。
 信じがたい動きの速さに、ラムセスは意表をつかれた。
 それまでの鈍さがまるでない。
 常識が覆された。
 トリトンの体からオーラが放たれる。
 空間を埋め尽くしていくブルーの波。
 広がる。一気に。
 “アクア・シールド”。
 このオーラに包まれると、海底のように、深い力の中に閉じ込められてしまう。
 ラムセスは、あわてて後退した。
 しかし、それよりも、オーラの広がる速度の方が速い。
 ラムセスは、トリトンのオーラに、完全に飲み込まれた。
 周囲を見渡して、ラムセスは顔をひきつらせた。
 想像を絶するすさまじい力。
 ラムセスを捕らえたブルーのシールドは、さらに浮遊大陸すらも包みこんで、さらに拡大する。
 オーラの水流。
 ラムセスを封じたエネルギーは、水流を震わせ、激しく渦巻く。
「な、何をしようというのだ?」
 手で顔を覆い、水流に抵抗しながら、ラムセスは叫んだ。
 トリトンのパワーは、すさまじい勢いで、トリトンの中に蓄積されていく。
 やがて、その蓄積がピークに達すると、オリハルコンのロッドに、トライデントの紋章が浮き上がった。
 それが、トリトンの額にも写り、くっきりと現れる。
 と、同時に。
 シールドの外にまで、エネルギーがあふれ出た。
 猛々しいパワーが、アトラリアの大気を震わせ、オーラの嵐を引き起こす。
 ラムセスの形相が、恐怖で満ち溢れた。
 トリトンの力に縛られて、ラムセスはまったく動けない。
「僕の全パワーを見るがいい!」
 トリトンは叫んだ。
 全身全霊を込めて、オリハルコンの剣先を、ラムセスに差し向けた。