8.過去への旅 4

 当初、ラムセスは快くアトランティスに招かれ、滞在期間中、親切なもてなしを受けた。
 特に、異国に憧れるトリトン・アトラスの親しい話相手となり、この頃、二人は急速に近づいていった。
 トリトン・アトラスはラムセスになついて離そうとはせず、また、ラムセスも我が子のようにトリトン・アトラスをかわいがった。
 だが、ラムセスの本当の目的は、“アトランティスの命”といわれたオリハルコンの秘密と、それを操る“アクエリアス一族”の力の正体を知ることだ。
 この時、ラムセスは一つの野心を抱いて行動していた。
「オリハルコンを手中にして、アトランティスを奪い取る!」
 ラムセスは、トリトン・アトラスから秘密を聞きだそうと、いろいろ働きかけてみた。
 しかし、トリトン・アトラスも頭の良い少年で、王族の血を引くものだ。
 生半可な誘いは、まったく通用しなかった。
 こんな駆け引きがしばらく続き、ラムセスは、少し手口を変えてみることを思いついた。
 この頃、平和に思えたアトランティス内にも、さまざまな主張がとびかっていた。
 オリハルコンをアトランティスの人民のためだけに利用して、伝統とされる軍事的な主張を固持し続けるのか、もしくは、オリハルコンの恵みを異族の民にも与えて、周囲の国々と広く融合していくのかー。
 アエイドロス国王は、後者の意見を尊重していた。
 それがために、前者の意見を主張する神官達と、意見の対立を起こすことがあった。
 ラムセスは、そこに、つけこんだ。
 もし、ラムセスが前者の神官達に手を貸せば、国の行く末はどうなってしまうのか…。
 その後、ラムセスは慎重に計画を推し進めていった。
 まずは、神官達に密談を持ちかけ、暴動を起こす日程を事細かに取り決めた。
 さらに、民衆達には「国王がオリハルコンを蛮族にも分け与えようとしている。」と噂を流し、反感感情が根付くようにした。
 しかし、この程度では反逆罪で捕らえられてしまい、目的達成は、とうてい至らない。
 そこで、ラムセスは計画を完璧なものにするために、さらに工夫を施した。
 神官達にその罪をなすりつけ、自分は何も手を下さずに、アトランティスの次の支配者の座を奪いとろうと画策した。
 ラムセスは、アリバイ工作も手を抜かなかった。
 そして、そのためにトリトン・アトラスを利用した。
 ちょうど、ラムセスがアトランティスに滞在して、三ヶ月が過ぎた頃だった。
 ラムセスは、動乱も沈静化したという知らせを聞いたとして、祖国に戻りたいという胸の内を打ち明け、アトランティスを旅立つ準備を進めていた。
 ラムセスの願いで、再び、ダーナの遠征船がエジプトに向けて出航することになった。
 しかも、今度の旅に、トリトン・アトラスの参加が許された。
 トリトンの同行を真剣に頼み込んだのは、ラムセスだった。
 ラムセスは、そうすることで、アエイドロス国王の信頼を得ようとした。
 トリトン・アトラス同行の一件は、ラムセスの思惑通りにうまく運んだ。
 最初は、渋っていたアエイドロス国王に、ダーナとミラオの助言もあって、トリトンは、必ず学問所に行くという条件つきで、旅に出ることを許された。
 その決定に、トリトンが、小躍りするほど喜んだのはいうまでもない。
 遠征船の日程は、エジプトでの滞在期間を含めて、地中海の往路の道のりを一ヶ月と定められた。
 それから二日後に、遠征船はアトランティスを出航していった。
 そして、その二週間後ー。
 すっかり、そそのかそれた神官達が、味方に加わった民衆達を率いて、アエイドロス政権に反旗を翻した。
 突然、ふって沸いた暴動に、アエイドロス側は慌てふためいた。
 それが、あのラムセスによる手引きで起きたものだと、誰も想像できなかった。
 ラムセスの、作戦の第一段階は成功した。
 一方、アトランティスに反乱が起こったという知らせは、エジプト滞在中の、遠征船のクルーの耳にも届いた。
 家族の安否を心配して、動揺するトリトン・アトラスを気遣いながら、遠征船は、エジプト滞在の日程を切り上げて、急遽、アトランティスに戻る進路をとった。
 が、海に出た直後、従者として乗船していた神官アモールが、刺客の本性を現した。
 彼についた乗員達と一緒になって、トリトン・アトラスとダーナに襲いかかったのだ。
 二人が気づいたときには、ラムセスの姿はなく、騙されていたことを、二人は知った。
 すでに時は遅く、ともに航海してきた仲間達や同胞と、望まない戦いを強いられた。
 この時、ラムセスは噂に聞いていた“アクエリアスの力”を目の当たりにした。
 全身を、炎のごとく燃え盛るオーラのエネルギーで包みこんだ、トリトン・アトラスとダーナが、空中を自在に飛び回り、アモール一味を相手に、壮絶な乱戦を展開する姿だった。
 トリトンとダーナは、海面に弾き飛ばされ、激しく叩きつけられても、再び飛び上がって、猛然と抗戦をしかけていく。
 並の人間なら、死に至る衝撃を与えても、“アクエリアス”の人間は、「シールド」という保護法で、致死に至るようなダメージを、楽々と防御できる。
 敗れる時は、力尽きた時だ。
 ラムセスは武者震いを感じた。
 “アクエリアス”の人間は、超人の域を超えた“怪物”のように思えた。
 剣と肉弾戦で劣勢を感じたアモール側は、得意のオーラ攻撃法で、トリトンとダーナに対抗する。
 トリトンとダーナも、瞬時にオーラ攻撃法に切りかえて、彼らに応戦した。
 トリトンの攻撃術は「リューション」。
 両手からブルーのオーラを放射して、それが渦巻状に成長していくと、対象物に伸びていき、弾き飛ばすという、現段階のトリトンの力をフルに発揮させる、得意の攻撃法だ。
 だが、両者がすさまじいエネルギーをぶつけ合うと。
 海を裂き、海水をブワッと空中に巻き上げた。
 その直後に、両者は弾き飛ばされ、海面に落下して二度と浮き上がってこなかった。
 遠征船団も次々と沈没して壊滅した。
 トリトン・アトラスとダーナは行方不明になった。
 ラムセスは、自分もあの力を早く身につけたいという、激しい欲望に取りつかれた。
 戦いを見届けたラムセスは、すぐにアトランティスに引き返した。
 同じ時、アトランティスは無残なほどに、荒れ果てた国に変わっていた。
 アエイドロス国王は、神官達によって捕らえられ、凄惨な拷問の後に処刑された。
 女王エネレクトは、他のアクエリアスの女達とともに監禁状態にあった。
 暴動は、最初の数日でされつくした。
 その後は、わずかに下火になったものの、街のいたるところで炎があがり、逃げ惑う市民同志の間で襲い合いが続いた。
 そこかしこに死体が転がり、まさに地獄のようだ。
 そこへ、外国の軍船までもが侵略してきて、アトランティスの守護神である青銅の巨人が戦いはじめた。
 国中、すべてが戦場と化し、限りない悪行がはびころうとしていた。
 理想郷と謳われたアトランティスは、“修羅の世界”へと変貌した。
 ラムセスは、そんなアトランティスに入国してきた。


 ラムセスが、アトランティスに戻って、真っ先に実行したこと。
 それは、“アクエリアス”の力を身につけるために、“アクエリアス”の血を引く女達と、次々に関係を持つことだった。
 すでに、オリハルコンの性質と、“アクエリアス”の力の関係を知ったラムセスは、それ以降、男と女の交わりに、常にこだわるようになった。
 その思想は、今のアトラリアにも根づいた。
 肉市場の出現や、オリハルコンの生贄の儀式に反映された。
 ラムセスは、自分のみならず、強引に神官達にも女と交わり、オリハルコンのエネルギー源になることを強要した。
 それが、儀式の始まりになった。
 結局、そそのかされた神官達は、こうして命を絶たれていった。
 アエイドロスの妻エネレクトも、この時、ラムセスと関係を持たされた。
 その後、彼女は逆縁の子ジオネリアを生むことになるが、エネシスはそこまで語ろうとはしなかった。
 ただ、“アクエリアス”の女性のうち、ミラオとアルテイア、それに組する味方の人間達は、エネシスの導きで、密かに城からの脱出に成功していた。
 さらに、生贄にされかけながらも、危うく、難を逃れた神官達も加わった。
 しかし、彼らに、なすすべは何もなかった。
 一面、焦土と化した都市は手の施しようがなく、再建などできる状況ではなかった。
 オリハルコンも、ラムセスの支配に暴走し、減少の一途をたどっていた。
 このままでは、アトランティス島そのものが、オリハルコンのエネルギーの影響で爆発する危険性も出てきていた。
 アエイドロス亡き後、唯一のオリハルコンの最強の使い手は、トリトン・アトラスとダーナだったが、二人の行方はわからない。
 国を捨てて生き残る以外、エネシス一行に道は残されていなかった。
 しかし、エネシス達は、まだ気がついていなかった。
 ダーナとトリトンは、信用できる従者を従えて、舞い戻ってきていた。
 海に投げ出されても、トリトンは、海の中で真の力を発揮できる。
 トリトンはイルカと交信して、ダーナや従者達を救出した。
 そのまま、クレタ島にまで引き返した彼らは、アトランティスの様子を、ずっと窺っていた。
 そして、おおよその状況を把握した後、隙をついて、彼らは三ヶ月ぶりに帰国してきた。
 ラムセスは、トリトンとダーナの力を甘く見ていた。
 それが、唯一のラムセスの誤算だった。
「トリトン。」
 ダーナがトリトンに振り返った。
「アルテイアとミラオは必ず生きている。まずは、彼女達を探す方が先決だ。けっして、ラムセスと事を構えようなどと思うな。」
「わかった…。」
 そう会話を交わした後、ダーナとトリトン・アトラスは、別れて彼女達の行方を探し回った。
 途中、トリトンは目を背けたくなるような、無残な光景を目の当たりにしながら、いまだに、街をうろつく暴徒達と戦いしつつ、城を目指した。
 そうして、たどりついた城の様子は、トリトンがいた頃とはまったく違い、廃墟と化していた。
 人っ子一人いない城の中を、姉や母、アルテイアの名前を呼びながら、トリトンは探しまわる。
 やがて、トリトンは王宮の中心に位置する“王の玉座の間”にやってきた。
 かつて、この場所に父と母がいて、トリトンにいろんな知識を教授してくれたものだった。
 その頃を、遠い思い出として懐かしく感じながら足を踏み入れた時、トリトンは限りなく漂う死臭にたじろいだ。
 そこで、トリトンは、見てはいけないものを見てしまった。
 天井から吊り下げられた一つの“肉の塊”。
 それは屍。人間の死体だ。
 引き裂かれ、切り刻まれ、内臓が飛び出したむごたらしいもの。
 それが風雨にさらされ、半ば腐って白骨化していた。
 しかし、トリトンはよく知っている。
 その屍体についている顔の主を。
 紛れもない父王、アエイドロスだ。
 トリトンは恐怖に身をすくませた。
 顔をひきつらせて、絶叫した。
「嫌だ!」
 かぶりを振ると、トリトンは、衝動的に部屋を飛び出した。
 駆け出そうとした、トリトンの手を何者かが掴む。
 トリトンはビクリとした。
 それはダーナだ。
 狂乱しかけている、トリトンを落ちつかせようと、ダーナは強く訴えた。
「しっかりしろ! 見ずにこっちへ来い!」
「ダーナ…。」
 涙声で呻くと、トリトンはダーナの腕に飛び込んだ。
 震えるトリトンをかばいながら、ダーナは、「オリハルコンの間」に向かった。
 そこに、ラムセスをはじめ、ミラオとアルテイア、そして、逃げのびたアトラス人達が集まっていた。
 顔をあわせた一同に、エネシスが説明した。
「まもなくアトランティスは、天の裁きで滅びるでしょう。この地震はその前兆です。しかし、我々は生きのびなくてはならない。そこで、神々の知恵である秘宝を作動させます。その力を持って、新たな世界に旅立つのです。」
「なりません。」
 ミラオが反論した。
「あれは不完全です。どうなるか、わかりません。」
「他に方法はありません。」
 エネシスは断言した。
「我々は、オリハルコンなしでは生きる術を持たない一族です。あの力の源だけでも、ラムセスをはじめ、ラムセスのような蛮族の者達から守り通さねば…。私はここに残り、ラムセスを防ぎます。若いあなた方だけでも、新たな地を求めて旅立たれてほしい。」
 エネシスの主張を覆すことは誰もできなかった。
 『秘宝』とは、「ジリアスの秘宝」に違いなかった。
 一同は、その場所でエネシスと別れた。
 彼らは、“オリハルコンの間”からさらに奥へと続く、回廊のような空間を進んだ。
 その先には、壮大な神殿の入り口がある。
 それこそ、ジリアスの海底に沈んでいた神殿の入り口だ。
 途中の長い階段の登り口で、ふいに、トリトン・アトラスは足を止めた。
 思わず振り返ったミラオとダーナに対して、トリトンは決然と断言した。
「ミラオ、ダーナ。僕はこの国の人々が大好きだ。他のどの地にも行く気がしない。僕は、ここに残ります。」
「何をいってるの!」
 驚くミラオを、トリトンはジッと見据えた。
「僕は…。いえ、私は、第二十一王朝国王、トリトン・アトラス。私には、オリハルコンとこの国の人々を守る義務がある。王女ミラオ、使徒ダーナ。末永くお幸せに。」
 トリトンは、そういい残して立ち去った。
 後を追いかけようとするミラオを、ダーナがくい止める。
「お許しを…。」
 さらに、トリトン・アトラスを追って、何人かの従者達が列を離れた。
 去って行った彼らを、連れ戻す余裕は、もうなかった。
 トリトン・アトラスとミラオにダーナ。
 三人が二度と会うことはなかった。
 一方、エネシスのもとに向かおうとしたトリトン・アトラスは、先に行ってしまったと思っていたアルテイアに出会った。
 驚いたトリトンはアルテイアを叱った。
「なぜ、一緒に行こうとしなかった?」
 すると、アルテイアはにこりと微笑み、言葉を返した。
「私は、トリトン・アトラスの使徒。アルテイア・アトラス。いつかきっと…。もう一度、平和な国を築きあげて…。あなたと一緒に…。あなたを愛しているから…。」
 アルテイアは、そのまま、トリトンの腕の中に飛び込んだ。
 長い抱擁があった。
 それを見守っていた従者の一人が、申しわけなさそうに口を開いた。
「水をさすつもりはありませんが、どうか、お急ぎください。」
「ごめん…。」
 赤くなったトリトンは、アルテイアを離すと従者に詫びた。
 その後、エネシスのもとに戻ったトリトンは、一同にこう告げた。
「今から僕の力を使って、別の世界へ持っていく。そうしなければ、ポセイドニアはアトランティスごと海に沈んでしまう。」
「しかし、トリトン。それではラムセスも別の世界へ一緒に運んでしまうことになります。」
 エネシスがいった。
 すると、トリトンは言い切った。
「僕はラムセスを許さない。ラムセスが奪ったオリハルコンは、何としてでも僕が取り返す。そのためには、どんな場所でもラムセスと決着をつけてやる!」
 トリトンは一同の顔を見回した。
「ポセイドニアを移動させるのは、ラムセス以外の他国の者達を排除するためだ。不服がある者は申し出てくれ。クレタや周辺の島々に亡命を依頼してある。」
 しかし、トリトン・アトラスについて来た者は、誰一人として欠けることがなかった。
 トリトンと運命をともにすることを、彼らは誓い合った。
「我々もお手伝いいたします。」
 エネシスを筆頭に、複数の神官クラスの従者達が、オーラを発してトリトンを囲んだ。
「オリハルコンの間」にあるすべてのオリハルコンが、呼応するように光を放った。
 トリトンはオリハルコンの剣を握った。
 オリハルコンの剣は、トリトンが手をつきだすと、霧の中から出てきたかのように現れた。
 持ち手の先端にブルーのロッドがついている。
 ロッドは淡い光を放ちながら微妙に変化する。
「アクア・シールド。」
 トリトンは、違うパワーを発揮した。
 トリトンが念じると、ロッドの先端から波のようにうねるブルーのオーラが放出されて、一同を取り囲む。
 力場を形成して、外界との接触を断つ能力だ。
 その力とオリハルコンが結びつき、空間転移を引き起こす。
 一同の姿は、トリトンのシールドとオリハルコンの輝きに消されてしまった。
 そして、輝きは、さらに急速に広がっていく。
 やがて空間となり、そのうち、ポセイドニアの街全体を包み込んで白く輝きだした。


…………………
 それから、ほどなくして海底火山が爆発した。
 その振動が巨大な津波を引き起こし、一気にアトランティス島を飲み込んだ。
 伝説として語り継がれてきた、アトランティス滅亡の図を、地球人とオウルト人のメンバーは、はっきりと、その目で目撃した。
 しかし、その地獄図の中に、二つの光が現れた。
 一つは空高く舞い上がり、一つはスッと消滅した。
 空に向かったのは、“ジリアスの秘宝”だ。
 その光の中に、ダーナとミラオがいる。
 二人は、ジリアスで生死を賭けた後、なすすべもなく朽ち果て、ジリアスの土になっていく…。
 そして、消滅した光はポセイドニアだ。
 そこに、トリトン・アトラスとアルテイアがいる。
 ポセイドニアは、やがて異世界アトラリアとなり、トリトンとアルテイアは、その地で、ラムセスと戦っていくことになる。
 舞台はアトラリアに移った。
 いよいよ、トリトンとアルテイアの本当の戦いが始まろうとしていた…。