「いったいどこまで歩かせる気よ〜!」
       生気をなくした声で、ケインがぼやく。
       アキのオーラに頼りながら、一行は、一面に広がった砂の大地をひたすら歩き続けた。
       ケインとユーリィが持ち歩いていたオウルト製のウオッチの時間だと、すでに、二時間近くが経過している。
       アトラリアの砂漠は、地球の砂漠の環境とまったく変わらない。
       太陽と同一の光が容赦なく照りつけ、大地の気温は五十度近くに上昇した。
「目的地はまだですか…?」
       一行について来てしまったベルモンドは、ヘロヘロになりながら弱音を吐いた。
「いい加減にして! もう限界〜!」
「お肌に悪いわ…。焼けちゃって処置なし〜;;」
       レイコと裕子がそろって嘆きだす。
「喋るなよ。それだけで体力を消耗する。」
       ロバートが一同を叱り飛ばした。
       アキのオーラに守られているとはいえ、一同の体を完全に補うことはできない。
       歩き始めた頃、多かった口数もしだいに減ってきている。
       体力的に不利なトリトンの呼吸が、だんだんと荒くなってきた。
「トリトン、しっかりして!」
       レイラがトリトンを気遣いはじめた。
「大丈夫だよ。これくらい…。」
       脂汗を額ににじませながら、トリトンは答える。
「ただの意地っ張りにしか見えないぜ。」
       倉川ジョウに突っ込まれて、トリトンはキッと睨みつけた。
       肩をすくめた島村ジョーは、大声をあげた。
「姫さん、トリトンのヤツ、そろそろ限界だぞ。まだ、この先を進むのか?」
       その声に、アキは何も反応を示さない。
       中空を漂いながら、柔らかい光を放ち続ける。
「無視する気?」
       ユーリィがムッとした。
       小さく唸った鉄郎が、今度は叫ぶように呼びかけた。
      「アキ、いや、アルテイア! 事情を説明してくれ。これ以上、俺達は動くことができない。そして、君はアキを解放すべきだ。このままだと、トリトンが死んじまうぞ!」
       すると、少しずつ、アキのオーラが弱まりはじめた。
       一同は唖然とした。
       わずかな光の中で、アキは我をとりもどした。
       周囲の光景を眺めて身を震わせた。
「いったい、何が…。ここは、どこなの…?」
「ちょっと、アキ! あんたが、ここにみんなを誘導してきたんだよ!」
       レイコがそういうと、アキは、ますます怯えたように身をすくませた。
      「な、何をしてきたの…? 私は…。ここに、みんなを…?」
「また、記憶をなくしてるみたいね…。ほんと、調子がいいんだから…。」
       ケインが口をとがらせる。
       慌てたユーリィがケインの口をふさいだ。
       鉄郎が優しく呼びかけた。
「アキ、大丈夫だ。君は選ばれて、水先案内役として僕達を連れてきただけだ。何も心配はいらない。さあ、降りてきて…。」
「鉄郎…。」
       アキは誘われるように鉄郎の腕の中に飛び込んだ。
「大丈夫だ。君はアキだ…。」
       鉄郎は、アキのしなやかな肢体を受け止めた。
       アキは安堵したように何度も頷く。
「もう、離れなさい〜っ!」
       苛立った裕子の、軽蔑を含んだ声が飛ぶ。
       鉄郎とアキは慌てて離れた。
       トリトンが苦笑した。
「いいじゃないか。この二人らしい…。」
       トリトンの声が、いっそう苦しいトーンに変わった。
       驚く一同をよそに、トリトンは構わずに言葉を重ねた。
「よく、アキとアルテイアの区別がついたね…。」
「当然だ。あれは、俺がよく知っているアキじゃない…。」
       鉄郎が返すと、トリトンは皮肉を含んだ笑みを浮かべた。
「絆の強さってやつ…。見せつけてくれるよ…。」
       その直後、トリトンの体が大きくぐらついた。
       バランスを崩して砂地の上に倒れた。
      「トリトン!」
       蒼白になったレイラが叫ぶ。
      「しっかりしろ!」
      「大丈夫?」
       一同が、倒れたトリトンの周囲に集まった。
       アキだけが、近づくこともできずに、口元を抑えながら立ちすくむ。
「どうしたらいいの? こんな砂漠のど真ん中じゃ、手当てのしようがないわ。」
       ユーリィがオロオロした。
       ケインが叱り飛ばした。
「しっかりおし! こっちがうろたえたって、どーにもならないわ!」
「姫さんの力が消えたんで、ダメージが一気にきたんだ。」
       ジョーが重い口を開いた。
「まったく…。世話を焼かせてくれるぜ。」
       倉川ジョウが、トリトンの半身を起こして支える。
「誰が悪いわけでもない…。トリトンは、自分の意志でここまで来たんだから。」
       そういいながら、トリトンの前に跪いた鉄郎は、腰に下げていた水筒をさしだした。
「ほら、水だ。飲んだら少し楽になる。」
       すると、トリトンはかぶりを振った。
「いいよ。他のみんなにあげて…。 俺の体は…、あまり水分をとらなくても…、いいように出来ているから…。」
「お前が特殊な力を持っていたって、俺達と体の作りに差異はないはずだ。脱水症状を起こすと厄介だぞ。」
       トリトンは呆気にとられた。
       不思議そうに鉄郎を見上げた表情が、だんだんと溶けるように変化した。
       皮肉な笑いとは違う。
       あどけない笑顔だ。
「だけど、それ、鉄郎の水でしょ?」
       トリトンがそういうと、鉄郎はにやけながら答えた。
「俺は、他の連中からも、分けてもらえるから…って…。」
       ふと、鉄郎は言葉をつまらせた。
       一同の顔をゆっくりと見回した。
       全員が乾いた笑いをもらす。
       鉄郎はがっくりと肩を落とした。
「まさか、誰も水を持ってきてないのかぁ…!」
「お前が用意周到すぎるんだよ!」
       ジョーがかみつくと、裕子も反発した。
「どうして鉄郎だけが水を持ち歩いてるの! あたしらはそんな余裕さえなかったのにぃ…!」
       鉄郎は顔を引きつらせた。
       慌てて弁解した。
「それが…。ほら、朝、顔を洗いたくって、井戸で水を汲んでたんだけど、その時に村の召集がかかっちゃって…。それから、水を持ち歩いていたんだ…。」
「ようするに、偶然なだけでしょ!」
       ケインが横やりをいれると、鉄郎は、ますますしどろもどろになった。
「…ともいう…。」
       トリトンがクスクスと笑い出す。
       が、すぐに激痛を感じて激しく呻いた。
「こら、あんまり病人を受けさせるな!」
       ロバートが一行を睨んだ。
       と、そこにベルモンドがしゃしゃり出た。
「あの、み、水を…。」
「だめです。怪我人が先!」
       鉄郎はサッと水を隠した。
       トリトンは頷くと鉄郎にいった。
      「飲むよ…。後の分は、そっちのおじさんにあげて…。」
「飲めますか?」
       レイラが心配そうに声をかける。
       トリトンは小さく頷いた。
       水筒を持ったトリトンの手が、ガクガクと震える。
       レイラが手をそえると、トリトンはなんとか少量の水を口に含んだ。
       その水筒を、ベルモンドがひったくるように取り上げると、夢中で飲み始めた。
「全部、飲むなよ!」
       鉄郎が鋭い声で一喝した。
「いるのよねぇ! 場の空気が読めないヤツ…!」
       レイコがダメだしの言葉を浴びせた。
       一同が睨みすえる中、トリトンがぽつりと口を開いた。
「ね、聞いて欲しいことがある…。」
「喋らないの!」
       ケインが激しくとがめた。
       しかし、トリトンはやめなかった。
      「少し楽になった…。俺は…、鉄郎に言われて…ここまで来たんじゃない…。俺には、俺の目で確かめなきゃいけないことがある…。そうすることで…、この世界の仕組みを知ることができる…。」
「どういうこと?」
       ユーリィが尋ねた。
       ロバートがユーリィをとがめようとする。
       トリトンはいいんだといいたげにかぶりを振った。
      「地球の…グレートバリアリーフの生物達を調べていくと…、ジリアスの生物の種類と、大半が一致した…。」
       地球人たちがぽかんとする中で、ケインとユーリィの表情が厳しくなった。
       トリトンは続けた。
      「一度、ジリアスの生態系は崩れた…。原因は…数千年前の“秘宝”の出現だ…。だけど、別の生態系が復活している現状に…、誰もが疑問を感じていた…。“秘宝”は…、この世界からやってきた「空間転移機構装置」…。それで…、導き出される結論は一つ…。転移した時…、“秘宝”はアトラスの動植物もジリアスに運び込んだ可能性がある…。つまり…、ジリアスの生物はこのアトラス…。もっと…厳密な言い方をすれば…、この地球の生物なんだ…。」
「そんな馬鹿げた理屈があるのか?」
       ロバートが呆れた。
       しかし、トリトンは真剣に応じた。
      「その証拠がギャラゴだ…。ジリアスにいる生物が…この世界にも存在した…。」
「何だ、そいつは?」
       倉川ジョウが聞くと、トリトンがいった。
      「地球の感覚でいえば恐竜だ…。そういう映画があったでしょ? ギャラゴは…小型の肉食獣の総称だ…。」
「“ジュラシックパーク”のことをいってるのか?」
       島村ジョーが目を見張った。
      「地球の歴史上、恐竜は絶滅した…。しかし、映画の中では、その恐竜を再生させた…。アトランティス人も同じことをしている…。人間を遺伝子工学によって…自由に改造できる技術をもった種族…。動物実験で試作していたって…おかしいことじゃない…。彼らにとって…、絶滅した生物を再生させることくらい…、何でもないはずだ…。」
「今の地球の科学力では、そんなこと、できっこない。」
       鉄郎がいった。
       トリトンは淡々と続ける。
      「オウルト人類の科学力だって難しい技術…。しかし…、それを可能にしたのがオリハルコン。「生命の源」といわれる物質…。」
「クレイジーすぎる。ついていけませんよ…。」
       ベルモンドが嘆くようにわめいた。
       トリトンはかすかな声でいった。
「その仮説を証明できれば…。俺とアキの謎もわかるはず…。」
       トリトンの言葉はそこで途切れた。
       力尽き、再び砂の上に崩れた。
「トリトン!」
       一同がトリトンの名をよびかけた。