「さて、私は、トリトン・アトラスとアルテイアの血を継がれた、お二人のことを、『まれにみる純度の高い血筋』と申し上げた。そのことに偽りはございません。あなた方のご両親が普通の人間でも、あなた方だけが、その血を受け継いだのだ…。」
「あたしの…両親?」
アキは、うつろに呟いた。
「知ってるのか、あなたは。アキの両親のことを…!」
鉄郎が身を乗り出した。
鉄郎の死んだ両親だけが、アキの生みの親のことを知っているという。
思いがけない告白に、鉄郎の心が揺さぶられた。
しかし、エネシスは静かにかぶりを振るだけで、何も答えようとはしない。
「エネシス。教えてほしい。アキの両親の情報を知ってる人は、あなた意外にもういないんだ…!」
「鉄郎…。」
アキは、鉄郎の腕にすがった。
「もう、いいから…。」
「よかねぇよ!」
「教えてもらうべきよ!」
鉄郎が反論すると、レイコも同調した。
アキは、かぶりを振った。
「いいの…。ただ、普通の人達だとわかっただけでも…。今はそれだけでいいわ…。」
鉄郎とレイコは意見する気力をなくした。
エネシスはアキを見つめた。
「あなたはご存知ですか? あらゆる生命が育つのには、いったい何が必要か…。どうすれば、健全な生命が育つのか…。」
アキは困惑した。
それが、アクエリアスのことと、どういう関係があるのだろう。
そう思いめぐらしながら、アキはぽつり、ぽつりと語り始めた。
「それは…。一番大切なのは環境です。 一番必要なのは水…。そう、海です…。そこに、太陽の光が差し込むと、海の中で酸素が形成されて、それが微生物を宿らせる…。それらの、かすかな生命達が進化とともに、陸上を目指すようになって…。」
トリトンも、そのことを真っ先に考えついた。
アキの説明は、大事な点が抜け落ちている。
トリトンなら、生命が作り出される環境の成分値まで把握しているから、もっと、具体的な説明が可能だ。
だが、エネシスは、そんなことを知れとはいってない。
その話を例えにして、“アクエリアス”のことを、説明しようとしているのだ。
トリトンは、まさかという思いで言葉を発した。
「それが、俺達のことなのか? 俺が“海の使い”で、アキが“天空の使い”…。それで、生命を宿す環境を作り出せるほどの力があるとでも…。」
「“アクエリアス三使徒”と申します。」
エネシスは、強い口調で告げた。
「“アクエリアス”の中で、もっとも特異な最高純度の血筋を持つ者のことをいい、三つの役割に分かれます。一つは“天空”。二つは“海”。そして、三つは“大地”。」
「もう一人、俺達の他に、同じ力を持つ者がいるのか?」
トリトンが問いかけた。
「いずれ、あなた方の前に、その者も姿を現すだろう…。」
エネシスは言葉を続けた。
「“アクエリアス”の真のパワーは、この三使徒が合わさった力によって発揮される。オリハルコンは、『生命の源』といわれるが、先ほどの話に例えるなら、“生命そのもの”と考えたほうがふさわしい。」
「生命そのもの…ですか…?」
アキは目を見張った。
「さよう…。」
エネシスが頷いた。
「生命そのものを守るのは、天空、海、大地…。まさに、あなた方が住む世界だ。生命を生み出すのは、海と天空から降りそそがれる、太陽の光によってだ。そして、生命を育てていくのは、まさに海そのもののはずだ…。」
「そんな…。」
トリトンは愕然とした。
「だから、俺とアキが…!」
「トリトンはよく知っているな…。」
エネシスは穏やかな声でいった。
「深海と光が差し込む浅瀬の海の生物の違いを…。どちらに美しいといえる生物が多いか…。その目で何度も見ているはずだ…。」
トリトンはかすかに頷いた。
エネシスは続けた。
「しかし、それは自然世界の中での事象。あなたは人間、一人の男だ。」
「…………」
「オリハルコンも、アクエリアスの力でも、個人の思いに対しての束縛はできぬ…。トリトン、あなたの問題はあなた自身で解決するしかない…。他の誰にも、そのことに対しての決定権はない。ただし、道理に従い、アルテイアと愛し合うとなれば、ある条件が必要になる。」
「ある条件?」
トリトンは顔を強張らせた。
エネシスの口調が厳しいものに変わった。
「ラムセスがこの意味を知って、あなた方を交わらせていたら、とんでもないことになっていただろう。確かに、他の者が相手でも、オリハルコンは活性化する。しかし、あなた方は“三使徒”。“天空”と“海”の申し子。オリハルコンは暴走し、アトラリアはもとより、外のあなた方の世界までも、破滅させていたところだ…。」
「そんなことが…。」
アキが口元を覆った。
「今でもか?」
トリトンが目を見張った。
「まだ、オリハルコンは不完全です。」
エネシスはいった。
「トリトン、あなたの力も、まだ目覚めたばかりで未熟。どちらも、ある程度安定しない限り、それは自殺行為にしかなりません…。」
トリトンとアキは、呆然とした。
「二人とも、感情に流されて、軽はずみなことはするなよ。」
ロバートがさりげなく声をかけた。
アキは身を震わせる。
トリトンは硬い視線を投げた。
ロバートは、あの時の場面を思い出したに違いない。
心の隙から生まれてしまった一瞬の気の迷い。
お互いに、心を許しあうことが罪になってしまう。
よりにもよって、この男にその時の光景を目撃されてしまった。
屈辱と後悔で、二人は自責した。
鉄郎が口を開いた。
「ロバート、二人ともそんなことはよくわかっているよ。」
鉄郎は、エネシスを見上げた。
「いつまでも、この二人がこのまま接触できないと、いうわけではないんだろ?」
「もちろんです。」
「だったら、深刻に考える必要はない。」
鉄郎は平然といった。
「俺達は今までどおりに、この二人と付き合っていけばいいんだ。これからだって、何も変わらない。」
「やせ我慢してない?」
ケインが突っ込みを入れる。
鉄郎は、呟くようにいった。
「“アクエリアス”もただの人間も、そんな区別は必要ない。このことに関しては、みんなが心の強さを持たなくちゃ…。そのための話し合いだったはずだ。」
「ありがとうございます。」
エネシスは頭を下げた。
「あなた方を招きいれたのは、おっしゃるとおりの意図があったからこそ…。特に、アルテイアと深く関わられたあなたにも、同じ痛手を伴ってもらうことになります。」
「覚悟している。」
鉄郎は迷わずに答えた。
アキだけではなく、ジョー達も呆気にとられた。
「負けるわ、あの子には…。」
ユーリィがケインに耳打ちした。
「すべて計算ずみってこと。あの亀のじいさん…! 鉄郎の性格までお見通しなのよ。そこが気に食わないけど、それでもめげない鉄郎にも感服するわ。鉄郎と亀のじいさんの駆け引き。見ごたえがあるじゃない…。」
「ふん…! ひねくれてるわね…。」
ユーリィは鼻をならす。
ケインはにやけた。
「あら。あの子はただの子じゃないもの。」
「ただの人じゃない…。」
二人の会話を聞いたレイラは、鉄郎を呆然と見つめた。
「エネシス。話を続けてくれ。」
トリトンがいった。
「あなたが言いたいことは、そんなことじゃないだろ?」
「むろんです。」
エネシスは、最初の落ちついたトーンに口調を戻すと、さらに話を進めた。
「次は、具体的な力についてです。『力の開放』と『海の力と天空の力』。その差と現象について、お話しましょう。」
エネシスはトリトンとアキを見つめた。
「まずは、『力の開放』という状態について。『開放』とは、今のあなた方のことをいいます。封印されれば、その衣装が消滅する。そして、トリトンのオリハルコンも空気中に分散されて、肉眼では見えない状態になります。『開放』の方法は、すでにご存知のはず。そして、その姿の時のみ、“アクエリアス”の真のパワーを放出できる。封印されれば、力は放出されずに、普通の人間と同じように無力となります。」
「おかしいわ。」
アキがいった。
「あたしは、この姿にならなくても、オーラが出せて空も飛べた。トリトンだって、水中を泳ぐことができた。だから、あたし達は、人から恐れられたり、力を狙われたりしたのに…。」
「それは、“力の兆候”でしょう。」
エネシスがいった。
「元々の力が大きすぎただめに、覚醒以前から、もれ出てしまったのです。実際に封印されてしまった時期もあったはずです…。」
「それは、認めるよ。」
トリトンがいった。
「お互いの作用で、お二人が出会った時に、力が働いたこともあったはず。しかし、開放された時のパワーは、封印された時よりもケタ違いであるということを、自覚していただかなくてはいけません。」
「また、封印してしまうことも可能なのでしょう?」
「もちろんです。」
アキの質問にエネシスが頷いた。
「ただし、今、封印してしまうと、肝心のオリハルコンも一緒に消滅してしまいます。この世界にいる間だけは、どうか止めていただきたいのです。」
「わかった。気をつける。」
トリトンが頷いた。
「次に、『海の力と天空の力』についてですが…。」
エネシスは静かに語りはじめた。
「アトランティスは、海神を崇める海洋国家でした。守護神を海と定め、海を中心に万物の流れを考えたのです。海の次に現れたのは、混沌とした世界。しかし、そこから天空と大地の神が生を受けた。“アクエリアス三使徒”の由来もそこにあります。主は“海の力を持つもの”とし、その者が、三つの力を支える中心となり機能します。意味については、それでよろしいでしょう…。」
エネシスは、トリトンに視線を向けた。
「トリトン、あなたには、その海の神の力が宿ったのだ。海の神の今の名は、ポセイドン、またはネプチューンともいわれているが、我々の神も同一の神だといえましょう。海の神は猛々しい神といわれた。気まぐれに嵐を起こし、三つ又の鉾、トライデントの力を駆使して世界を荒らしたと伝えられている。その、トライデントの紋章がオリハルコンのロッドに現れると、海神の力を解放することができる。」
「海神の力…?」
トリトンは呻くように言葉を発した。
「さよう。同じく、アルテイアには天空の神の力が秘められている。」
「天空の神の力…。」
アキは、うつろな声で呟いた。
「トリトン、オリハルコンの剣を浮かせてみなさい。」
「浮かせるって…。」
突然のエネシスの指示に、トリトンは戸惑いを覚えた。
エネシスは繰り返した。
「大丈夫。出来るはずです。」
「はい…。」
頷くと、トリトンは言われた通りに剣を抜いた。
そして、空中に浮くように持ち返すと、手を静かに離した。
すると、剣は淡い光を放ちながら、エネシスのいうとおりに浮いた。
「浮いた…。」
驚いて呟くトリトンとアキに、エネシスはいった。
「剣に向けて、オーラを当ててみなさい。」
突然、ベルモンドがわめいた。
「そ、そんなことをしたら、この世界が…!」
「慌てなさるな! その程度では世界は滅びたりせぬ…!」
鋭い声でベルモンドを叱りつけると、口調を変えてトリトンとアキを促がした。
「構わない。やってみるのだ。」
「オーラを当てるとどうなるんだ?」
トリトンが聞くと、エネシスは答えた。
「私がこれ以上、説明しても実際の力のことは理解できないでしょう…。あなた方は、これから過去に遡り、その力の真のパワーを見ることになります。」
エネシスは目を閉じた。
「平和なアトランティス。そこに生きるトリトン・アトラスとアルテイアの姿。それを誘うのは、あなた方の中にある、アトラスの血筋だ。あなた方は過去の夢を見る…。」
「過去の夢…。」
アキは呟いてから、目を閉じて精神を集中させた。
手を広げると、手先から全身へと広がるように、オーラが放出された。
トリトンも同じようにしようとすると、エネシスがつけ加えた。
「トリトン、補助のオリハルコンも、ロッドに向けてみるといい…。」
「補助のオリハルコン?」
「あなたの右腕にあるだろう、その石のことだ。」
思わず、トリトンは右腕のブレスレットに、はめ込まれた淡い光を放つ石を見つめた。
「これが…。ただの宝石じゃなくって、オリハルコン?」
「さよう。石の結晶としての加工も可能です。」
「こいつを当てたら…。」
「いわれた通りにしてみなさい。」
仕方なく、トリトンは肘を曲げて、石とロッドが直線で向かい合うようにポーズをとった。
すると、石からも光が放出された。
周囲は光で満たされて、何も見えなくなった。
エネシスの姿も、視界から消えてしまった。
戸惑う一同の目前に、かつてのアトランティスの街並みが、幻のように光の中から浮かんできた…。