ペイモスは激昂した。
今まで、遭遇したことがない生命体。
人間が、ペイモスの神域に侵入した。
中でも、トリトンという小僧は許せない。
戦いを挑もうする、とんでもない奴。
ペイモスはアキを捨てた。
トリトンと一戦交えるのに、この女は邪魔だ。
鉄郎の銃の光条を巧みによけると、ペイモスはトリトンと対峙した。
「やっと、やる気になったな!」
剣を構えながら、トリトンは叫ぶ。
ペイモスの顔が歪んだ。
「わしの縄張りを荒らしおって。ここから生きて帰さん!」
「美女に頼まれたら、いやだといえなくてね…!」
トリトンは、言い捨てて斬り込んだ。
ペイモスも対抗する。
剣を揮い、互いに激しく抜き合う。
両方の体が弾ける。
そして、また、ぶつかりあって剣を交錯させる。
一騎打ちが展開した。
まだ、オリハルコンの輝きはもどってこない。
しかし、接近戦でも勝ち目はある。
オリハルコンに、わずかな輝きさえあれば。
アキは人魚達が救出してくれた。
トリトンは心おきなく戦える。
そう思った。
抜きあう間も、ペイモスは、ひたすら念を唱え続ける。
トリトンは不審を抱いた。
しかし、ペイモスの口を封じる方法はない。
そのうち、同じ空間に新たな生き物が現れた。
古生代の恐竜に酷似した海獣。
体長は数十メートル。
獰猛な牙が一同を威圧する。
トリトンは低く唸った。
一番驚いたのは、エレベーターにいた仲間達だ。
巨大イソギンチャクも歯がたたない。
本体の細胞質は柔らかく、銃のエネルギーをすべて吸収してしまう。
触手を切りとばすだけでは、イソギンチャクはまったく怯まない。
銃なんかで倒せる代物ではないのだ。
そのうち、触手がエレベーターの方にのびてきた。
一同は焦りだした。
「効かないわ!」
ユーリィが叫んだ。
鉄郎が撃っても、びくともしない。
「くそっ…。こんなんじゃ…!」
その時、裕子の悲鳴があがった。
触手に絡みつかれた。
「ジョウ!」
「裕子!」
兄妹が、必死に手をとりあう。
「こっちからも!」
レイコが、反対側を指して叫んだ。
「向こうからもですよ!」
ベルモンドが腰を抜かす。
やがて、触手に握り潰されて、オプチカル・エレベーターが崩壊した。
仲間達は、次々に海に放り出された。
「みんなが…!」
トリトンは愕然とした。
最悪の光景を、目の当たりにした。
仲間達が、もがきながら海に沈んでいく姿を。
イソギンチャクの餌食になりかけている兄妹達の姿を。
まだ、アキの意識はもどらない。
みんなを助けられるのは、トリトンだけだ。
トリトンは慌てて身を翻した。
その瞬間を、ペイモスが逃すはずがない。
鎖を投げつけると、トリトンの体を絡め取った。
「くそっ…!」
トリトンはもがく。
そこに、オーラの電撃が襲いかかった。
「うあっ…!」
トリトンは悲鳴をあげて、体をのけぞらせる。
ペイモスは残忍さを露呈した。
連続して、トリトンに電撃をくらわせる。
まだ、体力が回復しきっていないトリトンに、その仕打ちは拷問だ。
神経がズタズタになり、意識がスーッと薄れた。
「さっきの威勢はどうした?」
嘲笑いながら、ペイモスはトリトンをいたぶり、苦しめ続ける。
トリトンはグッタリとした。
ペイモスは、トリトンの背後から悠然と迫った。
持っていた剣を、トリトンの背に向ける。
「とどめだ。死ね!」
ニヤリとしながら、ペイモスが剣をつきたてようとした。
すると、その時…!
トリトンの体が、急激に発光した。
美しいブルーのオーラ。
幽鬼のように立ち昇ると、トリトンのみならず、放射状に大きく広がっていく。
ペイモスは、はじき飛ばされた。
オーラの輝きに。
さらに、体が硬直した。
オーラで縛られて、ペイモスは動けない。
トリトンの艶やかな緑の髪が、オーラの力で大きくなびく。
波に揺れるそれとは違う動きで、マントとドレープの衣装が激しく揺れる。
緑の髪の間からのぞく、トリトンの瞳に光がない。
無表情で冷たく、異様なまなざしだ。
その視線が、ペイモスを鋭く射抜いた。
「お前は…!」
ペイモスは恐怖した。
さらに、オーラが広がる。
すべてを飲み込んだ。
海の中が光であふれた。
光の乱舞だ。
怪獣やイソギンチャクの動きも止まった。
二匹とも、悲鳴をあげながら、もがきまくる。
ペイモスと同じだ。
動きが、オーラで封じ込められてしまった。
トリトンは剣を頭上に掲げた。
トリトンの神経は極限に達した。
やられるかという執念と、仲間達を助けたいという強い思い。
二つの思いが絡みあう。
そして。
仲間達の心の叫びが、トリトンを突き動かした。
それは、感情の爆発だ。
まだ、白刃のはずのオリハルコンの剣。
しかし、完全に赤い輝きを取り戻している。
オーラの輝きと、オリハルコンの輝きが混合する。
まばゆい光量は、すべてを白く変えていく。
人魚達は怯えて逃げ出した。
光の圧力と高熱が、海を猛々しく狂わせる。
地鳴りを轟かせて、激しい振動に襲われる。
トリトンの剣先に、スパークが走った。
鞘の先についているロッドが、カッと閃光する。
そのパワーは剣先まで駆け抜け、周囲にほとばしった。
精神を集中させたトリトンが、ふりしぼるような雄叫びをあげた。
オリハルコンの神秘のパワーが解放される。
海底に。海中に。海面に。
エネルギーが、熾りのように燃えさかった。
光と熱のパワーに巻きこまれた海獣、イソギンチャク、ペイモスは苦痛にのたうった。
口の近くまで運んでいたジョウと裕子を離すと、イソギンチャクは光の爆発の中で朽ちていった。
ペイモス、海獣の肉体もボロボロに崩壊する。
化物たちは、断末魔の叫びを残して滅んでいった。
トリトンの力はなくならない。
さらに大きな力となって、一気に海面へ放射した。
瞬間、天空までスパークが轟く。
爆音のような激音を放ち、海を割り、空気を切り裂く。
その現象は、十数秒継続した。
オーラの稲妻が、アトラリアの世界を乱れて飛び回った。
やがて…。
光は急激に和らいだ。
小さくなって、人の形を作りだす。
身長170センチの青年のシルエット。
だんだんと鮮明になった。
赤くなびくマント。緑色のたなびく髪。白い服…。
光の中からトリトンが現れた。
光は数秒で消滅した。
光が消えると、海はもとのクリスタル・ブルーの色をとりもどした。
静寂が訪れた。
それとともにー
「あっ…。」
トリトンは小さく呻いた。
体がダラリとのけぞり、ぶらさがった手からポロリと剣が落ちた。
トリトンは虚ろだ。
波間を漂っている。
その体が舞うように、ゆっくりと海底に沈んだ。
トリトンは、全エネルギーを使い果たした。
気力と体力を完全になくして、トリトンは失神してしまった…。
同じ頃、アトラリアの街に異変が起こった。
前ぶれもなく、天から降ってきた雷が街に降りそそぐ。
地上に届いた雷は、這うように周囲にはじけとんだ。
そして、建物や人々を巻き込み、次々と消滅させていく。
熱と光を放出したスパークは、人々と建物を焼き尽くして、一気に周囲を火の海に変えた。
その莫大なエネルギーは、地中にも潜り込んで、大きな地割れを作った。
突然、生じた巨大なクレパスに、逃げ惑う人々が飲み込まれていく。
被害は、肉市場を中心に、メインストリートの一部にまで広がった。
人間達は地獄図を見た。
阿鼻叫喚。
狂乱した人々が逃げ惑い、パニックを起こした。
その中には、トリトン達を売りつけた人買いのチンピラや、“デトナショップ”のハンジスも含まれていた。
彼らは、ぱっくりと口を開けた目前のクレバスに落下し、この世界から姿を消した。
一瞬の出来事だった。
もっともおぞましく、それでいて、もっとも賑わった歓楽街が壊滅した。
アトラリアの人々は、後に、この異変をこう噂した。
『アトラス王の呪いの崩壊』だと…。
王宮にも、異変が訪れた。
王宮のほとんどが、タロス達の出現で、一夜で廃墟になってしまった。
今は、散乱した建物の後地で、十体ほどの巨人が静かにたたずみ、時を刻んでいた。
彼らは、静止したまま、まったく動こうとしない。
静寂に包まれた王宮の敷地内には、腐乱した遺体があちこちに転がっているだけで、人の気配がまったく感じられない。
と、そこに、雷の光の一部が降り注いだ。
ほんの数秒間。
崩れたはずの建物の残骸に、息吹が吹き込まれた。
かつての栄光と繁栄を彷彿とさせる荘厳な光。
淡い光を放つと、周囲を明るく包み込む。
それが、オリハルコンの輝きだと気づく者は何人いただろう。
光が消えると、巨人達が、息を吹き返したように再び動き始めた。
ゆっくりと立ち上がった彼らは、口々に唱和した。
「時が来た…。アトラス王が復活する。迎えの準備をせよ…。」
まるで、呪文のように繰り返しながら、彼らは建物の残骸を持ち上げると、いきなり再建をはじめた。
ラムセスが建てたエジプト風の神殿ではなく、もとのアトランティスにあったという神殿を。
石を組み立てながら、祈るように、巨人達は繰り返した。
「王を迎える準備をせよ…!」